書籍・雑誌

技術革新の導入に、日本型企業のほうが向いている時代もありました(メディアの興亡/鉛版)

 ども、これでもコンピュータ企業に30年以上勤めているおぢさん、たいちろ~です(これは本当)
 仕事柄というか、個人的にも好きなので、コンピュータ開発史みたいなのをよく読みます。先日も人工知能開発プロジェクトの”IBM 奇跡の“ワトソン”プロジェクト(*1)”ってのを読みました。そういえば、昔もIBMの開発の苦労話を読んだような。確かコンピューターで新聞を造るてな話だったな~といろいろ調べてやっと思い出しました。
 ということで、今回ご紹介するのは今をさること半世紀前、世界で初めてコンピュータで新聞を発行するプロジェクトのお話”メディアの興亡”であります。


 写真はたいちろ~さんの撮影。朝日新聞社に展示されていた新聞印刷用の”鉛版”です

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【本】メディアの興亡(杉山隆男、文春文庫)
 日本IBMの営業マン伊藤でさえSF小説でも読まされているとコメントした”コンピュータで新聞を作る”というアイデア。このアイデアの実現に向けて日本経済新聞社の”ANNECS(アネックス)”プロジェクトは動き始める。しかしそれはIBMをして”アポロ宇宙計画に匹敵する難事業”と言わしめた苦難のはじまりだった・・
 コンピュータによる新聞作製システムの開発を縦軸に、新聞社を取り巻く経営を横軸に昭和の時代の新聞業界の内実を描いた第17回大宅壮一ノンフィクション賞受賞の傑作
【道具】鉛版(えんばん)
 活字で大組した紙面から”紙型(しけい)”を作って、これに鉛を流し込んで作ったのが”鉛版”。これを輪転機のかけて新聞を印刷します。
 コンピュータを使った電算写植システムをCTS(Computer Typesetting System又はCold Type System)と言いますが、ここで”Cold”が出てくるのは鉛版を熱で溶かす=HTS(Hot Type System)との対比から。


 最初にお断りしておきますが、もしこのブログを見てこの本を読んでみたる若い人には”なんで新聞をコンピュータで作成するのがこんなに大変なんだ!?”と相当な違和感があったと思います。だって紙面のレイアウトっぽいことをするなら数万円のパソコンにPowerがPoint使えばほとんど似たりよったりのことができそうな感。それをIBM本社や日経新聞経営陣を二分するような大論争とか社運をかけた投資だとか大騒ぎ。紹介のコピーがアポロ計画がど~したこ~したまで出てきて! みたいな

 なんでこんなことになるかというと、1970年ごろと80年ごろにかけてものすごい技術革新があったんですな。年表にしてみると

  1964年 IBMがメインフレームコンピュータ”System/360”販売
  1969年 アポロ11号により人類が月面に到達
  1971年 日本経済新聞社が”ANNECS”により新聞紙面を作成
  1978年 東芝が日本初の日本語ワープロ”JW-10”販売(630万円)
  1981年 IBMが現在のパソコンの元祖となる”IBM PC”販売
  1982年 NECがベストセラーPCの初代機”PC-9801”販売

1970年代はそれこそセキュリティ・空調完備の専用ルームに収まっていたコンピューターが、80年代には低価格・小型化して机の上にのっかるようになります。つまりコンピュータが”目の前にあって、使える”ようになったのが1980年代の半ばぐらいから。インターネットの前身であるパソコン通信の日本での普及が80年代の後半ぐらい、さらに下がって現在のユーザインタフェースを普及させた”Windows 3.1”の日本語版の販売が1993年。
 1970年代前半って、メインフレームの性能面でいうとCPUがファミコン並みって時代です(*1)。まあ、システム構成がぜんぜん違うのでファミコンで新聞ができるとは言いませんが。本書に出てくるANNECS用ディスプレイにいたっては、アメリカ国防総省がIBMに発注した防空用早期警戒ライン用高性能レーダー用の流用ってどすこいシロモノだったそうです。
 言ってみれば、1970年代ごろと80年代中盤以降のコンピュータへのイメージって”断絶”レベルで違ってんですなぁ

 本書がユニークなのは技術史的な側面とともに語られる新聞社の経営史。”ANNECSプロジェクト”を強力にプッシュしたのが当時の日経新聞社の圓城寺次郎社長なんですが、周りの役員はこぞって反対したんだとか。さらに仕事を奪われる労働者との確執なんかあったりして、当初のこのプロジェクトは覆面部隊でやらざると得なかったとか。今だったらやれイノベーションだ、ブレークスルーだと技術革新を推し進める経営者は多いでしょうが(実行できるかどうかは別にして)、コンピュータ黎明期では今ほど積極的ではなかったのかもしれませんね。
 これに朝日新聞、読売新聞、毎日新聞等ライバル紙の動向や思惑なんかがからんでて、そっちに興味のある人にも面白いかと。

 付け加えると、圓城寺次郎という人はコンピュータにため込んだ情報をビジネスにするデータバンク、今の”日経テレコン21(日経新聞データベースサービス)”を言いだした人でもあります。今の人だとインターネットで新聞検索当たり前だと言われるでしょうが、当時は、必要な情報は切り抜いてスクラップブックに貼ってとっとくのが普通で、過去の記事を調べるなら図書館の縮小版で探すのが普通のやり方。新聞社から見ても記事情報はそのまま捨てるのが普通の考え方だったようです。それを”記事データベース”としてビジネス化して一石二鳥を狙うなんてことを、インターネットどころかパソコン通信すら普及していなかった時代に勧めようって経営判断って、やっぱすごいです。

 ところで、このシステムってどうもIBM本社が考えていたほど欧米の新聞社には当時売れなかったんだとか。それをふまえてのコメント

  IBMのトップがアポロ計画になぞらえたほど
  現代のコンピュータ技術の粋を結集してつくりあげた最先端のCTSシステムは
  意外にも日本的な雇用関係に支えられた企業の中で、
  はじめて花を開かせることができたのだった

 まったく違う技術史と経営史が並行して語られる本書ですが、それが交わっているのが最終章に出てくるこの一言だと思います

 本書は1986年出版と今となっては30年近く前の本ですが、少し(でもないか)前の時代の歴史を振り返るには面白い本です


《脚注》
(*1)IBM 奇跡の“ワトソン”プロジェクト(スティーヴン・ベイカー、早川書房)
 アメリカのクイズ番組”ジョパディ”に出演し、人間のチャンピオンに勝つことを目的に、IBMのディビッド・フェルーチ率いるチームが結成された。このチームが開発した”ワトソン”ができあがり、人間に勝利するまでの経緯を描いたのが本書です。
 詳しくはこちらをどうぞ
(*2)メインフレームの性能面でいうとCPUがファミコン並みって時代です
 本書に登場する”IBM System/370モデル155”の同一ラインナップ ”IBM System/370モデル158-3”のMIPS(100万命令/秒)値は1.0MIPS(wikipediaより)、1983年販売のファミコンが0.78MIPS。ちなみに2014年発売の”PlayStation 4”が20万MIPS。いかに技術革新がすざまじいかわかります

”傾向と対策”、赤本もあります。宇宙戦争試験の話ですが(宇宙軍士官学校 -前哨-/赤本)

 ども、今更テストなんて勘弁して欲しいな~~と思っているおぢさん、たいちろ~です。
 先日、娘が”基本情報処理技術者試験(*1)”を受験しにいってました。懐かしいな~、以前受けさせられたんだよな、これ。なんだか上のほうの人が”営業職も、技術者試験ぐらい持って泣いちゃなくちゃいかん!”みたいなノリがあって。まあ、合格はしたんですが、別に給料が上がるわけでなく、仕事に役に立つわけでなく、いったい何のために受けたんでしょうねぇ。まあ、こんなことでもない限り、勉強なんかせんわけですが、社会人って・・
 テストといっても、受かろうが受かるまいがあんまし人生に影響がなければ笑い話ですみますが、これが人類存亡をかけた試験となれば話は別。
 ということで、今回ご紹介するのは人類生き残りの優先順位を賭けた戦いに挑む若者達のお話、”宇宙軍士官学校 -前哨-”の第6巻であります。

写真はたいちろ~さんの撮影
近所の本屋さんにあった”赤本”です。


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【本】宇宙軍士官学校 -前哨-(鷹見一幸、ハヤカワ文庫)
 宇宙軍士官学校訓練生、有坂恵一やバーツたちは、上位の異星人”ケイローン”の課す”魂の試練”に臨むことになる。この試験で優秀な成績を収めれば人類に対し優先的に軍事物資や援軍を得ることになるがそうでなければ、人類を滅ぼそうとする”粛清者”に対して充分な対応が取れない危機に陥る。有坂たちは人類の存亡を賭けて戦いの場に臨む・・・(第6巻より)
【本】赤本
 教学社が発行している、大学・学部別の大学入試過去問題集。ほとんど”過去問題集”の代名詞とでも言いましょうか。正式名称は”大学入試シリーズ”というそうです。
 上記の写真をとりに30数年ぶりに本屋さんで高校生向けの本棚を見たんですが昔とはさまがわりしてますな。”チャート式”(数研出版)は健在でしたが、”傾向と対策”(旺文社)は見当たらず。逆に増えているのが”マドンナ先生の古文”みたいな著者が前面に出ているタイプ林修じゃないですが(*2)、そんだけ先生がブランド化してるんでしょうなぁ。昔は”赤尾の豆単(*3)”ぐらいしかなかったような気がするんですが・・


 上記のように何の役にもたたない例もありますが、多かれ少なかれ試験というのは人生の行く先を左右するモンです。入試に合格しなければ希望の大学には入れないですし、医師国家試験や司法試験に通らなければ医者や弁護士になれないですし。実力試しの”TOEIC(*4)”にしても、私んとこの会社では500点以上取れないとか課長になれません(誰が決めたんだ、この制度!)
 まあ、受かるか滑るかは本人次第、その結果は本人に返ってくるだけでしょうが、それが人類の存亡にかかわるとなれば話はちょっと大ごと。本書に登場する有坂恵一たちは、まさにそんな状況です。どんな状況かというと、”粛清者”というわけのわかんない敵が攻めてきて、迎え撃つ地球を含む銀河文明評議会ってのは膨大な戦力を持ってはいるものの守るべき星系が大すぎて、リソースを適正に配分する必要がある。そのため、守る星系の優先順位を決めるテストってのが”魂の試練”ってことになります。これは3回に渡って行われ、1つめが”団体白兵戦”、2つめが”機動戦闘艇戦闘”、3つめが”艦隊機動戦”。ただし、すべて宇宙空間でですが。

 で、有坂恵一や副官のバーツたちはこの試練に対してやったのが”傾向と対策”。二人のテストに対する会話。

  有坂 :だから、やるべきことを大きく二つに分けた。”傾向”と”対策”だ
  バーツ:カレッジの入試を受けるのと同じ、ということか
  有坂 :試験も試練も、おれたちの前に示された課題、という点に変わりはない
      人生のあらゆる問題も、実際のところ”傾向”を判断して
      前例を調べ、”対策”を練ることで解決できることが多いはずだ

まあ、そのとおりなんでしょうな。”傾向”については、前例を調べるってことで過去問題の分析。さすがに赤本はないですが、もっと進んでバーチャルリアリティもどきの過去映像を閲覧できるってしろもの。これがまたなかなかドラマチックだったりするんですな。この映像ってのがケイローンにとって最高のエンタテインメントになっているのもうなずけます。

  有坂 :考えても見ろ、本物だぞ? 本当に命を賭けているんだ。
      死ぬか生きるか、そのギリギリで戦い続ける姿を見ることができるんだ
      ケイローンの人々にとって、これほどの娯楽はない
      俺達は剣闘士(グラディエーター)なんだ・・・
  バーツ:俺たちは・・・ 見世物だと言うのか?

       (中略)
  有坂 :そして・・・ これほど、おもしろい見世物(ショウ)もないだろう

やってる方から見りゃ不謹慎だと思うんでしょが、見てる方から見りゃりっぱなショー。湾岸戦争をテレビで見てドキドキしてた人にゃ文句をいう筋合いじゃないんだろ~な~(*5) だいたい今の”ビリギャルブーム(*6)”や”ドラゴン桜(*7)”みたいに地味の代表みたいな受験勉強ですらエンタテインメントにしちゃうんだから、結局”戦い”って他人から見りゃ見世物なんでしょうねぇ

  闘う君の唄を、闘わない奴等が笑うだろう ファイト!(*8)

ま、世の中そんなもんです

《脚注》
(*1)基本情報処理技術者試験
 情報処理推進機構(IPA)が実施するコンピューター技術者向けのテスト。おおむねリーダの下でシステム開発ができるレベルが要求されてますが、別にこれに受からなかったからといって開発ができないっつ~わけではありません。ちなみに合格率は20数%程度です。
(*2)林修じゃないですが
 林修は東進ハイスクールの現代文の先生。同校のCMでブレイクして、今やインテリタレントです。CM見てるとビジュアル的には物理担当の苑田尚之先生のほうが存在感あるんですが、この人見てると、AVで女優さん縛ってる人っぽいのがブレイクしなかった理由かなぁ・・・(関係者の方、すいません)
(*3)赤尾の豆単
 正式名称は”英語基本単語集”ですが、ちっちゃい=豆な単語集なので通称”豆単”。入試時代はお世話になりました。”赤尾”は旺文社の創設者にしてこの本の著者である”赤尾好夫”から。入手は可能なようですが、1995年以来改訂されていない?!
(*4)TOEIC
 ”国際コミュニケーション英語能力テスト(Test of English for International Communication)”の略。
 500点というのは、Cランクの”日常生活のニーズに対応できるレベル。限られた範囲内では業務上のコミュニケーションも出来る。(470~725点)”の最低ラインってとこみたいです。
(*5)湾岸戦争をテレビで見て~
 湾岸戦争は1990年にイラクがクウェートに侵攻したことを発端に、国連多国籍軍とイラクの間で勃発した戦争。当時、アメリカのニュース専門放送局”CNN”が空襲の様子を生中継して、世界中で見てました。
(*6)ビリギャルブーム
 ”学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話”(坪田信貴 、KADOKAWA)が大ヒット、有村架純主演で映画化。学校で最低レベルのビリギャルが慶応大学に現役合格するって話らしいです。読んでないけど。
 日本人って、ホントのこう言った立身出世モノって好きだな~~
(*7)ドラゴン桜(三田紀房、講談社)
 経営破綻状態となった落ちこぼれ高校を救済するため、弁護士”桜木建二”が成績最低の高校生を現役で東京大学に合格させるという話(構図はビリギャルと同じ?!)。こっちは読みました。
 それっぽい受験メソッドてんこ盛りでこれを読んだせいか東大受験希望者が増えたそうです。そんだけで合格できるほど甘くないと思うんだがなぁ
(*8)闘う君の唄を~
 1994年のヒット曲” ファイト!(作詞・作曲: 中島みゆき)”の一節。なぜか中島みゆき版がなかったので、福山雅治カバーはこちらをどうぞ
調べて初めて知ったんですが、この曲と両A面だったのが”テレビドラマ”家なき子”の主題歌”空と君のあいだに”。当時名子役だった主演の安達祐実は今やお母さん役なんだから年をとるはずです。


Newボンドは”ウォッカ・マティーニ”以外、いろんなので呑んだくれています(007 白紙委任状/レモン)

 

ども、委任状なんてマンションの管理組合のぐらいしか書いたことないおぢさん、たいちろ~です。
 相変わらず○塚家具の父娘喧嘩、もとい会長と社長の経営方針をめぐるごたごたが続いています(*1)(2015年3月14日現在)。株主総会に向けて”プロキシーファイト(委任状争奪戦)”をやってるそうですが、これは”自分の意見に賛成します=委任状”をかき集めて多数決で勝ちを狙うってやり方。まあ、委任する側から見ると”あなたを信じて任せます”、悪く言っちまえば”丸投げ”と言えなくもないですが・・ しかしまあ、”プロキシーファイト”なんてゴルゴ13で知ったぐらいなんだけどな~~(*2)
 てな話をしてる時に最近読んだので”白紙委任状”のがありまして。ということで、今回ご紹介するのはジェフリー・ディーヴァーの手による世界一有名なスパイ・アクション”007 白紙委任状”であります。


写真はたいちろ~さんの撮影。近所のレモンの花です。

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【本】007 白紙委任状(ジェフリー・ディーヴァー 文春文庫)
 イギリス通信本部は大規模な襲撃計画を告げるメールを傍受した。事態を重く見た政府は阻止作戦のために一人のエージェントに指令を下す。表の顔は”海洋開発グループ(ODC)”に所属するセキュリティ・アナリスト、裏の顔は”白紙委任状を持つ男”ジェームス・ボンド、暗号名”007”に・・・
 ”リンカーン・ライムシリーズ”で明晰な推理を展開するジェフリー・ディーヴァーによる新しい”007”の誕生です。
【花】レモン
 ミカン科ミカン属の常緑低木。
 ちょっとごつごつしててとっても酸っぱい実がなりますが、その花は意外に可憐な白い花が咲きます。花言葉は”愛の忠誠、愛に忠実”


 007シリーズはけっこう好きでよく観ます。スタイリッシュなスパイ像を確立した初代”ショーン・コネリー”、アメコミっぽくってコミカルな”ロジャー・ムーア”、アクションバリバリの”ピアース・ブロスナン”、なんとなく暗くっておぢさんっぽい”ダニエル・クレイグ”(*3)。(単なる印象です。007ファンの方、すいません)
 で、今回ご紹介のディーヴァー版”007”はというと、アクション派というより頭脳派・推理派とでも言いましょうか。あと女性関係についてはいたって真面目な方のようです(やることはやってるけど)。このあたりのテイストはディーヴァーが色濃くでてるんでしょうかね。イメージでいうとクレイグあたりが近いんでしょうか。

今回の表題”白紙委任状”(CARTE BLANCHE、カルト・ブランシュ)ですが、最初は”カルト”で危ないカルト集団を連想したんですがこれは間違い。カルト(carte)はフランスで献立表のこと。適当?に料理を選ぶ”ア ラ カルト”のあれです。ブランシュ(blanche)は”白い”で直訳すると”白い献立表”、好きに書いてください=白紙委任ってとこでしょうか(ちなみにカルト集団のカルトは”cult”) 一昔前なら”殺しのライセンス”とか”殺人許可証”とか言ってたヤツのようです。しかも今回は”国外限定(*4)”。時代の流れとともにいろいろ制約がでてくるんでしょうかねぇ

 今回、変わったな~~と思ったのがお酒の話。かつてのボンドの飲む酒といえば、”ウォッカ・マティーニ”。

  ウォッカ・マティーニを、ステアではなくてシェイクで
  Vodka Martini,Shaken,not stirred

いや~、かっこいいですな。私も一度だけ(カクテルはけっこう高いので)頼んだことありますが、気分はもう007!。ちなみに作り方はといいますと、ジンとベルモット、さらにウォッカを加え、冷やしたものをステア(かき回す)のではなくシェイクしてレモンの皮を入れたもの。味は確か美味しかったような気が・・・

 このウォッカ・マティーニ、ボンドはドバイのバーで注文してますが、本書ではそれ以外にもけっこういろいろ飲んでます。
 本書の題名にもなっているのもカクテル。クラウンロイヤル(ウイスキー)のロックにトリプルセック(ホワイトキュラソー)、ビターズ、オレンジピールを加えたもの。オレンジについては

  オレンジのピールをツイストして添えてくれ
  スライスではなく、ピールだ

とのこだわりよう。こういったとこがボンドらしいですなぁ。ボンド曰く”名前はまだない”ですが、後に国際飢餓対策機構代表の美女(ボンド・ガール?)のフェシリティ・ウィリングと食事で飲む時に”カルト・ブランシュ”と命名。曰く

  あなたの賛同者にこのカクテルをたっぷり飲ませたら、
  あなたの一存でいくらでも金を持っていっていいという内容の
  カルト・ブランシュをその場で書いてよこすだろうから

そ~んな不思議なカクテルが欲しい、そ~んな不思議なカクテルが欲しい♪

 敵のボス”ヘイト”の所に潜入して飲むウィスキーにも一言

  ボンド:ウィスキーを頼む。スコッチがいい。できればシングルモルト
  ヘイト:オーヘントッシャンでは?
  ボンド:いいね。水を一滴落としてもらえればなおいい

こだわるよな~~ カッコよく

 ほかにもクラウンロイヤルのロックだのベイカーズ・バーボンのロックだの、グラハム・ベック・キュヴェ・クライヴ(スパークリングワイン)だの、けっこう高そうなお酒をのんだくれてますなぁ。

 それ以外にも変わったな~~ってのがハイテク化。昔からボンドと言えば”秘密道具”ですが、ずいぶん方向が変わっちゃいましたね。”ボンド・カー”なんかはカーチェイスや攻撃用でしたが、今や偵察衛星で備考をするわ、ビックデータ解析で敵の動きを分析するわ、フラッシュドライブに内蔵された盗聴器があるわ。極め付きはiPhoneそっくりで秘密機能てんこ盛り、Q課謹製(*5)”iQPhone”?!
 思えば、”スカイフォール”でオタクっぽい新任の”Q”が、秘密道具を”古い”といってコンピューターバリバリ使って敵を追い詰めるとかやってますんで(*6)。まあ、こういう時代なんですかねぇ スパイにとってやりやすいんだかやりにくいんだか・・・

 冷戦時代を色濃く反映するボンドと、ハイテク機器を使いこなすボンドとどっちがいいかは評価の分かれるところでしょうか。まあ、古い時代のボンドも捨てがたい魅力もあるんですけどね、幼馴染みたいなもんで・・・

  幼なじみの思い出は、青いレモンの味がする♪(*6)

《脚注》
(*1)○塚家具の父娘喧嘩、もとい~
 高級路線を継続したい創業者の親父と、カジュアル路線に転換したい現社長の娘が対立。親父は親父で幹部社員をずら~っとならべて記者会見するわ、娘は娘でアメリカの助言会社から自分の経営方針を評価しているコメントを出すわとステークホルダー巻き込んでの壮大な親子喧嘩の様相。まあ、社員はたまったもんじゃないでしょうけどね。
(*2)ゴルゴ13で知ったぐらいなんだけどな~~
 ハワイの一流ホテル乗っ取りの依頼を受けたヤクザ立花は、委任状争奪戦を指揮する。一方、立花により娘を自殺に追い込まれた大富豪は復讐にため、ゴルゴ13に狙撃を依頼する。
 ”プロキシー・ファイト”より。ゴルゴ13(さいとう・たかお、 リイド社)60巻に収録
(*3)スタイリッシュなスパイ像を確立した~
 ボンド役を演じた俳優別の代表作を上げてみると
・ショーン・コネリー:ドクター・ノオ、ロシアより愛をこめて、ゴールドフィンガー
・ロジャー・ムーア:黄金銃を持つ男、ムーンレイカー、オクトパシー
・ピアース・ブロスナン:ダイ・アナザー・デイ、トゥモロー・ネバー・ダイ
・ダニエル・クレイグ:カジノ・ロワイヤル、慰めの報酬、スカイフォール

(*4)国外限定
 本書の用語解説によると”MI6(情報局秘密情報部)”が国外を、”MI5(情報局保安部)”が国内を担当ということで、範囲が分担されているとのこと。ボンドが所属するODGは外務連邦省(FCO)の下部組織なので海外担当です。昔は国内外を問わずドンバチやってたような気がしますがねぇ・・・
(*5)Q課謹製
 ボンド用の秘密道具を次々開発するQ課。以前の”Q”は人の名前でしたが、本作ではQ課というセクションになりました。映画版では人のよさそうなおっちゃんでしたが、今考えると元祖オタクだったんでしょうかね。
(*6)コンピューターバリバリ使って敵を追い詰める
 ”白紙委任状”が出版されたのは2011年、”スカイフォール”が公開されたのは2012年ですから、順番的にはこっちが先なんですが、はい。
(*7)幼なじみの思い出は、青いレモンの味がする♪
 この曲の題名はそのものズバリの”おさななじみ”。作詞は永六輔、作曲は中村八大の黄金コンビ。他にも”上を向いて歩こう”、”遠くへ行きたい”、”こんにちは赤ちゃん”など名曲が多数。昭和だなぁ・・・

本読みには本読みにしか分からんツッコミってのがあるモンで・・・(読書狂の冒険は終わらない!/梅/好文亭)

 ども、ヲタクではありません、単なるビブリオマニア(*1)なおぢさん、たいちろ~です。
 以前にも書きましたが、最近読んだ本を肴にぐだぐだ酒を呑む会ってのをやってます。まあ、堕落した文芸部とでも言いましょうか。本をあんまり読まない人から見れば”それの何が面白いねん?”と言われそうですが、それはそれで特異な世界があるわけで。好きな作家がかぶっているとみょ~に嬉しかったりとか、未知のジャンルがちょっと気になったりとかそういった類のモンですが、話がどこに飛んでってもそれなりに話ができるってのが面白いんですな。
 で、この手の人種の中でもトップクラスな二人が対談するとどうなるか? ということで、今回ご紹介するのは超絶クラスのビブリオマニアなヒロインを主人公にした小説を書いた人、三上延と、倉田英之による”読書狂の冒険は終わらない!”であります。


写真はたいちろ~さんの撮影。
上は水戸偕楽園の梅(月宮殿)、下は偕楽園の好文亭の庭です。

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【本】読書狂の冒険は終わらない!(三上延、倉田英之、集英社新書)
 こなた超絶的な本の知識を持つ美貌の古本屋店主”篠川栞子”さんが探偵役を務める古書ミステリー”ビブリア古書堂の事件帖(*2)”の作者、かなた大英図書館特殊工作部のエージェントにしてビルを丸ごと本棚にする重度のビブリオマニア、ザ・ペーパーこと読子・リードマンを主人公とする”R.O.D(*3)”の作者。こんな本の読み手二人が”本”をネタに対談を行ったらどうなるか?!
 これを企画した編集者、偉いゾ!
【花】
 バラ科サクラ属の落葉高木。梅の別名を”好文木(こうぶんぼく)”と言います。これは晋の武帝が学問にはげめば梅の花が咲き、学問をやめると開かなかったという故事から。まあ、読書=学問とは限りませんが。
【旅行】好文亭
 梅で有名な水戸偕楽園には”好文亭”ってのがありますが、これは元々水戸藩第九代藩主徳川斉昭の別荘。こんな所で本の置き場を気にせず読書三昧の生活を送りたいモンですなぁ・・・


 さて、稀代のビブリオマニアなヒロインを生み出したお二人による対談ですから、さぞや面白い本を勧めてくれるんだろうかと思ってたんですが、のっけから(三上延のまえがき)でいきなり”勧めベタ”ですって話から。この本は延々”こんな本が面白かった”という話をだべってるって感じ。読んだ話がどうだとか、本にまつわるあるあるネタがこうだとか、まさにぐだぐたとって雰囲気。でも、これがまた面白いんですな。さすがにビブリオマニアは一味違います。
 ということで、本の話は本書を読んでもらうとして、心に残った本のあるあるネタからいくつかを。

〔三上:そうなんですよ。切り絵の表紙がかっこいいんですよ〕
 本の印象ってけっこう表紙に左右されるんですね。でも、意外と表紙を描いた人は誰かってわかんないの多いんですね。最近でこそライトノベルの表紙の萌え絵が売れ行きを左右するってぐらい認知度が上がってきてますが、一昔前だとそんな話ってあんましなくって。その中でも例外的なのが角川文庫。わりと定番化してたり、ころころ替えたりとか。本書で出てきてる話題だと横溝正史シリーズの杉本一文。エアブラシによるおどろおどろな表紙って、さも怖そげなミステリーって感ありましたね。Kindle版の表紙でも使われてますんで定番中の定番かと。
 これに対する双璧が江戸川乱歩シリーズの表紙を担当した宮田雅之。上記の三上の発言がこれ。私も好きで画集とか持ってましたねぇ。本書の中で三上が”一寸法師”の表紙で”小学校三年生で、なんでこんな不気味な表紙の本を買ったんだろう”って言ってますが、とっても良くわかります。こちらもKindle版の角川文庫で今でも使っていますんで定番なんでしょう。

〔三上:長いと挫折しますよね〕
 一般の評論と決定的に違うのがこれ。本書の中で倉田が言ってますがガイドブックって”分からない”とは書けないけど、この本では好き嫌いや個人的体験ベースなんで挫折話もありって。確かに本の話をすると途中で止まっているとか、あきらめたとかの話って以外に盛り上がるんですよね。初手から手を出さないとか(*4)。一概に長いから挫折するわけではないですが、やっぱし長いと切れやすい。倉田は”指輪物語”は全部読んだけど”ホビットの冒険”はダメだったとか(*5)、三上は”指輪物語”の三冊目までだったとか。この人達でもそんなんですから、まあ一般人でいたしかたないことでしょう。ちなみに私は1冊目で挫折しました

〔倉田:昔、講談社文庫に挿入されていた栞にマザーグースの詩を載せてましたよね〕

 上記のように表紙の話ってのは時々出てきますが、さすがに栞ってのはねぇ。こんなの話題に出てくるのって初めてじゃないかなぁ・・ まあ、”ビブリア古書堂の事件帖”には栞を使ったトリックってのをやってるぐらいだしなぁ・・
 よく使っていたのは確かハンプティ・タンプティだったかな。マザーグースって、最初は北原白秋訳、スズキコージ表紙(旧版)の”まざあ・ぐうす”があって、谷川俊太郎訳、堀内誠一表紙の”マザー・グースのうた”が出てその後谷川俊太郎訳、和田誠表紙の”マザー・グース”が出たんだっけ。和田誠版だとCDなんかもあってちょっとしたブームだったかなぁ。クックロビン聞きたくで買いました(カセットテープだっけ?)(*6)
 栞の話題になっているのは谷川俊太郎訳、和田誠表紙版。スズキコージ版、堀内誠一版だと絵本っぽかったけど和田誠版になると急にイラストテイストだったんでけっこう驚きましたけど。

〔倉田:古書のリサイクルセンターを呼んで運んだら、1トンあったって〕
 さすがに三上も”1トン? 冊数じゃなくて重さなんですか?”とのお返事。まあ、紙の表示って重さも使うんであながち間違っちゃいないんですが・・・(*7)
 だいたい本の量を聞かれて冊数で答えられるのはまだまだ少ない方メートルで答えるのもアリですが、このあたりだと本棚に収納できるとか床に積んであるレベルでしょうか。私とか友人だと”ダンボール箱でXX箱”って言い方になってきます。まあ、収納が立体的にできるとか一応箱単位で整理ができるってメリットはありますが、現実問題引っ張り出して探すとなると相当体力が要ります(なんせ重いんで)
 先ほど測ってみましたが、箱の大きさや何を入れるかにもよりますダンボール箱にいっぱい本を入れると18~25Kg程度。単純計算だと、ダンボール箱5~60箱ぐらいになります

〔倉田:三上さんの本棚を見て嬉しかったのは、同じ本が何冊もあったこと〕
 三上はこれに続けて”見つからないと、買わざるをえないんですよね”、とか”ネットで届いてから「ああ、買ってたっけ」と気づくんですよ”とか言ってますが、そうなんですよね~~ 私は読む用、保存用、布教用って買い方はしませんが、ダブリはけっこう出ます。特にBOOKOFFなんかを利用してると、中身を見てても”これ買ったっけ? まあ、次はないかもしれんから買っておこう!”みたいなノリで買っちゃって、家に帰って見たらやっぱしあったとか・・・ さすがにダンボール箱開けたら全部同じ漫画の同じ巻だったってのはないですが。

〔倉田:本が主で、余ったお金でご飯を食べるという考え方でした〕
 ”なんでオタクっていつも食費から削るのよ!”(*8)と言いますが、そうですか、本が主で食費が従ですか。単身赴任を始めた時に”せめて本代ぐらいリミッターをかけずに買いましょうか”とか考えた程度ですから、私もまだまだですなぁ・・・

 まあ、あまり本を読まない人には何が面白いんだかわからん話でしょうが、本読みには本読みにしか分からんツッコミってのがあるモンで・・・ お殿様みたいにお金があって別荘に梅のある庭園なんぞ持てる身分であればまた違うネタにでもなるんでしょうがねぇ・・・
 実は対談っていう文体を読むのってあんまり得意じゃないんですが、これは面白かったというかスイスイ読めましたね。 本好きの人にはお勧めの1冊、そうじゃない人には冷ややかに見られるだけかもね。


《脚注》
(*1)愛書狂・読書狂
 ビブリオマニアってのは愛書狂、読書狂、いわゆる”本を愛している人”のこと。本オタク。世界大百科事典によると愛書家(ビブリオフォリア bibliophile)が極端に高じた状態が愛書狂(ビブリオマニア bibliomania)。wikipediaでは”強迫神経症の一種で、社会生活もしくは当人の健康に悪影響を及ぼすもの”ってありますが、ずいぶんな言われようだなぁ
(*2)ビブリア古書堂の事件帖(三上延、メディアワークス文庫)
 北鎌倉にある古本屋”ビブリア古書堂”の美貌の女主人”篠川栞子”さんを主人公にしたミステリー。本にまつわるネタ満載のとっても面白い本です。
(*3)R.O.D(倉田英之、集英社スーパーダッシュ文庫)
 世界の歴史を影であやつる”ジェントルメン”は大英図書館特殊工作部の責任者”ジョーカー”に不老不死の秘密が書かれていると言われる”グーテンベルク・ペーパー”の輸送と護衛を命じる。ジョーカーがその任務に選んだのは特殊工作部のエージェントにして”紙”を自在に操る”読子・リードマン”だった・・・
 OVAを含めいろんなシリーズがメディアミックスされていますが、本編は中断中。お~い、続きどうなってる?!
(*4)初手から手を出さないとか
 この前の本の呑み会で”グイン・サーガ(栗本薫、ハヤカワ文庫)は読まんのか?”と言われましたが、栗本薫が死去するまででも正伝、外伝合わせて152巻。ちょっと勘弁してください状態です。
(*5)”指輪物語”は全部読んだけど”ホビットの冒険”はダメだったとか~
 ともにトールキンで評論社文庫より出版。”指輪物語”は新版で10巻ですが、1977年の旧版だと全6巻。現物が手元にないんですが、すんごいびっしり活字で埋まってたように記憶しています。ちなみに私が挫折したのは旧版のほうです。
(*6)クックロビン聞きたくで買いました
 ”誰が駒鳥殺したの”(原題はWho Killed Cock Robin)”。政治家などが失脚した時に”Who Killed XXX”は常套句だそうです。”僧正殺人事件”(ヴァン=ダイン)、”ポーの一族”(萩尾望都)など引用も多数。まあ、魔夜峰央の”パタリロ”に出てくる”クックロビン音頭”のモトネタ聴きたかったんですけど・・・
(*7)紙の表示って重さも使うんで
 紙を表すには質(上質紙とか再生紙とか)やサイズ(A4とかB5とか)などのほかに重さ(坪量、連量)があります。会社のコピー用紙にもちゃんと書いてありました
(*8)なんでオタクっていつも食費から削るのよ!
 ”宮河家の空腹”(美水かがみ、角川書店)より。しっかり者の”宮河ひかげ”とその姉でオタクな”宮河ひなた”な姉妹を描いたマンガ+アニメ。後先考えずに本や同人誌などを買ってくるひなたに対するひかげちゃんのツッコミより。これに対するひなたの切り返し
  大人になればわかるわよ 食よりも優先すべき何かがあるって


バブル×男女雇用機会均等法×情報誌=Hanako族かな?(銀座Hanako物語/銀座高級ブランド三連発)

 ども、ファッションにも高級ブランドにもま~ったく縁も興味もないおぢさん、たいちろ~です。
 ですんで、”Hanako(*1)”という雑誌は知ってるんですが、読んだことはまあほとんど無いんです。じゃあなぜゆえに今回ご紹介する”銀座Hanako物語”を読む気になったかというと、広告に載っているキャッチコピーが実に印象的なんですな、これが。
 ということで今回ご紹介するのはバブルと寝た雑誌”Hanako”(*2)の創刊時代の編集者達のお話”銀座Hanako物語”であります。


写真はたいちろ~さんの撮影。
銀座2丁目交差点付近、手前からルイ・ヴィトン、ブルガリ、ティファニーのお店です

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【本】銀座Hanako物語(椎根和、紀伊國屋書店)
 サブタイトルに”バブルを駆けた雑誌の2000日”とあるように、まさにバブル時代を象徴した雑誌”Hanako”の初代編集長”椎根和”と”柿内扶仁子”ら個性的な編集者を扱ったルポタージュ。椎根和が第三者の目線で自分を記載するというなかなかユニークな構成になっています。
【旅行】銀座高級ブランド三連発
 今も昔も高級ブランドの街”銀座でありますが写真はそんなお店が並んでる一角
  ルイ・ヴィトン:女子大生御用達のバック屋さん。
          でもニセブランドが摘発されると必ずあるんだよな~
  ブルガリ   :時計屋さんだと思ってましたが、高級宝飾店でした。
          だって、バブリ~であやしげな紳士って
          必ずこの時計してそうなんだもん
  ティファニー :オープンハートのペンダントが贈り物の定番でしたねぇ
          まあオードリー・ヘプバーンの”ティファニーで朝食を”
          名前を知ったんですけど
 高級ブランドと言っても、おぢさんにはこの程度の認識です
 (あくまで個人の感想です。間違ってたらごめんなさい)


 ”銀座Hanako物語”には創刊当時の目次が載っているんですが、今見ても斬新ですね。なれなれしさの中にも私だけが知ってる感があって、それでいて脅迫的というか
 クリスマスネタのだと

  銀座は予約しなければ、食事も買い物もできない リザーブ銀座大情報 全236軒
  大混乱が予想されるXmasの休日。でも、銀座で宿泊可能なホテルを発見

みたいな(90.10.18号)。
 まあこの年はクリサマス・イブ一晩で20万円ほど、椎根をして”歴史上最高にお金のかかる聖夜になったにちがいない(*3)”と言わしめてますが。そういやHanakoに連載されてた吉田秋生の”ハナコ月記(*4)”で彼氏のイチローさんが

  おまえらフツーの男がいったいいくら稼げると思ってやがんだ!

と怒ってましたねぇ

 まあ、私自身はバブル時代もお金には縁がなかったし、美味しい思いをしたこともなかったので本書に出てくるようなエピソートって”マジっすか?!”って感じですが、確かに時代の空気としてはあったんでしょうなぁ。
 ”Hanako”(Hanako族)が流行語大賞銀賞をとったのは前年の1989年(*5)。”Hanako”のコンセプトにあわせた”結婚にも、仕事にも、レジャーにも徹底して楽しむ新しいタイプの女性”の登場というのは、”バブル”&”男女雇用機会均等法”の影響が大きいんではないかと。

 バブルってのは、実体経済成長以上に資産価格膨らむ、まあ”今持ってる土地や株を売れば金は手に入る(はず)だし、先行きもっと金が手に入る(はずの)”という経済的な側面と、”みんなお金使ってるんだから、自分がつかっても良いかな?”みたいな時代のユーフォリア的な雰囲気の両面あるんでしょうね。
 それに”男女雇用機会均等法(*6)”の施行により女性の社会進出と男性並みに収入があって、女性もお金を使える環境が整ってきたのがあるのかも(どんだけ貯金してたかは知りませんが・・・)
 で、そんな女性の背中を押したのが”Hanako”かな。女性の消費行動に一定の方向性を与え流行を生み出すパワーみたいのが確かにあの時代にはありましたねぇ グルメに海外旅行に高級ブランドにと。

  いま シャネルブティックから商品がすぐ消えている
  <ホノルル・香港・シンガポール> 都市別賢くシャネルを買う方法

   (88.7.21掲載)

 まあ、こんなコピーが載ってるんだけど信じられんノリです

 本書はある意味”バブルを駆け抜けた女性達”の一瞬の光芒の話でもあります。
 あの時代を懐かしいと思う昔のお嬢様方だけでなく、今のお嬢様方にとってもお母さん達が若かりし頃に見た一夜の夢を知るにもいいかも。ブランドをまったく知らないおぢさんでもけっこう面白く読めました。


《脚注》
(*1)Hanako
 マガジンハウスが首都圏在住の27歳女性をターゲットに1988年に創刊した情報誌。マガジンハウスは女性向けの”an・an”や”オリーブ”、”クロワッサン”、男性向けの”BRUTUS”、”POPEYE ”なんつ~オシャレげな雑誌を出版しています。まあ、ご年配のおぢさんには”平凡パンチ”を出してた平凡出版といったほうがわかりがいいかも。
(*2)バブルと寝た雑誌”Hanako”
 ”XXと寝た○○”の元ネタは1970年代後半に圧倒的な人気を誇ったアイドル”山口百恵”を写真家篠山紀信(か作詞家の阿久悠)が評した言葉”時代と寝た女
 2014年に講談社から”隔週刊 山口百恵「赤いシリーズ」DVDマガジン”が出版されるほど伝説的な女優でもありますが、意外なことに人気絶頂期の1980年に結婚・引退したのは21歳と当時でもけっこう早婚。活動期間8年間とまさに時代を駆け抜けた人でした。
(*3)歴史上最高にお金のかかる聖夜になったにちがいない
 内訳はディナー2万円×2人+ホテル4万円+ブランド品のプレゼント。
 国税庁の”民間給与実態統計調査結果(平成24年分)”によると正規従業員男性の平均年収は520万円、非正規雇用では225万円としてますので、今の感覚だと半月分とか1ケ月分の給料が一晩で吹っ飛ぶ計算になります。
(*4)ハナコ月記(吉田秋生 ちくま文庫)
 1988年6月9日号から94年9月29日号まで「Hanako」に連載された吉田秋生のエッセイ風漫画。27才のサラリーマン”イチロー君”と26才でフリーのイラストレーター”ハナコさん”(同棲中)が主人公ですが、時まさにバブルの絶頂期だけあって、バブリーなネタがいっぱい出てきます。詳しくはこちらをどうぞ
(*5)1989年
 この年の流行語大賞に選定されたのは
  セクシャル・ハラスメント:女性に対する性的ないやがらせ
  オバタリアン:傍若無人なおばちゃん(堀田かつひこの漫画より)
  濡れ落葉  :仕事も趣味も仲間もなく、妻に頼りきってる定年退職後の男
など。弱体化する男性と元気のある女性の対比がよくわかります。
(*6)男女雇用機会均等法
 正式名称は”雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律”というもっちゃりしたもの。ここでは1986年施行のものを指します。ただし、男性と同等の雇用だったのは”総合職”と呼ばれる分野で、一般業務を担当する”一般職”というのも別にありましたが。
 就職戦線は完全な学生の売り手市場。今ではファーストフードなどでアルバイトが集まらないなんて話題をやってますが、当時は正規雇用でその状態でしたから今の若い人には信じられん状況でしょうなぁ

かつて”ぴあ”という名の情報誌があった(「ぴあ」の時代/パンタロン)

 ども、かつて関西の某大学で大学祭実行委員長をやってたおぢさん、たいちろ~です(これは本当)。
 大学祭自体は11月上旬ですが、準備なんかは春から始まっているわけです。当時は1980年代の前半でしたのでまだ学内に中核派(*1)なんかがいて全体集会は毎回大荒れ。それでもなんとかかんとかまとめてきます。
 出し物が決まってくると広報をするんですが、当時関西エリアをカバーしてたのが”プガジャ(*2)”、”Lマガ(*3)”といった情報誌。インターネットのイの字もない時代です。
 それでも、自分たちのやってる行事が活字媒体に載るってのはなかなか感動的なデキゴトでした。
 ということで、今回ご紹介するのはかつて存在した情報誌を扱った本”「ぴあ」の時代”であります。


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 写真は”ぴあ”創刊号の表紙。


【本】「ぴあ」の時代(掛尾 良夫 キネ旬総研エンタメ叢書)
 映画が大好きな大学生”矢内廣”たちは映画を見るための情報に飢えていた。どこの映画館でどんな作品が上映しているのか、そこへはどんな道順で行けばいいのか・・
 でもそんな情報が載っている本なんかない。彼らは考えた。それならば自分たちが欲しい情報が載った雑誌を自分達で作ればいいんだと。そして1972年、”ぴあ”は誕生した。
 情報誌としての”ぴあ”の誕生から終焉までを描いたノンフィクション。
【ファッション】パンタロン
 下側にひろがったフォームをもつズボンのこと。1960年代末期より日本で大流行しました。現在ではベルボトムと言うそうです。
 wikipediaで検索すると”ベルボトム”に転送されたうえ”現在では死語と化している”との表記。おぢさん世代にはちょっと哀しい・・・


 現在、情報誌といえば”XX Walker”(角川書店)といったタウン誌、”じゃらん”(リクルート)みたいな旅行誌なんかでしょうか。名前こそ”ぴあ”を引き継ぐ”XXぴあ”みたいなテーマ誌もありますが、情報誌としての”ぴあ”とは別物。おぢさん世代がよく使っていた1980年代はフルカラーなんかは望むべくもなく、ほとんど活字情報、写真もモノクロだったと思います。

 ”ぴあ”の創刊は1972年7月。最終号は2011年7月と今回出てくる3誌の中ではもっとも長命で39年間続きました。その休刊のニュースリリースにあたって、筆者の掛尾 良夫は

  筆者を含めた40代以上の層はもっと複雑だった。
   (中略)
  そして、『ぴあ』を片手に街中をめぐった日々の記憶が鮮やかに蘇ったに違いない
  言い換えるなら、このニュースが読者それぞれの青春を呼び起こしたのだ。
  繰り返すが、彼らの反応は嘆き悲しむ類のものではなく、
  「お疲れさま、ご苦労さま」といった感情だったはずである。

 と書いてますが、おぢさん世代にはまさにその通り。
 パンタロンに底のぶ厚いサンダルを履き、伸ばし放題の髪にチューリップハット(*4)をかぶって、プガジャやLマガ持って遊びまわってましたねぇ。今、この当時の写真が出てきたら絶対笑っゃうでしょうが
 まあ、文化風俗ってのは移ろうものですが、そんなのを乗り越えてこの情報誌は長く続いてたんですねぇ・・・

 ”ぴあ”の編集方針ってのは

  「いつ」、「どこで」、「誰が」、「何を」という客観情報を漏れなく掲載する一方、
  編集部の主張といった主観を一切排除し、情報の取捨選択は読者がする

といったものだそうですが、これってwikipediaみたいなのとある一面に良く似てるんですね。ぴあも”ぴあシネマクラブ”といった映画のインデックス情報を集めた雑誌を出してますが、これもインターネット前夜の”映画版wikipedia”みたいなもんだし。

 ”ぴあ”が発行されていた1970年代から2011年頃までの移り変わりを見てみると

 上映情報なんてほとんどない ⇒ 情報誌で調べる ⇒ インターネットで検索する
 映画は映画館で観る ⇒ ビデオを買って観る ⇒ DVDを借りて観る
 映画は大手映画会社が作る ⇒ 映画会社の衰退 ⇒ 自主映画から新世代の監督が台頭
 古い映画は名画座をチェックして観る ⇒ DVD化してれば100円でOK
 映画館は並ぶもの。予約席はブルジョアの物 ⇒ インターネット予約がデフォルト

 こうやって考えてくと映画というビジネスが急速に変化し、提供される媒体が多様化情報が紙(リアル)からネット(バーチャル)にシフトしていった時代なんですね。当然、これに伴って情報誌としての”ぴあ”が変質を余儀なくされてくのが分かります。その中でインターネットへの対応ってのも必然だったかも。本誌でも”チケットぴあ”の話が出てきますが、キャプテンシステム(*5)から始まるぴあのネットサービスへのかなり早い時期からの取り組みってのもまあ、危機感の表れだったようですし。
 今でこそインターネット当たり前の世の中ですが、”チケットぴあ”のプレスタートは1983年(本格スタートは1984年)。パソコンがやっと普及機に入りがけで、ウェブサービスなんて夢のまた夢の時代です。やっぱし、社長の矢内さんてのは先見の明があったんでしょうねぇ。

 そのほかにも自主映画、新人監督の登竜門になった”ぴあフィルムフェスティバル(*6)”なんて懐かしいネタのてんこ盛りの本。
 本書は”ぴあ”をめぐるプロジェクトXと読むか、情報誌という切り口で1970~80年代のサプカルチャーを見るかはお好みですが、当時青年だったおぢさん世代にはお勧めの本です。

《脚注》
(*1)中核派
 ”マルクス主義学生同盟中核派”のこと。さすがに学生運動自体は下火になってましたが”三里塚闘争”なんてのを掲げてました。当時は大学祭のパンフットにもちゃんと”中核派”で掲載されてましたが、今はどうなんだろう?
(*2)プガジャ
 ”プレイガイドジャーナル”の略称。かつて存在した関西エリアの情報誌。発刊は1971年と今回出てくる3誌の中ではもっとも古く”日本で最初の情報誌”と言われているそうです。
 雑誌自体は1987年に休刊。
(*3)Lマガ
 ”Lmagazine(エルマガジン)”の略。かつて存在した関西エリアの情報誌。発刊は分かりませんでしたが会社(京阪神エルマガジン社)は1979年なので後発と思われます。3誌の中で唯一新聞社資本(神戸新聞社の出資)が入っています。
 雑誌自体は2008年に休刊。
(*4)チューリップハット
 チューリップの花を逆さにしたような帽子。”ぴあ”の表紙の右から2番目の男の人がかぶってるやつです。こっちはwikipediaで検索しても出てこないのがちょっとさびしい・・
(*5)キャプテンシステム
 日本電信電話公社(現NTT)他が提供したビデオテックスサービス。
 今から見れば携帯電話以下のしょぼいグラフィックスとしか思えませんが、当時はニューメディアの旗手みたいにもてはやされてました。
(*6)ぴあフィルムフェスティバル
 ぴあが主催する自主映画のコンテスト&上映会。
 大学の映画サークルが自主映画を撮るのを描いた漫画”あどりぶシネ倶楽部”(細野不二彦、小学館、1986年発行)にも”18歳にして「ぽあ・フィルムフェスティバル」に入選を果たした青年”ってのがでてきます。オウム事件のはるか前なのでOKですが、今ならちょっとヤバいネタかも。

昭和のオタクに花束を(オタクはすでに死んでいる/花束)

 ども、昭和のオタクの生き残りのおぢさん、たいちろ~です。
 先日、”リトル・ピープルの時代(*1)”という宇野常寛による評論を読みました。”ビック・ブラザー=体制という大きな物語装置がが壊死してリトル・ピープルの時代に変遷した”とった内容なんですが、ユニークなのが元ネタとして村上春樹、仮面ライダー、ウルトラマンなどを同一の地平で語っている点
 オタク的知識をベースにこういった評論が出る時代になったんだなぁというのが正直な感想ですが、ふと思い出した本がありました。それが、今回ご紹介する”オタクはすでに死んでいる”であります。

Photo
 写真は奥様の撮影。奥様作成のウェディングブーケです
 (詳しくは奥様ブログ「フラワークラフト作家”Ann”のひとりごと」”をご覧ください)

【本】オタクはすでに死んでいる (岡田斗司夫 新潮新書)
 かつて”オタキング”と呼ばれた男、岡田斗司夫(*2)によるオタク評論。
 テレビの企画で、いまどきのオタクたちに対面した著者が覚えた奇妙な違和感。そこから導き出された結論は「オタクはすでに死んでいる」だった。小さな違和感から始まった思索の旅はやがて社会全体の病にまで辿り着く。(本書紹介文より)
 オタクによるオタクのためのオタクの死亡宣言でもあります。
【花】花束
 花を何本か束ねたもの。英語だと”a bunch of flowers”。
 ダニエル・キイスの名作SF”アルジャーノンに花束を(*3)”の原題は”Flowers for Algernon”なので”Flowers”でもいいみたいです。
 フランス語だとブーケ(bouquet)になりますが、こっちはウェディングなんかで使われるかと。

 この本の主張を簡単にまとめると”「自分の気持ち至上主義」のオタク第三世代の登場により共同幻想としてのオタク文化が成立しなくなった”といった内容でしょうか。

 これは岡田斗司夫という人と、とりまく社会環境をあわせてみないと分かりにくいかもしれません。
 岡田斗司夫は脚注にもあるように、SFファンのお祭りでもある”日本SF大会”を開催した人で、アニメオタクというよりSF畑の人でした。
 当時のSFファンの感覚として、SFが分かるための読書量が

  「一冊読んでもダメ、百冊読んでもダメ、
  千冊読んだらSFってなんだかそろそろ分かるんじゃないかな」と言われてました。

 と本書には書いてます。まあ、千冊は極端にしても(*4)、私の周りにいるSF好きは本好きな連中が多かったのは確かです。また、千冊も読むような輩はSFだけ読んでいるってことはなくて、手当たりしだいになんでも読みますみたいなけっこう広範な知識の持ち主ではありました。
 また、”スタートレック”がまだ”宇宙大作戦”といわれていた時代に(*5)、これを英語の原書で読んでるなんて先輩なんかもいましたし。
 (さすがに浪人しましたが・・・。若くして病気で亡くなられましたが、存命中は高校の先生をされてました)

 ことほどさように、この時代のSFファン(SFオタク)にとって村上春樹と仮面ライダーを同じ”作品”としてとらえることにそんなに違和感はなかったんですね。ただ、世間に対してそんな話をしないだけで
 ただ、こういった”オタクとして必要な教養”を持ったある意味ハイイインテリジェンスな”強いオタク”の世界であったものが、”機動戦士ガンダム”や”スターウォーズ”に代表される”わかりやすいSF”の登場によりSFオタク崩壊の萌芽を抱え込むことになります。

 この後、宮崎勤事件(*6)に代表されるカリカチュアライズされた”悪しきオタク像”みたいなオタク受難の時代を迎え、オタクたちは世間に対し”この作品はすごい”的なアピールをしていくことになります。

 岡田斗司夫はこのような一般人とオタクは違うという前提の第一世代(オタク貴族主義)、アカデミックな価値を含めてアピールをしていく第二世代(オタクエリート主義)という言い方をしています。

 で、”萌え~~”に代表されるのが第三世代。”私が好きかどうか”が重要であってオタク同士で共用できる思想のない、いわば”中心概念の不在”の時代になります。
 「自分の気持ち至上主義」という言い方をしてるんですが、内容を本書から引用だと

  「自分の気持ち至上主義」は、我慢や強調を強いる共同体の縛りつけを説きます
  その代わり、共同体の結びつきによってかろうじて維持されている同族意識や共同幻想、
  すなわち「文化」自体も破壊してしまうのです。

   (本書より引用。原文ママ 強調はたぶん協調)

 よって、同族意識や共同幻想をもつ”オタク”というものが死んでしまったと。

 話は戻って、”リトル・ピープルの時代”を読んで感じたのは、作者の宇野常寛(*7)という人は思考的には第一世代、行動的には第二世代の人じゃないかと。世代的には第三世代の人なんでしょうが、あんまりそんな感じがしませんでした。はっきり言って歳を見るまで昭和のオタクの人だと思ってました

 ”オタクはすでに死んでいる”は”オタク”を切り口とした秀逸な世代論でもあります。若い人というより、”古き良き昭和のオタク”に読んで欲しい本です。

 締めくくりの言葉

  うらにわの昭和のオタクのおはかに花束をそなえてやってください(*8)



《脚注》
(*1)リトル・ピープルの時代 (宇野常寛 幻冬舎)
 リトル・ピープルの時代―それは、革命ではなくハッキングすることで世界を変化させていく“拡張現実の時代”である。“虚構の時代”から“拡張現実の時代”へ。震災後の想像力はこの本からはじまる。(Amazon.comより)
 500ページを越える評論なのでうまく要約できませんが、まあ読んでみてください。けっこう面白いです。
 詳細は”ビック・ブラザーからリトル・ピープルへ。あるいは将棋型社会からオセロ型社会へ”をどうぞ。
(*2)岡田斗司夫
 1958年生まれ(私の1つ年上です)。大阪芸術大学芸術学部客員教授。
 1981年、第20回日本SF大会(DAICON3)を開催。自主製作アニメーション(”電車男 オープニングアニメ”の元ネタ)を上映
 1984年、アニメ制作会社「ガイナックス」を設立、アニメ”王立宇宙軍 オネアミスの翼”、”トップをねらえ!”などを作成。(この会社はのちに”新世紀エヴァンゲリオン”を作成することになります)
 1994年に東京大学教養学部の非常勤講師を務め「マルチメディア概論」(通称 オタク学)の講義を行う。
(*3)アルジャーノンに花束を(ダニエル・キイス 早川書房)
 知的障害で幼児程度の知能しかないチャーリイは脳手術により超人的な知性を獲得する。ところが同じ手術を受けたたハツカネズミのアルジャーノンに異変が発生し・・・
 この1冊をして”アルジャーノンテーマ”を確立した不朽の名作。
 お勧めなんですが、妊娠中の奥様に読ませたら”妊婦にはちょっと・・・”と言われました。まあ、本は相手を見て勧めましょう。
(*4)千冊は極端にしても
 仮に週2冊=年間100冊読んでも10年、週3冊=年間150冊読んでも6年8ケ月かかります。当時の激烈な受験戦争期にマジにこんだけ本を読み続けていたとしたら相当な努力家とも言えます。
(*5)”スタートレック”がまだ”宇宙大作戦”といわれていた時代に
 今でこそ”スタートレック”で通用しますが、当時はTVで放映されていた邦題の”宇宙大作戦”が一般的でした。
 日本で”スタートレック”の名前で世間に出たのは1980年公開の映画”Star Trek: The Motion Picture”から。
 さすがに最近はなくなったようですが、当時のノベライゼーションの表紙には”スタートレック”と”宇宙大作戦”が併記されていました。
(*6)宮崎勤事件
 1989年に発生した”東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件”のこと。
 犯人の宮崎勤の自宅からアニメや特撮番組のビデオ6000本近くを所有しているのが見つかり、オタクバッシングの象徴的な事件となりました。
(*7)宇野常寛
 1978年生まれなので、歳は30代前半です。
 リトル・ピープルの時代には”AKB48”や”らき☆すた”など空気系の話も出てきますが、議論の中心にはなってません。
 このあたりの話は”AKB48にバレンタイン・キッスはあるのかな?”でどうぞ。
(*8)うらにわの昭和のオタクのおはかに
 元ネタは”アルジャーノンに花束を”の最後の一節
  うらにわのアルジャーノンのおはかに花束をそなえてやってください
 です。

独りであること、未熟であること、これが私の二十歳の原点である(二十歳の原点/カトレア)

 ども、娘が成人式を迎えたおぢさん、たいちろ~です。
 娘も成長したってこですが、まあ、歳もとるはずだわな~~と思いながら記念写真を撮りに行きました(*1)。
 で、今回は前々から娘が二十歳になったら読みなおそうかなあと思っていた本、”二十歳の原点”であります。


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 写真はたいちろ~さんの撮影。北海道大学植物園のカトレアです。


【本】二十歳の原点(高野 悦子 新潮文庫)
 独りであること、未熟であることを認識の基点に、青春を駆けぬけていった一女子大生の愛と死のノート。学園紛争の嵐の中で、自己を確立しようと格闘しながらも、理想を砕かれ、愛に破れ、予期せぬうちにキャンパスの孤立者となり、自ら生命を絶っていった痛切な魂の証言。(裏表紙の紹介文より抜粋)
 ずっと”はたちのげんてん”だと思ってましたが”にじゅっさいのげんてん”が正しい読み方でした。
【花】カトレア
 中南米原産のラン科植物。洋ランの女王とも言われる美しい花。
 花言葉は”あなたは美しい、優美な女性”の他に”純粋な愛、魔力”なんてのもあります。


 高野 悦子さんというのは、1969年6月24日、二十歳で自殺した立命館大学の学生。”二十歳の原点”は1969年1月2日から6月22日までの彼女の日記です。表題にある

 「独りであること」、「未熟であること」、これが私の二十歳の原点である。

というのは、1月15日の成人の日(*2)に書かれている言葉です。

 実はこの本、高校生の時に読んだんですが、紹介してくれたのは当時仲の良かった女の子(*3)でした。今にしてこの本を読みなおすと、精神的にずいぶん大人だったんだなぁと思います。
 この日記が書かれたのは1969年で、私がまだ10歳ぐらいでしたから、学園紛争なんてのはよくわからなくて、”学園紛争(*4)”のような時代背景をよくわからなくて読んでたような気がします。でも、大人になって読みなおしてみると、高野 悦子さんという女性は2つの側面があるなあと。

〔独りの女子大生としての高野悦子〕
 恋にあこがれるし、生きるためにアルバイトもするし、人間関係に悩んだりもする。そんな普通の女子大生としての感性っているのが、とてもみずみずしいんですね。ただの二十歳の女性らしい風景がっても好感が持てます。

  恋人が欲しいと思う
  彼は山や海が好きで
  気がむくとザックをかついでヒョット出かける
  そして彼は詩が好き
  臆病なくせに大胆で 繊細で横暴
  子供のように純真で可愛らしいと思うと
  大方の男がそうであるように タイラントのようで

 そして、恋を失っても立ち向かっていこうという強さと、自分の弱さに悩む苦悩というのがまた、若者らしいです。

  一抹の期待も抱いてはならないのだ。きっぱり決別しよう。
   (中略)
  私はあの若人のもつ明るい笑い声をとうとう失ってしまった
  そして、再び「結局は独りであるという最後の帰着点」に私はいる

 今なら山田かまち(*5)あたりが近いんでしょうか。

〔学生運動に傾倒する高野悦子〕
 さすがに私が大学に入ったころは、学生運動はほとんど終息していて(*6)高野悦子の生きていた風景っていうのを実感できるわけではないですが、高野悦子の悲しいまでの真面目さと時代の空気が”学生運動に傾倒する高野悦子”を作り上げたんだろうなあ。

  生きてる 生きてる 生きている
  バリケードという腹の中で 友と語るという清涼飲料をのみ
  デモとアジ アジビラ 路上に散乱するアジビラの中で
  風に吹きとび 舞っているアジビラの中で
  独り 冷たいアスファルトにすわり
  煙草の煙をながめ
  生きている イキテイル

 自殺する直前に書かれた詩ですが、この詩のには原典があります。”反逆のバリケード(*7)”という本の巻頭詩ですが、高野版のほうが詩的には孤独感みたいのがあります。
 そして、本の表紙にも書かれている最後の詩。

  旅に出よう
  テントとシェラフの入ったザックをしょい
  ポケットには一箱の煙草と笛を持ち
  旅に出よう

   (中略)
  小川の幽かなるうつろいのざわめきの中
  天中より涼風を肌に流させながら
  静かに眠ろう
  そしてただ笛を深い湖底にしずませよう

 もし、高野悦子が学生運動の時代ではなく、もっと違う時代を生きていたとしたら詩人として幸せな人生を送れていたのかもしれません

 今の二十歳の人にとっては、時代背景とかわかりにくいかもしれませんが、一度は読んで欲しい本です。脚注付きの新装版が2009年に発行されていますが、表紙に赤い花の絵のある旧版のほうが趣があります(*8)。

《脚注》
(*1)記念写真を撮りに行きました
 正直なところ、後からあんまり見直すとは思えないんですが。
 一昔前なら見合い写真に使うとかもあったんでしょうが、今はそんなこともしないだろうしねぇ・・・
(*2)成人の日
、「おとなになったことを自覚し、みずから生き抜こうとする青年を祝いはげます」日(国民の祝日に関する法律)。間違っても酒を呑んで暴れる日ではありませ。
 現在は1月の第二月曜日ですが、1999年までは1月15日に固定でした。ってのもあと10年もたてば解説入れとかないとわかんなくなるんだろうなぁ。
(*3)仲の良かった女の子
 美人さんにして、生徒会副会長という才媛です。彼女じゃなかったけど・・・
 現在は大学教授の奥様であります。
 彼女の息子と私んちの息子がともに高校2年生と、この本を紹介してくれた歳になってるんですから、親も歳をとるはずです。
(*4)学園紛争
 多少なりとも大人になって調べてみると、学園紛争そのものは大学の学費値上げ反対とか大学自治、教育機関としての大学のあり方自体を見直すというものだったようですが、三里塚闘争、70年安保闘争、ベトナム戦争反戦平和とかも一緒くたになったもんだと思ってました。
 1965年 ベトナムに平和を!市民文化団体連合発足
 1968年 日本大学で日大全共闘(全日本学生自治会総連合)結成
 1969年 東大安田講堂攻防戦
 1970年 よど号ハイジャック事件。安保反対国会前デモ。日米安全保障条約が自動延長
 1972年 連合赤軍「あさま山荘」事件
(*5)山田かまち
 画家・詩人。17歳の時、自宅でエレキギターの練習中に死去。死後に保管されていた詩を書き付けたノートやデッサン水彩画を詩集や画集として出版さました。17歳の少年の若々しい感性に好感が持てます。
(*6)学生運動はほとんど終息していて
 まだ中核派によるキャンパスのロックアウトがあったり、機動隊の灰色バスが止まっていたりとかはしてましたが、三里塚闘争なんかはぜんぜん盛り上がっていなかったですねぇ。
(*7)反逆のバリケード(日本大学文理学部闘争委員会書記局 三一書房)
 原典はこちらから
(*8)表紙に赤い花の絵のある旧版~
 調べてみたんですが、何の花かわかりませんでした。たぶんカトレアだと思うんですが・・・

本屋さん回って、帰ってきて、本を読むだけ・・・ あぁー、幸せ。(本に埋もれて暮らしたい/11月のお茶会(に隠されれた書庫))

 ども、あいもかわらず”酒と本の日々”のおぢさん、たいちろ~です。
 いろいろあった怒涛の2011年ももうすぐ終わろうとしています。
 単身赴任も9年目、ヒマを持て余しての読書とDVD三昧ということで、本で60~70冊ぐらい、DVDで100タイトル以上は観たでしょうか(*1)。本は図書館で借りる派なので場所をとりませんが、上記以外でもコミックがまたけっこうなボリュームで読むので、本棚代わりの押し入れからあふれ出してタタミの上に繁殖しつつあります。
 ”帰ってくる時は、本は処分してくださいね!”というのが奥様の口癖ですが、まあ、本に埋もれてくらしてるってのもそんなに悪くはないんですがねぇ。別に浮気をしてるわけじゃなし・・
 ということで、今回ご紹介するのは稀代の本読みでもある直木賞作家、桜庭一樹の”本に埋もれて暮らしたい”であります。


11


 写真は奥様の撮影。11月のお茶会の時の私んちの壁のディスプレイとテーブルです。


【本】本に埋もれて暮らしたい(桜庭一樹 東京創元社)
 サブタイトルが”桜庭一樹読書日記”とあるように、桜庭一樹の日常生活+その時の写真+読んだ本の話で構成されている書評というより、やっぱり日記。でも、恐ろしいほどの量の本を読んでます、この人。
 東京創元社のウェブマガジン”Webミステリーズ!”に連載されている”桜庭一樹読書日記”の書籍化4冊目の本です。
【花】11月のお茶会(に隠されれた書庫)
 奥様演出のお茶会の写真。この後ろには私の本棚が隠されていますが、荷物置き場状態で半分以上、本が出せない状態です・・・


 桜庭一樹と私の本のジャンルがかぶっていないようで、”本に埋もれて暮らしたい”に出てくる本はあんまし読んだことないんですが、まあ量的には出るわ出るわ。毎回見てるとこの人の生活って、お酒飲んで、帰ったらお風呂入って、本読んで寝るってパターンの繰り返し。私はお酒に弱い方なんで、家に帰ってすぐ寝ちゃう方ですが、もう少し夜更かしできればもっと本が読めるのになぁ・・・

 桜庭一樹の場合、こんだけの本をどこに収納してるかというと、カニ歩きしないと入れない玄関本棚とか、押し入れのカラーボックスとか、クローゼットの服と床の間に押し込んだりとか、床に積んだりとか・・
 この苦労って、本読みでないとわかりません。単に”片付けられない人”と思われるかもしれませんが、ある限度を超えると本を整理して片付けるって発想は出てこないものです、はい

 まあ、上には上がいるもので、本書に出てくる編集者のK村女子の話。

 歩きながらK村女子が「このへん(新宿三丁目)で飲んでばかりいるんで、いっそ引っ越そうかとおもってるんですよねぇ」というので、荷物も多いし、広めの部屋がいいんですよね。六、七十平米ぐらい?」と聞く。すると、「神などいない!」とでっかい声で言われた若い宣教師のように、静かに首を振り、「書庫がどんどん生活を浸食してきたので、最低八十平米はないともうまともに暮らせませんね・・・」とつぶやく。
 (2010年3月某日)

 まあ、こうなってくると読子・リードマン状態なんでしょうねぇ(*2)。
 電子書籍にすれば場所をとらないのはわかってるんですが、まだ手がだせてません。”本を処分してくれれば、iPad買ってあげる”と奥様から言われてちょっと心動いてはいるんですが・・・

 保管コストや整理の手間を考えると(*3)、自炊屋さんに頼んで一気に電子化するか(*4)、あとはダリアンとお友達になるぐらいしか手はないかねぇ・・・(*5)

 まあ、増える一方の本ですが、それでも本を読む楽しみは捨てがたいモノ。

 誰っにも、会わっない。お昼に起きて、原稿書いて、本屋さん回って、
 帰ってきて、本を読むだけ・・・ あぁー、幸せ。

 (2010年4月某日)

 2012年はそんな平和な一年でありますように。
 それでは皆さん、良いお年を!

《脚注》
(*1)本で60~70冊ぐらい、DVDで100タイトル以上は観たでしょうか~
 本はだいたい1週間で1冊ちょっとぐらいのベース、DVDはTUTAYAの4枚1000円セットで借りるのでまあ、こんなもんでしょう。数えてないけど・・
(*2)読子・リードマン状態なんでしょうねぇ
 ”R.O.D(READ OR DIE)”(倉田英之 スーパーダッシュ文庫)に登場するヒロイン。ザ・ペーパーの異名を持つ大英図書館特殊工作部のエージェント。
 重度のビブリオマニア(愛書狂)で、膨大な本を保管するのに神保町のビルを丸ごとに加え複数のアパートを借りてるという人。
(*3)整理の手間を考えると
 桜庭一樹の場合もそうですが、本棚(本の山?)の中から目的の本を探しきれないので、持っているとわかってても同じ本を買ってしまう場合もあります。これはこれで、本が増えてく理由でもあるんですか。
(*4)自炊屋さんに頼んで一気に電子化するか
 ”自炊屋さん(スキャン業者)”ってのは、本をスキャナで読み込んで電子化してくれる代行サービス業者のこと。
 2011年12月に、弘兼憲史、東野圭吾、武論尊らがスキャン業者2社に対し、”自炊は著作権上の「私的複製」として合法だが、業者が大規模にやるのは違法”として行為差し止めを求める訴えを東京地方裁判所に提起しました。
 でも、論理的にはちょっとムリがあるんじゃないかなあ、なんだか配布を前提にしているみたいだし。”本を裁断するという行為には抵抗感がある”っていう気持ちは共感できますが、だったら無駄に捨てられるよりリユースできるB○○K○FFに売りに行くのに文句いうんじゃねぇって気になるし。
(*5)あとはダリアンとお友達になる
 ”ダンタリアンの書架”(三雲岳斗 角川スニーカー文庫)に登場するヒロイン。
「壺中の天」ともいうべき、”ダンタリアンの書架”という書庫を体の中に持つ少女。本の大好きなドラえもん
 本来はこの世に「在らざるべき」幻の本である幻書を納める為の書庫ですが、ダリアンが気に入ればミステリーなんかも収納してくれるようです

復興の灯りでもそうでなくても、灯りは人々の願いの証です(河北新報のいちばん長い日/神戸新聞の100日/SENDAI光のページェント/神戸ルミナリエ)

 ども、仙台で”光のページェント”を見に行ってきたおぢさん、たいちろ~です。
 今年の”SENDAI光のページェント”は、LED電球が全損したとのことで、開催を心配していましたが、無事開催されました。地元の人間の一人としては 単にイベントが開催されたっていうより”イベントが開催できるぐらい復興してきた”っていう感じがして嬉しい限りです。
 3.11当時は自宅の奥様と息子が被災して、水、電気や電話などのライフラインが壊滅的な被害を受けて大変でしたが、今ではその時がうそのような感じでした。
 ということで、今回ご紹介するのはライフラインの一つである情報メディア”新聞”の復旧の苦労を描いた”河北新報のいちばん長い日”、それと同じように阪神淡路大震災を被災した”神戸新聞の100日”であります。


Photo
Photo_2
 写真はたいちろ~さんの撮影。上は2011 SENDAI光のページェント、下は神戸ルミナリエ(2003年)です。


【本】河北新報のいちばん長い日(河北新報社 文藝春秋)
 2011年3月11日、東日本大震災で被災した河北新報が、販売店の被災、ロジスティックの混乱する中、新聞を発行しつづけた苦労を描いたノンフィクション。サブタイトルは”震災下の地元紙”。
【本】神戸新聞の100日(神戸新聞社 プレジデント社、角川ソフィア文庫)
 1995年1月17日、阪神・淡路大震災に襲われた神戸新聞社が本社崩壊、コンピューターシステムがマヒする中、新聞を発行しつづけた苦労を描いたノンフィクション。サブタイトルは”阪神大震災、地域ジャーナリズムの戦い(*1)”。
【旅行】SENDAI光のページェント
 毎年12月に仙台の定禅寺通りを中心に開催されるイルミネーション。1986年に市民ボランティアがイルミネーションを施したのが始まり。ケヤキ並木をそのまま使ってライトアップしているのが特徴
【旅行】神戸ルミナリエ
 毎年12月に神戸の三宮~元町を中心に開催されるイルミネーション。阪神・淡路大震災後の「復興神戸に明かりを灯そう」という意図で1995年から開催。独特の幾何学模様で構成されているのが特徴。


 ”河北新報のいちばん長い日”は初めて、”神戸新聞の100日”は16年ぶりに再読しました。同じ地元ジャーナリズムが書いた本なんですが、あわせて読むとずいぶん印象が違います。あえてまとめると、編集方針と被害のあいかたの違いになるんでしょうか。

〔河北新報のいちばん長い日〕
 本書の中にもありますが、編集方針のよって立つところは”被災者とともに”。統一標語が”再生へ 心ひとつに”。そのためか、内容は被災者と同じ立ち位置にたっている感じがします。
 神戸の場合と違って、本社やシステムそのものへの被害が少なく(*2)、その分地域の被災の状況に紙面の多くがさかれています。
 約30年の周期性をもっていて数年以内に99%の確率で大地震が起きることが予想されていたにもかかわらず、多大な被害がでたことに充分に新聞として警鐘をならしえたかという想い、一瞬にして街が倒壊した神戸と違って、津波というわずかながらのタイムラグの中で生死を分けたという現実が、読後感をかなり重いものにしています。

〔神戸新聞の100日〕
 本社ビルが使用不可能になり,新聞編集の要であるCTS(*3)が使えなくなり新聞発行そのものができなくなるという危機的状況の中、”新聞を発行する”という目標に向かって不可能を可能にする話がメイン。そういった意味では”プロジェクトX”的な感じとも言えます。
 ほどんど大地震が起きるという予想すらなく(*4)、対策がほとんどなされていない状態(*5)での突然の震災に”とにかくなんとかする”という関西人ならではのバイタリティに感動すらしてしまいます。

 どちらも事前に想定した以上の被害のなか新聞読者への”新聞を発行する”という責務への想いは感動的であります。上記の他にも”街が壊れる”ということと”街が消える”といった違いなんかもあるのかもしれませんが(*6)、根本の所では、まじめで粘り強い東北人と、やたら元気でなんでも笑いに変える関西人の違いなのかもしれません。どちらの本に心を寄せるかは読む人しだいですが、できれば両方読んでいただきたいものです。

 文末になりますが、阪神淡路大震災の鎮魂をこめて始めた”ルミナリエ”、東日本大震災の中で苦難をのりこえて今年も灯りをともした”光のページェント”、成り立ちは違っても、ともに灯りは人の心を明るくし、勇気づけてくれるものだと思います。
 めげていてもしょうがないので、ぜひ前に向かって進んでいきましょう。

《脚注》
(*1)阪神大震災、地域ジャーナリズムの戦い
 このサブタイトルは1995年発行のプレジデント社版のみで、1999年に角川ソフィア文庫での復刻版にはついてません。
 ちなみに、私が今回再読したのは1995年版のほうです。
(*2)本社やシステムそのものへの被害が少なく
 あくまで、湾岸部と比べてで、被害がなかったわけではありません。
 本社という意味では、むしろ社会インフラやロジスティックの影響のほうが大きかったように感じます。
 3.11の災害対策本部にいた経験からですが、初動の時点では物流の拠点が山形からで、東京からだと新潟、青森からとなったため、支援物資の輸送が大変でした。
 神戸の場合は、中心部の被害が大きかったかわりに、周辺の大阪の被害が比較的軽微だったことからロジスティックはまだましだったように思います。
(*3)CTS
 Computerized Typesetting Systemの略。日本語だと、電算写植システム、つまりコンピュータを使用した組版システムです。
 パソコンであたりまえのようにDTP(Desktop publishing 卓上出版)する今の若い人にはわかりにくいかもしれませんが、当時のコンピューターでこのとのことをやるのは大変なことだったようです。
 私自身はあつかったことはありませんが、昔のコンピューターでの新聞作成に興味のある方は、”メディアの興亡(杉山 隆男 文春文庫他)”なんかが面白いです。
(*4)ほどんど大地震が起きるという予想すらなく
 私が大阪から東京に転勤になる時に言われたのが”東京では地震が多いから気をつけて”でした。関西人にとってはこれぐらい地震が起きるという感覚はなかったんですね。
(*5)対策がほとんどなされていない状態
 神戸新聞と新聞発行を代替した京都新聞との間に「緊急事態発生時の新聞発行援助協定」が締結されたのは、この震災が起こる1年前の1994年1月1日とのこと。
 BCP(Business continuity plannin 事業継続計画)なんてのが出てくる前の話ではありますが、危機管理マニュアルすらなかったそうです。
(*6)”街が壊れる”、”街が消える”
 神戸と仙台の両方に住んでいた人間として、一瞬にして多くのビルが倒壊した神戸と、津波で地域ごと流出した東日本ではそんな感じがしています。

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