日記・コラム・つぶやき

ブログを書くにはけっこう参考になる本です(小田嶋隆のコラム道/円柱)

 ども、かれこれ4年半近くブロガーやってるおぢさん、たいちろ~です。
 私のブログは一応花と本、DVDなんかを扱っているので形式から言うと”書評”ってことになります。まあ、内容が伴っているかどうかは別ですが。
 本来、ブログってのは”Weblog”つまりWeb上の日誌(*1)といった意味ですが、日誌としてブログを書いてる人ってどれぐらいの割合いるんでしょうね。身辺雑感を書いている人もいれば、私みたいにテーマを決めてる人もいるし、私の奥様のように作品紹介なんかを書いている人もいます(*2)。まあ、実際のジャンルとしては随筆、エッセイ、コラムなんかに入るんじゃじゃないでしょうか。
 ということで、今回ご紹介するのは名コラムニスト小田嶋隆による”小田嶋隆のコラム道”であります。


 写真は~たいちろさんの撮影。等々力緑地の円柱です。

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【本】小田嶋隆のコラム道(小田嶋隆 ミシマ社)
 辛口コラムニスト小田嶋隆によるブログの書き方のノウハウ本、ってな訳がなく、コツをコラム化して並べてみたらなんかコツみたいなもんが出てくるんじゃないかな?という実にい~かげんなコンセプトの本。で見つからなかったら

 「見つけようと努力することのうちにコラムが宿っている」とか言って逃げるのだよ
 そういう時には
 言い逃げ。あるいは言い逃げの弁解を発案せねばならない状況そのものが
 コラム的な枠組みとして有効なのだと言い換えても良い

と、第一回目ですでに言いきっています。
このあたりの発想こそが、小田嶋隆の持ち味ではないかと。
【建物】円柱
 文字通り円形の柱のこと。古代ギリシャ・ローマの建築物の石の円柱がコラム(column)です。世界史でドーリア式、イオニア式、コリント式とか習いましたが覚えてますか? 写真の柱はたぶんドーリア式の柱です。


 話はいきなり脱線しますが、随筆、エッセイ、コラムの違いってなんでしょうか?
 実はどうもあんまり違わないみたいで、随筆の英訳がエッセイ(essay)。コラムはニュース以外の記事で枠=円柱に囲まれたもの。なので朝日新聞の天声人語はエッセイではなくコラム扱い。でも実際はエッセイの短いのがコラムと書いてあったり、エッセイはコラムに含まれていたりとけっこういいかげん。むしろイメージみたいなモンでこれらを書く作家と重ね合わせるとわかりやすいかも。 

  随筆家   :清少納言、吉田兼好、夏目漱石、寺田寅彦、司馬?太郎
  エッセイスト:北杜夫、團伊玖磨、椎名誠、阿川佐和子
(*3)
  コラムニスト:夏目房之介、ナンシー関、マツコ・デラックス、泉麻人

てな、感じでしょうか。全員をフォローしてるわけではないですけど、どうも

  随筆家 > エッセイスト >コラムニスト

の順で文学の香りがするような。寺山修司、五木寛之、渡辺淳一だと若い時はエッセイストで年とってからだと随筆家ってとこでしょうか。まあ、”日本の名随筆”ってシリーズはあるけど、”名コラム”ってのはないからなぁ。

 ということで見ると、素人の書いてるブログってやっぱりコラムでしょうかね。と考えると、本書はブログを書くにはけっこう参考になります。初手から役にたたないみたいな書き方してますけど。で、いくつか役にたちそうなのをピックアップ

〔書き出しは大した問題ではない〕
 文章の書き出しに悩む作家みたいな話がよくありますが、これは無駄。

  初動がどんな言葉でスータートしていたかなんてことは
  読者が文章のリズムの中に引き込まれる頃には、忘れられている
  結論を先に述べるなら、書き出しに芸はいらないのである

 と小田嶋隆は切って捨ててますが、まあ、このあたりって国語教育の弊害なんでしょうか。”国境の長いトンネルを抜けると雪国であった”(川端康成 ”雪国”)とか、”吾輩は猫である。名前はまだ無い。(夏目 漱石 ”吾輩は猫である”)とか”月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也”(松尾芭蕉 ”おくのほそ道”)とか、数百ページに及ぶ原作から教科書で取り上げるのがほんの数ページぐらいでしかも頭出しのとこしかやんないからさも重要に思えるけど、実際は作品全体を読んでどう感じるかでしょうね、そんなヒマないかもしんないけど。
 つかみが重要なのはわかりますが、書き出しに悩むぐらいなら、どんどん書いてみることが必要だと言ってます。

〔結末は真剣に取り組む〕
 上記とは逆に結末は背中にいやな汗をかくぐらいに真剣に取り組めといってます。

  フィギュアスケートや新体操のような採点競技では、
  結末が非常に大きな位置を占める
  途中がグダグダでも、細部がいいかげんでも、
  最後の着地がピタリと決まっていれば、良い点がつく

   (中略)
  ミスが目立つ悲惨な内容の演技でも、クルリと回ってピタリと着地してみせると
  素人はコロリとダマされる

 まあ、熟練した採点者はごまかせないようですが、しょせんブログを書いてる人も読んでる人も市井の素人、読後の印象重視ならエンドに力入れた方が効果的みたいです。

〔推敲は過度にやらない。やるならアタマが冷えてから〕
 ワープロのない時代の作家の手書き原稿を見ると、赤鉛筆でぐちゃぐちゃ修正が入ってます。まあ、プロなのでそれなりのクオリティが必要なんでしょうが、過度にやりすぎると前に進めなくなります。プロの場合だと”〆切”という物理的な制約があるので強制的にぶち切ってしまう手もありますが、素人のブロガーブとしては別に〆切があるわけじゃないんではまりだすと無限修正地獄の泥沼。ブログとはいえアクセス数を上げるにはそれなりに継続して書き続ける必要があるようなので、”とにかく週に1回は更新する”とか決めるなど工夫が必要かも。
 かといって誤字脱字だらけ、論理矛盾も甚だしいってのは読んでいただく人に失礼なので見直しは必要。やるなら時間を置いて頭が冷えてから。なぜなら読むための眼は”批判性”であり、書くためのアタマは”独創性”で別物だし、ノリで書いてる頭を冷やすには時間を空けた方がいいから。

  有効な推敲のタイミングは、「アタマが冷えてから」が標準になる。
  昔からの格言にある通り「恋文は翌朝読みなおせ」ということだ。

 考えてみれば、その場のノリでつぶやくツイッターや勢いで書いちゃうブログが炎上しちゃうってのはこのへんに原因があるのかも。ちなみにブログは(下書きはするものの)さらっと読み返すぐらいですが、会社のビジネス文書とかプレゼンテーション資料なんかはこれをやるようにしています。早く会社から帰りたいだけなんですけど。

 ”ブログなんて所詮は素人の駄文。そこまで気にすることはない”と言ってしまえばそれまでですが、人様に時間をさいてもらって読んでいただく以上は最低限のクリティはキープしたいもの。それに誰が読んでるかは分からないし、品性を疑われるようなのを書くのは本末転倒というものでしょう(*4)。

 ところで、私のブログに多大な影響を与えた人の一人がこの小田嶋隆。
 ”我が心はICにあらず(*5)”からハマリました。

  というのも、「文章の書き方」は「ものの考え方」や
  「人生の生き方」を含んだ壮大なテーマで~

とあるように、ブログってのもものの考え方が色濃く反映されます。ですから私のブログがコンジョ曲がりでひねくれているのの責任の一端はこの人にあるということにしといてください・・・


《脚注》
(*1)日誌
 ブログを”日記”と言ってたこともありますが、日記は出来事や感想などの記録で、日は出来事の記録に重点が置かれると微妙にニュアンスが違います。まあ、航海日誌とは言いますが航海日記とはいわないですよね。なんだか夏休みの宿題みたくなっちゃうし。
(*2)私の奥様のように作品紹介なんかを書いている人もいます
 私の奥様はフラワークラフト作家というものをやっております。
 最初はブログをつくるのを嫌がってましたが、今ではほとんど毎日更新するというヘビーなブロガーになっちゃいました。ご興味のある方はこちらをどうぞ。
(*3)北杜夫、團伊玖磨、椎名誠、阿川佐和子
 現役の椎名誠、阿川佐和子はともかく今の若い人に北杜夫、團伊玖磨とか分かるかなぁ 北杜夫の”どくとるマンボウシリーズ”とか、團伊玖磨の”パイプのけむり”とかはメジャーだったんだけど。先日、若い人から寺山修司を知らないと言われた時はガクゼンとしましたが・・・
(*4)品性を疑われるようなのを書くのは~
 ツイッターに繰り返し「暴言」を書き込んでいた復興庁の水野靖久参事官が更迭されるという事件がありましたが、これはその典型例。総務庁から船橋市副市長をへて参事官へと華麗なキャリアの持ち主ですが、この一件で人生棒に振った様なモンです。
(*5)我が心はICにあらず(光文社文庫)
 1980年代後半のパソコンシーンなどを扱ったコラム集。さすがに扱ってるネタはオールデイズですが今読んでも切れ味抜群です。すでに絶版ですが、古書店とかで見つけたら買いの1冊。

”「寒いね」と話しかければ「寒いね」と 答える人のいるリア充”かな?(サラダ記念日/とれたての短歌です/お正月のリース)

 あけましておめでとうございます、たいちろ~です。
 本年もよろしくお願いいたします。
 正月早々ブログを書いてます。年末はせっせと年賀状書いてました。
 私んちの年賀状はデザインと写真を奥様が担当、文章と住所録のメンテナンスを私が担当と、分業体制で作成をしております。
 50歳を超えてくると、年賀状が時候の挨拶と言うより知人の生死確認の様相を呈してきまして、まあ、pingを打っているようなモンです(*1)。
 今のメールやSNSに慣れてる人から見れば、数日かかるコミュニケーションなんてなんとのんびりと思うかもしれませんが、ちっと前まではこれが当たり前なんだったんだよ~~
 ということで、今回ご紹介するのはちょっと前のコミュニケーションツール”お手紙”の話を俵万智の短歌からであります。


2013
 写真は奥様の作成&撮影。今年(2013年度)の年賀状に使ったお正月リースです。


【本】サラダ記念日(俵万智、河出書房新社)
 一世を風靡した俵万智の第一短歌集。俵万智の第1歌集。1987年の発行ともう四半世紀になるんですねぇ。

  「この味がいいね」と君が言ったから 七月六日はサラダ記念日
  「嫁さんになれよ」だなんて カンチューハイ二本で言ってしまっていいの

は当時の若い人に大流行しました。
【本】とれたての 短歌です(短歌 俵万智、写真 浅井慎平、角川書店)
 俵万智の短歌と写真家浅井慎平とのコラボレーション。発行は1987年(原本は”月間カドカワ”に連載)。
【花】奥様作成のリース
 奥様は仙台市でフラワークラフト作家というものをやっておりまして、クリスマスなどに使うリースを作って販売したり、教えたりするお仕事をしています。
 写真はお正月に使うしめ縄をイメージした和のリース。ここ何年か、私んちの年賀状はこのシリーズになってます。
 詳しくは奥様ブログフラワークラフト作家”Ann”のひとりごとをどうぞ。


 さて、昨今の電子メールやfacebook、LINEと違い(*2)、手紙が届くには数日の時間がかかります。まあ、このまったりした時間感覚ってのも良いようで

  書き終えて 切手を貼ればたちまちに 返事を待って時流れ出す
                    (サラダ記念日)

  手紙には 愛あふれたりその愛は 消印の日のそのときの愛

                    (サラダ記念日)

と、待っている間の期待感や不安感みたいなのがありましたね。片道数日の手紙のやりとりって往復だと約1週間ぐらい。この時代だから電話はありましたが、この短歌の詠まれた1980年代後半ってのはまだ家電の時代(*3)。恋人からの電話を親に聞かれないかとか、長電話はお金がかかるとか気にしないといけなかったんですね。だから手紙のやりとりなんかもありです。今や携帯電話でメールだから、若い人はあんまり感じないかもしれませんが、当時はこの短歌もリアリティあったんですよね。

 今年も年賀状をたくさんいただきましたが、ほとんどパソコンで作成されたもの。昭和の時代だと版画を作ったり、プリントゴッコ(*4)したりした人もいましたが、今では皆無ですねぇ・・・
 昭和の時代だと”活字だけでは温かみがない”とかなんとか言われてて、宛先さえ手書きをしてましたが、今時そんなこと言う人はいません。

  ワープロの文字にて届く「悪いね」は 気持ちよさそうにあやまっている
                    (とれたての 短歌です)

  ワープロの文字美しき春の夜 「酔っています」とかかれておりぬ
                    (とれたての 短歌です)

ワープロソフトではなく”ワープロ”ですよ、ええ(*5)。ちょうどワープロがパーソナルユースで手が届くようになった時代の話です。
 今では、パソコンにしろスマホにしろフォントが当然になってますが、こういった活字にも独特の感性があったんですね。
 とはいっても手書きってやっぱ、温かさがあると感じちゃうのはおぢさん世代なんでしょうか。年賀状に何か一言書き添えてくれている人も多いですが、こういうのに喜ぶのって古い感覚なんでしょうか・・・

 あと、年賀状に増えたのが写真付き。奥様やお子さんたちの写真がついてると”へぇ~、あんなに小さかった子がもう大学生!?”みたいな驚きがあります。以前は写真付きとなるとフジカラーのお世話になってましたが(*6)、今ではパソコンで簡単に作れちゃいます。まあ、その分昔あったのが旅先からの絵葉書。

  絵葉書のわさび畑を見ていれば つんとあなたに会いたい心 
                    (とれたての 短歌です)

 今なら、写メとってメールで送ってOKなんでしょうが、今の若い人も絵葉書なんて送るんでしょうか?

 なんで正月から四半世紀も前の”サラダ記念日”引っ張り出して来て、ぢぢいの昔話みたいなのをしてるかというと、先日娘と今風なコミュニケーションみたいな話をしてた時に、

 「寒いね」と話しかければ「寒いね」と 答える人のいるあたたかさ
                    (サラダ記念日)

って、SNS時代のリア充だよね~~ってのが出てきたから。
 ショートメールやツイッターみたいな短い言葉と”あたたかさ”みたいなリア充が両立したらいいねみたいな内容です。
 ”もともと短歌って洗練されたツイッターみたいなもんだったりして?!”にも書いたんですが、元々、短歌って昔の人のツイッターみたいな、短い文章の中にいろんな思いを詰め込んだような文学今の時代にマッチしてるのかもしれません。

 ということで、本年もよろしくお願いいたします!

《脚注》
(*1)pingを打っているようなモンです
 コンッピュータ用語。簡単に言うとネットワークがつながっているかどうかを確認するようなもんだと思って下さい。
 映画やマンガに出てくる潜水艦が自分側から音波(ping)を出して相手を探る(アクティブソナー)ことに由来するんだとか。
(*2)電子メールやfacebook、LINEと違い
 若い人だとたっつーまに返事が来るのは当たり前みたいですが、おぢさん世代だと返事に数日かかことも。まあ、メディアのせいだけではなさそうですが・・・
(*3)1980年代後半ってのはまだ家電の時代
 携帯電話が急速に普及しだしたのは1990年代の後半で、このころはまだ有線電話が1家に一台、しかも距離と時間による従量課金の時代でした。

  百円で一分話せぬ距離にいる この青空が見えないと言う 
                        (とれたての短歌です)
(*4)プリントゴッコ
 理想科学工業が販売していた家庭用の小型印刷器。簡単な操作で多色刷りの葉書が印刷できるということで、一時期は年賀状といえばこれでした。
 2008年に本体の販売を終了、2012年12月28日でインク、フラッシュランプなどの消耗品の販売も終了。テクノロジーの発展とともにその歴史的使命を終えた商品の代表であります。
(*5)ワープロソフトではなく”ワープロ”ですよ、ええ。
 当時はまだ個人が使うには”ワードブロセッサ”という専用機の時代。でも、当時個人向けに販売されていた富士通の”OASYS Lite”(1984年)が22万円、シャープの”ミニ書院”(1984年)が33万円、NECの”文豪ミニ”(1985年)が20万円ぐらいとまだまだ高値の花。
 パソコンをワープロとして使うためには第一水準漢字ROMボードというハードが必要な時代でした。
(*6)フジカラーのお世話になってましたが
 写真入り年賀状と言えば、フジカラーのお店に写真を持ってって作るのが定番。ただ、けっこういいお値段がかかっていたので枚数出せないのが難点。綺麗に作るんだったら今でもこっちのがいいんですけど。

上司たるもの、遺恨残さず、毛根残す(おかえり。5ねんぶりの生協の白石さん/桂)

 ども、奥様の実家がコープこうべ(*1)の会員のおぢさん、たいちろ~です。
 奥様が神戸在住のお嬢様だったため、実家に帰ると買い物はコープさんをよく利用します。で、この”コープさん”という言い方は関西特有らしく(*2)、神戸から自宅に帰ってきた娘が友達に”コープさんで買い物して~”といったら”その言い方はヘン!”と笑われたそうです。
 ことほど左様に生活に密着しているコープさんですが、生協といえばこんな有名人もいます。
 ということで、今回ご紹介するのは元東京農工大学生協にお勤めだった白石さんの本の”生協の白石さん”の続編”おかえり。5ねんぶりの生協の白石さん”であります。


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 写真は~たいちろさんの撮影。近所の公園の桂です。


【本】おかえり。5ねんぶりの生協の白石さん (白石昌則 ポプラ社)
 白石さんが東京農工大学生協にお勤めだったころ、学生の書いた”ひとことカード”への回答があまりにもユニークだったため本にまとめて出版したところ大ベストセラーに。
 現在は東京インターカレッジコープにお勤めで、Twitterに寄せられた就活中や新社会人からの質問への回答をまとめたのがこの本です。
 ちなみに”しろいしさん”ではなく”しらいしさん”。
 囲碁に使う白い石は”しろいし”と読みます。
【花】桂(かつら)
 カツラ科カツラ属の落葉高木。
 街路樹として植えられてますが、葉っぱがハート型をしているので近づいてみると分かります。建築材や家具の他、碁盤にも使われるそうです。


 人生、偶然であれ身から出たサビでれヤバイ状況ってのは起こります。
 これでも会社では中間管理職ってのをやっていますので(これは本当)、上司としてアドバイスをすることもあります(*3)。でも、上から目線で言えば相手はムッっとするでしょうし、正論ばかりだとウザイと思うでしょう
 まあ、ヤバイ状況ってのは本人は多かれ少なかれテンパッていますので、肩の力を抜いて考えるように持っていく方がよさげな場合も多いです。
 で、この肩の力を抜くのにいいのが白石さんのコメント。
 本書だとこんな感じです。

  Q.新規取引先の担当者が3年前に別れた彼女でした

 まあ、どんな別れ方をしたかにもよるんでしょうが、おもいっきしフッったんであればヤバイ状況でしょうね。
 で、白石さんの答えがこれ

  A.別れる、という言葉からお二人の「和」が亡くなると、「枯れる」。
    一度は枯れた間柄にもかかわらず、また巡り巡って、
    今度は「輪」が引き寄せられたのかと思われます。
    素晴らしいネットワークだと感じ入りました。
    これも何かの縁、
    今度はお互いの会社の利益となる「円」をもたらしてくれるとよいですね。

 単なるダジャレと思われるかもしれませんが、いざ自分がアドバイスする立場になって、こんだけさらっと言えるかというと難しいです。前向き感もあって良いアドバイスではないかと。

 もうひとつ、今度は身から出たサビ編。

  Q.私は酒癖が非常に悪く、先日ついに本部長のカツラをはぎ取ってしまいました。
    せっかく入社した憧れの会社ですが、もう辞めるしかないのでしょうか?

 その場にいれば空気が凍りつくような一瞬でしょう。本人のお悩みは深刻なご様子。で、白石さんの回答がこれ。

  A.気まずいとはいえ、このまま会社をづら狩るのは
    管理職である本部長が最も悲しむことではないでしょうか。
    上司たるもの、遺恨残さず、毛根残す。
    次に会った時、本部長の気持ちはきっとリアップしていることと思いますよ。

 この本部長にしたって、もしこの社員が本当に会社を辞めたら

  ”カツラのせいで新入社員を辞めさせた本部長”

 という伝説が一生ついて回るわけで、本部長自らの人間の大きさを問われる局面ではあります。

  上司たるもの、遺恨残さず、毛根残す。

 名言です。

 ちなみに、”晴耕雨読”風にやるとこんな感じ。

  A.カツラの代わりに”桂の葉っぱ”を本部長の頭に張り付けてみてはどうでしょうか?
    桂の葉っぱはハート型ですので、
    きっと本部長の心にあなたへの愛があふれてくるでしょう。

 実際にやってみて更に大きなトラブルになっても、アドバイスはしませんので悪しからず。

 ”おかえり。5ねんぶりの生協の白石さん”はあまり難しく考えず、ふとした時に読むには良い本。1冊目の”生協の白石さん”と併せて、ぜひご一読のほどを。
 ウイットに富んだアドバイスは時にまじめな意見よりも心に届きます。

《脚注》
(*1)コープこうべ
 神戸市を中心に店舗展開をする生活協同組合。組合員数165万人、年間売上高2,438億円弱と地域生協では最大。この売上高は青山商事(1970億円)、サークルkサンクス(1920億円)を上回り、パルコ(2648億円)にほぼ匹敵します(いずれも2011年3月期)。
(*2)この”コープさん”という言い方は関西特有らしく
 他にも”あめちゃん”とか”おいもさん”とか。
 ”大阪のおばちゃんのカバンには、必ずあめちゃんが入っている”というネタがありますが、奥様に聞いたところちゃんと入ってました。
(*3)上司としてアドバイスをすることもあります
 産業能率大学が実施した”新入社員に聞く理想の上司”調査(2012年3月)によると。1位が大阪市の橋下徹市長、2位がニュース解説の池上彰、3位が野球選手のイチローでした。
 この結果に橋下市長がインタビューに答えて
  (僕みたいな)こんな上司がいたら嫌ですよ
  同じ組織にいないから(僕のことを理想の上司だと)言えるんじゃないか

 と話してますが、この客観的な評価ってのがこの人の持ち味なんでしょうね。

植木屋さん、鯉の洗いたべてか(青菜/南三陸潮騒まつりの鯉のぼり)

 ども、カキ、ホタテ大好きおぢさん、たいちろ~です。
 私んとこのゴールデンウィークの恒例行事に”南三陸潮騒まつりにホタテと牡蠣を食べに行く”というのがあります。ど演歌の流れるメインステージに、大漁旗のディスプレイに地元の水産業者による出店にと、決して吉永小百合が訪問するようなイベントではありませんが(*1)、なんでかほぼ毎年行ってます。
 ホタテ、牡蠣とも冬が旬なので、シーズン的にはほぼ最後になりますが、美味しくてとってもリーズナブルに食べることができます。


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写真はたいちろ~さんの撮影。南三陸潮騒まつりのこいのぼりです。


【DVD】青菜(あおな)
 ご隠居さんと仕事が植木屋さんが、家でお酒と鯉の洗いをあてに一杯飲むお話。青菜もあったはずと奥さんに頼みますが、青菜が切れていて・・
 元々は上方ネタの落語で、笑福亭仁鶴、桂枝雀なんかで聴きました。
【旅行】”南三陸潮騒まつり”の鯉のぼり
 ”南三陸潮騒まつり”は毎年ゴールデンウィークに神割崎キャンプ場(宮城県本吉郡南三陸町)で開かれるイベント。2010年は5月3~5日です。何故か、必ず鯉のぼりが道の上に泳いでいます。
 近くに”神割崎”という岬がスパっと断ち割られた景勝地もありますので、一度遊びに行ってみてください。(南三陸町観光協会のHPはこちら


 どうもゴールデンウィークに必ずここに行きたくなるのは、鯉のぼりがあることでしょううか? 一般の家で大きな鯉のぼりが少なくなっている昨今、勇壮に泳ぐ鯉のぼりに季節感を感じてしまうのかもしれません。

 で、鯉のぼりをみながら牡蠣なんぞを食べていると、どうも”鯉の洗いを食べてみたい”と思うのが人情(人情か?) ということで、今回のお話は落語から”青菜”であります。

  ご隠居:御苦労さんじゃな。植木屋さん、こっち来て一杯やらんかいな。
      どや、柳蔭飲まんか(*2)。
  植木屋:こら、えらいありがたいことでおます。うわあ、いい酒でんなあ。
  ご隠居:そうか、そうか。では鯉の洗いも食べてか。
  植木屋:へえっ!こらえらいもんを!鯉ちゅうたら、もうし、大名魚言うて、
      わたいらのようなもん、滅多に食べられまへんで。

 鯉の洗い”とは、鯉をおろして湯通しの上、冷水で締めたもの。しょうゆ、酢味噌などでいただきます。この落語を聴いて、”鯉の洗い”を食べて一度食したことがありますが、大変美味でありました。

 で、青菜の話、続きます。

  ご隠居:植木屋さん、青菜も食べてか。
      奥や!奥や!。青菜を持ってきておくれ。

       (その後、奥さんが青菜を持たずに出てきて)
  奥さん:鞍馬から牛若丸が出でまして名も九郎判官
  ご隠居:ああ、義経。

 奥さんのセリフは”名(菜)も九郎(食ろう)判官”=青菜は食ってしまってありませんという意味。ご隠居の”義(よし)経”はよしよしということです。
 まあ、お断りのしゃれっけでいうと、太田道灌のやまぶきの話(*3)と並ぶ名文句でしょうね。落語としては、ご隠居を真似て失敗する植木屋さんってのがオチになります。

 ま、鯉のぼりを見ながら食べ物を連想するってのはおかしな感覚しれませんが、牡蠣やホタテと醤油のこげる香ばしいかおりが食欲をくすぐるもかもしれません。
 それはそれとして、どうも貧乏花見とか、蛇含草(*5)とかB級グルメっぽい話の多い落語の演目の中で、これは美味しそうな食材の出てくる話
 笑福亭仁鶴師匠の話も捨てがたいですが、押入れの中から飛び出してくる植木屋のおかみさんのしぐさがユニークなので、DVDの桂枝雀師匠版でどうぞ。

《脚注》
(*1)決して吉永小百合が訪問するようなイベントではありませんが
 JR東日本の”大人の休日倶楽部”のコマーシャルのことです。吉永小百合が訪れたというだけで行って見たいとおもうのはおぢさんの証拠でしょうか。まあ、入会資格が50才以上だし・・・
(*2)柳蔭飲まんか
 柳蔭(やなぎかげ)は甘味の強いみりんに焼酎を加えて甘味を抑え、飲みやすくしたものだそうです。飲んだことはありませんが、とっても美味しいらしいです。
(*3)太田道灌のやまぶきの話

七重八重花は咲けども山吹の実の一つだになきぞ悲しき

 雨宿りをした太田道灌に蓑がない意図(蓑ひとつだに無きぞ悲しき)を伝える逸話。
 やまぶきの話はこちらのHPでどうぞ
(*4)貧乏花見
 貧乏長屋でお花見に行くことになりましたが、お金が無いので食べモノはみんな代用品。卵の巻き焼きは沢庵、尾頭付きの魚はダシジャコ、カマボコはご飯のおこげ(釜底)・・・
 シャレとバイタリティで楽しむ貧乏人たちをお楽しみください
(*5)蛇含草(じゃがんそう)
 餅が大好きなご隠居が、食べすぎた餅を消化をするためにこの蛇含草を食べると・・
 落語にしては珍しいブラックなオチの話。東京落語では”そば清”という餅がそばになった話もあります。

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