旅行・地域

オタクの本質と探偵って意外にあってそう、でも文章にするのって難しいんじゃないかい?(体育館の殺人/水族館の殺人/”ちはやふる”のラッピング電車)

 ども、ミステリーはマニアってほどじゃないですし、アニメもヲタクってほどじゃないおぢさん、たいちろ~です。
 さて、アニヲタってどんなイメージをお持ちでしょうか?

  コミュ障、ただしスイッチが入るととっても饒舌
  小太りまたはヤセ型にメガネ
  部屋の中にはマンガとDVDとフィギュアの山。壁にはアニメのポスターが・・
  ファッションセンス皆無。Tシャツは萌え絵のプリント
  背にはナップサック、手にはアニメの紙袋
  自分のジャンルには熱心だけど、それ以外には無関心
  意外と頭が良かったりする(趣味の範囲では超人的な記憶力とか観察力とか)

あくまで個人の感想であり、個人差があります(笑)(*1)

 ステレオタイプな人物像ですいません。まあ、これだけ見るとなかなかに残念な人っぽいですが、これで意外と向いてるかもしれんお仕事が。
 ということで、今回ご紹介するのはそんなアニヲタが名探偵役を務めるミステリー”体育館の殺人”と”水族館の殺人”であります


写真はたいちろ~さんの撮影。京阪電車の”ちはやふるのラッピング電車”です
(浜大津駅付近 2013年11月)

157094

【本】体育館の殺人(青崎有吾、創元推理文庫)
 風ヶ丘高校の旧体育館で、放送部の部長が刺殺された。現場は実質的に密室状態であり、”仙堂警部”と部下の”袴田優作”現場にいた女子卓球部の部長の犯行だと考える。部長の無罪を証明すべく卓球部員の”袴田柚乃(はかまだゆの)”は部長の嫌疑を晴らすため全科目満点をとった”裏染天馬(うらぞめ・てんま)”に解決を依頼する。しかし彼は百人一首研究会の部室を私物化して住み着くアニメオタクの駄目人間だった・・・
【本】水族館の殺人(青崎有吾、創元推理文庫)
 風ヶ丘高校新聞部の向坂香織達は夏休みのを利用して丸美水族館の取材に出掛ける。取材中に巨大水槽の前でサメが飼育員と思われる男性に食らいついているシーンに遭遇。容疑者である11人にはそれぞれアリバイがあった。困り果てた仙堂警部は”体育館の殺人”を解決に導いた”裏染天馬”に事件の解決を依頼するが・・・
【乗り物】”ちはやふる”のラッピング電車
 裏染天馬が住み着いている”百人一首研究会”ということでチョイスしてみました(本書には出てきません、すいません)。百人一首って人気なさそうなんで部室を不法占拠できたっぽいですが”ちはやふる”(*2)がブレイクした今ではどうなんでしょうね? 
 聖地巡礼のおかげでしょうか、電車とアニメ/マンガって意外と相性がよいのか、最近この手のラッピング電車増えましたよね~~

 さて、探偵役の”裏染天馬”ですが、部室に住み着いて漫画やDVDをしこたまため込み、授業には真面目に出ないという引きこもりアニメオタクの駄目人間。基本的にはめんどくさがりで、やる気なし。でも頭脳は優秀で、自分の推理には饒舌やる気をだせば凄い人。

  ちょっと興味が出たんだよ。俺は興味のあることには全力で取り組む

 こういうのって、名探偵向きなんじゃないかな。事件をえり好みするとか、ムラっ気があるのって、名探偵の魅力の一つだし・・・
 推理方法は、”細かいことに異常にこだわる”。普通ならスルーしそうな枝葉末節、ちょっとした矛盾に徹底的にツッコ入れるスタイル。”刑事コロンボ(*3)”に似てるかな~ って思っちゃいました。

 ことほどさように、オタクの本質と探偵って意外にあってそうなんですが、問題が一つ。”オタク”のディープさ文章で表現するってけっこう難しそうなんですな。これがマンガやアニメみたいなビジュアルだと、コレクションの山だとか萌え絵だとか、ださいファッションセンスだとかわかりやすそうなんですが、これを文字にしちゃうとなんだか薄っぺらな感じになりそう。だからオタク的なアイコンって、しかもあまりパンピーが知らなさそうな作品が元ネタになってるとかが必要になるんじゃないかと。さらにこれがどのあたりの時代の作品かなんて絡んでくるとさらに読む側にとって難しくなんじゃないかと

 本作品での裏染天馬の発言から

  ・ユノね。二〇一号室の住人かヤンデレヒロインみたいな名前だな
  ・一刻も早く今週の『絶望先生』を読んであびるちゃんの包帯属性を愛でてから~
  ・逃げちゃダメだ、か。確かにこりゃ、名ゼリフだな
  ・ハカイダーかよ。色は何色だよ。黒か、銀か
  ・おま・・・ お前、馬鹿野郎! ダンクーガをよくも! 買ったばかりなのに!
  ・おかげでこの部屋、灼熱地獄だよ・・・ 火の二日間だよ、畜生・・・
  ・テレ朝でスマプリを見なきゃいかんからな

これ以外にもいっぱい出てくんですけど、半分もわかんなかったかな~~ しかたがないのでググりましたが(この辺も度し難いと自覚はあんですけどねぇ)
 ”体育館の殺人”は2012年、”水族館の殺人”は2013年の出版なので当時ならまだわかりやすいネタも、読書層が入れ替わりの早い中高生世代だったら5年もたてばわかんないネタもけっこうあったんじゃないかと・・・
 アニメや漫画、ドラマネタなんて劣化が早そうなんで、この手でキャラ設定するのって作家的には結構リスキーなんじゃなかなと思いつつ。

 ”体育館の殺人”ミステリーの新人文学賞である”鮎川哲也賞”を2012年に受賞。”本格モノ”ミステリーとしても高い評価を受けています。実際、面白かったし!
 でもよくオタク探偵で受賞したよな~~ 審査員の中でも日本アニメ界のレジェンド”辻真先”ならいざしらず(*5)、芦辺拓、北村薫がよくOKだしたよね~~~

 裏染天馬シリーズは現在4冊発刊されているんで、あと2冊。がんばって読みまっしょい!

《脚注》
(*1)”あくまで個人の感想であり、個人差があります”(笑)
 健康食品やダイエットのCM番組に必ず出てくるこのフレーズ。これは効果効能をを明示(あるいは暗示)して”薬事法”や”景品表示法”に抵触する恐れがあるため。
 ツッコミ所満載であっても、あえて笑ってスルーするのが大人のマナーというものです、はい
(*2)ちはやふる(末次由紀、BE LOVE KC)
 競技かるたに没頭する少女の青春を描いた漫画。2007年12月から連載中で、2011年にアニメ化、2016年に広瀬すず主演で映画化。すいません、見てません。
(*3)刑事コロンボ
 ロサンゼルス市警察殺人課の刑事”コロンボ”を主人公としたサスペンス・テレビ映画。主演はピーターフォーク風采の上がらないユーモラスなおっさんのコロンボが完全犯罪をたくらむ一流の犯人をじわじわ追い詰めていくストーリーが圧巻。
 倒叙物ミステリーの傑作です。お勧めです。
(*4)ユノね。二〇一号室の住人か~
 二〇一号室の住人:”ひだまりスケッチ”に登場する女子高校生”ゆの”
 ヤンデレヒロイン:”未来日記”に登場する”我妻由乃”。実はストーカー。
 あびるちゃん:”さよなら絶望先生”に登場する包帯まみれの”小節あびる”
 逃げちゃダメだ:”新世紀エヴァンゲリオン”の主人公”碇シンジ”のセリフ
 ハカイダー:”人造人間キカイダー”シリーズに登場する悪役ロボット
 ダンクーガ:”超獣機神ダンクーガ”に登場する合体/巨大ロボット
 火の二日間:”風の谷のナウシカ”で人類を滅亡の淵に追い込んだ”火の七日間”
 スマプリ:”スマイルプリキュア!”の略
多分、モトネタはこの辺りではないかと。私も全部見たわけじゃないですし、正解が書いてあるわけでもないので・・・
(*5)日本アニメ界のレジェンド”辻真先”ならいざしらず
 なんせ、”鉄腕アトム”の脚本を執筆してたという筋金入りの人。wikipediaに作品一覧が載ってますが、SF、ロボット、特撮、伝奇、ギャグ、スポコン、魔女っ子、少女モノなどなど。ジュブナイルやミステリーも多数。改めて凄い人だと感心しました

旅に終わりはない、Oh! Our trip would never end(深夜特急6/横浜港大さん橋 国際客船ターミナル)

 ども、最近旅といったら温泉かな~ななおぢさん、たいちろ~です。
 今の日本で”帰るべき場所”のない人ってのは少数派でしょうか。確かに”家を失くした人”ってのはいますが、それは”住所不定”というロマンもなんもない言い方で、”旅をしているのとはちょっと意味合いが違うかも。
 つまり、ほとんどの人にとって”旅”とは終りのあるものです
 ということで、今回ご紹介するのは1年を超えた貧乏旅行の終わり”深夜特急”の最終巻であります

写真はたいちろ~さんの撮影。横浜港大さん橋ビルです

250457
 
【本】深夜特急 第6巻(沢木耕太郎、新潮文庫)
 沢木耕太郎がインドのデリーから、イギリスのロンドンまでバスだけ使って旅行するという紀行小説。最終巻の第6巻では沢木ははたしてロンドンに到着して日本に到着の電報は打てたのか?
【旅行】横浜港大さん橋 国際客船ターミナル
 横浜港にある外航客船に対応する客船ターミナル。1964年に東京オリンピック開催に合わせて、外航客船に対応した客船ターミナルの新設など大改造、2002FIFAワールドカップサッカー大会に合わせて現在の”横浜港大さん橋国際客船ターミナル”をオープンしたとのこと(横浜市hpより抜粋)。

 ”深夜特急”は全6巻からなりますが、最終巻ではいよいよヨーロッパの中心へ。第五巻トルコあたりからずいぶん雰囲気も変わってきた印象。それはアジア大陸の貧しくもどこか熱っぽい後進国から、ヨーロッパの洗練されたクールな先進国へ来たこともあるかもしれませんが、大きくは”旅の終わり”に近づいてきたからでしょうか。

 沢木の旅というのはかなりいいかげんで、ゴールがロンドンと決まっている以外はフリーダム。ひとところにかなり滞在してたかと思うと、有名な観光地であってもおもいっきりすっとばしたり。でも、あまり”帰る”という選択肢はなかったような。それが、ゴールに近づくにつれて、帰ることを意識し始めたのかも。リスボンの港で見つけた英字新聞で見つけたケープタウン回りで横浜に帰る船の記事に心動いた様子。もし、ここでこの船に乗っていたら、横浜大さん橋に戻ってきたんでしょうか?
 でも、結局乗らずに前に進むことに

  確かにリスボンかわ船に乗って帰ることはできる
  リスボンでもロンドンでも大して変わらない。
  しかし、やはり、同じではないのだ。
  それに、私はこのリスボンが最後の地になることに納得していない
  ここではないのだ

 旅の終わりというか”終わる”ことに対する達成感と同時に寂寥感みたいなのがあるんでしょうかね。イランのヒッピーバスに乗っていた若者が長い旅から故郷に帰るバスを指さして別れ際に投げかけてきた言葉

  From Youth to Death!(青春発墓場行)

を書いていいるのって、こんなむちゃな旅は若いからこそできるからとか、旅が終わり日常という大人の世界へ戻ることへの認めがたいなにかがあるのかとか、いろいろ考えちゃいます。

 なんだかんだでロンドンにたどりついた沢木ですが、こんな感想を

  日本に帰ることはできる。だが帰ることに現実感がない
  喜びも湧いてこなければ寂しさがあるわけでもない
  妙に無感動なのだ

 きっとベクトルが反対の両方の感情が引っ張り合って無感動になるのかな~
それとも第三の感情があったなのかな~とか・・・
こんな気持ちの沢木がとった行動はなんだっかのか?
 そこは本書でお楽しみください

 本書を読み終わって、ふと思い出したのがこの曲

  旅に終わりはない
  Oh! Our trip would never end
  友と旅立とう
  The trip with all my friends
  There’s no end

   ”飛翔 NEVER END”(作詞 藤原月彦、作曲/歌 西松一博)

 1983年に公開された”クラッシャージョウ”(*1)という映画のエンディングテーマ。もう35年近く前なんですが、この本の雰囲気に合ってるのかふと聞きたくなっちゃって・・・あ
 (曲はこちらからどうぞ)

 本書は日常に飽き足らず旅に出ようかなと思ってる若者にはお勧めの本。1974年ごろの旅行なので現在とはずいぶん事情は違うでしょうし、ここまでダイナミックな旅がいいとは言いませんが、”旅”が一つの成長の糧、あるいは成長儀礼になるんじゃないかと思える本です。

《脚注》
(*1)”クラッシャージョウ”(原作 高千穂遙、バップ)
 恒星間飛行が可能となった宇宙時代、クラッシャーと呼ばれる惑星改造を始めとする宇宙の何でも屋”クラッシャー”という職業集団が登場した・・
 ジョーをリーダーとする”クラッシャージョウ”チームの活躍を描く日本のスペースオペラ。原作の小説は高千穂遙&イラスト 安彦良和(ハヤカワ文庫JA)。映画版は監督&キャラクターデザイン 安彦良和、メカデザイン 河森正治、原画 板野一郎、CVは主役の竹村拓、佐々木るんに加え、脇を固めるのが小林清志、小原乃梨子、納谷悟朗と結構豪華メンバーでした。

自分の持っているイメージのと”違和感”があること、あるいはないことに関して自覚的である必要があるんじゃないかと(ナイフを失われた思い出の中に/鶴岡八幡宮)

 ども、心に闇を持つおぢさん、たいちろ~です。
 2016年、17年と平成犯罪史に残るような大事件が立て続けに発生しています。2016年7月には神奈川県相模原市の知的障害者施設で発生した大量殺人事件。19人を刺殺、26人に重軽傷を負わせたのは戦後では最も犠牲者の多い事件でした。
 2017年は先日神奈川県座間市で発生した連続殺人・死体遺棄事件。男女9人の遺体が見つかったこの事件も連続殺人としては過去最多。前者は知的障害者を後者は自殺願望のある人を対象とするという陰鬱な事件です
 で、ちょっと気になったのが初期の報道におけるイメージの違い。相模原市の大量殺人の容疑者って、当初から”障害者の抹殺”なんていうとんでもない主張をする人物ということが報道されていて、犯行=容疑者像(*1)もなんとなく納得感みたいな空気があったんですが、後者はあんまりこれがなかったようで。たまたま今読んでる本でこの報道で感じたような話がありまして。
 ということで、今回ご紹介するのは犯罪にまつわる記者の目の話”ナイフを失われた思い出の中に”であります。


写真はたいちろ~さんの撮影。鎌倉の鶴岡八幡宮です

1090030


【本】ナイフを失われた思い出の中に(米澤穂信、東京創元社)
 ”ヨヴァノヴィッチ”は妹の友人で今はフリーの”記者”である”大刀洗万智”の元を訪れてきた。彼女は浜倉市で発生した16歳の少年”松山良和”が姪で3歳の少女”松山花凛”を刺殺した事件を取材中で、彼もその取材に同行することになる。目撃者があり逮捕された犯人は犯行を認める手記を残している。一見簡単に見える事件だったが、その真相は・・・
 ”さよなら妖精(*2)”に登場する大刀洗万智を主人公とした短編推理小説集。
 ”真実の10メートル手前(米澤穂信、東京創元社)”に収録
【旅行】鶴岡八幡宮
 本書で事件が発生したのが浜倉市。モデルになっているのは記載の内容から鎌倉市と思われます。松山良和が逮捕されたのが”浜倉八幡宮”で万智はヨヴァノヴィッチに”神殿”と説明しています。神社の建物なので”神殿”っていうのは間違いじゃないんでしょうが、日本人がイメージするのとビミョ~にずれてる感が・・・(*3)


 座間市の死体遺棄事件の初期での報道の違和感ってのは”容疑者を知る人”へのインタビューの答えが”普通にあいさつする普通の子”、”おとなしくていい子”といった”善良な普通の知人”だったこと。このような常軌を逸した事件の容疑者が”普通の人”でSNSを使いこなす今ドキの若者だったってことに驚きを感じたのは私だけじゃないと思うんですがどうでしょう?
 宮﨑勤の事件(*4)なんかが代表的な例なんでしょうが、”やっぱりこんな人間がこんな犯罪をするんだ”的な微妙な納得感、露悪的に言うと安心感ってのが社会にあったんじゃないかと。まあ、善良だと思っていた隣人が実は凶悪犯だと思うより、”あいつはヤバそう”と思って防衛に出たほうが精神的に安定できるってのはわからんでもないですが、それはそれで危険なこと。偏見と憎悪がかえって社会的な不安を招いている例は歴史に数多くあります。まあ、現代もそうですが・・・

 で、本書ですが大刀洗万智がこの事件を追いかける理由ってのが、容疑者である松山良和の本棚が社会にさらされ、それが大量でも特別異常なもでなかったにも関わらず、趣味と犯罪が結び付けられて、多くの人嗜虐的な幼児性愛者と信じてしまって、それが殺人の動機の根幹根幹であると考えられていること、それをマスコミがそのように伝えたこと。 事態は松山良和の手記が無加工のまま流されたことによって事態はさらに深刻に。

 大刀洗万智がヨヴァノヴィッチに”記者の仕事は人間の器官の延長か?”という問答をするんですが、ヨヴァノヴィッチが”目、でしょう”という回答に対して大刀洗万智はこんな反論をしています

  目とは、人が見たいと思っているものを見るための器官なのです
  錯覚にまみれ、そこにあるものを映さない。
  それは決して、目という器官の物理的限界によるものではありません
  見たくないものをカットし、見たいように見るからこそ
  そうしたことが起きるのです

だから真実を明らかにするのは”目”の仕事ではないと。だから記者は”目”ではないと。だから、”目”の言い分としてではなく記者は事実は加工されるべきだと。

 念のためいっときますが、だから偏向報道やフェイクニュースがいいと言ってるわけではないですし(そんなのはもってのほかです!)、そもそも偏見を持つなということ自体人間が多かれ少なかれヒューリスティクス(*5)な思考方法をとる以上、まったく排除するのは困難でしょう、たぶん。

 重要なのは、自分の持っているイメージのと”違和感”があること、あるいはないことに関して自覚的である必要があるんじゃないかと。この事件の真犯人が容疑者だっかたどうかという話ではなく、気をつけないと99人の断罪と1人の冤罪を生み出しかねないな~という自戒をこめて書いてみました。

 先日、朝日新聞の記事で”「理想の貧困」に苦しむリアル当事者”って話が出てましたが、これは自分のイメージにある”理想の貧困”と当事者の状況が合っていないと”お前は貧困じゃない”と批判する”貧困たたき”になっちゃうと。もともとは善意からなのかもしれませんが・・・ うっかりすると自分もこの手の話をやっちゃいかねないので、ちょっと怖くもあります。

 本書は”さよなら妖精”の続編ですが、これだけ読んでも大丈夫。
 ご一読のほどを

《脚注》
(*1)容疑者像
 ”容疑者”は犯罪を犯した容疑があるとして捜査対象になっていてまだ公訴が提起されていない者、法律用語では”被疑者”。起訴された後は”被告人”。
(*2)さよなら妖精(米澤穂信、創元推理文庫)
 1991年4月。雨宿りをするひとりの少女との偶然の出会いが、謎に満ちた日々への扉を開けた。遠い国からはるばるおれたちの街にやって来た少女、マーヤ。彼女と過ごす、謎に満ちた日常。そして彼女が帰国した後、おれたちの最大の謎解きが始まる(amazon.comより)
(*3)日本人がイメージするのとビミョ~にずれてる感が・・・
 私の場合だと”神殿”ってパルテノン神殿あたりをイメージしちゃうんですが・・・
 一般的に神体を安置する社殿は”本殿”、”本堂”あたりでしょうか。鶴岡八幡宮のhpだと本殿を日本語では”本宮(上宮)”、英語だと”Main Shrine(主となる聖なる場所や建物)”になっています。
(*4)宮﨑勤の事件
 1988年に発生した”東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件”のこと。犯人の宮﨑勤がおたく・ロリコン・ホラーマニアと報道されたことで”オタクバッシング”の元となりました
(*5)ヒューリスティクス
 必ず正しい答えはだせないにしても、ある程度のレベルで正解に近い解を得ることができる方法のこと。答えの正しさは保証しないかわりに、答えを出す時間が少なくできます。行動経済学なんかの本を読むとよく出てきます。

この世界は精巧で美しすぎるんだ。何を撮ったって正解にきまっている(東京シャッターガール/手塚治虫記念館)

 ども、小学校の時には写真部だったおぢさん、たいちろ~です。
 というわけでもないんですが、高校時代に写真部の先輩や同期の知り合いがけっこういます。まあ、写真部というより光画部(*1)といったメンツでしたが・・
 私自身もけっこう写真を撮るほうですが、どっちかつ~とブログのネタ用。このブログ自身が本やDVDにからんで花とか風景とかを掲っけてるんですが、文書が主で写真が従って感じなんで。お世辞にも真面目に写真に向き合ってる人とは言えんでしょうが・・
 芸術だろうがブログのネタだろうが綺麗に撮れるにこしたことはないし、人の心の琴線に触れるものであればなおのこと。でもまあ、どんな写真であっても、写真への人の接し方は人それぞれあってもいいんじゃないかと思いますけど、どうでしょうね。
 ということで、今回ご紹介するのはそんな写真が好きな高校生を主人公とした漫画”東京シャッターガール”であります。

写真はたいちろ~さんの撮影。宝塚市の”手塚治虫記念館”です
手前は歩さんも撮影していた”火の鳥”のモニュメント

8165342_2

【本】東京シャッターガール(桐木憲一、日本文芸社)
 写真部に所属する女子高生”夢路歩(ゆめじ・あゆみ)”。趣味は街の風景やそこにクラス人々や動物を撮影する”街撮り”。同じクラブには”撮り鉄”の玉城(たまき)君やデジカメ派の河合美佳子さん、幽霊部員ながら写真誌投稿の常連と自由奔放な春名窓花さんたち。今日もカメラを片手に街を散策しながら写真に残していきます・・・
【旅行】手塚治虫記念館
 兵庫県宝塚市で約20年間を過ごした手塚治虫のマンガやアニメなどを展示したミュージアム。JR宝塚駅から徒歩8分。なぜ”東京シャッターガール”なのに宝塚かというと、写真部の合宿が宝塚で歩さんと玉城君が訪れているからてのと、作者の桐木憲一氏が手塚治虫先生の長女、手塚るみ子さんとつい先日ご結婚されたので。おめでとうございます


 本書は前々から一度読もうと思ってたんですがamazonのキャンペーンやってたのでイッキ読みしました、いや~名作でしたね。ストーリーもそうですが、作風はどっちかというと静的というか写真的というか。マイブームだった”平凡&陳淑芬(*2)”の画集を思い出しちゃいました。

 さて、写真への向き合い方ってそれぞれですが、本書の人たちの例だとこんな感じでしょうか。

〔出会いや想い出、驚きを記録したい人〕
 誰でも目の前に流れる風景や人々に何がしか感じる一瞬ってのはあろうかと。それを記録にとどめたいと思うってのは写真を撮りたい動機の一つではないでしょうか。歩さんってそんな感じの人でしょうかね。綺麗に撮りたいとか、珍しいものを撮りたいっていうより、そこにある心象風景を正直に撮りたいってことかな。気負いがない分だけ写真を撮ることそのものを楽しんでいるんじゃないかと

〔チョロスナの人〕
 おもいっきし肩の力の抜けているのがチョロスナの人。”チョロスナ”ってのは
宝塚の合宿の時に心斎橋であった撮影研究部の川西君から窓花さんが教わった言葉で”チョロっと撮ったスナップ写真”の事。まあ、カメラはクラブの備品でしかもデコレーションしちゃってる自由な人ですが、写真という点では実はこの人が一番評価が高いんでいかな。写真投稿の常連で、写真甲子園ので優勝するうるま高校の与那原さんから”凄く期待してる”って言われたり。

〔勝負写真の人〕
 チョロスナと対極をなすのが上記のうるま高校の与那原さん。大会に向けて”勝つための写真の撮影”の仕方を先生が指導してくれているんだそうです。常連校の宿命なんでしょうが、技術の向上を勝負の文脈で考えるのってなんだかな~。歩さんは”写真で勝負する”ってことがこの大会で少し分かったといった話をしていますが、歩さんにはあんまし似合わないんでないかと・・・

〔ネットへアップする人〕
 本書は2010年頃からの不定期連載ですから、デジカメやスマホで写真を撮るってのはもう普通だったんじゃないかな? で、写真部はというとさすがに銀塩アナログ派とデジカメ派が半々。この中でも進歩派なのが美佳子さん。バレンタインチョコを撮った写真をネットにさっさと上げるとこなんか、FaceBookやインスタグラムの先駆者(*3)ってとこでしょうか。今はこっちが主流派なのかな

 ”ネットへアップする人”で、ちょっと気になっているのが昨今のインスタグラムを中心とした写真ブーム。2017年度の”ユーキャン新語・流行語大賞”の有力候補に”インスタ映え”が入ってるぐらい盛り上がってます。ただニュースとかで”ここはインスタ映えする若者の人気スポット”とか紹介されるとなんだかな~と思っちゃうのはおぢさんだからですかねぇ。綺麗な写真をみんなに見てもらいたいとか、”いいね”で賛同を得たいという気持ちはOKなんですが、そのために”インスタ映え”を求めて回るのってなんだか写真の楽しみとはちょっと違うんじゃないかな?っと、ちょっと心配。単なるおぢさんのぼやきです、すいません

 思うところ、歩さんのつぶやいた

  時々考えるんだ いい写真ってなんなのかなって

に対する玉城君のお返事

  うーん・・
  答えなんかないんじゃないか?
  俺はこう考えてるよ カメラは「神の目」だってね
  空の色 木々のざわめき 渡り鳥の群れ 街行く人々の表情・・
  どこをどんなに切り取ったって そこには必ず光に映し出された生命の影がある
  アニミズムの精神に近いのかもしれないよ
  神様が七日間で創造したかどうかはわからないけど
  それにしてもこの世界は精巧で美しすぎるんだ
  何を撮ったって正解にきまっている

なかなかの名言だと思います

 本書は予想以上に面白かったです。東京都内の近場が中心の街撮りですんで、近郊の人なら休みの日にカメラでもスマホでも持ってお出かけしようかって気にさせてくれる本
 また、インスタグラムにちょっと疲れた人が休憩して飲む清涼剤にもなるかもです。ご一読の程を

《脚注》
(*1)光画部
 ”究極超人あ~る”(ゆうきまさみ、小学館)の主人公達が所属する高校のクラブ。一般的に言う写真部ですが、個性的なメンバー(+OB)ぞろいのクラブです。
 2017年10月に発売された”アニメと鉄道(旅と鉄道2017年増刊12月号”に飯田線の撮影旅行という本作のOVAが特集されていて、ちょっと驚きました。
(*2)平凡&陳淑芬(ピンファン&チェン・シュウフェン)
 台湾のイラストレーターのご夫婦。一時期はまって画集集めてましたねぇ。今はほとんど絶版ですが2012年出版の”ヒヤシンス”はまだ入手可能なようなので、今度読んでみよう。
(*3)インスタグラムの先駆者
 インスタグラムの登場が2010年10月なのでまさにこの頃。2017年4月には7億人を突破したそうです(公式HPより)

昭和の映画にまつわる今は昔。まあそれが良かったというつもりはありませんが(木根さんの1人でキネマ 4/シネマコンプレックス)

 ども、昭和レトロなビブリオマニアのおぢさん、たいちろ~です。
 本も読みますが、まあわりとDVDも見ます。てか、”DVD”と言ってる時点ですでに時代に遅れてる感あるんでしょうか。まあ、根っこが昭和だからしょうがないんですけどね~~ ”本”が発明されて5,500年、”映画”が発明されて1世紀+四半世紀、テクノロジーの発達は間違いなく趣味の世界に影響を与え続けています
 ということで、今回ご紹介するのはちょっと懐かしい映画ネタにまつわるマンガ”木根さんの1人でキネマ4”であります。


写真はたいちろ~さんの撮影。川崎駅前の”ラ・チッタ・デッラ”です

271882


【本】木根さんの1人でキネマ 4(アサイ、白泉社)
 木根真知子、独身。趣味 映画鑑賞。実態は映画愛をこじらせちゃってる残念な人。子供の頃から大の映画好きで、三十歳超えても大の映画好き。第四巻は初登場のお母さん(元スケ番)との映画をめぐる母娘バルトが!
【旅行】シネマコンプレックス(cinema complex)
 同一の施設に複数のスクリーンが同居する映画館のこと。ラ○ポートやイ○ンモールみたく商業施設なんかといっしょになってるケースが多いようです。これ書いているのがちょうどハロウィンなんで、これで有名な川崎のにしました。撮影は2012年でちょうど”貞子 3D”のプロジェクションマッピング(*2)やってました。


 本書は映画の中身をあ~じゃこ~じゃしてるんですが、今回はちょっと本筋と離れて古今東西、媒体としての映画の話を

〔映画の収集癖、今は昔〕
 30歳を過ぎても映画に耽溺する娘(真知子さん)VSそんな娘にキレまくる母(千里さん)。部屋を片付けろという母に対して真知子さんの言いきったセリフ

  私、一人暮らし始めてから収集癖なくなったの
  今は純粋な観るマシーン

   (”エクソシスト”より)

実は、最初この意味分かんなかったんです。本書にも出てくるアノ事件(*3)を引くまでもなく、昔は映画やテレビを観る(フロー)以外で映像をストックするにはVHS(これも説明必要かなぁ?)という媒体でとっとくしかを収集するしかなかったんで、”収集癖”うんぬんはわかるんですが。で他の話を読んでわかりました。

  今は有料放送の録画と動画配信サービスがあれば
  BD並みの品質で映画が常に楽しめちゃう

   (”トイ・ストーリー”より)

そうなんですね、別に媒体に頼らなくてもネットで事足りちゃう。録画もハードディスクかな。ネット社会の進展は着々とオタク文化を侵食してんですなぁ

〔VHS 今は昔〕
 子供の頃の真知子さん。子供番組を録画するフリをして実は”エクソシスト”を録画。その時にしかるお母さんの言葉

  しかも3倍じゃなく標準で!
  どうりでテープの減りが早いと思ったわ!!

   (”エクソシスト”より)

若い人にはわからんネタなんだろうな~ VHSって標準モードで120分(長時間160分)、これを3倍モードで録画すると3倍の長さ録画できるのでリーズナブル(その分画質は落ちますが)。真知子さんは”標準モード”で録画してるってことは子供ながらに画質にこだわるってことでしょうね。テープ代は馬鹿にならんけど・・

〔DVD 今は昔〕

 DVDを買ってきた真知子さん、”無駄遣い”と怒るお母さん。その横からのお兄さんの一言。

  俺のPS2返せ!!

   (”トイ・ストーリー”より)

これも若い人にはわからんネタなんだろうな~ ”PS2”はもちろんソニー・コンピュータエンタテインメント(当時)の伝説のゲームマシン”PlayStation 2”のこと。特筆すべきは39,800円というお値段にもかかわらずDVDの再生ができたこと。wikipediaによるとDVDプレーヤーの値段は標準準的なもので10万円前後、格安モデルでも6万円程度とあるので、これってとってもお得感。てか、PS2のおかげでDVDが一気に普及したと言っても過言ではないかと(*4)。
 VHS→DVD→BDの変遷の話は”トイ・ストーリー”でいろいろやってます。

〔映画館 今は昔〕
 映画館で食べ物のガサ音に怒り心頭の真知子さん。昔の映画館を回想しつつの言葉

  まったく、昭和の映画館を思い出すわ
  昔の・・・ 昔の映画館は自由だった

   (”ロッキー”より)

絵には階段や座り込む人やうしろの通路で立って観てる人達が。キャプションには”途中入場可、立ち見 席は早い者勝ち、寝にくるリーマン”などなど
シネマコンプレックスの登場で映画館自体が大きく変わりましたが、もっとも大きく変わったのは映画は”予約して観るモノ”に変わったことでしょうか? 昭和の映画館ってのは”並んで観るモノ”。ネット予約どころかインターネットすら普及していなかった時代です。ですから朝から並んで席がなければ良くて階段座り、悪くて最後列で立ち見少しでも空けば途中でも入場し、一周廻って観はじめたとこまでくれば途中で退場。入れ替えなんか無かったから時間潰しで寝てるのもOK
 そりゃ確かに別料金を出せば”予約席”はありましたが、それは彼女のいるブルジョアの専有物非モテのプロレタリアートは立ち見でも文句も言えるはずもなく。この厳然とした映画館のヒエラルキーこそが後の階級闘争に(以下、自主規制)

 まっ、別に昭和のほうが良かったって言うつもりはないですし。
 真知子さんの後輩の工藤さんが真知子さんに対して”ダイハード”の第1作目を

  80年代の思い出補正かかってんじゃないですか?
   (”ダイ・ハード”より)

と突っ込みいれてますが、決してそんなことないですよ。映画館は並ばなくても椅子に座って観れるし、映画はamazonプライムビデオなら見放題、けっこうレアな探し回らなくてもネットで買えるし。VHSなんて今観たら画質は落ちるだろうし、チャプター機能もなく使い勝手悪そうだし、場所取るし
 DVDですら場所を取ると言われてる我が家ですが”VHSに比べりゃでんでん場所取らない!”と言っても聞いてくんないししなぁ・・・(*5)

 

テクノロジーの発達が映画という娯楽にもいろんなメリットを実現してるみたいです。まあ、そんな時代もあったねと♪ ってな話でした。

 本書は映画マニア向けのあるある本。取り上げられている映画はわりとメジャーなものが中心ですので、あまり映画観ない私でもOKぐらいなのでたぶん大丈夫。
 ぜひご一読のほどを。

《脚注》
(*1)”本”が発明されて5,500年~
 メソポタミアで用いられた粘土版が世界最古の書物で紀元前3,500年、リュミエール兄弟によりシネマトグラフ(複合映写機)の発明が1895年です。
(*2)プロジェクションマッピング
 建物や物体などをスクリーンに見立てて映像を映し出すのが”プロジェクションマッピング”。実際の建物の形状とうまく合わせた映像はなかなかに迫力あります。ただ貞子はなぁ・・ 最後に宣伝入れるんだもんなぁ・・・
(*3)アノ事件
 1988年に発生した”東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件”のこと。犯人の宮崎勤が6,000本近いビデオや多数の漫画を所有していたことから”オタク=変質者”といったバッシングの原因になりました。
(*4)DVDが一気に普及したと言っても過言ではないかと
 一般的に工業製品ってのは”量産効果”ってのが効いています。単一シリーズのマシンが発売1年半で累計出荷台数2000万台突破なんていうおよそ通常の電化製品とは桁はずれのシロモノ、波及効果は凄かったんでしょうね。これに引きずられてDVDプレーヤーの値段もずいぶん下がったような気がします。
(*5)DVDですら場所を取ると言われてる我が家~
 ”ハードディスクに保存すれば、DVDとっとく必要ないでしょ!”と娘に言われたんですが、ハードって壊れるんですよ、娘さん。バックアップは必須だと思いますが・・

知れ、息子よ。老いて旅するのは賢明ではない(カーブースの書/タビビトノキ)

 ども、まだ60歳前ですが、いいかげん枯れているあるおぢさん、たいちろ~です。
 ここんとこ、文春砲でもって不倫ネタにされてるおぢさん世代の人が続出しています。まあ、若けりゃいいとか言うつもりはなかですし、個人の話なんでほっときゃよさそうなモンですが、なんだかな~~という感じ。てなことを思っていると、ある本にこんな話が

  かつてある老人がいったとおりである
  年寄りになったら、美女たちが私に見向きもしないだろうと長年悲しんできたが
  いざ年をとってみると。私自身彼女らをほしくないし、
  またほしかったら無様である

 まあ、年をとったら相応に枯れるってことでしょうか。また、このようにも

  

老いて若気のふるまいをする者は、退却時に進軍らっぱを吹くに似る

とも。
 といくことで、今回ご紹介するのは”知れ、息子よ”で始まる人生の忠言集”カーブースの書”であります


写真はたいちろ~さんの撮影。羽田空港にあるタビビトノキです

0313


【本】カーブースの書(カイ・カーウース、平凡社)
 著者の”カーウース”はセルジューク朝時代の地方王朝ズィヤール朝の七代目の王(*1)。この君主が愛する息子のために残した人生の忠言集が”カーブースの書”。11世紀ごろの本です。
 老いた王が”別離の文が届く前に運命の叱責、名声獲得の益について書を記して”おかれた父性愛にあふれた内容ですが”時代の風潮として、息子は父親の忠言を実践しない”とも。今も昔も変わらんなぁ・・
 ”ペルシア逸話集(平凡社)”に収録
【花】タビビトノキ(旅人の木)
 英名はまんま”トラベラーズツリー”。羽田空港のプレートによると原産地はマダガスカルで、”大きな葉が扇状に広がって一定の方角を示すことから、旅人に方角を示す木として、各国で旅人を意味する名前が付けられている”とのこと


 本書は44章にわたり、神や富、恋愛、作法からいろんな職業に就き時の心得など広範にわたるもの。さすがに、結婚するなら”処女を娶とらねばならぬ”とか”欲情のためなら市場で女奴隷を買うことができる”といった今の時流に合わないもの、”金のない恋人は目的を果たせない”みたいな身も蓋もないものもありますが、全体的にはたいへん”なるほど”と思わせる内容。お国柄イスラム教的なものもでてきますが、虚心で読めばそれもまた忠言です。

 全部を扱うと多すぎるので、ここでは第九章”老齢と青春について”から”老い”の話題を。冒頭の老人の話もこの章からです。
 で、気にいった忠言をいくつか

〔老人は死なぬ限り老齢の病から安らげない〕
 まずは、老齢に関するもの

  老人とは見舞客がいない病人で、老齢とは死以外に癒す薬がわからぬ病気である
  そこで老人は死なぬ限り老齢の病から安らげない

けっこう老齢についてのぼやきが多いんですが、決して死そのものを恐れてはいないんですな。太陽が昇り沈んでいくようにそれは必然だということ。”老齢は私の敵であり、敵については嘆くだけ”との達観も。
 だからこそ

  軽薄な年寄りになるな、また不潔で不正な老人になるな
  老人は知性、行動に若気があってなならぬ。老人はつねに情け深くせよ
  若いうちは若者らしく、年をとったらと年よりらしくせよ
  年をとってから若者らしくするのはみっともない

などなど。まあ、健康に気をつけて長生きするにこしたことはないですが、アンチエイジングとかで若モンになんとかしがみつこうとするのもなんだかなと。”年相応”って意外と重要なのかもね。まあ、行動の話ですが。

 ただし、若者に対しても脅しのひとことも

  老人を敬い、老人に対して下らぬ口をきくな
  老人と賢者の返報は厳しいぞ

〔老いて旅するのは賢明ではない〕
 次は”老人と旅”に関する話。

  老いたら一つの場所に落ち着くよう心掛けよ
  老いて旅するのは賢明ではない
  特に資力のないものはそうである
  老齢は敵であり、貧困もまた敵である
  そこで二人の敵と旅するは賢くなかろう

 ただし、どうしても旅に出ないといけないなら、神の恵みがあれば”異郷を旅することは家にいるよりもよい”とのフォローはしてますが、それでも”決して家を恋しがらず、好きな場所に落ちつけ”とも。

 少し補足すると、カーウースの時代は11世紀なんで、現代みたいに飛行機とかに乗って、安全で快適な旅がホイホイできる時代じゃなかったんですな。大国に挟まれた弱小王朝なんで政情も不安定だったようですし、また交通機関も安全じゃなかったでしょうし。また、”商取引について”の章で商人が利益を得るために商品を運ぶのに”盗賊、追い剥ぎ、人食い動物や道の危険”てのをあげてるし。そんなとこに老人がひょこひょこ旅をするってのは確かにリスキー。

 また、カーウース自身が王族ということもあるんでしょうが、けっこう貧乏人に対してシビアなんですな。”富によりいっそう信仰に励むことについて”の章より巡礼=旅に関してのコメント

  神は体力も資力もない貧しい者には旅を命じなかった
   (中略)
  知れ、息子よ。もし貧しい者が巡礼をしたら身を破滅に陥れよう
  金持ちのすることをする貧乏人は、健康な人がすることをする病人を同じである

 実はこの本を読むきっかけになったのは、沢木耕太郎の”深夜特急(*2)”の4巻に出てたんですな。沢木がイランのシラーズのモスクで日本人から譲り受けた本がこれ。この時沢木はまだ20代半ばですが、貧乏旅行の真っ最中。時代も1974年ごろの話です。
 特に上記の”老いたら一つの場所に落ち着くよう心掛けよ”はこの本の中でも引用されていて、まだ年が若いとはいえ、お金もなく将来の展望もない中、異郷の地で一人この本を読むのってどんな気持ちだったんだろうと思ってこの本を読む気になりました。

 まあ、私も老齢と貧困のダブルパンチ喰らってる人ですが、定年したら、キャンピングカーとか乗って、旅を住処とする生活もいいかな~とか思ってたりもするんですがね。一応”異郷を旅することは家にいるよりもよい”とかも言ってくれているし・・・

 今回は引用が多くなってすいません。まあ、私のつたない文章より本書のほうがよっぽど面白かったんで。
 収録している”ペルシア逸話集”は1969年と古い本ですが、図書館で探すか、高くてもよければオンデマンドで入手が可能。好き嫌いはあるかもしれませんが、私は楽しく読ませんていただきました。

《脚注》
(*1)地方王朝ズィヤール朝の七代目の王
 解説によるとズィヤール朝が927~1090年頃、カーウースが1049年~?。本書が書かれたのは諸説あるようですが、1082~83年ごろだそうです。
(*2)深夜特急(沢木耕太郎、新潮文庫)
 沢木耕太郎がインドのデリーから、イギリスのロンドンまでバスだけ使って旅行するという紀行小説。なけなしのお金、全6巻中第3巻でやっとスタート地点のデリーに到着というスピード感、この無計画さがこの手の旅行の醍醐味なんでしょう、たぶん。
 発刊当時はバックパッカーの間でいわばバイブル的な存在だったそうです。

”霊的な祝福付き”の首都大改造計画、ってありでしょうか?(帝都物語/日本橋)

 ども、自分の結婚式はキリスト教ですが、葬式はたぶん仏教になりそうなおぢさん、たいちろ~です。
 おそらく、日本人ってのは世界でも類をみないほど宗教や占い、おまじないに関してよく言えば寛容、悪く言えば無節操な国民性なんじゃないかと思います。
 生まれたら神社にお宮参りに七五三、結婚式はキリスト教、葬式は仏教。正月に初詣に行って、夏にはお盆、秋にはハロウィン(*1)、年末の一大イベントがクリスマス・イブ。神社に行けばおみくじを引くけど、恋愛運は星占い、結婚式や葬式は六曜にこだわるけど、家を買う時は風水云々言い出すし。まあ、バレンタインデーみたいなマーケティングの勝利!(*2)みたいのもありますが。
 こんだけ無節操だと”霊的に祝福された都市計画”なんつ~のも滑稽無糖って訳でもないのかな~なんて。まあ、議会で予算が通るかどうかはビミョ~ですが。
 ということで、今回ご紹介するのはそんな都市計画から始まるサイキック奇伝小説”帝都物語”であります


写真はたいちろ~さんの撮影。東京の日本橋(上)と欄干に飾られている麒麟です。

9130705
9130721


【本】帝都物語(有栖川有栖、日本経済新聞出版社)
 明治40年、東京を軍事のみなならず霊的にも祝福された都市に改造する、渋沢栄一を中心に秘密裏にプロジェクトが開始された。集められたメンバーは天皇家に使える”土御門一門”、理学博士”寺田寅彦”、平将門の復権を目指す”織田完之”、若き大蔵官僚の宮辰洋一郎”など。そして陸軍からは陰陽道にも通じる”加藤保憲”の姿もあった・・・
 平将門の怨霊により帝都破壊を目論む”加藤保憲”とその野望を阻止すべく立ち向う人々との物語がここから始まる(第一巻”神霊編)
【旅行】日本橋(東京)
 東京都中央区の日本橋川に架かる橋。読み方は”にほんばし”。大阪にも道頓堀川にかかる”日本橋”というのがありますが、これの読み方は”にっぽんばし”。初代は1603年(慶長8年)に徳川家康の全国道路網整備計画によって作られた五街道の起点。そのため、今でも国道1号線を始めとする7つの国道の起点となっています。

 さて、”帝都物語”の第一巻ですがまずは主要キャラクターの登場編。上記以外にも文学者の”幸田露伴”に”森鷗外”、物理学者の”長岡半太郎”、地政学者”カール・ハウスホーファー”など、実在の人物がキャラクター化して話を紡ぐってのは”文豪スレイドックス(*3)”の御先祖様って感じでしょうか?

 本作の悪役といえば”加藤保憲”。あらゆる魔術に精通し、陰陽道を始め暗殺術の蠱毒だの式神使いもよくし、剣も達人。中国語や朝鮮語にも通じてるんだから大陸進出には重宝されたんでしょうな。確かに有能な人のようで登場時には陸軍少尉ですぐに中尉に昇進しています。
 悪者感満載の”加藤保憲”ですが、ちょっと意外だったのはこの人少尉とか中尉ってことで軍隊組織の中では意外と偉くないんですな。態度はLサイズで、大佐ぐらいの感じなんですけど。本を読んでいて困るのが”組織の中での地位”ってのがけっこう分かりにくいことです。これによって組織の中での権力(意志決定への影響力、動員できるリソースなど)がどの程度あるかが決まるンでリアリティが違ってきちゃうんで。調べてみると時代や組織でかなり異なりますが”少尉”だと小隊長(10~50人)、”中尉”だと中隊長(4個小隊相当 200人程度)だそうです。現在の会社組織だと200人の部下がいるならかなりの偉いさんですが・・・ 偉そうな加藤中尉ではありますが、原隊に帰れば中間管理職としていろいろ苦労してんでしょうかねぇ・・・

 さて、第一巻のメインの話は東京を”霊的に祝福された都市”に改造するための基礎設計をするってことです。渋沢栄一をリーダーとするプロジェクトですが、初期段階なんで防災計画の専門家、裏付けとなる財政の担当者、防衛の観点から軍部の関与なんかはわかりますが、これに”霊的”が混じると陰陽道の専門家が入るわ、なぜだか物理学の専門家まで。まあ、こんだけ専門の違うメンツを集めてのプロジェクトだからまとめんの大変だろうな~~ という出だしです

 ところで、平安時代や江戸時代ならともかく、”霊的に祝福された建築”なんてできるかというと実は近代でもあったりなんかするんですな。その一例が本書の中でもちらっと出てくる”日本橋”がそれ。写真では上に走っているのが首都高速道路でその下が日本橋です。橋のたもとにあるのが”獅子”で、橋の中央にあるのが霊獣”麒麟”。麒麟は東京市の繁栄を、獅子は守護を表しています(中央区教育委員会の看板より)。橋の完成は1911年(明治44年)で、時代的には日露戦争終了後(1905年)、江戸幕府が締結した不平等な”日米修好通商条約(*4)”から脱却し新しい”新日米通商航海条約”を締結した年で、議会制民主主義を推進する第一次護憲運動(憲政擁護運動 1912年~)の直前あたりです。日本史の授業でやりましたが覚えてますか? 私はまったく忘れてましたが
 ”合理主義”的なメンタリティとしては江戸時代よりは現代に近いと思われる時代なんですが、それでも守護獣たる”獅子”や霊獣たる”麒麟”が登場するんですな。”橋”を”河川を横断する道”という機能に限定すれば多少の意匠はあっても獅子や麒麟である必要はないはずなんですが、それでもこの獣にしたのはやっぱり”霊的な祝福”を望むメンタリティが色濃くあるんではないかと。さすがに現在で”霊的に祝福された都市計画”を正面切って国会や東京都議会に提出したら会議はけっこう紛糾しそうだし、ネットでは格好の炎上ネタになりそうですが、個別建築物の意匠レベルで極小化しちゃえば意外とすんなり通っちゃうかも。まあ、最後は小○さん次第ってことになりそうですが・・・

 本書の中で語られる都市計画のなかでユニークさでは出色なのが”寺田寅彦”の提案した”地下都市構想”。約100尺(約30m)の地下に建築物の基礎を作って帝国の中枢建築物を移し地下道路や鉄道で結んで、地上には緑地や水路を作るというもの。渋沢栄一はノリノリですが、大蔵官僚の宮辰洋一郎は渋い顔ですが、当たり前です。国家財政の困窮でストップしていたのが、事業公債の発行でやっとこ財源の裏付けできたのに、地下都市なんか作った日にゃいったいいくら掛かるネン!!
 現在、2020年の東京オリンピック目指して首都高速道路の老朽化対策をどうするかの議論をやっていますが、高架のまま改築すると約1,400億円で、地下化すると約5,000億円かかるんだとか。予算ベースでこれですから実際にやったらもっと掛かるんでしょうね。たかだか道路の改修工事でこんだけかかるんだから、街ごと地下化すればいったいどんだけ掛かるんでしょう?? 学者の論としてはありうるんでしょうが、国家財政を預かる大蔵官僚としては”はい、わかりました”と言えるシロモノではないんだろ~な~

 ”帝都物語”における加藤保憲の悪者話はこれからのようですが、前から一度読んでみたかったので(*5)、これからが楽しみです

《脚注》
(*1)ハロウィン
 最近盛り上がっているハロウィンですが、元々は古代ケルト人が起源の秋の収穫祭り兼悪霊なんかから身を守る行事。でも、正確に理解できる人ってどれぐらいいんだろ? どう見ても政府公認のコスプレイベントとしか思えんが・・・
(*2)バレンタインデーみたいなマーケティングの勝利!
 元々はローマ皇帝の迫害下で殉教した聖ウァレンティヌス(バレンタイン)に由来する記念日ですが、日本式の女性から男性にチョコレートを贈るというのはモロゾフ製菓が考案したんだとか。まあ、土用の丑の日にウナギを食べるを定着された平賀源内みたいなもんかと。
(*3)文豪スレイドックス(原作 朝霧カフカ、作画 春河35、角川コミックス・エース)
 横浜を舞台に異能と呼ばれる超能力を駆使して戦う福沢諭吉率いる”武装探偵社”と森鷗外をボスに仰ぐ”ポートマフィア”の抗争を描くサイキックアクションコミック自殺マニアの太宰治やらやたらコンプレックス丸出しの芥川龍之介など、文豪をイメージしたキャラ設定が秀逸。お勧めです。
(*4)日米修好通商条約
 1858年(安政5年)に日本とアメリカの間で結ばれた通商条約。日本に関税自主権がないなど不平等な内容でした。で、関税自主権を回復したのが”新日米通商航海条約”(1911年)です。
(*5)前から一度読んでみたかったので
 本書は1985年の発表、1987年に日本SF大賞受賞、映画がヒットしたのが1988年なんで、30年近くほったらかしにしてたんだなぁ。ちなみに本書を読む気になったのは、”虚実妖怪百物語(京極夏彦、KADOKAWA)”のモトネタだったから。こちらも面白い本。詳しくはこちらをどうぞ。

インドやネパールと日本の文化の違いって本書を読んでみるとか行ってみるとかしないとピンとこないかもしれませんが(深夜特急/リキシャ)

 ども、ネパールとインドに行ったことのあるおぢさん、たいちろ~です。
 といっても、もう両方とも四半世紀以上昔の話ですが。ネパールには”世界で最も美しい谷”と言われた”ランタン・リルン(*1)”へのトレッキングで、インドにはアフリカからの帰りに”ボンベイ(*2)”でのトランジットで半日いました。この程度で知ってるというのもおこがましいんですが、この本を読んでると確かにあったな~というネタも。
 ということで、今回ご紹介するのは貧乏旅行のバイブル”深夜特急”からインド・ネパール編であります


写真上はネパール カトマンズのリキシャ(wikipediaより転載)
写真下は中尊寺で見かけたベロタクシーです(たいちろ~さんの撮影)

Img133
P1050151


【本】深夜特急(沢木耕太郎、新潮文庫)
 沢木耕太郎がインドのデリーから、イギリスのロンドンまでバスだけ使って旅行するという紀行小説。今回読んだ3巻でやっとデリーに到着(しただけ)。全6巻の半分でこのスピード感って無計画さこの手の旅行の醍醐味なんでしょう、たぶん。
【乗り物】リキシャ
 いわゆる”人力車”のこと。日本だと観光地だと今でもある人が引っ張るタイプを思い出しますが、本書で沢木耕太郎が乗ったのは”サイクルリクシャー”と呼ばれる自転車タイプのようです。写真下の”ベロタクシー”のベロ(Velo)は自転車という意味で電動アシスト付きだそうです。両方ともタクシーとして使われていますが、最近のはずいぶんハイカラなんですなぁ


 今回のブログを書くに当たり、昔の写真とかビデオ(*3)とか探したんですが行方不明。どこ行ったんだろう? せっかく自慢したかったのに! ということで今回は記憶に頼って書いてます。

 本書ではインドのアシュラム(共同生活体)で生活したり、ネパールのカトマンズでぶらぶらしたり、ガンジス河のほとりの死体焼き場で茫然としたりといったお話。日本とは文化や風習、宗教感や生死観、生活水準がまったく違うんでこのへんの空気感ってのは、本書自体を読んでみるとか、実際に行ってみるとかしないとピンとこないかもしれません。でも、多少とも体験した感じからいうとあるあるネタがけっこうあります。いくつかをご紹介

〔最大のインパクトは死体焼き場でしょうか〕
 沢木耕太郎がベナレスで死体焼き場を訪れる話がでてきます。台地の上で死体を焼いて燃え尽きた灰をガンジス河に流すとか小舟から死体を流すとか,その死体が河から浮いてくるとか。そのすぐ近くに沐浴所があって平然と河の水に浸っているとか。
 私もネパールのパシュパティナー(ネパールの聖地)で同じようなのを見ました。時間が遅かったのでもう火葬はしてませんでしがた、けむりの残る台地から灰をバクナティ川(ガンジス河の合流する聖なる川)に流していて、その横でやっぱり沐浴を。
 日本の仏教も火葬という意味では同じですが、見るからに清潔そうな火葬場の炉で火葬して骨上げで骨壷に納めてというのとはかなり違います。日本だと棺桶に入れて焼けるところは見えないんですが、インドの場合は布にくるんで(体の形が見える!)、面前で焼くんですがらそりゃ違うでしょうな。お骨も日本はお墓に納めるものですが、インドでは聖なるガンジス河に流す。今風に言うなら”散骨”なんでしょうがやっぱり日本のそれとは違うと思います。
 私も話には聞いていましたが、火葬そのものを見たわけでもないのにインパクトありましたね。火葬そのものは普通の日本人にとってもこうなんですがら、埋葬が当たり前のキリスト教徒だともっとすごいんだろうなぁ

〔とにかく値切らないとダメ!〕
 ネパールに行ってフリーでカトマンズ市内観光をした時のこと。若いおにいちゃんと小さい弟が声をかけてきて、市内観光のガイドをするとのこと。いくらだったか忘れましたが、ネパールの水準からするとまずますの値段でしたがまあいいかとお願い。この時値切ればよかったんですが、なんせ海外旅行ビギナーで値切るなんて感覚なくて(関西人なのに)、ネパール語なんか”ナマステ(こんにちわ)”ぐらいしか知らん中、まあ英語がしゃべれたんで2時間ほどダルバール・スクェア(旧王宮広場)だとかスワヤンプーナート(有名な寺院)だとか回って。で、最後にお金を払う段になったらなんと倍の値段を請求されました。”○○ルピーでしょ?”と言ったら、”for an hour(1時間ごとに)”だと。まあ、こっちの英語力のなさのせいだというのと、頼るすべのない異国の地でケンカになるのも怖いのでまあ払いました。高い勉強代についちゃったな~~と
 でも、沢木耕太郎って、ちゃんとビジバシに値切ってるんですな。リキシャに乗る時の値段交渉で”2ルピー”を”1ルピー25パイサ”とかの交渉を延々と。これって日本円にすると45円程度ですぜ。しかも降りる時にまた”2ルピーの約束だった”というリキシャの車夫にまた延々と交渉を。まあインドの人のバイタリティも凄いですがひるまず交渉する沢木ってのもすごいな~~

  果てしない言い分を続けながら、まさにこれがインド風なのだな、
  とどこかで面白がっている自分を感じてもいた

 こういう根性と感性がなければ貧乏旅行なんでできないんでしぃうなぁ。私には出来んかったけど・・・

〔とにかくチャイはよく飲む〕

 ランタン・リルンのトレッキング中は私も”チャイ”は良く飲みました。”チャイ”というのはインド式に甘く煮出したミルクティーのことで、トレッキングではそこここにある茶店のを買っていました。一つには高山病予防には水分を多めに取るってのもありますが、第一の理由は生水はNGだから。日本人が生水を飲んだ日にゃ一発でお腹壊してソーゼツな下痢に。チャイはまあ煮沸してあるので大丈夫ってとこですし、コカコーラなんかは街中では売ってますが、チャイに比べるとかなり割高でしたしね。まあ、それでも日本よりはすごく安いんですが
 沢木の場合は下痢対策とはかいてませんが、けっこうよくチャイを飲んでいます。私の場合は茶店だったんで、コップで出てきましたが、沢木は列車の中で飲んでるシーンもあって、こっちは素焼きのぐい飲みのような容器で売っていたとか。飲み終わったら容器を窓から叩きつけるようにして割ってしまうとのこと。まあプラスチックじゃないんでエコっぽいんですがねぇ。私もやってみたかったな。ちなみにこのチャイは1杯30パイサ、約10円だそうです。

 てなぐあいの旅行でしたが、あの頃は若かったな~ また行ってみたいな~~
 今回はドヤ話になってすいません。本書はけっこうスルっと読める本ですので、ぜひご一徳のほどを

 あっ、そうだ。私の中学校の同級生が2015年に首都カトマンズで大地震があった時、久々に名前を聞いてびっくりしました。ヤプー(*4)、元気にしてる?

※”深夜特急”は1974年ごろ、私が行ったのが1980年代後半なので現在とはかなり事情が異なっていると思われますので、これから行かれる方の参考になるかどうかはわかりませんので念のため

《脚注》
(*1)ランタン・リルン
 ランタン・リルンはヒマラヤ山脈の山の一つで標高7,234m。当然ながら素人がそんな高山に登れるはずもなく、トレッキングは最奥の村キャンジンゴンバ(それでも標高3,730mとほとんど富士山頂とほとんど同じ)までを往復するツアー。シャクナゲが美しかったです。
(*2)ボンベイ
 当時の呼び方で現在では”ムンバイ”(1995年に変更)。首都”ニューデリー”を上回るインド最大の都市です。
(*3)昔の写真とかビデオ
 写真はもちろんスチルカメラ。ビデオは”S-VHS-C”という規格。当時としてはコンパクトなタイプだったんですが、それでもかなり肩からかけないと持ち運べないような大型の機械。スマホで写真から動画からとれる現在と比べると隔世の感があります。
(*4)ヤプー
 この男は中学生でありながら”家畜人ヤプー(沼正三、幻冬舎)”というなかなかにマニアックがSF・SM小説を愛読してまして、で、付いたあだ名が”ヤプー”です

歴史への転換点。バブルに踊った人達の記憶が記録になっていく時期に来てんでしょうか(バブル 日本迷走の原点/経団連会館とフクロウのモニュメント)

 ども、バブル時代を駆け抜けたはずなんですが、な~~んも良い思いした記憶のないおぢさん、たいちろ~です。
 時代には”歴史への転換点”てのがあるような気がします。”歴史の”ではなく”歴史への”です。まあ、散文的な言い方をすると、リアルな”思い出”とか”体験”といった”記憶”から俯瞰的に事実を見つめる”記録=歴史”に転換する時かと。
 まあ、”歴史の転換点”というのは第二次世界大戦終結とか、9.11テロみたいに、振り返って見た時に”この時、時代が動いた”っぽい社会的なコンセンサスがありそうですが、”歴史への転換点”ってのは個人的な関わり方(影響の規模、関わりの深さなどなど)に依存するので個人的にばらつきがありそうです。第二次世界大戦だって戦前・戦中派にとってはあるいは死ぬまで歴史にはならないでしょうし、戦後派にとってはすでに歴史かも。
 で、何の話をするかというと”バブル”の話です。”バブル弾けて20年♪(*1)”、いや四半世紀か・・・ 中高年のおぢさん世代にとってなんとなく”バブル”がぼちぼち”歴史への転換点”に来ているんじゃないかな~~ って感じしてます
 ということで、今回ご紹介するのは最近出版されたバブル本から”バブル 日本迷走の原点”であります


写真はたいちろ~さんの撮影。
経団連会館(上)とそこにあるフクロウのモニュメント(下 拡大版)です

3042756
Photo

【本】バブル 日本迷走の原点(永野健二、新潮社)
 住銀、興銀、野村、山一・・・ 日本を壊した「真犯人」は誰だったのか?(本書の帯より)
 日本経済新聞証券部の記者としてリアルタイムでバブル時代の取材をした永野健二によるバブル史の本。エスタブリッシュ側の政治中枢から一流銀行・証券会社のトップ、バブル紳士と呼ばれた時代の寵児にして破滅していった人まで広範な登場人物たちによって織りなされるバブルの物語は圧巻です
【旅行】経団連会館とフクロウのモニュメント
 ”経団連(日本経済団体連合会)”は東証第一部上場企業を中心に構成される企業の団体で、日本経済の中枢をになう総本山ってとこでしょうか。
 下のフクロウは御手洗冨士夫キヤノン会長が退任時に寄贈したものだそうで、なぜフクロウかというと”フクロウは知恵の使者で経済の象徴”なんだとか。


 別に”平野ノラ(*2)”がきっかけって訳ではないんでしょうが、昨今バブル本ブームのような感じがします。まあ今までだってバブル本ってのは山ほど出版されてるんですが、ここんとこのはどうも”時代の当事者”が書いているのが多いような。
 ”住友銀行秘史(國重惇史、講談社)”、”バブルと生きた男 ある日銀マンの記録(植村修一、日本経済新聞出版社)”、”野村證券第2事業法人部(横尾宣政、講談社)”まどなど。本書も当時一線で働いていた記者の著者なんでかあ、このくくりかな。本書以外はまだ読んでないんですが、これからぼちぼち読んでいこうかと。

  本書の”おわりに”で書いているんですが、本書で取り上げた事実には新しいニュースがあると。

   あの頃には書けなかったこと
   あの頃には見えていなかったこと
   今の時代になって明らかになったこと

があるからだと
 この話でいくと最近の書き手って”あの頃には書けなかったこと”が今になって書いたりできるようになったんじゃないかな~~ って。本書に出てくる懐かしい名前の方ってけっこう鬼籍に入られた方も多いんですよね。それに書き手そのものが一線を離れて自分自身も鬼籍に入ることにリアリティーを感じているのだとしたら(*3)、振り返って”あの時代を記録に残す”ことにある意味での意義を見出しているんじゃないかと・・・

 てなことを考えながら、本書から印象に残ったのを(コトの重要性ではないです)

〔なんでこんなおばちゃんに金貸したんや? 尾上縫〕
 かつて大阪に”東洋信用金庫”という信用金庫がありました。当時確か3,000億円を超える大阪有数の信金だったんですが、預金量に匹敵する3,240億円の架空預金証書を発行して破綻。で、東洋信用金庫を分割して、大阪のほとんどの信用金庫総がかりで救済合併をすることに。この仕事に一時期携わっておりました。
 この事件を引き起こしたのは 章のタイトルに”謎の相場師”と書かれている料亭の女将”尾上縫”。この人に合った事がある訳じゃないですが、破綻を聞いた時には”何でまた、料亭の女将に日本興業銀行を始めそうそうたる金融機関が金かしたんやろか?”と不思議に思ったもんです。他の金融機関も踊ったってのはある意味時代そのものがどっかおかしかったんでしょうね。バブルの狂気の代表的な事件だったのかも

〔他のバブル紳士と一線を画す慶応ボーイ 高橋治則〕
 ずいぶん昔ですがお仕事で”イ・アイ・イ・インターナショナル(EIE)”経由で営業をしたことがあります(まっとうな商取引です)。商談の最終局面でEIE経由の商流が決まったんですが、当時のEIEといえば不動産の買い占めのほうが有名だったので、”なんでまた?(*4)” まあ、当時はそれがお約束だったとしか言いようないんですが。で、この会社の社長が高橋治則。
 なんでこの人が印象に残ったかというと、上記のこともありますが、秀和の小林茂、麻布建設の渡辺喜太郎、光進の小谷光浩といった俗にいうバブル紳士たちとちがって何が夢だったかいまだにわからんという話

  彼ら(他のバブル紳士)はみな、貧しさのなかで生まれ育ち、
  反骨の精神を持って社会と向き合う”まじめさ”があった
  激しい成り上がりの精神があった
  恐喝、、相場操作で逮捕・投獄された小谷光浩でさえ
  私は犯罪にいたる過程と心象風景を正確に理解できると思っている

   (中略)
  (高橋治則は)あえて名付けるなら「慶応ボーイ」の人生だった
  慶応ボーイの世界を軽やかに生きながら
  同時に薄っぺらな「アメリカンドリーム」を実現しようとしていた

    ( )内はたいちろ~さん補記

ざっくりくくると、バブル紳士のメンタリティって戦前戦中生まれで戦後の高度成長期っぽいのに対して、高橋治則はエリート型のそれっぽいのかと。
 サブプライム・バブルとかITバブル、起業家ブームみたいのの動機というかモチベーションの底がいまいち分かりにくい構図に似てんですかね? このあたりもあと四半世紀もすればいろいろ見えてくるかなぁ

〔以外と時代が見えていた人 田淵節也と宮沢喜一 でも知恵だけでは解決できんと〕
 さて、エスタブリッシュ側から2名。一人目は野村証券会長の”田淵節也”。バブルがピークをつける直前の1989年11月に発した”海の色が変わった”、つまり熱狂相場が終わるぞという読み。でもこのままつき進んじゃうんですな。証券会社のトップなんだから相場はある程度読めるのは確かなンでしょうが”これから下がります”とも言えない立場。田淵節也が自嘲気味につぶやいた言葉が印象的

  阿波踊りのようなものだな 踊る阿呆に見る阿呆
  踊っても踊らなくても、その後の暴落局面での投資家の損失は変わらない
  だから、踊らにゃ損々となるのだよ

 至言ではありますが、踊らされて大損喰らった投資家はいい面の皮です

 もう一人が 後に平成の三悪人となった一人”宮沢喜一”首相不良債権処理のために公的資金をぶち込もうとして、大蔵省や金融機関の反対でとん挫した人。その理由は大蔵省の問題先送り論理金融機関トップの保身だというのだからなんだかな~~ 公的資金投入を宮沢首相から相談されたことを元住友銀行会長の西川善文は”ザ・ラストバンカー(講談社)”の中で書いてるそうですが

  頭取は皆、反対したよ。当時は財界も否定的だったからね
  あの時に決めておけば、
  こんな(不良債権処理をめぐって)大騒ぎにならなかっただろうに

といったそうですが、後の祭り。タイミングを外した戦力の投入は役に立たない好例です
 まあ、組織のトップまで上り詰めた人なんだから、それなりに知恵はあったようですが、そんだけでは自体は良い方向にもってけないんでしょうな。
 そういえば、知恵の象徴”フクロウ”の生態って日中は枝などにとまってほとんど動かず目を閉じて休息しているんだとか。フクロウ気取ってっととんでもないことになるってことかしら・・・

 本書は当時を知る人は記憶と重ね合わせて読むとなるほど感のある本。記憶にない若い人も現代史として読んでも面白いです。ご一読の程を

《脚注》
(*1)バブル弾けて20年♪
 おばちゃんたちが”バブル弾けて20年♪”と歌いながら踊っている”キンチョー 虫コナーズ バブル篇”の登場が2012年4月。バブルがいつはじけたかは諸説あるようですが、日経平均株価のピークをつけた1989年大納会(12月29日)の日と考えるとあながち四半世紀というのもはずれではなさそうです。
(*2)平野ノラ
 バブルネタでブレイクしたお笑い芸人。肩パッドスーツロングソバージュ太い眉強い色味の口紅ショルダーホンで”しもしも~”なんつーのはある世代以上の方には懐かしいアイコンで笑わせてくれます。まあ、今から見ると笑っちゃえる時代だったんでしょうなぁ・・・
(*3)自分自身も鬼籍に入ることに~
 國重惇史が最年長で72歳、永野健二が68歳、横尾宣政が63歳、植村修一が最年少で61歳。鬼籍に入るはさすがに失礼ですが定年で第一線を離れるのは確かではないかと・・
(*4)なんでまた?
 EIEの本業は電子周辺機器商社なので、コンピュータ関連の売買をするのがむしろ本業だったんですが、まったくそんな印象なかったですねぇ

京極堂で南極夏彦で妖怪馬鹿のお話。でも実写でやって欲しいな~~ これ!(虚実妖怪百物語/妖怪お守り)

 ども、早く人間になりた~いなおぢさん、たいちろ~です。
 このブログでは花を紹介するのに、”○○科XX属”というのが出てきます。これは生物学・分類学での”階級”というものでまあ近しいもののくくりなんですが、どこまで実感とあっているかというとけっこうアバウト。たとえばサクラだと”バラ科モモ亜科スモモ属”(wikipediaより)なんですが、サクラを見てバラとか、スモモとか言われてもそ~なんだとは感じにくいんじゃないかな。
 で、なんの話かというと”妖怪”の話です。一言で妖怪といっても亜人ちゃんやら、動物の化けたんやら、物が歳を経てなっちゃったんやらひとくくりにするんかこれみたいな。これに文化的な背景がからんじゃうと何がなんだか。日本では”人魚”は立派な妖怪ですが(*1)、人魚姫の”ア○エル”を見て妖怪扱いしたらディ○ニー・ファンから石投げられんダろうな~~(*2)
 ということで、今回ご紹介するのは、そんな妖怪がいきなり現れたらどうなるかという話”虚実妖怪百物語”であります


写真はたいちろ~さんの撮影。イベントで展示されていた妖怪お守りです
写真上は境港にある”妖怪神社”にある金運上昇?!ねずみ男がモチーフのお守り
写真下は赤城神社にある厄災守護の”磐筒雄命(いわつつおのみこと)お守り
ゲゲゲの鬼太郎のチャンチャンコがモチーフ

4300290

【本】虚実妖怪百物語(うそまこと ようかいひゃくものがたり)
   (京極夏彦、KADOKAWA)
 シリアの砂漠に現れた男。旧日本兵らしき軍服に、五芒星が染め付けられた白手袋。その男は、古今東西の呪術と魔術を極めた魔人・加藤保憲(*3)に、よく似ているように見えた――。妖怪専門誌『怪』の編集長と共に水木プロを訪れたアルバイトの榎木津平太郎は、水木しげる氏の叫びを聞いた。「妖怪や目に見えないモノが、ニッポンから消えている!」と。(序)
 という話のはずなんですが・・・
【道具】妖怪お守り
 妖怪とお守りの組み合わせって冗談っぽいですがホントにありました
 鬼太郎のチャンチャンコ柄のお守りは磐筒雄命をお祀りしている東京の赤城神社のもの。水木しげる大先生が、”ゲゲゲの鬼太郎”アニメ化の時にこの神社でヒット祈願をしたことが由来だそうです。
 まあ、こっちはわかるんですが、妖怪神社のねずみ男お守りってのはどうなんでしょう。コレクターズアイテムていう意味ではありですが・・・


 で、妖怪ってのは何かというと水木しげる大先生曰く”気配”とのこと

  妖怪というのは、気配デスよ、気配
  それに相応しい気配があって、その中にいて、漸くこう、うっすらと感じるもんデすよ
  そこで、ハッ、と思うワケです。見えないんです!

 なんで、ホイホイ見えちゃいかんモンだそうです。ところがこれがみんなにはっきり見えちゃって、しかもデジタル媒体に記録されちゃう。これがまた見た人が見た感じのものを記録されちゃうんだから大混乱、ってのが本書で起こっている事柄です。

 こんだけ読むと”虚実妖怪百物語”という本の名前っぽいんですが、実際読んでみるとなっじゃこりゃ! ざっくりまとめると、南極夏彦テイストのノリ(*4)に京極堂の蘊蓄のっけて(*5)、オタクネタをばら撒いたような妖怪馬鹿話! しかも登場人物がほとんど実在の人物。京極夏彦本人に始まって、水木しげる大先生に荒俣宏。平山夢明に村上健司に黒史郎なんといった妖怪・ホラー系ライターとかも、読んだことないけど。なあ、ほとんど楽屋オチな面々が集まってほとんど妖怪馬鹿の面目躍如な大騒ぎ!!! 
 だいたい”加藤保憲”ドコいったんや! 1巻目”序”の冒頭でオイシイ出方してるのにあと登場するのは2巻目、3巻目の冒頭。最後の最後での登場は荒俣宏に呼ばれて飛び出てジャジャジャヤジャ~ンの8ページのみ。1400ページ近くあんですぜ、この本

 こんだけ読むと単なるふざけている馬鹿本かと思われるでしょうが、実はその背景ってかなり今の世相を反映してそうでけっこうホラー。妖怪という対象がなくなったとたん、社会がお互いを監視し、無駄を憎み、冗談に苦情をいい、駄洒落だけで教師を懲戒免職にするという殺伐とした世の中に・・・

  全員、自分が善だと信じ込んでいるのである 誰一人、人の話ををきこうとしない
   (中略)
  国民共通の敵・悪の権化たる妖怪を失ってしまったために
  怒りや不満のはけ口がなくなってしまい、
  仕方なく大衆はその矛先を隣人へと向け始めたのだろう
  溜まりに溜まったフラストレーションをお互いにぶつけ合っているだけなのだ
  なんちゅう乾いた人間関係だろうか

 冷戦構造の崩壊からこっち(*6)、対立構造が多極化、局所化していく中、国民共通の敵・悪の権化というような大物キャラクターが消失してった中で、インターネットやSNSなんつーイージーな発信ツールが登場することで、ネットの炎上やクレーマーといった自己主張をぶつける人が(以下自主規制)

 ”虚実妖怪百物語”はふざけているようで、実はけっこう真面目にヤバいネタを扱った本。京極夏彦はじめての人でもけっこう楽しめます。ぜひご一読の程を

 余談ですが、この本実写化せんかな~~~
 お亡くなりになられた水木しげる大先生はどなたか役者の方でもしょうがないですが、それ以外の方はほとんど実在の人物。俳優は嶋田久作に佐野史郎に室井滋、声優は野沢雅子に八奈見乗児に千葉繁に高山みなみに山本圭子と夢のラインナップ。キャラクターでも水木大先生を始め、高橋留美子に藤子・F・不二雄に魔夜峰央に藤田和日郎となれば著作権なんぼのモンじゃい! 鈴木光司がいるから貞子もご出演ok! ”シン・ゴジラ”や”図書館戦争”、”空飛ぶ広報室”とかにも協力してるんだから、自衛隊もけっこうノリノリで協力してくれそうだし。あとはKADOKAWAの財力とメディアミックス力があれば怖いモンなしだと思うんですが。ぜひご検討の程を


《脚注》
(*1)日本では”人魚”は立派な妖怪ですが
 京極夏彦の本でよく引用される鳥山石燕の妖怪画集”今昔百鬼拾遺”に載ってます。ビジュアル的には上半身が人間で下半身魚ってのはア○エルと同じですが、顔はネズミっぽいし水かきあるし背びれあるし・・・
(*2)人魚姫の”ア○エル”を見て~
 ”ア○エル”の父親はギリシア神話に登場する海神”トリ○ン”ということなので、ア○エルは妖怪ではなくて神様の一族ってことになります。いちおうフォローしましたよ
(*3)加藤保憲
 ”帝都物語(荒俣宏、角川文庫)”に登場する強力な霊力持ち魔術に精通する悪役。関東大震災を引き起こしたという結構アブナイ人。1988年に嶋田久作が主演で映画化されるなどけっこう流行ったんだけど、まだ読んでないな~~ これから読みます。
(*4)南極夏彦テイストのノリ
 京極夏彦の”南極探検隊シリーズ(集英社)”に登場する簾ハゲ。最初は単なる四流小説家だったのが、どんどん妖怪化しているような・・・
(*5)京極堂の蘊蓄のっけて
 京極夏彦の”百鬼夜行シリーズ(講談社)”に登場するで古本屋主人にて憑物落とし。京極夏彦の小説が超長いのはこの男が延々蘊蓄語るからといっても過言ではないかと
(*6)冷戦構造の崩壊からこっち
 アメリカ合衆国を盟主とする資本主義・自由主義陣営と、ソビエト社会主義共和国連邦連邦を盟主とする共産主義・社会主義陣営との対立構造。1989年のアメリカのパパ・ブッシュ大統領とソ連のゴルバチョフ書記長がマルタでの会談で終結。ってな話を脚注で書いとかんと、若い人にはわからんかもねぇ。なんたってもう四半世紀も昔の話だし・・・

より以前の記事一覧

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

無料ブログはココログ