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2017年9月24日 - 2017年9月30日

バブル雑感、現場から見た”総量規制”について、かな(バブルと生きた男/水門)

 ども、総量規制いっぱいにお金を借りたら返せそうにないおぢさん、たいちろ~です。
 先日新聞を読んでたら”カードローン 地銀も総量規制”という記事が出てました(日経産業新聞 2017年9月27日)。ちょっと説明すると消費者金融などは、年収の1/3までしかお金を貸せない”総量規制”が貸金業法により決まっているのに対し、銀行は貸金業ではないのでこの規制の対象外。でもお金の融資先と低金利で困っている銀行がカードローンを推進しすぎると”過剰融資”になるとの批判があるため、自主的に年収比で1/2とか1/3とかに抑えようというもの。実際に年収の1/3も借りた日にゃ返すのはとっても大変なんですが・・・(*1)
 金融庁は総量規制の銀行への適用に慎重だったが、それを覆す可能性が出てきたと。
 てな感じの”総量規制”ですが、この言葉を聞いてある業界の中高年の方は昔もあったな~と思われたかも。
 ということで、今回ご紹介するのはバブル時代に大蔵省に出向し”総量規制”に関わった元日銀マンによる本”バブルと生きた男”であります。


写真はたいちろ~さんの撮影。
藤子・F・不二雄ミュージアム付近にある水門です。

5270521


【本】バブルと生きた男(植村修一、日本経済新聞出版社)
 サブタイトルは”ある日銀マンの記録”。バブル前夜の1979年に日本銀行に入行し、大蔵省銀行局への出向などでバブルの発生から崩壊とその後始末、さらにはリーマンショックまでを官僚として”当事者”だった男の”体験的バブル論”
【旅行】水門
 河川や用水路などに作られた水の流れや量を制御する建造物。構造的にほとんど同じ”可動堰(せき)”というのがありますが、洪水時には門扉を閉めて堤防となるのが”水門”、逆に洪水時には門扉を開けてせき止めた水を流すのが”堰”なんだとか。まあ、洪水みたいなリスクを考えなきゃ気にするようなことではなさそうですが・・・


 さて、中高年の方向けにバブルのおさらいを(若い人には歴史のお勉強?)
 上記の日経新聞の記事と同じ日に載ってた朝日新聞のバブル年表にちょっと追記をしたものです。

 1985年 9月 ドル高是正の”プラザ合意
 1986年    三大都市圏における地価、日経平均株価が上昇局面へ
 1987年 2月 NTT株上場
 1987年10月 史上最大規模の世界的株価大暴落”ブラックマンデー
 1989年12月 日経平均株価の最高値 38,915円87銭
 1990年 3月 大蔵省が金融機関に対し不動産融資の”総量規制”を通達
 1990年12月 ”バブル経済”が新語・流行語大賞の流行語銀賞を受賞
 1991年 5月 東京芝浦のウォーターフロントに”ジュリアナ東京”開店
 1991年12月 ”総量規制”の解除
 1992年 4月 半沢直樹が産業中央銀行に入行
 1995年 1月 東京共同銀行設立(経営破綻した東京協和信組と安全信組の受け皿)
 1995年12月 住宅金融専門会社処理に6,850億円の公的資金導入決定
 1997年11月 北海道拓殖銀行と三洋証券が破綻山一証券自主廃
 1998年 3月 21の銀行に1兆8千億円の公的資金注入
 1998年10月 日本長期信用銀行が一時国有化
 1998年12月 日本債券信用銀行が一時国有化
 1999年 3月 15の銀行に7兆5千億円の公的資金注入

 何を言いたいかというと、”バブル”と”バブル崩壊”って実態とイメージとでビミョ~にずれてるんですな。バブル景気というのは統計的には1986年12月から91年2月までの4年3ケ月(上記朝日新聞より)。始まり感がいつごろかというと1987年の”NTT株で一発儲けようぜ!”的なノリはあったかな~~(*2) 
 終わり感がいつからあったというとけっこう難しいんですぜ、これ。株のピークが89年12月(大納会)なんで、こっから下がりだしてはいるんですが、まだまだ”持ち直すんじゃね?!”的な期待感があって。90年の流行語で”バブル経済”ってでてくるってことは”もうすぐ弾ける”という危機感自体はあったんでしょうが、ユーフォリアの残照がまだまだ強かったような気がします。年表を見て意外感があるのがバブルのアイコンでもある”ジュリアナ東京(*3)”のオープンも、花のバブル入行組の”半沢直樹”(*4)の入行も正確にはバブル景気終了後。
 その後は株価も地下もどんどん下落して、95年の住専問題で混乱する国会あたりで”にっちもさっちもいかない感”が出て、大手金融機関の破綻が続出した97~8年の”どん底感”はまあ異論のないところかと。

 前置きが長くなってすいません。”総量規制”の話です。総量規制ってのは土地の値段が上がり過ぎてまともな国民が家を買えない水準まで上昇しちゃったのを是正するためのものというのがお題目。”土地神話の打破”、”適正な地価水準の実現”、”適正かつ合理的な土地利用の確保”が目的。で、土地取引自体を規制するのではなく、資金の出し元である金融機関側でコントロールしようというもの。不動産業者、建設業者、ノンバンクの三業種に対し融資の伸び率を総貸出の増加以下に抑制するよう金融機関を規制する、つまり銀行から流れるお金の水門を閉めることで、川下にある不動産業者の活動を抑え込もうとしたわけです。感覚的にズレがあるとすれば、この規制は①元々国民の要請(と考えた政治家)に合わせたもの、②”地下を下げる”というより”適正化”するのが目的(当時、土地が下がるなんて発想じゃなかった)、③”貸してはいけない”とは言っていない(伸び率を他と同じぐらいに抑えろと言ってるだけ)。それと時期的には④株価がピークアウトした後で出されて、バブル崩壊でにっちもさっちも行かなくなるずっと前に解除されてること(といっても90年の1年間で株価は1万5千円下がってますが・・・)

 筆者はこの総量規制に大蔵省へ出向してあれやこれや対応した人で、銀行局長のカバン持ちで国会対応の随行なんぞやってた、まさに現場の人です。本書によると当時の大蔵省は金融の量的規制は時代に逆行するもので慎重な姿勢だったそうですが、土地高騰で”庶民は家を持てない”、”これ以上格差が開くことはがまんできない”といった国民感情が政治問題化してやらざるを得なくなったと。導入直後に着任した筆者はこんどはこれを解除するのに四苦八苦するはめにことに。
 元々大蔵省としては長くこの規制を続けるつもりはなかったようですが、あまりに効果がありすぎて関連業界からこんどは解除要請がくるんですが、実際に解除するにはするの理屈付けが必要で、その基準作りを筆者がやって、やっとこさ解除に至ると。つまり、大蔵省自身はもろ手を挙げてやりたかった政策でもないのに、あっちからはやれと言われ、こっちからは止めれと言われ、本来なら土地政策全体では金融はわき役のはずなのに主役を演じさせられた上、バブル失政の主犯扱いされれば、現場の人としてはぐちのひとつも出ようなもの。
 本書でのぐち

  後世、総量規制がバブル潰しの主犯であり、
  その後の長い経済の低迷をもたらす失政だったとの論点がみられることに
  私を含め当時の関係者は強い違和感をいだいています

 本書は、大臣や官僚トップという意思決定を下す立場でもなく、評論家や記者といったアウサイダーでもない、まさに”現場”感覚で書かれてる点では多くのバブル本とは異色な感じでしょうか。官僚としての苦しい言い訳や反省なんかをこの本に期待するのは間違い。むしろ淡々と現場の中心にいた人の意見として読むのが良いかと。
 最後に日銀で考査(*5)を担当した経験からの言葉

  考査を通じて感じた、ジレンマというかパラドックスは
  リスク管理のセンスがある人(組織)は、いわれなくてもわかる
  一方、センスのない人(組織)は痛い目にあわないとわからない、というものです
  そういう中での仕事としてのリスク管理のアドバイス
  なかなか悩ましいものがありました


《脚注》
(*1)返すのはとっても大変なんですが・・・
 仮に年収300万円(手取り)の人が1/3の100万円を借りたとして、年利がアッパーの14%、元利均等、月額返済(ボーナス払いなし)だとすると、だいたい
  返済期間   総返済金額   月額返済金  年収対比
   3年   123.0万円  3.4万円 13.7%
   5年   139.6万円  2.3万円  9.3%
になります。年収を12ケ月になべると25万円なので、3年がかりで返すとなるとけっこうきついんじゃないかと
(*2)”NTT株で一発儲けようぜ!”的なノリはあったかな~~
 会社の先輩に証券会社担当の人がいて、NTT株の購入希望申込書みたいなのを頼まれて書いた覚えがあります。抽選には当たったんですが、金も興味も(主に金が)なかったのでとっとと権利放棄しましたが、あんとき買ってたらきっと大損してたんじゃないかなぁ・・・
(*3)ジュリアナ東京
 いまでもバブル系の番組で出てくる伝説のディスコワンレンボディコンのおねいさんがシュリ扇持ってお立ち台で踊りまくってるのって確かに分かりやすいアイコンです。ただ、オープンしていたのはバブルのピーク後の91年5月からどん底手前の94年8月。今にして思えば、話のタネに一回ぐらい行っといてもよかったなかぁ
(*4)花のバブル入行組の”半沢直樹”
 テレビでも大ヒットした”半沢直樹”シリーズですが池井戸潤による小説の原作第一作は”オレたちバブル入行組”、第二作は”オレたち花のバブル組”。入行はバブル時代でもそのあとえらい目あってんでしょうねぇ
(*5)考査
 日本銀行が取引先金融機関等に立ち入って調査を行うもの。本書によると経営実態の把握、リスク管理体制の検証、及び必要に応じて改善を促すことを通じて金融システムの安定性確保につなげようというものだそうです。似たようなのに金融庁(旧大蔵省)検査ってのがあって、これは”半沢直樹”で片岡愛之助が演じていた”黒崎駿一”がやってたの。

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