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歴史への転換点。バブルに踊った人達の記憶が記録になっていく時期に来てんでしょうか(バブル 日本迷走の原点/経団連会館とフクロウのモニュメント)

 ども、バブル時代を駆け抜けたはずなんですが、な~~んも良い思いした記憶のないおぢさん、たいちろ~です。
 時代には”歴史への転換点”てのがあるような気がします。”歴史の”ではなく”歴史への”です。まあ、散文的な言い方をすると、リアルな”思い出”とか”体験”といった”記憶”から俯瞰的に事実を見つめる”記録=歴史”に転換する時かと。
 まあ、”歴史の転換点”というのは第二次世界大戦終結とか、9.11テロみたいに、振り返って見た時に”この時、時代が動いた”っぽい社会的なコンセンサスがありそうですが、”歴史への転換点”ってのは個人的な関わり方(影響の規模、関わりの深さなどなど)に依存するので個人的にばらつきがありそうです。第二次世界大戦だって戦前・戦中派にとってはあるいは死ぬまで歴史にはならないでしょうし、戦後派にとってはすでに歴史かも。
 で、何の話をするかというと”バブル”の話です。”バブル弾けて20年♪(*1)”、いや四半世紀か・・・ 中高年のおぢさん世代にとってなんとなく”バブル”がぼちぼち”歴史への転換点”に来ているんじゃないかな~~ って感じしてます
 ということで、今回ご紹介するのは最近出版されたバブル本から”バブル 日本迷走の原点”であります


写真はたいちろ~さんの撮影。
経団連会館(上)とそこにあるフクロウのモニュメント(下 拡大版)です

3042756
Photo

【本】バブル 日本迷走の原点(永野健二、新潮社)
 住銀、興銀、野村、山一・・・ 日本を壊した「真犯人」は誰だったのか?(本書の帯より)
 日本経済新聞証券部の記者としてリアルタイムでバブル時代の取材をした永野健二によるバブル史の本。エスタブリッシュ側の政治中枢から一流銀行・証券会社のトップ、バブル紳士と呼ばれた時代の寵児にして破滅していった人まで広範な登場人物たちによって織りなされるバブルの物語は圧巻です
【旅行】経団連会館とフクロウのモニュメント
 ”経団連(日本経済団体連合会)”は東証第一部上場企業を中心に構成される企業の団体で、日本経済の中枢をになう総本山ってとこでしょうか。
 下のフクロウは御手洗冨士夫キヤノン会長が退任時に寄贈したものだそうで、なぜフクロウかというと”フクロウは知恵の使者で経済の象徴”なんだとか。


 別に”平野ノラ(*2)”がきっかけって訳ではないんでしょうが、昨今バブル本ブームのような感じがします。まあ今までだってバブル本ってのは山ほど出版されてるんですが、ここんとこのはどうも”時代の当事者”が書いているのが多いような。
 ”住友銀行秘史(國重惇史、講談社)”、”バブルと生きた男 ある日銀マンの記録(植村修一、日本経済新聞出版社)”、”野村證券第2事業法人部(横尾宣政、講談社)”まどなど。本書も当時一線で働いていた記者の著者なんでかあ、このくくりかな。本書以外はまだ読んでないんですが、これからぼちぼち読んでいこうかと。

  本書の”おわりに”で書いているんですが、本書で取り上げた事実には新しいニュースがあると。

   あの頃には書けなかったこと
   あの頃には見えていなかったこと
   今の時代になって明らかになったこと

があるからだと
 この話でいくと最近の書き手って”あの頃には書けなかったこと”が今になって書いたりできるようになったんじゃないかな~~ って。本書に出てくる懐かしい名前の方ってけっこう鬼籍に入られた方も多いんですよね。それに書き手そのものが一線を離れて自分自身も鬼籍に入ることにリアリティーを感じているのだとしたら(*3)、振り返って”あの時代を記録に残す”ことにある意味での意義を見出しているんじゃないかと・・・

 てなことを考えながら、本書から印象に残ったのを(コトの重要性ではないです)

〔なんでこんなおばちゃんに金貸したんや? 尾上縫〕
 かつて大阪に”東洋信用金庫”という信用金庫がありました。当時確か3,000億円を超える大阪有数の信金だったんですが、預金量に匹敵する3,240億円の架空預金証書を発行して破綻。で、東洋信用金庫を分割して、大阪のほとんどの信用金庫総がかりで救済合併をすることに。この仕事に一時期携わっておりました。
 この事件を引き起こしたのは 章のタイトルに”謎の相場師”と書かれている料亭の女将”尾上縫”。この人に合った事がある訳じゃないですが、破綻を聞いた時には”何でまた、料亭の女将に日本興業銀行を始めそうそうたる金融機関が金かしたんやろか?”と不思議に思ったもんです。他の金融機関も踊ったってのはある意味時代そのものがどっかおかしかったんでしょうね。バブルの狂気の代表的な事件だったのかも

〔他のバブル紳士と一線を画す慶応ボーイ 高橋治則〕
 ずいぶん昔ですがお仕事で”イ・アイ・イ・インターナショナル(EIE)”経由で営業をしたことがあります(まっとうな商取引です)。商談の最終局面でEIE経由の商流が決まったんですが、当時のEIEといえば不動産の買い占めのほうが有名だったので、”なんでまた?(*4)” まあ、当時はそれがお約束だったとしか言いようないんですが。で、この会社の社長が高橋治則。
 なんでこの人が印象に残ったかというと、上記のこともありますが、秀和の小林茂、麻布建設の渡辺喜太郎、光進の小谷光浩といった俗にいうバブル紳士たちとちがって何が夢だったかいまだにわからんという話

  彼ら(他のバブル紳士)はみな、貧しさのなかで生まれ育ち、
  反骨の精神を持って社会と向き合う”まじめさ”があった
  激しい成り上がりの精神があった
  恐喝、、相場操作で逮捕・投獄された小谷光浩でさえ
  私は犯罪にいたる過程と心象風景を正確に理解できると思っている

   (中略)
  (高橋治則は)あえて名付けるなら「慶応ボーイ」の人生だった
  慶応ボーイの世界を軽やかに生きながら
  同時に薄っぺらな「アメリカンドリーム」を実現しようとしていた

    ( )内はたいちろ~さん補記

ざっくりくくると、バブル紳士のメンタリティって戦前戦中生まれで戦後の高度成長期っぽいのに対して、高橋治則はエリート型のそれっぽいのかと。
 サブプライム・バブルとかITバブル、起業家ブームみたいのの動機というかモチベーションの底がいまいち分かりにくい構図に似てんですかね? このあたりもあと四半世紀もすればいろいろ見えてくるかなぁ

〔以外と時代が見えていた人 田淵節也と宮沢喜一 でも知恵だけでは解決できんと〕
 さて、エスタブリッシュ側から2名。一人目は野村証券会長の”田淵節也”。バブルがピークをつける直前の1989年11月に発した”海の色が変わった”、つまり熱狂相場が終わるぞという読み。でもこのままつき進んじゃうんですな。証券会社のトップなんだから相場はある程度読めるのは確かなンでしょうが”これから下がります”とも言えない立場。田淵節也が自嘲気味につぶやいた言葉が印象的

  阿波踊りのようなものだな 踊る阿呆に見る阿呆
  踊っても踊らなくても、その後の暴落局面での投資家の損失は変わらない
  だから、踊らにゃ損々となるのだよ

 至言ではありますが、踊らされて大損喰らった投資家はいい面の皮です

 もう一人が 後に平成の三悪人となった一人”宮沢喜一”首相不良債権処理のために公的資金をぶち込もうとして、大蔵省や金融機関の反対でとん挫した人。その理由は大蔵省の問題先送り論理金融機関トップの保身だというのだからなんだかな~~ 公的資金投入を宮沢首相から相談されたことを元住友銀行会長の西川善文は”ザ・ラストバンカー(講談社)”の中で書いてるそうですが

  頭取は皆、反対したよ。当時は財界も否定的だったからね
  あの時に決めておけば、
  こんな(不良債権処理をめぐって)大騒ぎにならなかっただろうに

といったそうですが、後の祭り。タイミングを外した戦力の投入は役に立たない好例です
 まあ、組織のトップまで上り詰めた人なんだから、それなりに知恵はあったようですが、そんだけでは自体は良い方向にもってけないんでしょうな。
 そういえば、知恵の象徴”フクロウ”の生態って日中は枝などにとまってほとんど動かず目を閉じて休息しているんだとか。フクロウ気取ってっととんでもないことになるってことかしら・・・

 本書は当時を知る人は記憶と重ね合わせて読むとなるほど感のある本。記憶にない若い人も現代史として読んでも面白いです。ご一読の程を

《脚注》
(*1)バブル弾けて20年♪
 おばちゃんたちが”バブル弾けて20年♪”と歌いながら踊っている”キンチョー 虫コナーズ バブル篇”の登場が2012年4月。バブルがいつはじけたかは諸説あるようですが、日経平均株価のピークをつけた1989年大納会(12月29日)の日と考えるとあながち四半世紀というのもはずれではなさそうです。
(*2)平野ノラ
 バブルネタでブレイクしたお笑い芸人。肩パッドスーツロングソバージュ太い眉強い色味の口紅ショルダーホンで”しもしも~”なんつーのはある世代以上の方には懐かしいアイコンで笑わせてくれます。まあ、今から見ると笑っちゃえる時代だったんでしょうなぁ・・・
(*3)自分自身も鬼籍に入ることに~
 國重惇史が最年長で72歳、永野健二が68歳、横尾宣政が63歳、植村修一が最年少で61歳。鬼籍に入るはさすがに失礼ですが定年で第一線を離れるのは確かではないかと・・
(*4)なんでまた?
 EIEの本業は電子周辺機器商社なので、コンピュータ関連の売買をするのがむしろ本業だったんですが、まったくそんな印象なかったですねぇ

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コメント

バブルの頃は、ヨーロッパを車で1か月ほどロケ旅したりモルディブに行ったり、12月のマンハッタンでクリスマスイブの夜にロックフェラープラザに居たり、とバブルの恩恵にどっぷりと浸っていた。
その後のリバウンドでドツボ人生が待っていたりして、人生プラマイきっちりバランスとるようになっているんでしょうか?
 ご無沙汰しております、3年前に両目の網膜症手術による影響で、長らく文字を読むことがとてつもない苦痛になってました。読みたい本はあるけどきつくてずっと読めずに、どんどんと溜る一方だったけど、ようやくなんとか読めるようにまで回復してきたので、どんどんと読みまくりたいと思っております。
仕事面でもいろいろと問題を抱えてはいますが、ここからもう一度盛り返してやろうと悪あがき中です。
人間の価値は過去に何をしてきたかよりも、今何をできて何をしているかだと思っていますので、早く年金暮らしで悠々自適なんかは考えてませんよ。
 9月発売のニコンのデジタル一眼のニューモデル、なんとか買おうと画策中。

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