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2016年9月4日 - 2016年9月10日

なんとなく”さよならジュピター”みたいな科学の大風呂敷を広げたような話が減っているんじゃないかな~~って気がします(さよならジュピター/国際宇宙ステーション)

 ども、機会があったら宇宙に移住するのも悪くはないかな~と考えてるおぢさん、たいちろ~です。
 一般の人がリアルな”生活圏”として認識できる空間ってどんなもんでしょうか? たかだか150年前の江戸時代だと”藩”とか”村”、明治時代で”アジア大陸”、大正、昭和の世界大戦をへて”世界”、”宇宙船地球号(*1)”という概念は20世紀後半になってからじゃないかと思います。”スペースコロニー(*2)”ってのを日本で一般化したのが”機動戦士ガンダム”だとすると”居住空間としての宇宙”ってたかだか40年弱ぐらい。まだてきてませんけど。で、将来”5億人の人類が宇宙に住むようになったら”という世界が登場したらどうなるか?
 ということで、今回ご紹介するのはそんな世界を舞台にしたSF小説”さよならジュピター”であります。

写真はすべてたいちろ~さんの撮影。
余市の宇宙記念館”スペース童夢”にある国際宇宙ステーションの模型です

Photo


【本】さよならジュピター(小松左京、徳間文庫他)
 22世紀前半、地球人口は185億人を数え、太陽系空間には5億人近い人々が暮らし、イノベーションの70%、エネルギーの40%を宇宙に依存していた。太陽系開発機構は、外惑星地域のエネルギー問題を解決すべく木星を”第二の太陽”とする”JS計画”を推進していた。一方、彗星の減少を調査するため飛び立った宇宙船”スペース・アロー号”の事故から、太陽へのピンポイント・クラッシュする”ブラック・ホール”が発見される・・・
【旅行】国際宇宙ステーション
 (ISS International Space Station)
 アメリカ合衆国、ロシア、日本、カナダ、欧州宇宙機関が協力して運用している宇宙ステーション。地上約400km上空を秒速約7.7kmで飛行中。2011年7月に完成し、現在では6名体制で4~6ケ月交代で滞在しているとのこと(wikipediaより抜粋)
 カテゴリは”旅行”にしてますが、気軽に行けるとこではないです、はい。


 この前、映画版”さよならジュピター”(*3)の話を書きましたが、本書はそのノベライゼーション。ノベライゼーションと言っても小松左京御大が自ら書いたというもの。しかしまあ、映画とノベライズでここまで評価が分かれるってのも珍しいでしょうな。”黒歴史”だ”青春のトレラウマ”だの言われる映画版と、星雲賞の日本長編部門賞を受賞したノベライズと。まあ、映画が詰め込みすぎなのは確かですが、そこまでボロクソ言わんでもいい出来だと思うんですがねぇ・・・

 さて、この小説の面白さっていうのは、当時の科学力の延長にあるイマジネーションの壮大さでしょうか。ニュートリノを使った木星太陽化を中心に、宇宙空間を居住するスケースコロニーや月面や宇宙空間にある基地、ヘリウム3・重水素による核融合推進宇宙船、冷凍睡眠による長期間宇宙航行などなど。脱出船団(エクソダス・フリート)には乗員数130万~250万人、総数千隻の大船団が60組、行き先は5.9光年離れたバーナード星(*4)、到着は60年後! まだ、居住できるかどうかの調査すら終わっていない星への移住計画ですから、かなりハイリスクなプロジェクトですが・・・

 で、本書の最大の見せ場はもちろん”木星”を爆発させてブラックホールのコースを変更させるという”木星爆破計画(JN計画)”。将来、人類の科学でそんなことができるかどうかはわかりませんが、それを”できそう!”と思わせちゃうところが小松御大のすごさです。まあ、究極の自然破壊と言えなくもなく、積極的に推進する人(太陽系開発機構の本田英二たち、世界連邦大統領)、積極的に妨害する人(本田英二の恋人のマリアたちテロリスト、大統領の政敵の上院議員)、”なにもせんほうがええ(*5)”を決め込む人(ジュピター教団のピータ)。こういったポリティカルとか人間模様みたいなのがちゃんと背景としてあるからこそ小説版って評価されんですかね(逆に言うとこのへんが描き切れなかったのが映画版の低評価につながっているんでしょうか)

 ところで、この小説が書かれたのは1982年(映画公開が1984年)と34年前とそれなりに昔の作品なんですが、改めて読み返してみると、SFというかSFと科学の感じ方ってずいぶん変わったような感じがします。
 木星爆破50時間前に。世界連邦大統領(映画版では森繁久彌)と副大統領が交わす会話。”神に祈りますか?”という副大統領に対しての大統領の答え

  いや-- 不遜なようだが、今度ばかりはそんな気になれない・・
  むしろ・・・ 人類の叡知と技術にむかって祈りたい・・

   (中略)
  これまで何度か、一人で祈りたくなったり、神にすがりたくなった事はあった
  だが、今度の場合はなぜか・・・
  突然、この宇宙の中に、神というものはいないのではないか、と思うようになった
  人間は・・・ 所詮、
  この宇宙では、神なしでやって行かなければならないのではないか、と

 当時って、”たとえ空想科学であっても、その科学に信頼を寄せて未来を拓くという”時代だったんでしょうか。今ではその”空想”がとれて、あながち絵空事でなくなった反面、物語の世界において科学を超える”空想”がなんとなく希薄になってきているような気がするのは、私だけでしょうかね

 ・人工の大地となる”スペースコロニー”はできなかったけど、
  恒常的に人がすめる”国際宇宙ステーション”はできた
 ・七つの威力の”鉄腕アトム”はできなかったけど、
  等身大のヒト型ロボット”Pepper”が街に登場した
 ・人智を超える”人工知能”はまだできていないけど
  越えられそうなシンギュラリティ(技術的特異点)がもうすぐ来そうな雰囲気
 ・万能薬や、不老長寿の秘薬ではないけど
  医療を飛躍的に発展させる”iPS細胞”や遺伝子操作がもうすぐ実用化しそう

 確かに、科学が空想に追いつきつつある昨今、ぶっとんだ”空想”科学の物語を描きにくい時代なのかもしれませんが、なんとなく”さよならジュピター”みたいな科学の大風呂敷を広げたような話が減っているんじゃないかな~~、私が読んでないだけかもしれませんが・・・

 おぢさん世代のSFファンとして、ちょっと昔のSFを読んでそんなことを感じた次第です。面白い本ですので、若い人もぜひご一読のほどを

《脚注》
(*1)宇宙船地球号(Spaceship Earth)
 この言葉を有名にしたバックミンスター・フラーの著書”宇宙船地球号操縦マニュアル”が書かれたのが1963年。地球資源の有限性を研究したローマクラブの”成長の限界”が発表されたのは1972年のことです。
(*2)スペースコロニー(Space Colony)
 ジェラルド・オニールらによって”宇宙空間に作られた人工の居住地”というアイデアが誕生したのが1969年、一般に知られるようになったのは1974年にニューヨーク・タイムズ誌に掲載されてから(wikipedia)。島3号とよばれるシリンダー型のスケースコロニーを舞台にした”機動戦士ガンダム(ファーストガンダム)”の放映が開始されたのは1979年のことです。
(*3)映画版”さよならジュピター”(総監督 小松左京、主演 三浦友和、東宝)
 ストーリーはほぼ本書にそっていますが、初稿で映画化すると3時間半を超えるため、大幅にカットされました。前後半で作ればもうちっと評判が良かったかもしれませんねぇ・・
 詳しくはこちらをどうぞ
(*4)バーナード星
 1916年にアメリカの天文学者エドワード・エマーソン・バーナードにより発見された。へびつかい座にある2番目に太陽系に近い恒星系。実際に英国惑星間協会 (BIS) が1973年から行った”ダイダロス計画”という恒星間原子力推進宇宙船の想定目標だったとのこと。
(*5)なにもせんほうがええ
 同じく小松左京の”日本沈没”より。日本人の海外脱出に関するレポートを作成させた渡老人が、結論の一つとして山本総理に伝えた言葉。SFの中でも屈指の名セリフだと思います。

ランプ売りのおじいさんは、意外に優秀なイノベーターだったようです(ビックバン・イノベーション/おぢいさんのランプ/ランプ)

 ども、イノベーティブな人生とは縁のないおぢさん、たいちろ~です。
 近頃会社で流行るモノの一つに”イノベーション”ってのがあります。まあ、旧態然としたビジネスをやってると先細りになるのが目に見えているので、”なんか新しいことやろうぜ!”みたいな話ですが、そんなに簡単に新しいことを思いつきゃ苦労はしないですし、それを”儲かるビジネス”にしようとするとひと山ふた山ではきかない困難が予想されます。そうは言ってもやらん訳にゃいかんのですが・・・
 ”イノベーション”ってさも新しそうな顔をしてますが、意外にも童話の中にこんな話を見つけました
 ということで、今回ご紹介するのは”ビックバン・イノベーション”をテキスト解説する新美南吉の童話”おぢいさんのランプ”であります


写真はたいちろ~さんの撮影。小樽の北一ガラスにあったランプです

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【本】ビッグバン・イノベーション(ラリー・ダウンズ、ポール・F・ヌーネス、ダイヤモンド社)
 マーケットの変化は従来の釣鐘型曲線(ベル・カーブ)ではなく、一夜にて爆発的な成長をとげ、突然死を迎える、鮫のひれ(シャークフィン)のように。
 イノベーションによるマーケット変化の分析と対処のルールをまとめた本。
 原書は2014年、日本では2016年に発刊。
【本】おぢいさんのランプ(新美南吉、青空文庫他)
 東一少年が遊んでいる時に、蔵の中で一つのランプを見つける。東一君のおじいさんはそのランプを見て、自分が若かったころに”ランプ売り”をしていたころの話を東一少年に語りはじめた・・・
 童話集「おぢいさんのランプ」(1942年)に収載
【道具】ランプ
 電気・油脂・ガスによる光源と、笠やホヤなどの保護装置がある照明器具。ランプの中で手に提げるか持って運べるものが”ランタン”です(wikipediaより抜粋)
 現在でのキャンプ用品やアンティークな装飾品として使われることもあります。


 従来のマーケティングの話ですと、エベット・ロジャーズが提唱した釣鐘型をした5つの市場セグメントってのがでてきます。”革新者”、”初期導入者”、初期多数導入者”、”後期多数導入者”、”導入遅延者”というので、初期多数導入者から後期多数導入者への切り替わり時期をピークに、ゆるかやな釣鐘型のカーブを描くというもの。ところが、イノベーションが進展するとこんな悠長なことにならなくて、先行した人達による”特異点”、急速に立ち上がる”ビックバン”、あっというまに衰退する”ビッククランチ”、生き残った人達による”エントロピー”というサイクルが極めて短いスパンで発生し、鮫のひれのような形を描くというのが本書の主張。で、これを乗り切るためにそれぞれのマーケットに対しての12のルールが提示されています。

 で、このルールというのが、実に”おぢいさんのランプ”に登場する巳之助じいさんの行動に当てはまるんですなぁ。”おぢいさんのランプ”は小学校(だったかな?)の教材で出てきたんで読まれた方も多いと思います。おじいさんがランプの商売に見切りをつけて、池のほとりで灯をつけたランプを壊していくシーンが幻想的で印象に残る作品です。改めて読み返してみましたが、実にこれがイノベーターなんですな。あらすじを追いながら説明してみます。※〔 〕内は”ビッグバン・イノベーション”で提示されたルール

〔ルール3:一見ランダムな市場実験に着手する〕
 岩滑新田という灯りといえば行燈しかないような村で育った孤児だった巳之助は、町で見かけたはランプの明るさに心を奪われどうしても欲しいと思いました。持っているお金では足りないため、ランプ屋の主人と交渉して、ランプを村で売るからということで安く売ってもらいました。
 保守的な百姓相手に、始めは流行らなかった商売ですが、商い屋のおばあさんにただで貸し出すことで便利さを理解してもらい、それを見た村人にランプが売れ始めました

  →→→
 まず、灯りのない村にランプというテクノロジーを持ち込むことで利便性の拡大と新たなマーケットを生み出すという先見性はイノベーターの元祖とでもいいましょうか(*1)。ランダムとまでは言いませんが、”特異点”において起爆剤となる先行者を実験的に捕まえてマーケットを拡大するとこはこのルールっぽいです。

〔ルール6:「ブレッドタイム」を作る〕
 順調にランプを売っていた巳之助ですが、ある時電燈を見かけます。電燈の明るさに自分のビジネスの危機を感じる巳之助。そしてとうとう岩滑新田にも電気がひかれ電燈が導入されることになりました。そこで巳之助は”電気というものは、長い線で山の奥からひっぱって来るもんだでのイ、その線をば夜中に狐や狸がつたって来て、この近ぺんの田畠を荒らすことはうけあいだね”と、電燈への反対意見をまくしたてました

  →→→
 ”ブレッドタイム”というのは時間稼ぎという意味。映画”マトリックス(*2)”に登場したネオが”銃弾(ブレッド)”の速度を遅くして時間稼ぎをして銃弾をさけることからきています。ここでは、反対意見をまくしたてマーケットの拡大を阻止しようという点で、先行するイノベーターが守りにはいる行動と同じです。ただし、時間稼ぎはあくまで時間稼ぎ。根本的な解決にはなりません

〔ルール8:負債化する前に資産を処分する〕
 電気を引こうとする村長を怨んで、牛小屋に火をつけようとする巳之助。マッチを忘れて火打石で火をつけようとするが失敗。”こげな火打みてえな古くせえもなア、いざというとき間にあわねえだなア”という自分の言葉に自分の過ちを悟った巳之助
 家に戻った巳之助は、家中にあるランプの全てを、池のほとりにもっていき、火を灯して石ころを投げつけて壊していきます

  →→→
 ”おぢいさんのランプ”の中でも最も印象的なシーンです。
”ビッグバン・イノベーション”風に言うと”ランプ=コア資産”が急速に価値を失うことを察知したおぢいさんは、負債化する前に処分したということになります。まあ、本来なら売却とかするんでしょうが、思い切りのいいおぢいさんは”わしの、しょうばいのやめ方はこれだ”といって壊してしまいますが。

〔ルール9:リードしている間に撤退する〕
 おぢいさんが壊しそこなって残ったランプは誰かが持っていったそうです。
 こうして、おぢいさんは”ランプ屋”を廃業しました。それから町に出て”本屋”という新しい商売を始めました。

  →→→
 ”損しちゃったね。四十七も誰かに持ってかれちゃって”という東一君に答えて、おぢいさんの話

  今から考えると、何もあんなことをせんでもよかったとわしも思う
  岩滑新田に電燈がひけてからでも、
  まだ五十ぐらいのランプはけっこう売れたんだからな
  岩滑新田の南にある深谷なんという小さい村じゃ、まだ今でもランプを使っているし
  ほかにも、ずいぶんおそくまでランプを使っていた村は、あったのさ
  しかし何しろわしもあの頃は元気がよかったんでな
  思いついたら、深くも考えず、ぱっぱっとやってしまったんだ

   (中略)
  わしのやり方は少し馬鹿だったが、わしのしょうばいのやめ方は、
  自分でいうのもなんだが、なかなかりっぱだったと思うよ
  わしの言いたいのはこうさ、日本がすすんで、
  自分の古いしょうばいがお役に立たなくなったら、すっぱりそいつをすてるのだ
  いつまでもきたなく古いしょうばいにかじりついていたり
  自分のしょうばいがはやっていた昔の方がよかったといったり
  世の中のすすんだことをうらんだり、
  そんな意気地のねえことは決してしないということだ

実にすがすがしいまでの、イノベーターとしての身の処し方って感じしませんか?

 ”おぢいさんのランプ”は青空文庫他でも読むことができます(こちらからどうぞ)。ぜひ童心に帰ってご一読の程を(といいながら、私自身は生臭い読み方してますけど・・・)

《脚注》
(*1)イノベーターの元祖とでもいいましょうか
 ここでのイノベーターはすこし広義にとらえて”市場開拓者”、”ベンチャー起業家”ぐらいのノリで見てください
(*2)マトリックス
 (主演 キアヌ・リーブス、監督 ウォシャウスキー兄弟、ワーナー・ブラザース)
 コンピュータに支配された社会を救世主であるネオ(キアヌ・リーブス)が解放するというSF映画。1999年公開。のけぞって銃弾をよけるシーンは当時けっこうインパクトありましたね~~(映像はこちらから)

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