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2016年4月3日 - 2016年4月9日

今の人が考える桜=ソメイヨシノのメンタリティって、日本史レベルではかなり後天的なもののようです(桜が創った「日本」/ソメイヨシノ)

 ども、花より団子、団子より酒のおぢさん、たいちろ~です。
 花と言えば桜、ちょうどお花見まっさかりです。と言うと日本全国そんなイメージになっちゃいますがそれって違うんですな。出身が関西なんで桜と言えば”入学”って感じですが、以前暖冬の年に仙台の人から”今年は入学式に桜が咲く”ことがわざわざ話題になったことがありまして。聞いてみたら、だいたい仙台の桜の満開は入学式にやや遅れるのが多いんだそうです。
 まあ、春爛漫、入学式に卒業とイベントベースな”桜”ですが、死体が埋まっていたり(*1)、その下で死にたがったり(*2)、国の為に散っちゃったり(*3)と意外にネガティブなイメージもあったりなんかします。
 ということで、今回ご紹介するのはそんな桜(ソメイヨシノ)のお話”桜が創った「日本」 -ソメイヨシノ 起源への旅ー”であります


 写真はたいちろ~さんの撮影。東急田園都市線たまプラーザ駅前の桜です

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【本】桜が創った「日本」 -ソメイヨシノ 起源への旅ー(佐藤俊樹、岩波新書)
 日本を代表する”桜”ソメイヨシノ。日本のメンタリティのアイコンのように思ってますが、実は明治以降に造られたイメージだってのがけっこう驚き。植物学者でも文学者でもなく、社会学の先生という視点で書いたユニークな本です
【花】ソメイヨシノ(染井吉野)
 桜はバラ科モモ亜科スモモ属の落葉樹の総称。ソメイヨシノ(染井吉野)はエドヒガン系の桜とオオシマザクラの交配で生まれた日本産の園芸品種。登場は江戸末期で学術的に同定されたのは1890年(明治23年)と、意外と新種。
 上記のたまプラーザの桜は高度成長期に植えられたもののようです(*4)

、本書はソメイヨシノを題材に”桜”のイメージの変遷を追いかけた本とでもいいましょうか。いくつかをトリビアっぽくまとめてみました

〔ソメイヨシノはクローン〕
 割と最近話題に出てくるのに”ソメイヨシノはクローン”ってのがあります。”クローン”というとSFっぽいですが、ぶっちゃけ”接ぎ木”や”挿し木”のこと。遺伝子的には同じなのでクローンなんですが(*5)、人工的なイメージと桜って合わね~と思われそうですが、ソメイヨシノって実はかなり恣意的な存在だね~ってのがこのあと出てきます。 ちなみに、クローンだってのは知ってたんですがなんでかを知ったのは本書から。ソメイヨシノって自家不和合性という同じ樹のおしべとべしべの間では受粉できないという性質があるんで、他の樹を受粉させて種を造ると性質が変わってしまうんだそうです。そうなるとソメイヨシノの亜種になってしまうんで接ぎ木にするしかないんだとか。へぇ~~

〔昔の花見はもっと長い期間楽しめた〕
 ぱっと咲いてぱっと散るのが桜。花見の時期が短くなる理由です。まあ、間違っちゃいないんですが、これは植えられている桜が”ソメイヨシノ”という単一品種だから起こることで、複数の種類が植えられているととっかえひっかえ観れるので長い間花見が楽しめるんですが。実際、昔の上野公園の桜って複数品種が植えられていて花の期間は1ケ月ぐらいあったそうです。
 じゃあ、なんでソメイヨシノばっかになったかというと、特に戦後の復興期には接ぎ木しやすく大量に安価に提供できる、移植後の根付きもいい、成長が速く見栄えがするまでが短い(ソメイヨシノは10年、ヤマザクラなら20年)という経済的な理由が大きかったようです。実も蓋もない言い方ですが・・ へぇ~~

〔ソメイヨシノの”吉野”はブランディング〕
 実際のソメイヨシノの起源にはいくつか説があるようですが、染井村で造られたものだそうです。じゃあ”吉野”はっていうと、実は直接関係ないらしい。昔は桜の名所といえば”吉野の桜”だったんで、この名前をつけたとか。てか”吉野の桜”自体が一種のブランド化していて、当時の実際の吉野山は若木が多くてそんなにいい感じじゃなかったのに”フィクション”としての吉野のイメージが突っ走ってたみたい。まあ、今でもありそうなことです。 へぇ~~

〔日本といえば桜ってイメージは実は明治以降の話〕
 西行法師もそうですが、

  敷島の大和心を人問わば 朝日ににほふ山桜花(本居宣長)
  花は桜木 人は武士(一休宗純)

みたく、日本人は昔から桜好きっちゃ好きなんですが、戦後の日本人が考えるような戦争、ナショナリズムと結びついた桜のイメージって明治中期以降に造られたモンみたいです。まあ、ナショナリズム自体、明治20年代後半(1885年~)に拡大したものと言えそうで、新たな日本の国民統合の象徴として”桜”がはまったと結び付けられなくもないみたい。靖国神社の境内に桜の森が出現するのもこの頃だそうです。
 ”みごと散りましょ、国の為”的メンタリティーでいうと

  一樹の花よりは、全山の集合体を以て優れりとなす
  此の如きは日本民族の長処が個人主義にあらずして
  むしろ団体的活動にあるを表現してあまりありというべきなり

 この文書が国定教科書”高等小學讀本”に載ったのは大正2年(1913年)とまだ先の話。だいたい、町中の桜自体が元々は一本桜で、ソメイヨシノの単品集中型に変わっていったのは大正から昭和にかけてのことなので、今の人が考えるような桜=ソメイヨシノのメンタリティってのは、日本史レベルでいうとかなり後天的なもののようです。 へぇ~~

 本書を読んでの感想ですが、今の人が思い浮かべる桜=ソメイヨシノのイメージって考えているほど古いモンではなくって、けっこう新しいものだってこと。ソメイヨシノが普及したのだって実は伝統的ってより新しさって側面もあったようです。常識っぽく思えるものでもいろいろひも解いてくと似て非なるもんだったりするんですなぁ
 まあ、そんな面倒くさいこと考えるのはヤボ、桜の樹の下で酒でも呑みながら花見にいそしむほうが粋なのかもしれませんけどね

《脚注》
(*1)死体が埋まっていたり
  桜の樹の下には屍体が埋まつてゐる!
   ”櫻の樹の下には”(梶井基次郎、青空文庫他)より
(*2)その下で死にたがったり
  ねかはくは 花のしたにて 春しなん そのきさらきの もちつきのころ
   ”山家集”(西行、岩波文庫)
(*3)国の為に散っちゃったり
  貴様と俺とは 同期の桜 同じ兵学校の 庭に咲く
  咲いた花なら 散るのは覚悟 みごと散りましょ 国のため

   ”同期の桜”(作曲 大村能章、原詞 西條八十)
(*4)たまプラーザの桜は高度成長期に植えられたもののようです
 東急田園都市線”たまプラーザ駅”の開業が1966年(昭和41年)、桜が植えられた桜は45年目で再整備するとのことですので植えられたのは1970年頃(推定樹齢50年)のようです。
 世は高度成長期、大阪万博(EXPO’70)のシンボルマークに、日本館を上から見た形と、桜が戦後日本の頂点を極めた時代でもあります。
(*5)遺伝子的には同じなのでクローンなんですが
 接木雑種といって、接ぎ木でも新種が生まれることもあるそうです。

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