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今度こそうまくやらないと子どもたちに稲穂どころか借金背負わせることになりかねませんぜ・・(捨てられる銀行/堂島米市場跡記念碑)

 ども、マニュアルすらまともに守れないダメなおぢさん、たいちろ~です。
 ”マニュアル人間”というと、”マニュアルに書かれたことしかできない人間”ということで、どっちかつ~とネガティブな印象で言われます。ましてや”昨日と同じことやってちゃダメだ”とか”旧弊に囚われないイノベーティブな発想で!”とか言われる昨今、マニュアルそのものにダメ出ししそうな勢いですが、冷静に考えてみるとマニュアルを順守するのって実は大切なことです。じゃあ何がダメかというと、マニュアルを作る時にあった理念とかを変質させちゃってるとか、背景の情勢の変化に合わなくなってるのにほたったままにしとくとか。何の話をしているかというと、銀行の話をしております。
 ということで、今回ご紹介するのはちょっとしみじみ読んじゃった銀行の本”捨てられる銀行”であります。


写真はたいちろ~さん撮影。大阪堂島にある”堂島米市場跡記念碑”です。

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【本】捨てられる銀行(橋本卓典、講談社現代新書)
 バブル景気が弾けてはや四半世紀。銀行は、大蔵省は、金融庁は何を間違えたのか? 今後の日本経済をどう運営すべきか? 新しく金融庁長官となった”森信親”の行動を中心に銀行はこれからどうしていくか、何をしなければ”捨てられる銀行”になってしまうかをまとめた本。
【旅行】堂島米市場跡記念碑
 現代の基本的な先物市場の仕組みを備えた、世界初の整備された先物取引市場であった堂島米市場(wikipediaより)の跡地に建つ像。ある意味では後のバブル期の狂乱経済の原点とも言えます。
 記念碑のモチーフは”稲穂を手にした子どもたち”。先物って言ったって、本来は経済の役に立つための取引だったはずなんですけどねぇ・・


 ”しみじみ”と書いたのは、実は昔本書で諸悪の根源扱いされてる”金融検査マニュアル”に対応した”自己査定支援システム”を企画したり、”リレーションシップバンキング”のセミナー開催してたりしてたんですね。かれこれ15年近く前の話なんで、解説を入れながらおぢさんの思い出話を・・・

〔時代背景をちょっと・・〕
 考えてみると、バブル景気で日経平均株価が最高の38,915円87銭を付けたのが1989年12月29日。今年度入社の新人なんて生まれる前の話なんですね。若い人向けにちょっと当時の時代背景を簡単に
 1985年9月のプラザ合意(*1)を契機に急速な円高が進行し、円高不況と言われる景気低迷局面を経て内需拡大策に転換してまれに見る金余りの状態が発生。実需を離れた土地や株価の高騰が発生した、いわゆるバブル景気です。で、これが上記の89年末の株価ピークを境に急速に低下局面へ。いわゆるバブル崩壊、半沢直樹が入社したころの話(*2)です。
 この時期に何があったかというと盤石なはずだった金融機関が不良債権拡大の果てに次々破綻金融機関の貸し渋り(銀行から融資を受けられない)、貸しはがし(融資を打ち切り早期に回収)などで一般企業活動に多不なるマイナスが発生、雇用の縮小から新卒者の就職が縮小したり、リストラなんかが蔓延など、日本経済が大きく落ち込んだ”失われた20年”の時代です。

 てなことを踏まえて、下記を読んでください(相当私見ですのでご容赦のほどを)

〔金融検査マニュアルは間違いだったのか?〕
 1999年に登場した”金融検査マニュアル”。文字通り”金融機関”を”検査”する”マニュアル”です。で、何を検査してたかというと金融機関の”健全性”を検査してたんですな。この当時というと、北海道拓殖銀行、日本長期信用銀行、日本債券信用銀行、山一證券、三洋証券など大手金融機関が破綻、それ以外の金融機関も軒並み破綻の瀬戸際に追い込まれていた状態。不良債権を処理して銀行を健全な状態に戻して企業融資なんかを通して経済をまともな状態に戻すというのが最優先課題な時代でした。
 この検査のための融資の状況を”銀行自身=自己”で査定することになり(*3)、それを支援するためのシステムが私のやってた”自己査定支援システム”。まあ、仕掛け自体はそんなに複雑なもんじゃなくて、融資をしている企業を

 定量的分析:決算書などの数字をベースに行うもの
       安全性(自己資本比率、流動比率等)、収益性(売上高営業利益率等)
       成長性(経常利益増加率等)、返済能力(債務償還年数、含み益等)
 定性的分析:決算書などの数字に出ない項目をベースに行うもの
       営業力、技術力、経営者の資質、市場動向、競争力、従業員のモラル

などの指標を使って総合的に判断して”正常先、要注意先・要管理先、破綻懸念先、実質破綻先、破綻先
”に仕分けるというもの(銀行内部ではもっと細かく分けてましたが)。銀行はこの分類を元に、企業のランクアップに努めるとともに、必要な引当金を積むことになります。まあ、言ってることは正しいと思います。

 説明が長くなりましたが、そういうカラクリを一斉に(しかも継続的に)やったわけで、まあシステムのサポートがないとしんどいと。で、実際やってみたら当初の思惑と違ってうまくいかなかったらしいです。実務をやったわけではないんでこっから先は本書の内容と想像ですが、おそらく定量的分析に寄っちゃったんじゃないかな。定量的分析って決算報告書があれば力技で入力すればなんとかなる内容ですが、定性的分析ってちゃんと分析しないと(へたすりゃ作文)書けないわけで。しかも”なんでこうなった?”と聞かれたら説明できないといけないし・・・
 これを人事評価なんかに置き換えてみたらわかりやすいでしょうか。もしあなたに部下がいて評価しろと言われたら、売上高や粗利益額なんてすぐ出てきますが、結果は出ていないけどプロセスは進んでますとか、顧客との良好な関係が出てきていますみたいな項目と並べて順位をつけるって結構難しいことがわかります。

 で、どうなったかというと、マニュアルによる判断に丸投げ、本来銀行の中枢ノウハウだった融資審査機能が著しく低下したと。定性的分析による企業の成長性てな内容より、担保があるとか、やばそうなら融資をしない、引き揚げるという方向に突っ走ったんじゃないかと。まあ、銀行自体お尻に火が付いている状態で銀行経営自体の健全化が最優先で上から落ちてきている状態なんで、気持ちはわからんでもないですが・・・

〔リレーションシップバンキングはなぜうまくいかなかったのか?〕
 当時は銀行の業務を、預金や為替なんかの業務を大量にさばく”トランザクションバンキング(トラバン)”とお客様との関係構築をベースに企業の成長を促す”リレーションバンキング(リレバン)”に分けて語られていて、リレバンに力をいれるべきという論調でした。本書に登場する方に講演をなんどもやっていただきましたし。
 本書の結論ではこれは”うまくいかなかった”と。まあ、原因は本書にいくつか出ていますが、一言でいうと銀行員とお客様の距離感がよけいに空いちゃったんじゃないかと。リレバンがうまくいくためにはお客との関係を強化するとともにその企業なり業態への”目利き”が必要なんですが、銀行の方からはこの当時ですら目利きのできる人が減ってるとぼやいてました。それが信用保証協会の保証がつき~の、短期融資の運転資金を長期に切替え~ので、だんだんお客様の所に行かなくても済むようになった(おそらく行けなくなった)みたいな話が本書に出てきます。で、企業の現場と銀行の現場が離れちゃって目利きどころかリレションすら大変になっているような気がします。

 どうも、マニュアルを作成した時にあった”日本の経済レベルを正常化し成長路線に乗せる”といった理念と、それを貰った銀行側の”自分とこの銀行経営をまずは立て直す”という経営目標が完全にアンマッチになってた、さらに経済状況が変わっても見直さなかったみたいなのが本書を読んだ感想です。

 ここまで書いてちょっと心配なのが近頃流行りの”地方創生”。地域活性化なくして日本経済は立ちいかないみたいなノリですが、そこでの地方銀行の役割って良くわかんないんですなぁ。本書の成功事例を見てるとやること(できること)いっぱいありそうなんですが、イマイチ見えてこない感じ。また、活性化に必要な個別企業の成長に向けた施策としての”事業性評価”や”コンサルティング機能”ってのも、実は上記の金融検査マニュアルやリレバンに織り込まれてはいたんですね。
 別に前回うまくいかなかったから今回もダメだろうなんて言う気は毛頭ないですが、前回のバブル崩壊の時はすれでもまだ社会のファンダメンタルズ自体はまだ成長の余地があったのに対し、現在は少子高齢化や世界的な景気低迷(社会混乱懸念)、国家財務の急激な悪化など、あんまし成長余力がない中でやんないといけない話じゃないかと。中長期的な観点では状況は前回の時よりテンパってんじゃないかなと思っちゃいます。

 堂島米市場跡記念碑がなぜ”稲穂を手にした子どもたち”かは知りませんが、このままだと子どもたちに稲穂(資産)どころか、山のような借金背負わせる形になりかねないんで・・・

《脚注》
(*1)プラザ合意(Plaza Accord)
 1985年9月に先進5ケ国の 蔵相・中央銀行総裁会議により発表された、為替レート安定化に関する合意の通称。”プラザ”は会場になったニューヨークの”プラザホテル”から。このホテル、一時はあのドナルド・トランプが購入(のち売却)、インドの大富豪だのサウジアラビアの王族だのが株主だそうですが、いろいろごたついているみたい。歴史を感じますねぇ・・・
(*2)半沢直樹が入社したころの話
 2013年に大ヒットしたTVドラマ”半沢直樹”ですが池井戸潤の原作名は”オレたちバブル入行組”、”オレたち花のバブル組”(ともに文藝春秋)。1992年入行という設定なので正確にはバブル後退局面の時期になります、はい
(*3)”銀行自身=自己”で査定することになり
 それまで銀行は自分で査定してなかったかというとそうでもないんですが、護送船団方式とかなんとかで規制の厳しい業種だったこともあり、大蔵省の検査日本銀行の考査だでお上の指導に合わせて査定って感覚が強かったんですな、きっと。

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