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2016年9月

ネットは広大かもしれませんが、リアルだってそこそこ多様なんですよ(ゼロ年代の想像力/涼宮ハルヒの憂鬱/阪急電鉄)

 ども、新人類世代というよりオタク第一世代かな~のおぢさん、たいちろ~です。
 今となっては説明が必要そうな”新人類世代”。1980年代半ばの流行語で(1986年の流行語大賞受賞)、”従来とは異なった感性や価値観、行動規範を持っている若者”のこと。言いだしっぺは”栗本慎一郎(*1)”だそうですが、当事者的には”ニュータイプ(*2)”の和訳ってノリでしたけど。
 個人的には”新人類世代”ってもうちっと下の世代の感じがしてまして、ジャストミート感があるのは、どっちかつ~と庵野秀明とかに代表される今のアニメ・特撮あたりの中核を担っている”オタク第一世代”ってとこでしょうか(*3)。
 なんでこういう書き出しをしてるかっていうと、先日読んだ”伊藤計劃(*4)”の紹介に”ゼロ年代”うんぬんのキャッチコピーが入ってまして、どういうもんでしょか、これ?と思った次第で。
 ということで、今回ご紹介するのはそんなゼロ年代に関する評論の本”ゼロ年代の想像力”であります。


写真はたいちろ~さん撮影。阪急の電車です。

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【本】ゼロ年代の想像力(宇野常寛、ハヤカワ文庫)
 ”大きな物語”が失われた時代の変遷と新たな物語を、文学、アニメ、テレビドラマなどのサブカルチャーの事例を引きながら批評した宇野常寛による新しいタイプの評論集。2008年出版の単行本に加え11年のインタビューを加えた文庫版で読みました。
【本】涼宮ハルヒの憂鬱(谷川流、角川書店)
 ”ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい”。入学早々、こんな自己紹介をした”涼宮ハルヒ”。彼女は”SOS団(世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団)”を結成し、キョン、古泉君、長門さん、朝日奈さんといったメンバーを集める。彼らは実は超能力者、宇宙人、未来人ですが、彼女自体はまったく知らない。そして彼女自体は無自覚ながら神にも匹敵する存在。このどたばたに巻き込まれた一般人のキョンは・・・
【旅行】阪急電鉄
 関西にある私鉄。大阪、京都、神戸という3大都市圏を結び、宝塚や箕面、北千里などの郊外にもつながっています。上記の”涼宮ハルヒの憂鬱”の舞台のモデルになった西宮周辺もこの沿線。関西にご旅行の際はぜひご利用ください


 宇野常寛は”リトル・ピープルの時代(*5)”に続いて2冊目。書かれたのは”ゼロ年代の想像力”のが先になります。450ページを超える評論集なので要約は難しいんですが、思いっきりまとめるとこんな感じ。

 1970年代以降、歴史や国家といった「大きな物語」が有効だった時代が崩壊し(*6)、”不自由だが暖かい(わかりやすい)社会”から、”自由だが冷たい(わかりにくい)社会”へ移行する。経済的にも”がんばれば、豊かになれる世の中”から”がんばっても、豊かになれない世の中”へ。特に1995年前後に大きく変化する。その中身は

 ・「大きな物語」に根拠づけられない(究極的には無根拠である)「小さな物語」を
  中心的な価値として自己責任で選択していくしかない時代
 ・データベースからから欲望する記号を読み込み、信じたい物語を信じる
  (データベース消費モデル)

という感じ。(あんまりうまくできてなくてすいません)
 話がやっかいなのが、この”信じたい物語を信じる”ってヤツで、”たとえ究極的には無根拠でも、特定の価値を選択する(決断する)決断主義”というかなり強硬なものから引きこもり、あいまいな人間関係を求めるのまでさまざま。サブカルチャーから見ると

・世の中が間違っているから何もしない”引きこもり系”(エヴァンゲリオン)
・無条件に女性(母性)に認証される”セカイ系”(ほしのこえ、最終兵器彼女)
・戦わなければ生き残れない”サヴァイヴ系”(バトル・ロワイヤル)
・日常の無意味なコミュニケーションの連鎖”日常系、空気系”(あずまんが大王)
・決断をより謙虚で柔軟性をもってできるように環境を整える”新教養主義”
・友情、疑似家族といったあいまいな関係”(複数の物語に接続可能な)開かれた
 コミュニケーション”
(ラスト・フレンズ)

こういった作品群が時代の空気として登場(おおむね上から下の時系列)すると。(全部の作品を見てる訳じゃないんですが・・)

 非常にたくさんの作品がでてくる本ですが、面白かったのを1つ。”涼宮ハルヒの憂鬱”という作品で、2000年代中頃にブームになったんでご存知のかたもあろうかと(*7)。この作品って、宇宙人、未来人、異世界人、超能力者を探して一緒に遊ぶってモチーフで、”セカイ系”扱いされているそうですが、ハルヒが実際にやっていることって(まあ、不思議探しもやってはいますが)文化祭で映画とったり、バンドしたりと”日常系”じゃないかと本書ではコメントしています。

  つまり、オカルト的なものSF的なものによって別世界、
  つまり<ここではない、どこか>に連れていくのではなくて
  この世界、つまり<いま、ここ>を多重化していく
  現実のコミュニケーションを豊かにするために想像力が用いられている部分にこそ
  若い世代にとっての『ハルヒ』の魅力はあったんじゃないか

 おぢさん世代にとって”ここではない、どこか”って一つの時代のキーワードって感じがしてます。おぢさん世代の親世代って、いわゆる高度経済成長期(がんばれば、豊かになれる世の中)。それがだんだん価値感が多様化し、バイト(今でいう非正規雇用)でそこそこ食っていけるから、本当の自分を探そうみたいな。受験戦争からサラリーマンになるルートではない”自分探し”への空気みたいなのが”ここではない、どこか”って言葉じゃなかったかなぁ。

 バブル崩壊から景気が後退して”がんばっても、豊かになれない”閉塞感がある一方、インターネットやSNSにより本来つながらなかった人達がつながるようになり、信じたい物語を信じる人達と”小さな物語”を共有できる、あるいは”小さな物語”同士が対立しあうようになった現代。その結果が引きこもりだったり、バトル・ロワイヤルだったり、あいまいなコミュニケーションだったりするんでしょうが、見方を変えれば<いま、ここ>だってけっこう豊かなんですぜネットは広大かもしれませんが(*8)、リアルだってそこそこ多様なんですよ。阪急電鉄に乗るだけだって千年の古都、からエキゾチックなストリート、近代的なオフィス街、温泉だってあるんだし。卑近なオチですいませんが、やりようによっちゃリアルだってなかなか捨てたもんじゃないかと、おぢさん世代は思うのであります。

《脚注》
(*1)栗本慎一郎
 経済人類学者、評論家。当時はロン毛にベレー帽子と学者らしくない風貌でコメンテーターでよくテレビに出てました。”パンツをはいたサル(カッパ・サイエンス)”なんか読みましたな~~
(*2)ニュータイプ
 ”機動戦士ガンダム”に登場する直感力と洞察力に優れ、離れていても意思疎通ができる新しい人類のこと。主人公のアムロやシャア、ララァなんか。ファーストガンダムから映画3部作により社会現象化したのが1980年代前半です。
(*3)”オタク第一世代”ってとこでしょうか
このあたりの世代っていうと1958年生まれの”オタキング”岡田斗司夫、”宇宙戦艦ヤマト2199”の総監督まで出世した出渕裕。1959年生まれの”超時空要塞マクロス”での美少女キャラを生み出した美樹本晴彦、同じく板野サーカスのアニメーター 板野一郎。1960年生まれは”エヴァ”、”シン・ゴジラ”の監督 庵野秀明、”おたく”というワードの生みの親、コラムニストの中森明夫。”ジョジョ立ち”の荒木飛呂彦やライトノベルのご神祖様 新井素子なんてのもいます(生まれ年はwikipediaより)
 まあ、濃いい人達が集まっていますが、こんなのって集め方次第でど~とでも書けるので”だからオタク世代”といわれてもあんまし信用しないようにね。
(*4)伊藤計劃
 2007年に”虐殺器官”(まだ読んでません)でデビューし2年ほどで早逝したSF作家。1974年生まれ。代表作は”ハーモニー”(早川書房)”、”屍者の帝国”(円城塔との共著、河出書房新社)など。上記3作は”Project Itoh”としてアニメ化されています。”ハーモニー”の詳細はこちらから、”屍者の帝国”の詳細はこちらからどうぞ。
(*5)リトル・ピープルの時代 (宇野常寛 幻冬舎)
 リトル・ピープルの時代―それは、革命ではなくハッキングすることで世界を変化させていく“拡張現実の時代”である。“虚構の時代”から“拡張現実の時代”へ。震災後の想像力はこの本からはじまる。(Amazon.comより)
 詳しくはこちらからどうぞ
(*6)歴史や国家といった「大きな物語」が有効だった時代が崩壊し
 ベネッセホールディングスが2016年7月に実施した”第1回 現代人の語彙に関する調査”によると、社会人の方が高校生より知っていると答えた割合が高い言葉の2位が”イデオロギー”だそうです(社会人 73.6%、高校生 33.7%。差39.9%)
(*7)2000年代中頃にブームになったんでご存知のかたもあろうかと
 この小説の広告が日経新聞に載った時には少なからず驚きましたね。なんたってビジネスマン向けの新聞にライトノベルですぜ!
(*8)ネットは広大かもしれませんが
 ”攻殻機動隊(士郎正宗、押井守監督)”より。全身義体化した公安9課のリーダー”草薙素子”のセリフから。

京都は世界有数の観光地です。”はんなりギロリの頼子さん”片手に廻ってみるのも素敵かもしれませんね(はんなりギロリの頼子さん/鴨川べり・嵐山竹林)

 ども、旅行に行くのにどこでもドアがあると交通費が助かるな~~と思っているおぢさん、たいちろ~です。ドラえも~~ん!
 ミステリーの重要な要素に”アリバイ(現場不在証明)”ってのがあります。犯行推定時間に犯行現場にいなかった=その時間に別の場所にいて移動時間を考えると犯行を行うことは不可能ってやつです。この手のトリックで実在の場所をモデルにすると、その土地を知っているかどうかでリアリティがかわってくるんやないかと。犯罪ではないですが、京都を舞台にした”珈琲店タレーランの事件簿(*1)”に京都駅と伏見稲荷に同時に修学旅行生がいたって話がありますが(*2)、これってまずおかしいとピンとくるかどうかはジモッティさんとか実際に行ったことがある人じゃないかと。
 ということで、今回ご紹介するのは京都にみる移動時間と人出の考察”はんなりギロリの頼子さん”であります。


写真はたいちろ~さん撮影(2015年5月5日)
上は鴨川べりの風景。お店から張り出しているテラスのようなのが納涼床”川床(かわゆか)”です
下は嵐山野宮神社付近の竹林の風景。インバウンドの方いっぱいでした

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【本】はんなりギロリの頼子さん(あさのゆきこ、ノース・スターズ・ピクチャーズ)
 京都のとあるタバコ屋の看板娘?の頼子さん。目つきギロリで見た目は悪役っぽいけど、とてもシャイな女性です。ある日、京都大好きな写真家アヤコちゃんが友人のラノベ作家ナガレカワ★ショウくんを連れてきます。新作の下書きを見て京都人として意見を聞かせて欲しいとのこと。さっそく読んだ頼子さんですが、思いっきりダメ出しを・・・
【旅行】鴨川べり
 京都市街の東部を流れる川。特に四条あたりは京都有数の観光スポット(ただしカップル限定)本書の中でも出てきますが、川べりを見ていただくと”鴨川等間隔の法則”と言われるようにカップルが等間隔に座っているのがわかります
【旅行】嵐山の竹林
 京都嵐山の天竜寺・野宮神社の奥にある竹林。本来は閑静な竹林のはずなんですが、こちらも京都有数の観光地のため、けっこう人がいっぱいでした


 ”京都のとあるタバコ屋”と書きましたが、これってどのへんでしょう? 本書からキーワードをピックアップすると

 ・鳩に襲われてふらるら歩いてきたた女子高生を見て
  ”おおかた東本願寺の鳩にやられたんでしょ”と言ってる
 ・鴨川の河川敷まで東に歩いて15分ぐらい
 ・京都タワーの100均に行くまでに東本願寺を通る

とあるので、おそらく烏丸五条を下って西に入ったあたり。世界遺産から徒歩2分といっているのでこれは西本願寺と思われます。”今北軒のおはぎ”というネタがありましたが、これは今西軒(*3)のもじりっぽいので、ほぼほぼこのあたりかと。ピンポイントでこのあたりに行ったことはないですが、京都自体は何べんも行っているのでだいたい感じわかります。

 いわゆる”土地カンがある”って話ですが、これがまったくない人が話を書くと”あれ??”ってことになります。頼子さんがナガレカワ★ショウくんの下書きにをダメ出しをした内容がまさにこれ。
 ”4月の日曜日。修学就学旅行を途中でエスケープした2人の学生が夕方近くの鴨川から、夕陽が輝く嵐山の竹林でふたりっきりでいいムード”って内容ですが、これって確かにムリがあるな~~ 頼子さんのコメント

  日曜日!? しかも4月 正気か!?
  あのね・・ 出てきた鴨川も嵐山の竹林も円山公園も
  も~~~そりゃ 人いっぱいな訳
  さらに このシーン!
  鴨川から嵐山の竹林はどうがんばっても1.5時間はかかる
  だから、明るいままってのは不自然!

 京都に行ったことない人はピンとこないかもしれませんが、京都の観光スポットって意外と広いんですぜ! 本書にある”神宮丸太町→(京阪電鉄)→祇園四条→(徒歩)→河原町→(阪急電車)→大宮→乗換→四条大宮→(京福電鉄)→嵐山”と決して行きやすい移動じゃないんですな。嵐山にはJR、阪急、バスとかいろいろルートはありますが、駅to駅でも1時間程度、バスだと45分(混んでいなければですが)(Yahooで検索)。嵐山駅から竹林まで多少歩きもはいるんで、たしかに1.5時間ぐらいはかかりそう。ですんで、夕陽を2か所で見る設定ってちょっとムリがあるかな~~
 観光で行かれるんなら清水寺や三十三間堂などのある洛東エリアで1日、天竜寺や渡月橋のある洛西・嵐山エリアで1日は欲しいところポイントを絞れば廻れないことはないですが、けっこう弾丸ツアーになりそうです(*4)。

 あと、京都の混み方ってすごいんですぜ! 特にここ数年はインバウンドで中国や韓国の人が。観光地で写真撮影を頼もうとしても日本人だか中国人だかわかんないくらいです(*5)。嵐山の竹林もすいていればとっても閑静なとこなんでしょうが、今どきならみんなそろっての記念写真に自撮りがてんこ盛り。ふたりで手をつないで静かな雰囲気ではないですねぇ。まあ、愛し合う二人ならどこに行ってもロマンに酔えるんでしょけどね、ケッ!

 京都は世界有数の観光地ですんで、見るとこはいっぱいあります。本書をガイドブック代わりに廻ってみるのも素敵かもしれません

《脚注》
(*1)珈琲店タレーランの事件簿(岡崎琢磨、宝島社文庫)
 京都の一角にある珈琲店”タレーラン”の女性バリスタ”切間美星”を名探偵役にした日常系ミステリー。まだ2巻までしか読んでませんが、けっこう面白いです。
(*2)京都駅と伏見稲荷に同時に~
 JR京都駅~伏見大社前までバスで14分、JR京都駅~奈良線稲荷まで電車で5分。車で7分(距離にして3.3Km)(Yahoo地図他より)。すぐ近くのようですがこれは駅までの時間。実際の”伏見稲荷大社”ってのはおっそろしく広大な敷地を持っていて、奥にある一の峰まで往復すると2~3時間はかかります。
(*3)今西軒
 京都にある和菓子屋さん、いったことないけど。住所は京都府 京都市下京区 烏丸 五条西入ル一筋目下ル横諏訪町312。詳しくは”食べログ”でどうぞ
(*4)けっこう弾丸ツアーになりそうです
 ”海街diary”(吉田秋生、フラワーコミックス)の7巻で主人公のすずちゃんたちが京都の修学旅行の自由行動で、清水寺(地主神社、三年坂)→清明神社→嵐山(野宮神社、竹林、渡月橋)というパワースポットめぐりをやっています。1日で回れないことはないですが、かなりせわしないだろ~な~と読んだ時思いましたね。
(*5)日本人だか中国人だかわかんないくらいです
 ニュースで”中国人らしいXXが”みたいなのが出てきますが、あれって偏見混じっていないかな~~って心配になるぐらい。最近の中国人観光客の人はしゃべらなければほとんど日本人と区別つかない人多いですよ。

結局”住む家”を何のために買うかです。”資産”として考えれば勝ち負けでるんでしょう。たとえそれが”ウサギ小屋”であっても(マンション格差/ウサギ)

 ども、児孫のために美田を買えない(*1)おぢさん、たいちろ~です。
 人間、定年も近くなってきますと、老後はどうすんだっけ?みたいな話が出てきます。で、その先になると子供のために財産を残せるかどうかとか。まあ、棺桶にお金を入れて彼の世に持ってくワケにもいなんので、使いきれなかった分は残るンでしょうが、実際は借金残さないだけで精一杯なんでしょうかね・・・ まあ、”お金”であれば残してもらっても邪魔にはなんないでしょうが、一昔前と違って”不動産”ってのは残してもらって困る財産になるケースも多々あるとか。俗に言う”負動産”です。
 ということで、今回ご紹介するのは不動産の中でもマンションを”住む場所”ではなく”資産”という観点で語った本”マンション格差”であります。


写真はたいちろ~さん撮影。
神戸南京町にあったウサギさんの石像です

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【本】マンション格差(榊淳司、講談社現代新書)
 住むべき場所である”マンション”を”資産”という観点で観た時に、そこで生まれる”格差”がどのようなメカニズムで発生し、その格差を縮小するためにできることは何かということを解説した本。まあ、”立地が9割”と言われると身も蓋もないんですがねぇ・・
【動物】ウサギ
 狭義にはウサギ目ウサギ科ウサギ亜科かノウサギ亜科の総称。
 ストレスには非常に弱く、絶えず周囲を警戒し、家で飼っても机の下や部屋の隅っこなどに陣取る事が多いとか。引きこもり体質ですか?
 耳(耳介)が大きいのが特徴。ここからの連想で”どんな遠くの物件情報も逃さない耳”を持つ”うさぎのラビーちゃん”が全日本不動産協会のマスコットキャラに採用されています。協会のhpによると趣味は”トランプ”だそうですが、これって不動産王”ドナルド・トランプ”にあやかってのこと??


 この手の本を何冊か読んだんですが、かつては不動産(土地・建物)=資産ってけっこう当たり前の感覚だったんですが、今や勝ち組、負け組の出てくる資産になちゃってますね、確かに。この原因て、ミクロ的に見ると就職先が広域化することで、子供の世代が親の世代の家を必ずしも引き継がなくなったこと。マクロ的には少子化にともなって長期的には住宅需要が縮小する、にもかかわらず新築物件が供給し続けられている。本書で引用されている野村総研のレポートでは2013年時点で13.5%、820万戸の住宅が余っていて、2023年には空き家率21.0%、約1,394戸が空き家になるとか(*2)。まあ、供給過剰になる傾向は間違いなさそう
 不動産ってのは、マクロとしては市場の需給バランスによって価格が決まるんで供給過剰になれば当然価格は下落傾向に動きます。さらにやっかいなのはミクロとしてのその物件の状況(立地だの距離だの痛み方だの)により変動するので、思った以上に勝ち負けでそうなんですな。
 不動産がさらにやっかいな問題ってのは、一般的には時間がたつほど資産価値が下がる(老朽化等)上に、住む住まないにかかわらず持っているだけでお金がかかること(固定資産税、メンテナンスコスト等)。これに相続なんかがからむとさらにやっかいで、私の友人の土地持ちの息子の名言”ストック(不動産)があっても、フロー(相続税を払うお金)がないんで、親には長生きしてもらわんと困る”。複数人で相続するのって、どうやんだっけ??

 私んとこでも、老後の=終の住処で家買うかみたいな話がありましたが、住むという機能にも増して、将来的に売り払える(資産価値があんまし落ちなくて、しかも売りやすそうな場所)ことを念頭に検討いったいなにやってんだか・・・・

 本書はマンションを中心に勝ち組・負け組をまとめてますが印象的なノウハウをいくつか

・マンションのブランドの賞味期限は10年ほど
・重要なのは管理組合によりメンテナンスがちゃんとされているかどうか
・市場が低迷している時に優良物件を値引きで買うのが賢いやり方
  町のあちこちで通りが血に染まっている時こそ、買いの絶好のチャンスだ
   (サイネン・ロスチャイルド ロスチャイルド財閥の祖)

・小学校の通学区は意外と重要(*3)
・豪華な設備を売りにするのはほかに売りがないから。
 管理費や修繕積立金がかさむので、中古だと買い手がつかない理由になりえる
・郊外や湾岸に開発された新興住宅街のマンションは避けた方が無難
 中長期的には街が衰退する可能性が高いから
・その沿線の先に都市がある(都市間の連続性)沿線は資産価値が落ちにくい
・タワーマンションに住むなら眺望のよい20階以上。

 それ以外なら普通のマンションでも同じ(*4)
・重要なのは駅からの距離。最低でも10分以内。将来それ以上だとスルーされる
・建物寿命の点ではちゃんと管理される”賃貸”の方が”分譲”より上

この手の話は断片的に切り出すと誤解を招くこともあるので(上げ足とって炎上などさせないように)、なぜこうなるかという話は本書でご確認ください。まあ、”住む家”を”資産”として考えれば勝ち負けでるんでしょう。たとえそれが”ウサギ小屋”であってもです(*5)。

 資産自体を持っていないおぢさんとしては今ンとこ無関係な話ですが、またぞろ買うとか言う話が出てくると切実になるんだろ~な~、遺産化するのが早くなる分・・


《脚注》
(*1)児孫のために美田を買えない
 オリジナルは”児孫のために美田を買わず”で、子孫のために財産を残せば仕事もせずにのんきな生活を送ることになり、かえって子孫のためにはよくないという意味。元々は西郷隆盛大久保利通に寄せた詩『偶成』の一節「一家の遺事人知るや否や、児孫の為に美田を買わず」からだそうです。こういうのって西郷隆盛が言うから名言になるのであって、貧乏人が言っても単なる負け惜しみです、はい。
(*2)野村総研のレポートでは~
 2033年には空き家率30.2%、空き家数約2,147万戸になるそうです。この統計でもっとも古い1978年時点だと7.6%、約268万戸。家族形態が多様化しているので一律に比較はできませんが、空き家率約4倍、戸数ベースで約8.3倍ってのはねぇ・・・
 野村総研のレポートはこちらからどうぞ
(*3)小学校の通学区は意外と重要
 これは不動産屋さんに言われましたね。駅までの距離に差がなくてもこの影響で価格差が出るケースってあるそうです。
(*4)タワーマンションに住むなら~
 東日本大震災の時には、電気や水道、エレベーターの停止で上の方の人は苦労しましたみたいな話がいっぱい出てたんだけどな~~ のど元過ぎればなんとやら
(*5)たとえそれがウサギ小屋であってもですが
 1979年にECが出した”対日経済戦略報告書”の中で日本の住居が”うさぎ小屋(Rabbit hutch)”と書かれていたことから。原文はフランス語で狭くて画一的な都市型集合住宅”を表す”cage a lapins(うさぎの檻、かご)”語源由来辞典より抜粋
 自虐ネタとして流行したんでご年配の方なら覚えていらっしゃるかと。逆に言えば妙に納得したとこあるからネタになったんでしょうけどね。

ハードSFっぽいノリが好きか、ゾンビとBLが好きか、お好みによりチョイスしてみてください(屍者の帝国/パンチカード)

 ども、死して屍拾うものなしのおぢさん、たいちろ~です。
 さて、”ハーモニー”に続く伊藤計劃2冊目の了読です。フランケンシュタインモノと言いましょうか、ゾンビがくるりと輪をかいたホ~イのホイ♪とでも言いましょうか。屍がソロソロ歩き回る世界にスチームパンク(*1)をホイップしたスペキュレーションフィクション?!(*2) なんたって、題名がそのモノずばりの”屍者の帝国”ですから。
 ということで、今回ご紹介するのは伊藤計劃の遺作にして円城塔が完成させた異色のSF”屍者の帝国”であります。


写真はたいちろ~さん撮影。
レトロなコンピュータで使われていたパンチカードシステムです。

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【本】屍者の帝国(伊藤計劃、円城塔、河出文庫)
【DVD】屍者の帝国
 (原作 伊藤計劃、円城塔、出演 細谷佳正、菅生隆之、監督 牧原亮太郎、アニプレックス)
 ヴィクター・フランケンシュタインが屍を甦らせることに成功してから100年、屍者は、機械式解析機関とともに社会インフラとなっていた。医学生ワトソンは大英帝国の諜報員となり、フランケンシュタインの残した”ヴィクターの手記”と、彼が最初に復活させた屍者”ザ・ワン(*3)”を追うことになる・・・
 早逝した伊藤計劃が残した草稿を、円城塔が完成させたSF小説、第33回日本SF大賞・特別賞、第44回星雲賞日本長編部門を受賞。
【道具】パンチカード
 厚手の紙に開けた穴の位置や有無から情報を記録するメディア。原理的には試験で使っているマークシートみたいなのです。原作では穴の形や大きさがばらばらとのことですので、記憶ルールは全く異なるもののようです。
 コンピュータの記憶媒体としては現在ではほとんど使われることはありませんが、私が入社した1980年代中ごろではまだ使ってたんですけどねぇ


 さて、”屍者の帝国”です。原作読みました。DVDも観ました。ブログ書こうと思ってます。で、困っています。てか、なんでこんな違う話になっとんねん???
 いや、確かに原作もDVDも面白かったんですよ。原作っていわゆる屍者=ゾンビとかフランケンといったホラー物の系譜というよりハードSFの後継者って感じでしょうか。”ザ・ワン”ことフランケンシュタインの怪物と医学生ワトソンとの魂の在り方の対話なんて、シェリー版の”フランケンシュタイン”を彷彿とさせる哲学的ともいえる内容だし。
 DVD版は、ストーリー的にはかなりわかりやすくなってるし、クライマックスでの解析機関”チャールズ・バベッジ”をめぐる戦いなんてビジュアル的にはかなり良くできてるし。世界のネットワークを統べるスーパーコンピューターっぽい扱いなのに、入出力インタフェースはパイプオルガンにパンチカードシステムつ~ギャップがたまらんし。なんといっても白髭のナイスな老人”ザ・ワン”が沖田艦長の声で語るわライバルキャラはドメル将軍だわと、けっこうそっちの人にも受けそうだし(*4)

 登場人物はほぼ同じ、扱われているガジェットもほぼ同じながら、結果的にはかなり違うテイストの話になってんですな、この作品。言ってみれば”新世紀エヴァンゲリオン”と”碇シンジ育成計画(*5)”の違いみたいな。パロディ云々のレベルではなく語るべき”物語”がぜんぜん違うと。

  全員が絶望を感じることができなくなるのは、至福の一つの実現ではないかね
  そこにはにはもう争いはない。争いを知る機能も喪失されるからだ

 本作のキーワードになるセリフですが、原作では潜水艦ノーチラスの中でザ・ワンがワトソンに”魂のありよう”を語ったもの。これがDVDだとぜんぜん別な人が全然別のシーンで使われているんですね。ザ・ワンやワトソンの行動目的もまったく別物だし、そもそも語るべき内容がまったく別次元。でも、なまじキャラクターなんかがいっしょなんで原作とDVDを続けて観るとけっこう混乱しちゃったりします。

 内容は推理モノのノリもあるんで詳しくは書けませんが、両方とも面白いんですよ。別にどっちが良いとか悪いとかの話じゃないんで、両方お勧めですがあえて言うなら

〔原作〕
 どっちかというとSFファン向きハードSFっぽいノリや、生命(魂)の謎にせまるみたいなオールディズっぽい大上段に振りかぶったSFが好きな人にはよさそう。”ヴィクターの手記”とか”チャールズ・バベッジ”とかそのワード自体がけっこうディープな意味を持つとこがあるんで、SF的な知識がある人ならさらに突っ込めるかも。

〔DVD〕
 SFというより冒険活劇かな。ビジュアルもけっこういけてますが、ゾンビもまたリアルなんで”ゾンビ好き”ならOK。ワトソンとフライデーの人間関係を見ると”BL好き”には美味しいかも。”フランケンシュタインの花嫁”みたいな恋愛モノのノリはありますがデート向きの作品とは言えんだろうなぁ

 どっちを選ぶかはかなり好みがでそうですが、よろしければご一読のほどを

《脚注》
(*1)スチームパンク
 蒸気機関や機械式計算機などのテクノロジーが発展した世界観を持つSFのジャンル。時代的にはイギリスのヴィクトリア朝やエドワード朝、日本だと明治~大正期あたり。インダストリアルデザインとしてはたいへん面白いんですが、あまり読んでいないジャンルです。すいません。
(*2)スペキュレイティブ・フィクション?!
 さまざまな点で現実世界と異なった世界を推測、追求して執筆された小説などの作品を指す語(wikipediaより抜粋)
 日本語では思弁小説。略して”SF”。”SF(サイエンスフィクション)”とは違うんだ的なノリもありますが、面白ければどっちでもいいんじゃないかと。
(*3)ザ・ワン
 SFとかホラーを読まない人向けにに補足すると、メアリー・シェリーの小説”フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス”に登場する”フランケンシュタイン”というのは怪物(クリーチャー)を作った人の名前で、怪物そのものに名前はついていないんですね。ちなみに、この怪物は頭悪そうなイメージがありますが、原作では哲学的な会話も交わすとってもインテリジェンスな人。1994年に公開されたフランシス・コッポラ製作総指揮、ロバート・デ・ニーロ主演の”フランケンシュタイン”(ポニーキャニオン)が原作に近いのでこちらもどうぞ。
(*4)白髭のナイスな老人が沖田艦長の声で語るわ~
 ”ザ・ワン”のCVを担当したのはリメイク版の”宇宙戦艦ヤマト2199”で 沖田艦長を担当した菅生隆之。なんとなくこの声で言われると納得しちゃうんだな、これが。DVD版のライバルキャラの声の担当が同じく”宇宙戦艦ヤマト2199”で名将ドメル将軍を担当した”大塚明夫”。対決のシーンは本作の聴きどころです。
(*5)碇シンジ育成計画(原作 カラー、作画 高橋脩、カドカワコミックス・エース)
 ”新世紀エヴァンゲリオン”を原作とした”学園エヴァ”モノ。登場人物はほぼ同じですがパロディとかスピンオフとかのレベルを超えてまったく別な次元にとんでっちゃってます。
 原作の出版社がこういう二次著作物っぽい本を出すってのは良い時代なんでしょうねぇ

なんとなく”さよならジュピター”みたいな科学の大風呂敷を広げたような話が減っているんじゃないかな~~って気がします(さよならジュピター/国際宇宙ステーション)

 ども、機会があったら宇宙に移住するのも悪くはないかな~と考えてるおぢさん、たいちろ~です。
 一般の人がリアルな”生活圏”として認識できる空間ってどんなもんでしょうか? たかだか150年前の江戸時代だと”藩”とか”村”、明治時代で”アジア大陸”、大正、昭和の世界大戦をへて”世界”、”宇宙船地球号(*1)”という概念は20世紀後半になってからじゃないかと思います。”スペースコロニー(*2)”ってのを日本で一般化したのが”機動戦士ガンダム”だとすると”居住空間としての宇宙”ってたかだか40年弱ぐらい。まだてきてませんけど。で、将来”5億人の人類が宇宙に住むようになったら”という世界が登場したらどうなるか?
 ということで、今回ご紹介するのはそんな世界を舞台にしたSF小説”さよならジュピター”であります。

写真はすべてたいちろ~さんの撮影。
余市の宇宙記念館”スペース童夢”にある国際宇宙ステーションの模型です

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【本】さよならジュピター(小松左京、徳間文庫他)
 22世紀前半、地球人口は185億人を数え、太陽系空間には5億人近い人々が暮らし、イノベーションの70%、エネルギーの40%を宇宙に依存していた。太陽系開発機構は、外惑星地域のエネルギー問題を解決すべく木星を”第二の太陽”とする”JS計画”を推進していた。一方、彗星の減少を調査するため飛び立った宇宙船”スペース・アロー号”の事故から、太陽へのピンポイント・クラッシュする”ブラック・ホール”が発見される・・・
【旅行】国際宇宙ステーション
 (ISS International Space Station)
 アメリカ合衆国、ロシア、日本、カナダ、欧州宇宙機関が協力して運用している宇宙ステーション。地上約400km上空を秒速約7.7kmで飛行中。2011年7月に完成し、現在では6名体制で4~6ケ月交代で滞在しているとのこと(wikipediaより抜粋)
 カテゴリは”旅行”にしてますが、気軽に行けるとこではないです、はい。


 この前、映画版”さよならジュピター”(*3)の話を書きましたが、本書はそのノベライゼーション。ノベライゼーションと言っても小松左京御大が自ら書いたというもの。しかしまあ、映画とノベライズでここまで評価が分かれるってのも珍しいでしょうな。”黒歴史”だ”青春のトレラウマ”だの言われる映画版と、星雲賞の日本長編部門賞を受賞したノベライズと。まあ、映画が詰め込みすぎなのは確かですが、そこまでボロクソ言わんでもいい出来だと思うんですがねぇ・・・

 さて、この小説の面白さっていうのは、当時の科学力の延長にあるイマジネーションの壮大さでしょうか。ニュートリノを使った木星太陽化を中心に、宇宙空間を居住するスケースコロニーや月面や宇宙空間にある基地、ヘリウム3・重水素による核融合推進宇宙船、冷凍睡眠による長期間宇宙航行などなど。脱出船団(エクソダス・フリート)には乗員数130万~250万人、総数千隻の大船団が60組、行き先は5.9光年離れたバーナード星(*4)、到着は60年後! まだ、居住できるかどうかの調査すら終わっていない星への移住計画ですから、かなりハイリスクなプロジェクトですが・・・

 で、本書の最大の見せ場はもちろん”木星”を爆発させてブラックホールのコースを変更させるという”木星爆破計画(JN計画)”。将来、人類の科学でそんなことができるかどうかはわかりませんが、それを”できそう!”と思わせちゃうところが小松御大のすごさです。まあ、究極の自然破壊と言えなくもなく、積極的に推進する人(太陽系開発機構の本田英二たち、世界連邦大統領)、積極的に妨害する人(本田英二の恋人のマリアたちテロリスト、大統領の政敵の上院議員)、”なにもせんほうがええ(*5)”を決め込む人(ジュピター教団のピータ)。こういったポリティカルとか人間模様みたいなのがちゃんと背景としてあるからこそ小説版って評価されんですかね(逆に言うとこのへんが描き切れなかったのが映画版の低評価につながっているんでしょうか)

 ところで、この小説が書かれたのは1982年(映画公開が1984年)と34年前とそれなりに昔の作品なんですが、改めて読み返してみると、SFというかSFと科学の感じ方ってずいぶん変わったような感じがします。
 木星爆破50時間前に。世界連邦大統領(映画版では森繁久彌)と副大統領が交わす会話。”神に祈りますか?”という副大統領に対しての大統領の答え

  いや-- 不遜なようだが、今度ばかりはそんな気になれない・・
  むしろ・・・ 人類の叡知と技術にむかって祈りたい・・

   (中略)
  これまで何度か、一人で祈りたくなったり、神にすがりたくなった事はあった
  だが、今度の場合はなぜか・・・
  突然、この宇宙の中に、神というものはいないのではないか、と思うようになった
  人間は・・・ 所詮、
  この宇宙では、神なしでやって行かなければならないのではないか、と

 当時って、”たとえ空想科学であっても、その科学に信頼を寄せて未来を拓くという”時代だったんでしょうか。今ではその”空想”がとれて、あながち絵空事でなくなった反面、物語の世界において科学を超える”空想”がなんとなく希薄になってきているような気がするのは、私だけでしょうかね

 ・人工の大地となる”スペースコロニー”はできなかったけど、
  恒常的に人がすめる”国際宇宙ステーション”はできた
 ・七つの威力の”鉄腕アトム”はできなかったけど、
  等身大のヒト型ロボット”Pepper”が街に登場した
 ・人智を超える”人工知能”はまだできていないけど
  越えられそうなシンギュラリティ(技術的特異点)がもうすぐ来そうな雰囲気
 ・万能薬や、不老長寿の秘薬ではないけど
  医療を飛躍的に発展させる”iPS細胞”や遺伝子操作がもうすぐ実用化しそう

 確かに、科学が空想に追いつきつつある昨今、ぶっとんだ”空想”科学の物語を描きにくい時代なのかもしれませんが、なんとなく”さよならジュピター”みたいな科学の大風呂敷を広げたような話が減っているんじゃないかな~~、私が読んでないだけかもしれませんが・・・

 おぢさん世代のSFファンとして、ちょっと昔のSFを読んでそんなことを感じた次第です。面白い本ですので、若い人もぜひご一読のほどを

《脚注》
(*1)宇宙船地球号(Spaceship Earth)
 この言葉を有名にしたバックミンスター・フラーの著書”宇宙船地球号操縦マニュアル”が書かれたのが1963年。地球資源の有限性を研究したローマクラブの”成長の限界”が発表されたのは1972年のことです。
(*2)スペースコロニー(Space Colony)
 ジェラルド・オニールらによって”宇宙空間に作られた人工の居住地”というアイデアが誕生したのが1969年、一般に知られるようになったのは1974年にニューヨーク・タイムズ誌に掲載されてから(wikipedia)。島3号とよばれるシリンダー型のスケースコロニーを舞台にした”機動戦士ガンダム(ファーストガンダム)”の放映が開始されたのは1979年のことです。
(*3)映画版”さよならジュピター”(総監督 小松左京、主演 三浦友和、東宝)
 ストーリーはほぼ本書にそっていますが、初稿で映画化すると3時間半を超えるため、大幅にカットされました。前後半で作ればもうちっと評判が良かったかもしれませんねぇ・・
 詳しくはこちらをどうぞ
(*4)バーナード星
 1916年にアメリカの天文学者エドワード・エマーソン・バーナードにより発見された。へびつかい座にある2番目に太陽系に近い恒星系。実際に英国惑星間協会 (BIS) が1973年から行った”ダイダロス計画”という恒星間原子力推進宇宙船の想定目標だったとのこと。
(*5)なにもせんほうがええ
 同じく小松左京の”日本沈没”より。日本人の海外脱出に関するレポートを作成させた渡老人が、結論の一つとして山本総理に伝えた言葉。SFの中でも屈指の名セリフだと思います。

ランプ売りのおじいさんは、意外に優秀なイノベーターだったようです(ビックバン・イノベーション/おぢいさんのランプ/ランプ)

 ども、イノベーティブな人生とは縁のないおぢさん、たいちろ~です。
 近頃会社で流行るモノの一つに”イノベーション”ってのがあります。まあ、旧態然としたビジネスをやってると先細りになるのが目に見えているので、”なんか新しいことやろうぜ!”みたいな話ですが、そんなに簡単に新しいことを思いつきゃ苦労はしないですし、それを”儲かるビジネス”にしようとするとひと山ふた山ではきかない困難が予想されます。そうは言ってもやらん訳にゃいかんのですが・・・
 ”イノベーション”ってさも新しそうな顔をしてますが、意外にも童話の中にこんな話を見つけました
 ということで、今回ご紹介するのは”ビックバン・イノベーション”をテキスト解説する新美南吉の童話”おぢいさんのランプ”であります


写真はたいちろ~さんの撮影。小樽の北一ガラスにあったランプです

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【本】ビッグバン・イノベーション(ラリー・ダウンズ、ポール・F・ヌーネス、ダイヤモンド社)
 マーケットの変化は従来の釣鐘型曲線(ベル・カーブ)ではなく、一夜にて爆発的な成長をとげ、突然死を迎える、鮫のひれ(シャークフィン)のように。
 イノベーションによるマーケット変化の分析と対処のルールをまとめた本。
 原書は2014年、日本では2016年に発刊。
【本】おぢいさんのランプ(新美南吉、青空文庫他)
 東一少年が遊んでいる時に、蔵の中で一つのランプを見つける。東一君のおじいさんはそのランプを見て、自分が若かったころに”ランプ売り”をしていたころの話を東一少年に語りはじめた・・・
 童話集「おぢいさんのランプ」(1942年)に収載
【道具】ランプ
 電気・油脂・ガスによる光源と、笠やホヤなどの保護装置がある照明器具。ランプの中で手に提げるか持って運べるものが”ランタン”です(wikipediaより抜粋)
 現在でのキャンプ用品やアンティークな装飾品として使われることもあります。


 従来のマーケティングの話ですと、エベット・ロジャーズが提唱した釣鐘型をした5つの市場セグメントってのがでてきます。”革新者”、”初期導入者”、初期多数導入者”、”後期多数導入者”、”導入遅延者”というので、初期多数導入者から後期多数導入者への切り替わり時期をピークに、ゆるかやな釣鐘型のカーブを描くというもの。ところが、イノベーションが進展するとこんな悠長なことにならなくて、先行した人達による”特異点”、急速に立ち上がる”ビックバン”、あっというまに衰退する”ビッククランチ”、生き残った人達による”エントロピー”というサイクルが極めて短いスパンで発生し、鮫のひれのような形を描くというのが本書の主張。で、これを乗り切るためにそれぞれのマーケットに対しての12のルールが提示されています。

 で、このルールというのが、実に”おぢいさんのランプ”に登場する巳之助じいさんの行動に当てはまるんですなぁ。”おぢいさんのランプ”は小学校(だったかな?)の教材で出てきたんで読まれた方も多いと思います。おじいさんがランプの商売に見切りをつけて、池のほとりで灯をつけたランプを壊していくシーンが幻想的で印象に残る作品です。改めて読み返してみましたが、実にこれがイノベーターなんですな。あらすじを追いながら説明してみます。※〔 〕内は”ビッグバン・イノベーション”で提示されたルール

〔ルール3:一見ランダムな市場実験に着手する〕
 岩滑新田という灯りといえば行燈しかないような村で育った孤児だった巳之助は、町で見かけたはランプの明るさに心を奪われどうしても欲しいと思いました。持っているお金では足りないため、ランプ屋の主人と交渉して、ランプを村で売るからということで安く売ってもらいました。
 保守的な百姓相手に、始めは流行らなかった商売ですが、商い屋のおばあさんにただで貸し出すことで便利さを理解してもらい、それを見た村人にランプが売れ始めました

  →→→
 まず、灯りのない村にランプというテクノロジーを持ち込むことで利便性の拡大と新たなマーケットを生み出すという先見性はイノベーターの元祖とでもいいましょうか(*1)。ランダムとまでは言いませんが、”特異点”において起爆剤となる先行者を実験的に捕まえてマーケットを拡大するとこはこのルールっぽいです。

〔ルール6:「ブレッドタイム」を作る〕
 順調にランプを売っていた巳之助ですが、ある時電燈を見かけます。電燈の明るさに自分のビジネスの危機を感じる巳之助。そしてとうとう岩滑新田にも電気がひかれ電燈が導入されることになりました。そこで巳之助は”電気というものは、長い線で山の奥からひっぱって来るもんだでのイ、その線をば夜中に狐や狸がつたって来て、この近ぺんの田畠を荒らすことはうけあいだね”と、電燈への反対意見をまくしたてました

  →→→
 ”ブレッドタイム”というのは時間稼ぎという意味。映画”マトリックス(*2)”に登場したネオが”銃弾(ブレッド)”の速度を遅くして時間稼ぎをして銃弾をさけることからきています。ここでは、反対意見をまくしたてマーケットの拡大を阻止しようという点で、先行するイノベーターが守りにはいる行動と同じです。ただし、時間稼ぎはあくまで時間稼ぎ。根本的な解決にはなりません

〔ルール8:負債化する前に資産を処分する〕
 電気を引こうとする村長を怨んで、牛小屋に火をつけようとする巳之助。マッチを忘れて火打石で火をつけようとするが失敗。”こげな火打みてえな古くせえもなア、いざというとき間にあわねえだなア”という自分の言葉に自分の過ちを悟った巳之助
 家に戻った巳之助は、家中にあるランプの全てを、池のほとりにもっていき、火を灯して石ころを投げつけて壊していきます

  →→→
 ”おぢいさんのランプ”の中でも最も印象的なシーンです。
”ビッグバン・イノベーション”風に言うと”ランプ=コア資産”が急速に価値を失うことを察知したおぢいさんは、負債化する前に処分したということになります。まあ、本来なら売却とかするんでしょうが、思い切りのいいおぢいさんは”わしの、しょうばいのやめ方はこれだ”といって壊してしまいますが。

〔ルール9:リードしている間に撤退する〕
 おぢいさんが壊しそこなって残ったランプは誰かが持っていったそうです。
 こうして、おぢいさんは”ランプ屋”を廃業しました。それから町に出て”本屋”という新しい商売を始めました。

  →→→
 ”損しちゃったね。四十七も誰かに持ってかれちゃって”という東一君に答えて、おぢいさんの話

  今から考えると、何もあんなことをせんでもよかったとわしも思う
  岩滑新田に電燈がひけてからでも、
  まだ五十ぐらいのランプはけっこう売れたんだからな
  岩滑新田の南にある深谷なんという小さい村じゃ、まだ今でもランプを使っているし
  ほかにも、ずいぶんおそくまでランプを使っていた村は、あったのさ
  しかし何しろわしもあの頃は元気がよかったんでな
  思いついたら、深くも考えず、ぱっぱっとやってしまったんだ

   (中略)
  わしのやり方は少し馬鹿だったが、わしのしょうばいのやめ方は、
  自分でいうのもなんだが、なかなかりっぱだったと思うよ
  わしの言いたいのはこうさ、日本がすすんで、
  自分の古いしょうばいがお役に立たなくなったら、すっぱりそいつをすてるのだ
  いつまでもきたなく古いしょうばいにかじりついていたり
  自分のしょうばいがはやっていた昔の方がよかったといったり
  世の中のすすんだことをうらんだり、
  そんな意気地のねえことは決してしないということだ

実にすがすがしいまでの、イノベーターとしての身の処し方って感じしませんか?

 ”おぢいさんのランプ”は青空文庫他でも読むことができます(こちらからどうぞ)。ぜひ童心に帰ってご一読の程を(といいながら、私自身は生臭い読み方してますけど・・・)

《脚注》
(*1)イノベーターの元祖とでもいいましょうか
 ここでのイノベーターはすこし広義にとらえて”市場開拓者”、”ベンチャー起業家”ぐらいのノリで見てください
(*2)マトリックス
 (主演 キアヌ・リーブス、監督 ウォシャウスキー兄弟、ワーナー・ブラザース)
 コンピュータに支配された社会を救世主であるネオ(キアヌ・リーブス)が解放するというSF映画。1999年公開。のけぞって銃弾をよけるシーンは当時けっこうインパクトありましたね~~(映像はこちらから)

”お金かかるから戦争反対”なんつー雑駁なことは言いませんが、それもまた重要な話なんじゃないかな~と思うのであります(永田鉄山 昭和陸軍「運命の男」/富士総合火力演習)

 ども、”会社の至宝”なんぞ一度も呼ばれたことのないおぢさん、たいちろ~です。
 ここんとこ何冊か太平洋戦争に絡んだ本を読みました。そん中で良かれ悪しかれキーパーソンと呼ばれる人物が出てきます。太平洋戦争の開戦に首相を務めた東條英機(*1)なんかはその代表格。で、その次に出てくるのが”帝国陸軍の異端児”と呼ばれた”石原莞爾”と”陸軍の至宝”と言われた”永田鉄山”
 石原莞爾という人は満州事変を成功させた天才的な軍略家、”王道楽土”、”五族協和”を掲げた理想主義者というイメージ。比較的わかりやすせいかコミックなんかでもキーパーソンなキャラで出てきます(*2)。
 ところが”永田鉄山”という人は実は何をした人かよくわかんなかったんですね。暗殺された人で、”永田がいれば大東亜戦争は起きなかった”と言われるほどの人なんですが、よくわかんない。ということで読んでみました。
 ということで、今回ご紹介するのは永田鉄山のことをまとめた伝記”永田鉄山 昭和陸軍「運命の男」”であります。


写真はたいちろ~さんの撮影。富士総合火力演習での10式戦車であります。
(上は4重走行、下は大砲をぶっ放す瞬間)

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【本】永田鉄山 昭和陸軍「運命の男」(早坂隆、文春文庫)
 陸軍内部の統制派として、陸軍改革を指揮し関東軍による戦線拡大を防止に尽力したが、陸軍省内で相沢三郎中佐に惨殺された軍務局長”永田鉄山”。鉄山を中心にこの時代を描いた伝記。
【旅行】富士総合火力演習2016
 静岡県御殿場市の東富士演習場で行われる陸上自衛隊の演習のひとつ。2016年度は8月28日に稲田防衛大臣を招いて開催。参加人員約2,400名、戦車・装甲車約80両、航空機約20機、各種火砲約60門、その他車両約700両が参加(パンフレットより)。ちなみに、今年度のキャッチフレーズは「日本の本気。」(なぜか。付き)です


 話はいきなり飛びますが、先日陸上自衛隊の”富士総合火力演習”というのに行ってきました。前日に高校時代からの友人から”チケットが1枚余ったけど、行くか?”という連絡がありまして。こんなプラチナチケットをムダにする手はないと即時OK!(*3)
 演習の前半の課題は主要装備による攻撃、後半は島嶼部に対する攻撃への対応。おおっ、最新鋭の10式戦車の4重走行だ!、90式戦車もいるぞ! ヘリコプターの編隊飛行だ! 戦闘ヘリ”アパッチ”が機銃掃射をやってるゾ!!
 とまあ、楽しませていただきました。

 なんで、こんな話をしているかというと、戦争と言おうが自衛戦闘と言おうが、戦車が走り回ってドンパチやるっていう状況は恐っそろしく金がかかるんですな。
JNNのニュースページによると、この2時間の演習で弾薬だけで約36トン、3.9億円だとか。大卒男子の生涯賃金がだいたい2.6億円だそうですので(退職金含めず)単純計算だとおぢさんが一生かかって稼ぎだすお金で状況を1時間15分も支えられないと。10式戦車自体のお値段が約9.5億円だそうですので4連走行で合わせて約38億円(これでも航空装備よりはずいぶん安いんですぜ)。まあ、公式数字がでているわけではないのでどこまで正確かはわかりませんがずいぶん高いもんであることは間違いなさそう
 それ以外にも人件費だ燃料代だかかっているはずだし、相当なお金が動いているはず。実際にどっかが攻めてくるとなると、島嶼部にのこのこ上陸される前の作戦行動があり~の、こっちはこっちで輸送コストがあり~のしてステージ以外のコストも膨大。さらい言えば演習ってのは装備、人的リソースの損耗がないので、実際の戦闘で打ち返してこられれば被害が発生するはず。
 で、これらの装備、人材を平時から維持していく必要があるので実際の国防予算ってのはばかにならない金額が必要になるわけです。

 別に”金がかかるから悪い”とか”これは必要なお金だから”とか言うつもりはなくて、要は”ちゃんと金がかかる”という認識をもって物事を考える必要があるということ、さらに、近代戦ではそれが”国家総動員=総力戦”レベルで対応しないと賄えないほどの巨額に膨らむという認識が必要だということです。もっともそれで勝てるとはかぎりませんが・・・

 この近代戦における”総力戦”という概念を日本にもちこんで広げたのが永田鉄山という人(やっと本題に戻ってきました)。第一次大戦時のヨーロッパに駐在していた永田鉄山が研究していたのが、従来”戦争は軍隊だけでやるもの”から産業、財政、教育などを含めた”戦争は国家全体でやる”という価値観の転換。これを準備段階=平時からやると。
 問題は当時の日本が”持たざる国”(平たく言うと貧乏)で、軍事力や経済力、資源力で欧米に圧倒的な差があった。実は永田鉄山にしろ石原莞爾にしろ、この現実認識は同じで、この状況を脱却するために満州国の権益を確保することを重視したのは同じだったそうです。大きな違いは石原莞爾が”武力行使”に訴えても日本を”持てる国”にしようとしたのに対し、永田鉄山は”国家総動員体制の構築”によって日本を漸進的に”持てる国”にしようとした点、つまり方法論レベルの違いなんですね。

 永田鉄山という人は戦争ってモトがとれないって考えていたようで

  一日の戦費があれば、数カ月の平和を維持することができる
  勝利者の利益は、払った犠牲に及ぶべくもない
  国民は戦争による利益を求めてはならない

   (本書より抜粋)

と言ってます。海外派兵による満州国独立の権益を得られた時代ですらこの認識なんで、”専守防衛”で侵略戦争をやらないことになっている現代の日本で、戦争なんかやった日にゃマイナスを防ぐ効果はあっても決してプラスにゃなんないでしょうなぁ・・

 さらに問題をやっかいにしているのは、どうも国民感情として欧米の干渉による海外権益を削減された経緯からか”なんとかしろ”的な空気になり、陸軍内部では”皇軍”だの”精神力”だの危なっかしい派閥が形成されてたりと。ましてや、石原莞爾の”一発当てようぜ!”的な満州での拡大戦略が(良くも悪くも)一時期まで成功してて、永田鉄山を排除しなければ先へ進めないといった風潮になっちゃってと。で永田鉄山は暗殺されることになります。

 当時の世相として、情報公開が十分とは言い難いんでしょうが(まあ、今でもそうかもしれませんが)、なんとなく時代の空気に流されて危ない方向に流れってったみたいのがあんでしょうかね。
 本書で引用されている永井荷風の”断腸亭日乗”(*4)より

  日本現代の禍根は政党の腐敗と軍人の過激思想と国民の自覚なき事の三事なり
  政党の腐敗も軍人の暴行もこれを要するに一般国民の自覚に乏しきに起因するなり
  個人の覚醒せざるがために起ることなり

政党の腐敗”、”軍人の過激思想”、”国民の自覚なき事”の3つが原因でその根本が国民の自覚がないことと言ってますが、まさにそうなんでしょうね。

 人も住まない孤島をどっちのモンだと角つきあわせ、お隣さんはボンボンミサイル飛ばしてくる昨今、”戦争反対”を叫ぶことにどんだけの抑止力があるのかわかりませんが、まあ自覚的に状況を判断するってことは必要なんでしょうね。戦争だろうが自衛だろうが、備えるだけでもお金かかるし、やっちまったらもっとお金かかるし、しかも回収のメドのない投資なんですから。”お金かかるから反対”なんつー雑駁なことは言いませんが、たとえ下世話な話だと思われても、少なからざる金額を使うんだから一つの重要な話なんじゃないかな~と思うのであります。

 どのみち始めちゃったら、いやがおうにも総力戦にならざるとえないんだし、総力戦になれば、人命もまた”総力”のリソース扱いされんでしょうしねぇ・・・


《脚注》
(*1)太平洋戦争の開戦に首相を務めた東條英機
 極東国際軍事裁判でA級戦犯として責任を追及された話が教科書等に載ってたんで、戦時中ず~っと首相だと思っていたんですが、実際には開戦時が東條英機、小磯國昭を挟んで終戦時は鈴木貫太郎降伏文書の調印や戦後政策をになったのが東久邇宮稔彦王ら。もうちょっと真面目に日本史の勉強しとくんだったな~~
(*2)コミックなんかでもキーパーソンなキャラで出てきます
 ”ジパング”(かわぐちかいじ、講談社)では日本で原爆を作成し歴史を変えようとしたメインキャラの草加拓海少佐とつるんで裏でいろいろやっている人。ビジュアルは生前の桂子雀師匠を彷彿とさせます。
(*3)こんなプラチナチケットを~
 2016年度の応募抽選倍率は、ネットとはがき合計で応募総数約14.8万通で約29倍、ネットだけだと12.2万通で約31倍でした(パンフレットより)。はがきには偽造防止用のシールまで貼ってあったみたいです。
(*4)永井荷風の”断腸亭日乗”
 1917年から死の前日の1959年までの永井荷風の日記。今風でいうとツイッターかフェイスブックのノリみたいです。本書の引用は1936年(昭和11年)2月14日のもの。”断腸亭日乗Wiki”で読めますのでこちらからどうぞ

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