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2016年4月

家を買うか? 23区に住むか? 一所懸命にこだわらない時代の考え所ではありますが・・・(23区格差/2020年 マンション大崩壊/山野楽器銀座本店前)

 ども、東京で働いてはいますが、根っこは地方出身者のおぢさん、たいちろ~です。
 最近2回ほど引っ越しをしまして、通勤経路が変わりました。10年以上南武線沿線に住んどったんですが、小田急沿線とか東急沿線とかになりまして。今まで”尻手~”だ”平間~”だった通勤経路が、”渋谷、キャ!”や”表参道、おぉ!”、”二子玉川、えっ!”、”たまプラーザ、ヤッタ!”って感じ。いや~、東京で働き出して20数年、初めて”東京にキタ━━━(゜∀゜)━━━ッ!!”って気になりましたね。いやいや、別に南部線沿線が悪いってわけじゃないんですが(実際、住むには困んない街でしたし、通勤時間はこっちのが短かったし)、やっぱりブランドイメージが違うしね~~~
 まあ、地方出身者から見ればひとくくりに”東京”なんですが、そん中でもかなりイメージに差があるモンですし、実際に住むとなれば家賃やら通勤の利便性やらややこしい問題も出てきます。
 ということで、今回ご紹介するのは同じようで実はかなり違っている東京23区を分析した”23区格差”&現代の立体長屋”マンション”の問題を扱った”2020年 マンション大崩壊”であります。


 写真はたいちろ~さんの撮影。日本でもっとも地価の高い場所”山野楽器銀座本店前”です

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【本】23区格差(池田利道、中公新書ラクレ)
 一極集中、少子化の悪役っぽいイメージの”東京”ですが、23区ごとに見ていくとけっこう”格差”が存在するということを分析した本。子育てや医療といった生活支援面や、学歴や年収といった住む人を切り口にした面などイメージと違う区の実相がよくわかります。
【本】2020年 マンション大崩壊(監督 ジョン・バダム,20世紀フォックス)
 2020年の東京オリンピックめがけて大量に供給されるマンション。その影で老朽化、スラム化の進む”空き家問題”。”住む”という価値と”資産”としての価値の両面から”マンション”を考える本。マンションを買おうと考えてる人には読んどいた方がよさげかも。買う気がなくなっても責任持ちませんが・・・
【旅行】山野楽器銀座本店前(東京都中央区銀座4丁目2番4)
 日本で最も高い土地は”山野楽器銀座本店前”で4,010百万円/㎡(2016年公示地価)。大卒男子の平均生涯賃金がおおむね3億1300万円ですので取得面積は約7.8㎡、大学出てから35年近く働いて退職金も全部ぶっこんでも、小型の普通車”トヨタプリウス”並み(8.0㎡)の土地しか買えないってってことです。これが非正規雇用だと1億4400万円程度になるので(取得面積約3.6㎡)、話題の軽自動車ekワゴンどころか(約5.0㎡)どころか二畳半(約3.6㎡)程度しか買えないです(*1)。暗いネタ振りですいません。


 23区の全部の区に行ったことがあるわけでなないですが、まあ漠然としたイメージってのはあります。”魔界都市<新宿>(*2)”とか、フーテンの寅さんの街”葛飾区”とか工場の街”大田区”とか、”消滅可能性都市”としてヤバそうな”豊島区”とか、なんだか田舎っぽい”練馬区”とか。実際には毛色の違うエリアが同じ区のなかにあったりとかでイメージ通りにはなってないこともままあるようです。上記の”大田区”だと中小の工場集積地として有名ですが、星セント・ルイスのギャグ”田園調布に家が建つ”でもネタに使われた高級住宅地”田園調布”も大田区だったり、江戸っ子の街”神田”が日本を代表するビジネス街、丸の内や大手町と同じ区だったり。

 本書にはいろいろ話題は載ってるんですが、ひとつピックアップするなら「三高」が住まわれる区住民にハイスペックな年収、学歴、職業を要求する区です。
 ランキングを並べてみると

住宅地の平均地価(2014年)
  1位 千代田区、2位 港区、3位 渋谷区、4位 中央区、5位 目黒区
所得水準(2012年)
  1位 港区、2位 千代田区、3位 渋谷区、4位 中央区、5位 文京区
大卒者の割合(2010年)
  1位 千代田区、2位 港区、3位 文京区、4位 中央区、5位 世田谷区
スタブリッシュメント層(役員、大企業の部長以上など 2010年)
  1位 港区、2位 千代田区、3位 渋谷区、4位 中央区、5位 文京区 

とまあ、千代田区(丸の内、大手町)、港区(新橋、六本木)、渋谷区(渋谷、表参道)、中央区(日本橋、銀座)など。ビジネス街やオシャレスポットのあるとこですが、街並み見てるとあんまり人が住んでる感ないんだけどな~~ 金持ってる人はちゃんと住んでるんですねぇ

 ところで、もうひとつのランキング

  1位  中央区、2位  港区、3位 世田谷区、4位 目黒区、5位 江東区
  6位 千代田区、7位 文京区、8位  練馬区、9位 渋谷区、10位 大田区

てのがあるんですが、実はこれ”定住率の低い順(2010年)”。このあたりのランキングは住みたい区、高齢化の低い区とも重なるそうで、つまり三高で人気のある街って意外なことに定住率が低い=新陳代謝の高い区なんだそうです。

 そこで、もう一冊の本”2020年 マンション大崩壊”です。サラリーマン的に言うと通勤するなら会社(都心)に近くて駅近が良い訳ですが、そんなとこに一戸建てなんか建てた日にゃお金がいくらあっても足りない。勢いマンション需要がでてきますし、都心だったら大規模開発のタワーマンションでさらに集積率をあげてくことになるわけです。で、どうなるかというと

需要供給のアンバランス(新築物件と空き家の同時増加)
  都心部への需要を満たすため、マンション/タワーマンションをどんどん建てる
  ちょっと不便な場所とか条件の悪いマンション(一戸建て)は売れない
  子供の世代が親の家には戻らない、売れないで資産ではなく不負動産化

が発生することになります。さらに言うと”アパート → 賃貸マンション → 夢の一戸建て”という昭和的な人生双六が”狭い賃貸マンション → ちょっと広めのマンション購入(一生住みます)”に変わってきてると。これが何を引き起こすかて~と

売れない(商品価値のない)老朽化マンションの増加
  本来なら人生の中間点だったマンションが終の棲家になる(高齢世帯の固定化)
  マンションの支払いでパツンパツンなんで、老朽化しても建て替え余力がない
  自分が生きてる間だけとりあえず持てばいい(老朽化対策の先送り)

と、負のスパイラルに。マンションを建て替えるには住民の4/5の同意が必要なんだそうですが、これが相当ハードルが高い。お金もないし、あとちょっと(自分が死ぬまで?)持てばいい、ましてや売れない親のマンションを相続しても、費用ばっかかってるのに更に金をかけるのか的な事情もあいまってにっちもさっちも行かない状態で資産価値だけが下がっていくと。
 このへんの話は、最先端のタワーマンションだともっと深刻になる可能性が高そうで、戸数が多いことに伴う合意形成の難しさ(習慣の違う外国の人もいたりする)、高層階と低層階の格差や、建て替えに伴う技術的困難さとコストなどなど。

 本書で解決策として上げているのが”所有権の呪縛からの解放”、つまり”買う”ことにこだわらず、ライフサイクルや自分の価値観に合わせて賃貸をうまく使うことも考えた方がよいんじゃないかと。確かに、サラリーマンなら定年までの収入がある程度保証されていて、子供たちに資産として家を残せて、なんていう昭和の価値観は今や昔。人がどんどん住みかえて=流動化するほうが全体としてメリットがあるというのはよくわかります。

 実は、この2冊で語られる”街の活性化”の問題って同じなんですな。”流動化”が解決のためのキーワードとするなら”23区格差”は区という”面”で、”マンション大崩壊”はマンションという”点”でとらえているだけで。経済がグローバル化し、第一次産業(農林水産業)すら将来が見通せない中、一所懸命にこだわる時代ではなくなってきてるのかもしれませんねぇ(*3)

 ”で、お前は家を買うんか? 23区に住みたいンか?”と聞かれそうですが、今更住宅ローン抱えるのも23区も勘弁して欲しいですねぇ。家賃は高いし、部屋は狭そうだし。できれば定年後はちょっと田舎で古民家でも借りて、晴耕雨読の老後を送りたいモンです。奥様には猛反対されそうですが・・・



《脚注》
(*1)大学出てから35年近く働いて退職金も全部ぶっこんでも
 3億1300万円は大卒男子が転職せず、定年後も引退まで(66~68歳ぐらい)働いて退職金も加えた金額です。(非正規雇用の場合は60歳まで、退職金なしの金額)
 労働政策研究所の”ユースフル労働統計”に出ていますのでご興味のある方はどうぞ
 ちなみに面積計算は下記になります(全長×全幅=面積)
  トヨタ プリウス :4,540mm × 1,760mm = 7.99㎡
  三菱  ekワゴン:3,395mm × 1,475mm = 5.01㎡
  畳(公団サイズ) :  850mm × 1,700mm = 1.45㎡
(*2)魔界都市<新宿>
 謎の大地震”魔震”によって壊滅的な打撃を受け魑魅魍魎の徘徊する”魔界都市”となった新宿区を舞台とする菊地秀行のホラー小説シリーズ
 今でこそ普通の小説扱いですが、1982年に出た第一作はライトノベルのレーベル”ソノラマ文庫”からだったんですぜ、これ
(*3)一所懸命にこだわる時代では~
 ”一所懸命”は中世の武士が先祖伝来の所領を命懸けで守ったことに由来する言葉(言語由来辞典より)。”一生懸命”とも書きますが、元々は”一所懸命”。どちらも正しいそうです。

そのうち”株の高速取引に勝つための唯一の手はプレイしないこと”人工知能は宣ふかもしれません(ウォール街のアルゴリズム戦争/ウォー・ゲーム/すずかけの木)

 ども、今まで一度も株なんぞ買ったことのないおぢさん、たいちろ~です。
 人間もおぢさんになってくると”あれ、昔も同じことなかったって?”ってことが良くあります。最近だと人工知能を利用した高速取引を検証する審議会を立ち上げるって話がありました(2016年4月8日 日経新聞) コンピューターの判断で高速売買を繰り返す”アルゴリズム取引”が株価の乱高下の原因の一つではないかと言われてることに対応するてことのようですが、これって”ブラックマンデー(*1)”の時も同じこと言ってなかったけ? この時も”プログラム売買”が暴落に拍車をかけたって話があったような・・
 ということで、今回ご紹介するのはコンピュータによる株取引の現在を扱った本”ウォール街のアルゴリズム戦争”であります。


 写真はたいちろ~さんの撮影。赤坂の”高橋是清翁記念公園(*2)”で見かけたプラタナスです

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【本】ウォール街のアルゴリズム戦争(スコット・パタースン、日経BP社)
 コンピュータの発展はニューヨーク証券取引所やナスダックをどのように変えていったか? ますます高速化するアルゴリズム取引の行方は?
 高速・高頻度化するマーケットをウォールストリート・ジャーナル記者が描いたノンフィクション。
【DVD】ウォー・ゲーム(監督 ジョン・バダム,20世紀フォックス)
 コンピュータオタクの高校生デビッドは、偶然ハッキングした”ジョシュア”というコンピューターと”アメリカとソ連の核戦争ゲーム”を始めた。ゲーム会社の新型ゲームと思っていたデビットだが、”ジョシュア”はNORAD(北アメリカ航空宇宙防衛司令部)に設置された人工知能、デビッドのゲームは”リアル・ウォー”を引き起こそうとしていた・・
 ※ステファニー・チャップマン・ベイカー出演のとは別のものです。ご注意ください
【花】すずかけの木(鈴懸)
 スズカケノキ科スズカケノキ属に属する植物の総称。別名”プラタナス
 若い人にはAKB48の”鈴懸の木の道で(以下略)”なんでしょうが、おじさん世代にははしだのりひこの”プラタナスの枯葉舞う冬の道で~ プラタナスの散る音に振りかえる~”でしょうか(*3)


 ”プログラム売買”と”アルゴリズム取引”って同じコンピュータを使った株(にかぎんないけど)取引って点では同じですが、扱いがビミョ~に違う感じがしてます。
 ”ブラックマンデー”で悪役扱いだったのが”プログラム売買”。株ってのは安く買って高く売るのが商売なんで、これをプログラムしてコンピュータにやらせるものです。まあ、コンピュータがやってくれればそれなりに楽にはなるし、人間みたく感情に振り回されることは少なくなりますが、状況によって下げが下げを生む負のフィードバックを淡々とこなすことにもなります(で、暴落の悪役扱いにされちゃいました)

 大量の株を大きな差額(売値-買値)で売り買いすればいっぱい儲かるんですが、少ない量で小さな差額でも高速に高頻度でやれば1件あたりの儲けは少なくても数が増えるんでけっこう儲けがでる、これが本書で扱っている”アルゴリズム取引”ってのです(かなりはしょって書いてるんで、実際はもっと複雑です)
 本書に登場するのはこの”アルゴリズム”の原型を作り、電子取引ネットワーク”アイランド”を創設した天才プログラマー”ジョシュア・レヴィン(*4)”、ジョシュアの師匠で荒稼ぎした”シェルドン・マシュラー”、”アイランド”のCEO”マット・アンドレセン”、”アイランド”のライバル”アーキペラゴ”設立した”ジェリー・パットナム”などなど、ウォール街を変革させたビジネスマンからコンピュータオタクまで多彩なメンバーが登場してきます。

 結果的にはニューヨーク証券取引所は”アーキペラゴ”と合併し、ナスダックは”アイランド”のシステムに移行と、従来の人間中心のシステムから電子取引ネットワークにとって代わられちゃいます
 ”ニューヨーク証券取引所”って”1792年にウォール街のスズカケノキ(プラタナス)の下で売買手数料を定めた「すずかけ協定」に基づき、24の仲買人が始めた”ってことらしいですが、この24人だってまさか200数十年後にこんなことになるとは夢にもおもってなかったんでしょうなぁ・・

 本書では、こういった人間模様の話とともに技術的な話もたくさん出てきます。”アルゴリズム取引”って高速に高頻度と書きましたが、これが高性能のコンピュータでやらせるモンだからもうバカっ速い人間がやると10~20秒かかっていたものが、”アルゴリズム取引”だと1秒間に万単位のオーダーで取引され、ミリ秒単位で儲ける(損する)と、もう人間の手に負えるスピードをはるかに超えちゃってます
 2010年には”フラッシュ・クラッシュ”というのが発生したんですが、これは僅か数分でダウ平均株価が1000ドル以上近く下落、時価総額にして1兆ドル近くが吹っ飛んだというもの。”アルゴリズム取引”がこの原因の一つとして悪役になっちゃってます。最近ではこれにコロケーション(*5)だ、人工知能だ、ビックデータだが加わって、取引自体が人間の手を離れて(まあ、アルゴリズムは人間が創ってはいますが)コンピュータそのもの商売やってる感ありありです。

 でこうなると、だんだん儲からなくなってくるというか勝者だけ総取りあとはみんな負けというか。象徴的なのがインタラクティブ・ブローカーズのCEO”ピーターフィー”と”アンドレセン”との会話。アイランドを使い始めてすぐやめてしまったインタラクティブ社に理由を問う場面

  アンドレセン :われわれは競合他社よりも10倍速く、10倍安いのです
  ピーターフィー:マット、おっしゃる通りだ。アイランドは速いし安い
  アンドレセン :ではなぜ弊社を使わなくなられたんでしょうか
  ピーターフィー:それは、アイランドでは儲けられないからだ!

 つまり、アイランドで競合するトレーダーが巧みすぎて”互いを食い荒す鮫でいっぱい”になってしまっているということ。プロ同士でこれですから、ここに個人投資家=”無知な金”なんかが入ってっても餌扱いです。

 この本を読んでふと思い出したのが、”ウォー・ゲーム”という映画。1983年公開とまだ米ソ冷戦まっただなかの時代で、今見るとコンピュータの描写なんかノスタルジーを感じちゃいますが(音響カプラーなんて今の若い人わかるかなぁ?(*6))、内容的には今でも示唆に富んでます。
 ネタバレになりますが、デビッドが”ジョシュア”の始めたリアルな核戦争ゲームを止めるため、あるゲームをすることを提案。ジョシュアはそのゲームをやって、それを元に核戦争ゲームを高速でシミュレーションします。その結果は

  WINNER:NONE(勝者 なし)

ディスプレイに表示されるジョシュアがたどり着いた結論

  A STRANGE GAME
  THE ONLY WINNING MOVE IS NOT TO PLAY
  HOW ABOUT A NICE GAME OF CHESS?

  奇妙なゲームです
  勝つための唯一の手は、プレイしないことです
  チェスをしませんか?

 ”アルゴリズム取引”の行き着く先、プロ同士がやってもみんな引き分け、勝者なしならそのうちやんなくなるかも。ましてや素人じゃ絶対勝てないゲームなんて誰もやらんでしょうな。
 そうなりゃマーケットそのものが成り立たなくなっちゃうし、経済にとってそれが良いとか思いませんが。これもコンピュータのもたらす未来の一つの形になるかもしれんなぁ・・・


《脚注》
(*1)ブラックマンデー(暗黒の月曜日)
、1987年に発生した、史上最大規模の世界的株価大暴落。ダウ平均株価は▲22.6%、日経平均株価は▲14.9%の大暴落となりました。
(*2)高橋是清翁記念公園
 高橋是清は金融恐慌や、アメリカの株価大暴落”ブラックサーズデー(暗黒の木曜日)”に端を発した世界恐慌に対応した内閣総理大臣、大蔵大臣。”二・二六事件”により1936年死亡。高橋是清翁記念公園は、高橋是清邸宅跡(一部)です
(*3)はしだのりひこの”プラタナスの枯葉舞う冬の道で~ 
 曲名は””(作詞 北山修、作曲 端田宣彦、唄 はしだのりひことシューベルツ)。1969年発表とフォークブーム初期の名曲です。こちらからどうぞ
(*4)ジョシュア・レヴィン
 ジョシュア・レヴィンは1967年生まれ。”ウォー・ゲーム”の公開は1983年ですので(ジョシュアが15~6歳)名前の一致はたぶん偶然だと思います
(*5)コロケーション
 取引所のシステムと取引を指示するシステムが離れると、間のネットワーク分だけ僅かに遅延が発生します。ですので、取引所のコンピュータの横に指示するシステムを置いてた方が有利になります。コロケーションってのは、取引所内に指示システムを置くという方法。”光の速度で飛び交うデータにどんだけ差があんねん?!”と思っちゃいますが、それぐらいシビアあんだそうです
(*6)音響カプラーなんて今の若い人わかるかなぁ?
 パソコンをネットにつなげるには今ならLAN接続ですが、当時は音声回線しかなかったので電話の受話器を”音響カプラー”にパカッとはめて音声(アナログ)をデジタルデータに変換するという方式をとってました。初期のころの通信速度は300bps程度(メガでもギガでもないです。1秒間におおむね30数文字ぐらい送れる速度)

技術革新の導入に、日本型企業のほうが向いている時代もありました(メディアの興亡/鉛版)

 ども、これでもコンピュータ企業に30年以上勤めているおぢさん、たいちろ~です(これは本当)
 仕事柄というか、個人的にも好きなので、コンピュータ開発史みたいなのをよく読みます。先日も人工知能開発プロジェクトの”IBM 奇跡の“ワトソン”プロジェクト(*1)”ってのを読みました。そういえば、昔もIBMの開発の苦労話を読んだような。確かコンピューターで新聞を造るてな話だったな~といろいろ調べてやっと思い出しました。
 ということで、今回ご紹介するのは今をさること半世紀前、世界で初めてコンピュータで新聞を発行するプロジェクトのお話”メディアの興亡”であります。


 写真はたいちろ~さんの撮影。朝日新聞社に展示されていた新聞印刷用の”鉛版”です

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【本】メディアの興亡(杉山隆男、文春文庫)
 日本IBMの営業マン伊藤でさえSF小説でも読まされているとコメントした”コンピュータで新聞を作る”というアイデア。このアイデアの実現に向けて日本経済新聞社の”ANNECS(アネックス)”プロジェクトは動き始める。しかしそれはIBMをして”アポロ宇宙計画に匹敵する難事業”と言わしめた苦難のはじまりだった・・
 コンピュータによる新聞作製システムの開発を縦軸に、新聞社を取り巻く経営を横軸に昭和の時代の新聞業界の内実を描いた第17回大宅壮一ノンフィクション賞受賞の傑作
【道具】鉛版(えんばん)
 活字で大組した紙面から”紙型(しけい)”を作って、これに鉛を流し込んで作ったのが”鉛版”。これを輪転機のかけて新聞を印刷します。
 コンピュータを使った電算写植システムをCTS(Computer Typesetting System又はCold Type System)と言いますが、ここで”Cold”が出てくるのは鉛版を熱で溶かす=HTS(Hot Type System)との対比から。


 最初にお断りしておきますが、もしこのブログを見てこの本を読んでみたる若い人には”なんで新聞をコンピュータで作成するのがこんなに大変なんだ!?”と相当な違和感があったと思います。だって紙面のレイアウトっぽいことをするなら数万円のパソコンにPowerがPoint使えばほとんど似たりよったりのことができそうな感。それをIBM本社や日経新聞経営陣を二分するような大論争とか社運をかけた投資だとか大騒ぎ。紹介のコピーがアポロ計画がど~したこ~したまで出てきて! みたいな

 なんでこんなことになるかというと、1970年ごろと80年ごろにかけてものすごい技術革新があったんですな。年表にしてみると

  1964年 IBMがメインフレームコンピュータ”System/360”販売
  1969年 アポロ11号により人類が月面に到達
  1971年 日本経済新聞社が”ANNECS”により新聞紙面を作成
  1978年 東芝が日本初の日本語ワープロ”JW-10”販売(630万円)
  1981年 IBMが現在のパソコンの元祖となる”IBM PC”販売
  1982年 NECがベストセラーPCの初代機”PC-9801”販売

1970年代はそれこそセキュリティ・空調完備の専用ルームに収まっていたコンピューターが、80年代には低価格・小型化して机の上にのっかるようになります。つまりコンピュータが”目の前にあって、使える”ようになったのが1980年代の半ばぐらいから。インターネットの前身であるパソコン通信の日本での普及が80年代の後半ぐらい、さらに下がって現在のユーザインタフェースを普及させた”Windows 3.1”の日本語版の販売が1993年。
 1970年代前半って、メインフレームの性能面でいうとCPUがファミコン並みって時代です(*1)。まあ、システム構成がぜんぜん違うのでファミコンで新聞ができるとは言いませんが。本書に出てくるANNECS用ディスプレイにいたっては、アメリカ国防総省がIBMに発注した防空用早期警戒ライン用高性能レーダー用の流用ってどすこいシロモノだったそうです。
 言ってみれば、1970年代ごろと80年代中盤以降のコンピュータへのイメージって”断絶”レベルで違ってんですなぁ

 本書がユニークなのは技術史的な側面とともに語られる新聞社の経営史。”ANNECSプロジェクト”を強力にプッシュしたのが当時の日経新聞社の圓城寺次郎社長なんですが、周りの役員はこぞって反対したんだとか。さらに仕事を奪われる労働者との確執なんかあったりして、当初のこのプロジェクトは覆面部隊でやらざると得なかったとか。今だったらやれイノベーションだ、ブレークスルーだと技術革新を推し進める経営者は多いでしょうが(実行できるかどうかは別にして)、コンピュータ黎明期では今ほど積極的ではなかったのかもしれませんね。
 これに朝日新聞、読売新聞、毎日新聞等ライバル紙の動向や思惑なんかがからんでて、そっちに興味のある人にも面白いかと。

 付け加えると、圓城寺次郎という人はコンピュータにため込んだ情報をビジネスにするデータバンク、今の”日経テレコン21(日経新聞データベースサービス)”を言いだした人でもあります。今の人だとインターネットで新聞検索当たり前だと言われるでしょうが、当時は、必要な情報は切り抜いてスクラップブックに貼ってとっとくのが普通で、過去の記事を調べるなら図書館の縮小版で探すのが普通のやり方。新聞社から見ても記事情報はそのまま捨てるのが普通の考え方だったようです。それを”記事データベース”としてビジネス化して一石二鳥を狙うなんてことを、インターネットどころかパソコン通信すら普及していなかった時代に勧めようって経営判断って、やっぱすごいです。

 ところで、このシステムってどうもIBM本社が考えていたほど欧米の新聞社には当時売れなかったんだとか。それをふまえてのコメント

  IBMのトップがアポロ計画になぞらえたほど
  現代のコンピュータ技術の粋を結集してつくりあげた最先端のCTSシステムは
  意外にも日本的な雇用関係に支えられた企業の中で、
  はじめて花を開かせることができたのだった

 まったく違う技術史と経営史が並行して語られる本書ですが、それが交わっているのが最終章に出てくるこの一言だと思います

 本書は1986年出版と今となっては30年近く前の本ですが、少し(でもないか)前の時代の歴史を振り返るには面白い本です


《脚注》
(*1)IBM 奇跡の“ワトソン”プロジェクト(スティーヴン・ベイカー、早川書房)
 アメリカのクイズ番組”ジョパディ”に出演し、人間のチャンピオンに勝つことを目的に、IBMのディビッド・フェルーチ率いるチームが結成された。このチームが開発した”ワトソン”ができあがり、人間に勝利するまでの経緯を描いたのが本書です。
 詳しくはこちらをどうぞ
(*2)メインフレームの性能面でいうとCPUがファミコン並みって時代です
 本書に登場する”IBM System/370モデル155”の同一ラインナップ ”IBM System/370モデル158-3”のMIPS(100万命令/秒)値は1.0MIPS(wikipediaより)、1983年販売のファミコンが0.78MIPS。ちなみに2014年発売の”PlayStation 4”が20万MIPS。いかに技術革新がすざまじいかわかります

今の人が考える桜=ソメイヨシノのメンタリティって、日本史レベルではかなり後天的なもののようです(桜が創った「日本」/ソメイヨシノ)

 ども、花より団子、団子より酒のおぢさん、たいちろ~です。
 花と言えば桜、ちょうどお花見まっさかりです。と言うと日本全国そんなイメージになっちゃいますがそれって違うんですな。出身が関西なんで桜と言えば”入学”って感じですが、以前暖冬の年に仙台の人から”今年は入学式に桜が咲く”ことがわざわざ話題になったことがありまして。聞いてみたら、だいたい仙台の桜の満開は入学式にやや遅れるのが多いんだそうです。
 まあ、春爛漫、入学式に卒業とイベントベースな”桜”ですが、死体が埋まっていたり(*1)、その下で死にたがったり(*2)、国の為に散っちゃったり(*3)と意外にネガティブなイメージもあったりなんかします。
 ということで、今回ご紹介するのはそんな桜(ソメイヨシノ)のお話”桜が創った「日本」 -ソメイヨシノ 起源への旅ー”であります


 写真はたいちろ~さんの撮影。東急田園都市線たまプラーザ駅前の桜です

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【本】桜が創った「日本」 -ソメイヨシノ 起源への旅ー(佐藤俊樹、岩波新書)
 日本を代表する”桜”ソメイヨシノ。日本のメンタリティのアイコンのように思ってますが、実は明治以降に造られたイメージだってのがけっこう驚き。植物学者でも文学者でもなく、社会学の先生という視点で書いたユニークな本です
【花】ソメイヨシノ(染井吉野)
 桜はバラ科モモ亜科スモモ属の落葉樹の総称。ソメイヨシノ(染井吉野)はエドヒガン系の桜とオオシマザクラの交配で生まれた日本産の園芸品種。登場は江戸末期で学術的に同定されたのは1890年(明治23年)と、意外と新種。
 上記のたまプラーザの桜は高度成長期に植えられたもののようです(*4)

、本書はソメイヨシノを題材に”桜”のイメージの変遷を追いかけた本とでもいいましょうか。いくつかをトリビアっぽくまとめてみました

〔ソメイヨシノはクローン〕
 割と最近話題に出てくるのに”ソメイヨシノはクローン”ってのがあります。”クローン”というとSFっぽいですが、ぶっちゃけ”接ぎ木”や”挿し木”のこと。遺伝子的には同じなのでクローンなんですが(*5)、人工的なイメージと桜って合わね~と思われそうですが、ソメイヨシノって実はかなり恣意的な存在だね~ってのがこのあと出てきます。 ちなみに、クローンだってのは知ってたんですがなんでかを知ったのは本書から。ソメイヨシノって自家不和合性という同じ樹のおしべとべしべの間では受粉できないという性質があるんで、他の樹を受粉させて種を造ると性質が変わってしまうんだそうです。そうなるとソメイヨシノの亜種になってしまうんで接ぎ木にするしかないんだとか。へぇ~~

〔昔の花見はもっと長い期間楽しめた〕
 ぱっと咲いてぱっと散るのが桜。花見の時期が短くなる理由です。まあ、間違っちゃいないんですが、これは植えられている桜が”ソメイヨシノ”という単一品種だから起こることで、複数の種類が植えられているととっかえひっかえ観れるので長い間花見が楽しめるんですが。実際、昔の上野公園の桜って複数品種が植えられていて花の期間は1ケ月ぐらいあったそうです。
 じゃあ、なんでソメイヨシノばっかになったかというと、特に戦後の復興期には接ぎ木しやすく大量に安価に提供できる、移植後の根付きもいい、成長が速く見栄えがするまでが短い(ソメイヨシノは10年、ヤマザクラなら20年)という経済的な理由が大きかったようです。実も蓋もない言い方ですが・・ へぇ~~

〔ソメイヨシノの”吉野”はブランディング〕
 実際のソメイヨシノの起源にはいくつか説があるようですが、染井村で造られたものだそうです。じゃあ”吉野”はっていうと、実は直接関係ないらしい。昔は桜の名所といえば”吉野の桜”だったんで、この名前をつけたとか。てか”吉野の桜”自体が一種のブランド化していて、当時の実際の吉野山は若木が多くてそんなにいい感じじゃなかったのに”フィクション”としての吉野のイメージが突っ走ってたみたい。まあ、今でもありそうなことです。 へぇ~~

〔日本といえば桜ってイメージは実は明治以降の話〕
 西行法師もそうですが、

  敷島の大和心を人問わば 朝日ににほふ山桜花(本居宣長)
  花は桜木 人は武士(一休宗純)

みたく、日本人は昔から桜好きっちゃ好きなんですが、戦後の日本人が考えるような戦争、ナショナリズムと結びついた桜のイメージって明治中期以降に造られたモンみたいです。まあ、ナショナリズム自体、明治20年代後半(1885年~)に拡大したものと言えそうで、新たな日本の国民統合の象徴として”桜”がはまったと結び付けられなくもないみたい。靖国神社の境内に桜の森が出現するのもこの頃だそうです。
 ”みごと散りましょ、国の為”的メンタリティーでいうと

  一樹の花よりは、全山の集合体を以て優れりとなす
  此の如きは日本民族の長処が個人主義にあらずして
  むしろ団体的活動にあるを表現してあまりありというべきなり

 この文書が国定教科書”高等小學讀本”に載ったのは大正2年(1913年)とまだ先の話。だいたい、町中の桜自体が元々は一本桜で、ソメイヨシノの単品集中型に変わっていったのは大正から昭和にかけてのことなので、今の人が考えるような桜=ソメイヨシノのメンタリティってのは、日本史レベルでいうとかなり後天的なもののようです。 へぇ~~

 本書を読んでの感想ですが、今の人が思い浮かべる桜=ソメイヨシノのイメージって考えているほど古いモンではなくって、けっこう新しいものだってこと。ソメイヨシノが普及したのだって実は伝統的ってより新しさって側面もあったようです。常識っぽく思えるものでもいろいろひも解いてくと似て非なるもんだったりするんですなぁ
 まあ、そんな面倒くさいこと考えるのはヤボ、桜の樹の下で酒でも呑みながら花見にいそしむほうが粋なのかもしれませんけどね

《脚注》
(*1)死体が埋まっていたり
  桜の樹の下には屍体が埋まつてゐる!
   ”櫻の樹の下には”(梶井基次郎、青空文庫他)より
(*2)その下で死にたがったり
  ねかはくは 花のしたにて 春しなん そのきさらきの もちつきのころ
   ”山家集”(西行、岩波文庫)
(*3)国の為に散っちゃったり
  貴様と俺とは 同期の桜 同じ兵学校の 庭に咲く
  咲いた花なら 散るのは覚悟 みごと散りましょ 国のため

   ”同期の桜”(作曲 大村能章、原詞 西條八十)
(*4)たまプラーザの桜は高度成長期に植えられたもののようです
 東急田園都市線”たまプラーザ駅”の開業が1966年(昭和41年)、桜が植えられた桜は45年目で再整備するとのことですので植えられたのは1970年頃(推定樹齢50年)のようです。
 世は高度成長期、大阪万博(EXPO’70)のシンボルマークに、日本館を上から見た形と、桜が戦後日本の頂点を極めた時代でもあります。
(*5)遺伝子的には同じなのでクローンなんですが
 接木雑種といって、接ぎ木でも新種が生まれることもあるそうです。

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