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日本経済の狂騒 終わりの始まりの物語。あるいはいけにえの羊は誰だったのか?(検証 バブル失政/ミツマタ)

 ども、バブルの時にもな~んもいいことなかったおぢさん、たいちろ~です。
 この本を読んでる時に、たまたまFRB(連邦準備制度理事会)から”ゼロ金利政策を解除してFFレート(*1)を0~0.25%の水準から0.25~0.5%へ利上げする”という発表がありました。発表は”M”を彷彿とさせるイエレン議長(*2)からですが、なんとこの政策、リーマン・ショックの対応で2008年12月からと7年間もやってたんですな~ 当時のFRB議長はベン・バーナンキでしたねぇ 金利政策っていうのは経済の根幹をなす指標の一つなんでそんなに簡単にホイホイ上げたり下げたりできるモンではなさそうですが。
 ということで今回ご紹介するのはかつて日本でこれを決めるのにドタバタやっていたという話”検証 バブル失政”であります。

 写真はたいちろ~さんの撮影。仙台天守閣自然公園のミツマタです

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【本】検証 バブル失政(軽部謙介、岩波書店)
 日本のバブルはなぜ発生したのかを、国際協調的な円高ドル安を決定した1985年のプラザ合意から史上最高値の株価38,915円を付けた翌年の1990年までを、主に日本銀行側から追いかけたドキュメント。
 まさにバブルの発生から崩壊し始めたころまでの”終わりの始まり”の物語です。
【花】ミツマタ(三椏、三又)
 ジンチョウゲ科ミツマタ属の落葉低木。枝が必ず三つに分岐(三又)するのが特徴。
 和紙の原料になる樹で、日本の紙幣にも使用されているそうです

 ちょっと古い話なのでおさらいすると、この話のころには”公定歩合”ってのがありまして、これは簡単にいうと銀行の金利の基準になるもので、これが下がるとお金が借りやすくなるので経済が活性化し、上がるとより稼がないと金利が払えないので行きすぎた景気を下げる効果があります(逆に預金金利がさがるので庶民が預金をするうまみがなくなります)。ご年配の方は社会の授業で習ったはずですが、覚えてますか??
 本書のお話のスタートであるプラザ合意のころの公定歩合は5%。ちなみに普通預金金利の推移を見ると1980年が最も高く2.75%プラザ合意の1985年で1.5%、その後下がってバブルの1990年で2.08%現在はというと0.02~0.03%程度。隔世の感がありますな~~ 3億円の宝くじを当てれば金利だけで遊んで暮らせる時代が懐かしいです(*3)。

 で、公定歩合を上げ下げするのは日本銀行なわけですが今回のお話は日銀の意思決定にからんでくる”大蔵省(*4)”だの”政治家”だのに対し、どのように処して行ったか、それがバブルにどのような影響を与えたか(与えなかったのか)を検証するという内容です。
 この手の話の常ですが、あとから振り返ればど~とでも言えるんですが、当時の当事者から見ればコトはそんなに簡単ではないというのが本書を読むとよくわかります。おおざっぱにまとめるとこんな感じ。

〔ステークホルダーがたくさんいるけどオールマイティのカードを持ってる人はいない〕
 本書だと”日本銀行”、”大蔵省”、”政治家”。基本姿勢は”経済の安定”と同じ(のはず)ですが、実態はまるで三又状態です
 一的義に公定歩合の決定をするのは日銀ですが、ここの役割は通貨(物価)/金融の安定にあってその線にそって公定歩合を操作するんですが、決定には大蔵省の了解が必要。”大蔵省”は国家財政の健全化に責任があるので日銀の言う通りにはならないし、政治の影響をモロに受けてる。”政治家主導”みたいなんでパワーのありそなのが政治家ですが、その陰にはアメリカの圧力(バブル当時のFRB議長は”マエストロ”の名をほしいままにしたグリーンスパン)があったりするんし、何と言っても選挙に当選しなきゃただの人になっちゃうんで(*5)大衆の嫌がるような政策はやりにくい
 ことほどさように、三者三様にいろいろ考えたり調整したりタイミングを見計らったりしてるうちに時期を逸しちゃったりするんだな~ ってのがわかります。
 で、コトの決着をつけるためにはだれかがワリを喰うはめになります。本書の中でアメリカに円高阻止を飲ませるために日銀に利下げを迫る雰囲気の中

  これではまるで日銀がいけにえのヒツジではないか

と言う反発の声が出たって話がでてきます。でもホントのヒツジさんは未だに目の検査以下の預金金利しかついてない庶民じゃないのかな~(*6)

〔要求は矛盾する、しかもいいとこ取りで〕
 プラザ合意の背景にあるのが”国際協調的な円高ドル安”への誘導なんですが、これに伴って起こったのが円高不況。政治家は財界からなんとかしろと言われ、アメリカからは金利を下げろと言われ、日銀は株価や地価が上昇局面で物価上昇からインフレ懸念があり公定歩合を下げたくないと考え・・・
 ソフトランディングと言えば聞こえはいいですが、要はいいとこどりの結果を出せと
 バブルの本を読むとだいたい悪者になってるのが”総量規制”。バブル期の特徴だった”地下高騰”で家の価格が庶民の手の届かないとこまで行っちゃう一方、土地ころがしで濡れてに泡(まさにバブル)の大儲けをしてる人もいる。で、”この金はどこから出てくるんだ”というとプラザ合意で金余り・貸出先に困っていた銀行だと。で、銀行からの資金を絞ればなんとかなるだろうといのが”総量規制”というやつです。”総量規制”自体は”不動産関連の貸出の伸び率を全体(総量)以下に抑えるように”と言ってるだけで別に”貸すな”といってるわけではないんですがBIS規制や自由化うんぬんもあって(*7)銀行悪役論みたいになっちゃってます。実際に品行方正だったかは別にして。
 総量規制をするかしないかは大蔵省の所管のようですが別にやりたかったわけではないようですが政治の圧力でやらざるをえない状態になったとのこと。この手の政策で難しいのは総論ではなりたっても各論レベルでコントロールするのが難しいみたいで、時あたかも坂道を転がり落ち始めたバブルと重なって急ブレーキ扱いになっちゃいました。まあ、どっちがニワトリでどっちが卵かってとこはありますが。

〔事前にすべてを予見することはできない〕
 バブルの話になると必ずでてくるのが”こんなになるとは思わなかった”。神ならぬ身の人間のやることですから、全てを予見することはできないでしょうし、よしんばできたとしてもそれで最善の対応をとることができたかどうかというとそれもまた別。それが国家を代表するようなエリート集団であってもです。
 本書のサブタイトルは”エリートたちはなぜ誤ったのか”ですが、それに対して本書のしめくくりの言葉がこれ

  日本の「ベスト・アンド・ブライテスト」の頂点に立ったものが不明を恥じるほど
  自体は予見不可能だったのか。
  あるいは、日本の「ベスト・アンド・ブライテスト」は自体の進展を予見できなくても
  頂点に立てる程度のものかのか
  この問いが、これからも繰り返される可能性は小さくない

 本書を読んでると、冒頭に書いたFRBの金利政策の変更の裏にアメリカ、いや世界と日本の政治・政策の裏側でなんだかごちゃごちゃやってるんだろ~な~って気がします。まあ、バブルにしろリーマン・ショックにしろあんだけ痛い目あったんだから、今度はもうちっと学習してうまくやってくれないかな~ 頭のいい人達が集まってんだからとか思っちゃいますけどね

《脚注》
(*1)FFレート
 FRBか決定する短期金融市場での政策金利”フェデラル・ファンド・レート(Federal funds rate)”の略。”ファイナル・ファンタジー”ではありません。念のため
(*2)”M”を彷彿とさせるイエレン議長
 ”M”は007シリーズに登場するジェームズ・ボンドの上官.ここで言ってるのは”ゴールデンアイ”から”スカイフォール”までを演じた女優ジュディ・デンチのこと。銀髪でショートカット、角顔ってなんとなく似てる気するんですけど。
(*3)3億円の宝くじを当てれば遊んで暮らせる時代~
 バブル期の1991年の1,000万円以上1年定期の金利が6.39%。3億円だと単純計算で金利だけで2,000万円近く、普通預金の2.08%でも600万円近くになります、はい。
(*4)大蔵省
 国家予算や税、金融機関の監督など圧倒的なパワーを誇った官庁の中の官庁。接待汚職事件(俗に言うノーパンしゃぶしゃぶ接待)なんかがあって、1998年に国家予算や税をつかさどる”財務省”と金融の円滑化をつかさどる”金融監督庁(現在の金融庁)”に分割されました。あれからもう15年近くになるんだな~
(*5)選挙に当選しなきゃただの人になっちゃうんで
  猿は木から落ちても猿だが、代議士は選挙に落ちればただの人だ
 日本自由党幹事長、自民党副総裁などを歴任した昭和の大政治家”大野伴睦”の言葉。。ポピュリズムを表すのにこれほどの名言はないかと思います
(*6)目の検査以下の預金金利しかついてない~
 かつて2%以下しか金利がつかないことを揶揄して”目の検査”と言ってましたが、いまではそれさえ夢の世界です。視力0.02なんて視覚障害として身体障害者手帳が給付される水準です。
(*7)BIS規制や自由化うんぬんもあって
 当時の日本の銀行は過小資本で巨額の貸し付けを海外に行っていたのでこれをなんとかしようとしたのが”BIS規制”の背景。で、いままで行政が指導していた貸出量を”資本が増えればその分貸出量が増やせる”といった自由化の論理が歯止めのかからなかった理由のひとつにあるようです

 

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