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2013年7月7日 - 2013年7月13日

ブログを書くにはけっこう参考になる本です(小田嶋隆のコラム道/円柱)

 ども、かれこれ4年半近くブロガーやってるおぢさん、たいちろ~です。
 私のブログは一応花と本、DVDなんかを扱っているので形式から言うと”書評”ってことになります。まあ、内容が伴っているかどうかは別ですが。
 本来、ブログってのは”Weblog”つまりWeb上の日誌(*1)といった意味ですが、日誌としてブログを書いてる人ってどれぐらいの割合いるんでしょうね。身辺雑感を書いている人もいれば、私みたいにテーマを決めてる人もいるし、私の奥様のように作品紹介なんかを書いている人もいます(*2)。まあ、実際のジャンルとしては随筆、エッセイ、コラムなんかに入るんじゃじゃないでしょうか。
 ということで、今回ご紹介するのは名コラムニスト小田嶋隆による”小田嶋隆のコラム道”であります。


 写真は~たいちろさんの撮影。等々力緑地の円柱です。

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【本】小田嶋隆のコラム道(小田嶋隆 ミシマ社)
 辛口コラムニスト小田嶋隆によるブログの書き方のノウハウ本、ってな訳がなく、コツをコラム化して並べてみたらなんかコツみたいなもんが出てくるんじゃないかな?という実にい~かげんなコンセプトの本。で見つからなかったら

 「見つけようと努力することのうちにコラムが宿っている」とか言って逃げるのだよ
 そういう時には
 言い逃げ。あるいは言い逃げの弁解を発案せねばならない状況そのものが
 コラム的な枠組みとして有効なのだと言い換えても良い

と、第一回目ですでに言いきっています。
このあたりの発想こそが、小田嶋隆の持ち味ではないかと。
【建物】円柱
 文字通り円形の柱のこと。古代ギリシャ・ローマの建築物の石の円柱がコラム(column)です。世界史でドーリア式、イオニア式、コリント式とか習いましたが覚えてますか? 写真の柱はたぶんドーリア式の柱です。


 話はいきなり脱線しますが、随筆、エッセイ、コラムの違いってなんでしょうか?
 実はどうもあんまり違わないみたいで、随筆の英訳がエッセイ(essay)。コラムはニュース以外の記事で枠=円柱に囲まれたもの。なので朝日新聞の天声人語はエッセイではなくコラム扱い。でも実際はエッセイの短いのがコラムと書いてあったり、エッセイはコラムに含まれていたりとけっこういいかげん。むしろイメージみたいなモンでこれらを書く作家と重ね合わせるとわかりやすいかも。 

  随筆家   :清少納言、吉田兼好、夏目漱石、寺田寅彦、司馬?太郎
  エッセイスト:北杜夫、團伊玖磨、椎名誠、阿川佐和子
(*3)
  コラムニスト:夏目房之介、ナンシー関、マツコ・デラックス、泉麻人

てな、感じでしょうか。全員をフォローしてるわけではないですけど、どうも

  随筆家 > エッセイスト >コラムニスト

の順で文学の香りがするような。寺山修司、五木寛之、渡辺淳一だと若い時はエッセイストで年とってからだと随筆家ってとこでしょうか。まあ、”日本の名随筆”ってシリーズはあるけど、”名コラム”ってのはないからなぁ。

 ということで見ると、素人の書いてるブログってやっぱりコラムでしょうかね。と考えると、本書はブログを書くにはけっこう参考になります。初手から役にたたないみたいな書き方してますけど。で、いくつか役にたちそうなのをピックアップ

〔書き出しは大した問題ではない〕
 文章の書き出しに悩む作家みたいな話がよくありますが、これは無駄。

  初動がどんな言葉でスータートしていたかなんてことは
  読者が文章のリズムの中に引き込まれる頃には、忘れられている
  結論を先に述べるなら、書き出しに芸はいらないのである

 と小田嶋隆は切って捨ててますが、まあ、このあたりって国語教育の弊害なんでしょうか。”国境の長いトンネルを抜けると雪国であった”(川端康成 ”雪国”)とか、”吾輩は猫である。名前はまだ無い。(夏目 漱石 ”吾輩は猫である”)とか”月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也”(松尾芭蕉 ”おくのほそ道”)とか、数百ページに及ぶ原作から教科書で取り上げるのがほんの数ページぐらいでしかも頭出しのとこしかやんないからさも重要に思えるけど、実際は作品全体を読んでどう感じるかでしょうね、そんなヒマないかもしんないけど。
 つかみが重要なのはわかりますが、書き出しに悩むぐらいなら、どんどん書いてみることが必要だと言ってます。

〔結末は真剣に取り組む〕
 上記とは逆に結末は背中にいやな汗をかくぐらいに真剣に取り組めといってます。

  フィギュアスケートや新体操のような採点競技では、
  結末が非常に大きな位置を占める
  途中がグダグダでも、細部がいいかげんでも、
  最後の着地がピタリと決まっていれば、良い点がつく

   (中略)
  ミスが目立つ悲惨な内容の演技でも、クルリと回ってピタリと着地してみせると
  素人はコロリとダマされる

 まあ、熟練した採点者はごまかせないようですが、しょせんブログを書いてる人も読んでる人も市井の素人、読後の印象重視ならエンドに力入れた方が効果的みたいです。

〔推敲は過度にやらない。やるならアタマが冷えてから〕
 ワープロのない時代の作家の手書き原稿を見ると、赤鉛筆でぐちゃぐちゃ修正が入ってます。まあ、プロなのでそれなりのクオリティが必要なんでしょうが、過度にやりすぎると前に進めなくなります。プロの場合だと”〆切”という物理的な制約があるので強制的にぶち切ってしまう手もありますが、素人のブロガーブとしては別に〆切があるわけじゃないんではまりだすと無限修正地獄の泥沼。ブログとはいえアクセス数を上げるにはそれなりに継続して書き続ける必要があるようなので、”とにかく週に1回は更新する”とか決めるなど工夫が必要かも。
 かといって誤字脱字だらけ、論理矛盾も甚だしいってのは読んでいただく人に失礼なので見直しは必要。やるなら時間を置いて頭が冷えてから。なぜなら読むための眼は”批判性”であり、書くためのアタマは”独創性”で別物だし、ノリで書いてる頭を冷やすには時間を空けた方がいいから。

  有効な推敲のタイミングは、「アタマが冷えてから」が標準になる。
  昔からの格言にある通り「恋文は翌朝読みなおせ」ということだ。

 考えてみれば、その場のノリでつぶやくツイッターや勢いで書いちゃうブログが炎上しちゃうってのはこのへんに原因があるのかも。ちなみにブログは(下書きはするものの)さらっと読み返すぐらいですが、会社のビジネス文書とかプレゼンテーション資料なんかはこれをやるようにしています。早く会社から帰りたいだけなんですけど。

 ”ブログなんて所詮は素人の駄文。そこまで気にすることはない”と言ってしまえばそれまでですが、人様に時間をさいてもらって読んでいただく以上は最低限のクリティはキープしたいもの。それに誰が読んでるかは分からないし、品性を疑われるようなのを書くのは本末転倒というものでしょう(*4)。

 ところで、私のブログに多大な影響を与えた人の一人がこの小田嶋隆。
 ”我が心はICにあらず(*5)”からハマリました。

  というのも、「文章の書き方」は「ものの考え方」や
  「人生の生き方」を含んだ壮大なテーマで~

とあるように、ブログってのもものの考え方が色濃く反映されます。ですから私のブログがコンジョ曲がりでひねくれているのの責任の一端はこの人にあるということにしといてください・・・


《脚注》
(*1)日誌
 ブログを”日記”と言ってたこともありますが、日記は出来事や感想などの記録で、日は出来事の記録に重点が置かれると微妙にニュアンスが違います。まあ、航海日誌とは言いますが航海日記とはいわないですよね。なんだか夏休みの宿題みたくなっちゃうし。
(*2)私の奥様のように作品紹介なんかを書いている人もいます
 私の奥様はフラワークラフト作家というものをやっております。
 最初はブログをつくるのを嫌がってましたが、今ではほとんど毎日更新するというヘビーなブロガーになっちゃいました。ご興味のある方はこちらをどうぞ。
(*3)北杜夫、團伊玖磨、椎名誠、阿川佐和子
 現役の椎名誠、阿川佐和子はともかく今の若い人に北杜夫、團伊玖磨とか分かるかなぁ 北杜夫の”どくとるマンボウシリーズ”とか、團伊玖磨の”パイプのけむり”とかはメジャーだったんだけど。先日、若い人から寺山修司を知らないと言われた時はガクゼンとしましたが・・・
(*4)品性を疑われるようなのを書くのは~
 ツイッターに繰り返し「暴言」を書き込んでいた復興庁の水野靖久参事官が更迭されるという事件がありましたが、これはその典型例。総務庁から船橋市副市長をへて参事官へと華麗なキャリアの持ち主ですが、この一件で人生棒に振った様なモンです。
(*5)我が心はICにあらず(光文社文庫)
 1980年代後半のパソコンシーンなどを扱ったコラム集。さすがに扱ってるネタはオールデイズですが今読んでも切れ味抜群です。すでに絶版ですが、古書店とかで見つけたら買いの1冊。

きょうだって、あしただったのよ 一度は(ジェニーの肖像/スミレ)

 ども、決してロリコンではないおぢさん、たいちろ~です。
 先日、ロバート・ヤングの”たんぽぽ娘”(*1)をご紹介した時に”ジェニーの肖像”の話を書いたんですが、学生時代に読んだっきりなんで久々に再読してみました。
 最初に読んだのは早川文庫だったんで、SFだっかたかな~と思ってたんですが、今回は偕成社文庫だったんで予断を持たずの再読だったんですが、ぜんぜんSF関係ない話でしたね~~ ということで、今回は”ジェニーの肖像”のご紹介であります。


 写真は~たいちろさんの撮影。近所のすみれです。

 

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【本】ジェニーの肖像(ロバート・ネイサン ハヤカワ文庫他)
 貧しい青年画家”イーベン”は、夕暮れの公園で、一人の少女に出会った。数日後に再会したとき、彼女はなぜか、数年を経たかのように成長していた。そして、イーベンとジェニーの時を超えた恋が始まる・・・
【花】スミレ
 スミレ科スミレ属の植物の総称。スミレ属の中で見た目が豪華で花が大きなもの(5cm以上)のものがパンジー、かわいらしく小ぶりなもの(4cm以下)がヴィオラ、ああ、ややこしい。
 写真は”虹色スミレ with リカ”というリカちゃん人形(*3)とコラボした種類。そういや”スミレちゃん(*2)”て美少女キャラもいましたねぇ。


 さて、”ジェニーの肖像”ですが、前回の”たんぽぽ娘”と同じく再開するたにび成長する少女がヒロインなんですが、昔読んだ印象(うろおぼえですが)とずいぶん違うんですね。
 ジェニーが登場するシーンごとの年齢を並べると

 1回目 石けりをするおしゃま(死語?)な少女。
     足し算を勉強し始めたとこなので、小学校低学年ぐらい?
 2回目 もうちょっと大きくなったホットチョコレート好きな少女。
     フランス語を勉強してるといっているので、小学校高学年ぐらい?
 3回目 寄宿学校ではなく修道院に通うことになると言ってので中学入学前ぐらい。
 4回目 この時のにジェニーを描いた”黒衣の少女”に10代半ばを出ていないと
     言ってるので、中学後半ぐらいかな
 5回目 イーベンが子供っぽさがまるきなくなって、たくましいおとめの域に
     達してるといってるので高校生ぐらいでしょうか
 6回目 セーラー服をきてといってるので、高校生ぐらいかな?
 7回目 イーベンは”もう若いレディーでいっそう成熟して見えた”と言ってます。
     ちゃんとキスもできるし。フランス留学に行くぐらいなので大学生?
     イーベンの大家さんがジェニーお泊りに反対してるのでそれぐらいかな(*4)
 最後  嵐の中でイーベンが抱え上げられないぐらい大きくなってます。
     愛の告白もしてるし。
     時間が追いついてるとしたら20代の半ばぐらい

 この変化がイーベンの時間では1年経ってないんですね。初めて会ったのが冬で、最後に会ったのが翌年の秋。
 で、思うに学生時代に読んだ時にはジェニーに年齢が近くてイーベンが大人(28歳)だったのが、今やこっちが突き抜けておぢさん世代。だから目線がもうお父さんだったりするんですかね、駆け抜けるように成長する娘を見るような・・・

 3回目にジェニーに会った時のイーベンの感想で

   わたしはもはや彼女を子供のようには思わなかった
   わたしには彼女が、いくつというはっきりした年齢を持たない時期
   この少女はもはや若い女だとも、この若い女はまだ少女とはいいきれない
   あの中間の年ごろにあるような気がした

 といってますが、こういった女の子の微妙な時期を恋人のためにそんなに急がなくてもいいのにって思うのはお父さん感覚なんでしょうか・・

 ジェニーとイーベンの会話

  ジェニー:そしたらやがては、わたしだって、あなたぐらいの年ごろになるでしょ
  イーベン:ぼくは二十八だよ、ジェニー
  ジェニー:知ってるわ。わたしだって、やがてそうなるのよ・・・そうしたら

       (中略)
  イーベン:それからだって、まだまだ長い時間がたたなくちゃ
  ジェニー:わたし、いそぐわ。いそがなくちゃならないわね

 まあ、私自身は娘にとっとと嫁に行け派なんですが(*5)、それでもねぇ・・・

 この小説はテーマがテーマだけに時に関する話題がでてきます。
 気に入っている場面をいくつか

 デートの記念にジェニーはスミレの花束を贈るんですが、イーベンはそれを紙ばさみにいれてもってるってエピソードが出てきます。

  わたしはジェニーのあのスミレの花を、
  ポケットの紙ばさみにいれてもっていた
  それはいまではもはやしおれていたが、
  それにしてもいくらかのかおりをまだのこしていた

時間のうつろいを感じさせるエピソードですが、これから花ひらいて行くジェニーに対して、しおれていく一方のイーベンにおじさんのイメージを重ねてるってのはひがみでしょうか。
 これに対し、時間にアクティブなのはジェニー

  イーベン:しかし、あすというのは、いったいいつだい、ジェニー?
  ジェニー:そんなことが気になるの?
       それはいつでもよ。きょうだって、あしただったのよーー 一度

年のネタで突っ込まれた時に使ってみたい名言です。

 こういった多感な美少女みたいな話を書くと、ロリコンだなんだと後ろ指さされそうですが、決してそんなことありませんから。
 ”ジェニーの肖像”は素直な気持ちで読んでいただきたい名作です。


《脚注》
(*1)たんぽぽ娘(ロバート・F・ヤング、角川文庫他)
 休暇中の森の中で44歳の”ランドルフ”は森の中でたんぽぽ色の髪をした21歳の女性”ジュリー”と出会う。彼女は240年先の未来からやってきたという。
 何度かの出会いでジュリーに魅せられていくランドルフ。やがてジュリーはあと1回しかタイムトラベルできないと言う。最後に彼女が時間を超えた先とは・・・
 詳しくはこちらをどうぞ
(*2)リカちゃん人形
 タカラトミーから販売されている日本を代表する着せ替え人形。1967年の発売開始からほぼ半世紀を迎えようという超ロングセラーです。
 ちなみに同じくタカラトミーからバービー人形をジャパナイズして販売されたのが”ジェニーちゃん人形”。
(*3)スミレちゃん
 魔法少女シリーズの元祖”魔法使いサリー”(横山光輝)に登場する美少女。ある年齢層のおぢさんにとってはお嬢様キャラを決定づけた憧れの女の子でした。
(*4)ジェニーお泊りに反対してるのでそれぐらいかな
 この作品が書かれたのは1939年と第二次世界大戦の始まる頃ですんで、性的なモラルに関する規範が現代とでんでん違います。まあ、今だったら見て見ぬフリをするんでしょうけどね。
(*5)とっとと嫁に行け派なんですが
 最近の娘さんに”いつまでも家にいていいんだよ”とかいうと、ホントにいつまでもいちゃいそうなので・・・
 ちょっとぐらいプレッシャーかけといたほうがいいかとは思ってはいるんですが・・

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