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2013年6月16日 - 2013年6月22日

意外とメモリの開発ってもの重要な課題だったようです(チューリングの大聖堂/記憶装置)

 ども、一応コンピュータの会社でお仕事をしているおぢさん、たいちろ~です。
 仕事がらコンピュータ関係の本も読むんですが、その中にはコンピュータの歴史モノもあるんですが、これってけっこう面白いんですね。現代でこそビックビジネスになってはいますが、現在のコンピュータの元祖であるENIAC(エニアック)が初めて動いたのが1946年と第二次世界大戦後の話。まだ70年とたっていない機械です。
 ということで、今回ご紹介するのはコンピュータの黎明期の話”チューリングの大聖堂”であります。


Photo
 写真はパンチカード。”MOONDIFT”のHPに掲載されていた、「jCquard」の紹介ページより
 パンチカードをWebベースで再現するライブラリだそうですが、一体何に使うんだろう、これ?


【本】チューリングの大聖堂(ジョージ・ダイソン、早川書房)
 サブタイトルは”コンピュータの創造とデジタル世界の到来”とあるように数学者チューリングの構想した”チューリングマシン”をフォン・ノイマンが”プログラム内蔵型コンピュータ”として開発した時代の話。
 この著者はあのダイソン環天体(*1)の提唱者フリーマン・ダイソンの息子さんです。
【道具】記憶装置
 コンピュータでは情報(プログラム、データ)を格納しておく装置を指します。
 主にアクセス(読み書き速度)は早いが高価なメモリ(主記憶装置)と、アクセスは遅いが大容量で価格の安いストレージ(補助記憶装置)、DVDやフロッピーディスク、磁気テープ(*2)のような取り外し可能なリムーバブルメディア(記憶媒体)などがあります。


 まあ、どんな科学技術もそうですが、理論的に分かっている(できる)こととそれを実態として形にする(動かす、利用する)ことの間には大きな差があります。本書では

  デジタル・コンピュータの歴史は、
  ライプニッツに率いられた預言者たちが論理を提供した旧約聖書時代と、
  フォン・ノイマンに率いられた預言者たちが機械を製作した新約聖書時代に
  分けられる。
  アラン・チューリングはその中間に登場した。

という言い方をしていますが、うまい表現。実際に本書の中でも数学者(論理を研究する人)と技術者(コンピュータを作成した人)にはけっこう確執があったようですし。
 コンピュータを開発するというようなビックプロジェクトには、明確なビジョンを提供し、その実現に必要なリソース(人、カネ)を引っ張ってくるリーダーシップのある人間が必要なわけで、この時代にそれを担った一人が本書の主人公であるフォン・ノイマン。本書はフォン・ノイマンの伝記という側面もあります。

 ま、650ページ近い大書なのでここでは書ききれませんが、ひとつ面白かったのを選ぶとメモリの話。実際に機械を組み立てるとなると理論通りにいかないこともままありますが、周辺技術が理論を実現できるかってのもその中にあります。コンピュータの話となるとCPUやOSなんかが多いんですが、意外とメモリ(主記憶装置やストレージ)の開発ってもの重要な課題だったようです。

 話は飛びますが、私(正確には父親)が初めて買ったパソコンはNECの”PC8001mkⅡ(発売は1983年)。内臓RAMが64キロバイト。64メガバイトじゃありませんぜ、若者たちよ! これでも確か”大容量!!”と言ってたような・・・
 当時はパーソナルユースではBASICという言語が主流でしたが、この言語だとメモリ容量の半分ぐらいしか使えないので実際に使えるのは32キロバイト分。ちょっと気合を入れたプログラムを書くとすぐに”out of memory(メモリー不足)”が!
 ストレージはというとカセットテープレコーダーで、たかが32キロバイトのプログラムを読み込むのに数分かかってました。2台目に買ったFM77では320キロバイトのフロッピィディスドライブ(*3)が内臓されてて”おおっ、早いぞ、ランダムアクセスができるぞ!”と感動したものです。
 まあ、おぢさんの昔話はこれぐらいにしますが、1980年代半ばのパソコンシーンってのはこんなもんだったってことです。で、本書に登場する”ENIAC”は開発者のモークリーいわく

  ENIACには、高速ストレージは700ビットもなかった

で、”ENIAC”の限界はスピードではなくストレージにあっんだそうです。フォン・ノイマンはこんな例示をあげています

  20人の人間を連れてきて、一つの部屋のなかに三年間閉じ込めて、
  二十台の卓上乗算機を与えるとしましょう。
  そして、こんなルールを設けます
   『この三年間の計算のあいだ、20人分全員の分を合わせて、1ページを超えて
    書いてあってはならない』
  彼らは、書いたものを好きなだけ消していいし、それをまた復活させてもいい。
  しかし、任意の瞬間に、1ページしか書いてあってはならないのです。
  どこにネックがあるかは明白でしょう

 いや~、これを読んだ時にWindows3.1のころの仮想メモリを思い出しましたね。当時、プログラムはどんどん大きくなってくんですが、メモリ空間が足りない。で、メモリのわずかな余りの部分をストレージ上のデータと入れ替え(スワップ)することで見かけのメモリ空間を拡大しようというもの。今ではほとんど語られることのない(使われてはいますが)技術ですが、あのころは最先端の話題でしたねぇ。

 で、”ENIAC”とその後継のコンピュータはこの環境で原爆や水爆作成の計算はわるわ、気象予測はやるわと現代ならスーパーコンピュータでやらせるようなことをやってるんですね、驚いたことに。
 そこでフォン・ノイマンが24時間の気象予測をやるのに考え出したのがパンチカードを読み書き用のメモリとして利用するという方法。この予測でパンチカードを約10万枚使ったとのこと。パンチカードの1枚読み書きに数秒かかったんだそうですが、それでも大容量のメモリを確保するには技術的な課題や紙のほうがコストが安いという事情もあっって、こんな方法を採用してました。
 まあ、技術者ってのは必要があればなんとかしちゃうもんなんですねぇ。

 すんごい昔の話をしているようですが、実は私が入社したころはまだこれをプログラムで使ってたお客さんがありまして(*4)、図書館カード(これも死語だなぁ)の入った棚みたいなのに保管されてました。8穴型の細い紙テープなんてのは1960年代後半から70年代のSFなんかだと直接読んでる人もいましたし(*5)。

 確かにコンピュータがこれだけコンパクトに安くなったってのはストレージの小型化の影響がでかいですねぇ。私が入社したころの汎用コンピュータのストレージが1台2.5ギガバイト(テラバイトではありません)の容量で、大きさが家庭用の大型冷蔵庫より一回り大きいようなシロモノ。つまり、容量だけでいえばDVD1枚の容量を確保するのにこんなにでかかったんですね。ノートパソコンのストレージですら1テラバイト入っちゃう今から見ると隔世の感があります。

  メモリー
  仰ぎ見て月を 思い出をたどり 歩いてゆけば
  出逢えるわ幸せの姿に 新しい命に
(*6)

 本書はそんな感じの本でしょうか。
 ちょっと重たい本ですが、コンピュータに興味のある方には楽しめるかと思います。


《脚注》
(*1)ダイソン環天体
 本書にも登場する理論物理学者フリーマン・ダイソンは、恒星を取り巻く“輪”を作って利用するという”ダイソン環天体”というのを考えました。ラリー・ニーヴンのSF”リングワールド”のモトネタです。
 ちなみに、新しい掃除機を作った人ではありません
(*2)磁気テープ
 一昔前のコンピュータだと円盤がカクカク回っている画像が出てきますが、あれです。まあ、可動部分のあまりないコンピュータでは絵になる部分なんでしょうが、現在はほとんど生産中止状態で保守も難しくなってます。現在でも企業間のデータのやりとりで使われれているんですが、早くネットワーク経由にして利用を終了させて欲しいってのがベンダの切なる願いです、はい。
(*3)320キロバイトのフロッピィディスドライブ
 320キロバイトってのは今でこそ音楽なら10数秒、映像なら1秒持たずに使い切る容量ですが、当時としてはめちゃくちゃ大容量。まあ、映像どころかやっと漢字が使えるようになって、デジタル写真でさえ夢の時代だからこれでも事足りてたんでしょうがね。
(*4)これをプログラムで使ってたお客さんがありまして
 さすがに触らせてはくれませんでしたが。パンチカードを使う場合の最優先事項は”絶対に落とすな!”。紙カードなので落として順番がめちゃくちゃになると並べなおすのがとっても大変だからです。
(*5)直接読んでる人もいましたし
 確かウルトラマンなんかでやってましてねぇ。
 入社したころに”本当に読めるんですか?”と聞いたところ”俺は読める”と答えた年配の社員の人がいましたし。
(*6)メモリー~
 ミュージカル”キャッツ”の代表曲”メモリー”であります
 曲を聞きたい方はこちらから。

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