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2013年6月

”時を超えて出逢う少女”ってモチーフってけっこう好きです

 ども、時をかけてないおぢさん、たいちろ~です。
 先日自宅で”私を月まで連れてって”を読んでるとこんなフレーズが出てきました。

  たんぽぽ色の髪を風におどらせ
  午後の日ざしを浴びて立つ少女の後ろ姿
  そして 長い美しい足のまわりで
  淡雪のようにひるがえる白いドレス

 おぉ、ロバート・ヤングの”たんぽぽ娘ではないか!!
 ”ビブリア古書堂の事件手帖(*1)”で登場してから一度読みたいと思ってましたが、こんなところにも出てたんですねぇ。
 ということで、今回は”時を超えて出逢う少女”のお話であります。


 写真は~たいちろさんの撮影。近所のタンポポです。

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【本】たんぽぽ娘(ロバート・F・ヤング 角川文庫他)
 休暇中の森の中で44歳の”ランドルフ”は森の中でたんぽぽ色の髪をした21歳の女性”ジュリー”と出会う。彼女は240年先の未来からやってきたという。
 何度かの出会いでジュリーに魅せられていくランドルフ。やがてジュリーはあと1回しかタイムトラベルできないと言う。最後に彼女が時間を超えた先とは・・・
【花】タンポポ
 キク科タンポポ属の総称。英語では”dandelion(ダンディライオン)”ですがモトはフランス語のライオンの歯(dent-de-lion)。ギザギザした葉がライオンの牙を連想させるからだとか。


 ”時を超えて出逢う少女”ってモチーフってけっこう好きです。使命があって時を超えるようなタイムトラベルものじゃなく、時を超えて繰り返し出逢うボーイ・ミーツ・ガールというお話が。ということで、そんなお話をいくつか。

〔たんぽぽ娘〕
 ストーリーは上記のとおりですが、今回ご紹介の中では一番中年のおぢさん向きかな?
 実はこの本、学生時代にコバルト文庫(*2)の”海外ロマンチックSF傑作選”で出てるのは知ってたんですが読み損ねてまして、”ビブリア古書堂の事件手帖”のネタで出てから読みたかったんですが、絶版になってて(そりゃ1980年の出版だし)、中古もとってもお高くて(*3)、図書館にもないんでどうしようかと思ってましたら”栞子さんの本棚 ビブリア古書堂セレクトブック(*4)”に掲載されてました。古い本がこういった形で読めるようになるってのはいいことですね。

  おとといはウサギを見て、きのうは鹿、きょうはあなたに会ったわ

 くり返し出てくるこのフレーズがお気に入りです。


〔私を月まで連れてって〕(竹宮惠子 小学館文庫他)
 A級宇宙飛行士のダン・マイルド(26歳)と、彼の恋人でエスパーのニナ・フレキシブル(10歳)の二人を主人公としたSF漫画。

 ”たんぽぽ娘”のエピソードが登場するのは”パラドックスの函”(第一巻収録)。初航海に出かけるダンが宇宙港で見かけた(未来から来た)ニナに出会うシーンにて。
 成長したニナ(それでも16歳ですが)がとってもかわういです
 まあ、ストーリーとしてはタイムパラドックスものですが

  ニナが過去のぼくと出会って恋をするとは限らんじゃないか!
   (中略)
  うがあ! いくら恋する相手がぼくだと言っても許せん!!

 といって苦悩するダンがおちゃめです。このあたりは”たんぽぽ娘”との裏返しでしょうか?



〔マリーン〕
(萩尾望都 小学館)
 病気の母を助ける6歳の少年”エイブ”は”マリーン”と出会う。その後人生の節目にマリーンがいつもと変わらぬ姿で現れる。いつしか少年は彼女より大きくなるが、彼女の正体が年下で、間もなく結婚することを知る・・・

 正確にはタイムトラベルものではないですが、いつまでも若いお姉さんと成長する少年のモチーフってのは理屈じゃなくロマンを感じます。

  きょうがはじまりだったんだ
  マリーンはついさっき生まれてはじめてぼくに出会ったんだ
  そして この夜 自分が他の男のものになることを悲しんで
  波間に落ちていったのだ
  そして ふかい 海の底から 彼女の夢が ほくを訪れたのだ
  くりかえし くりかえし

 萩尾望都の中でも最も好きな作品の一つです。
 (”半神 自選短編作品集”、”ゴールデンライラック (小学館文庫)”に収録)


〔きのうはもうこない だが明日もまた〕(石ノ森章太郎)
 売れない漫画家”水島健二”ある日フランス大使館の娘”ミミ”と出会う。出会うたびに成長する”ミミ”。彼のファンタジー漫画をミミは好きだというが今の時代に合わないとして売れない。ミミが別れを告げた日に、健二は売るためにバトル漫画を描く・・

 家のどっかにあるはずなんですが、見つからなかったのでネットを参考に書いてます。まあ、1961年、石ノ森章太郎 23歳の時の作品だから覚えてるとしたらずいぶんおぢさん世代、いや元々が”少女クラブ”に掲載だからおばさん世代ですかねぇ。短編なんですがみょ~に記憶に残るってる作品です。まあ、理想と現実に揺れる売れない漫画家とそれを励ます少女ってのがその当時の憧れだったんでしょうかねぇ。
 (”龍神沼(シリーズ・昭和の名作マンガ)(朝日新聞出版)”に収録)


〔ジェニーの肖像〕(ロバート・ネイサン ハヤカワ文庫他)
 貧しい青年画家”イーベン”は、夕暮れの公園で、一人の少女に出会った。数日後に再会したとき、彼女はなぜか、数年を経たかのように成長していた。そして、イーベンとジェニーの時を超えた恋が始まる・・・

 こういった、片方が成長し、片方が成長しない、というか恋する年齢に追いつくっていう話のバイブル的な作品。邦訳は1950年代(鎌倉書房 1950年、早川書房 1954年)とSF黎明期の作家や漫画家に多大な影響を与えたことで当時としてはメジャーなSFでした。
 若い時読んでけっこう気に入ってたんだけど、どんな結末だったかなぁ。年はとりたくないものです。
 ちなみにネットを調べてると”恩田陸が『ライオンハート(*5)』でオマージュを捧げた作品”とかありましたが、ダンディライオンじゃなくてこっちだそうです。

 こうやって見ると古い作品ばっかだなぁ。最近はこういう作品が少なくなったのか、ただ単におぢさんが読まなくなっただけなのか・・・
 いすれにしても、このジャンルってけっこう名作が多いです。
 入手しにくいものもありますが、見かけたらぜひ読んでいただきたいジャンルです。

《脚注》
(*1)ビブリア古書堂の事件手帖(三上延、メディアワークス文庫)
 極度の人見知りだが古書に関して並外れた知識を持つ古本屋店主”栞子(しおりこ)”を主人公にした日常系ミステリー。”たんぽぽ娘”のエピソードは第3巻に収録。
(*2)コバルト文庫
 集英社が1976年から出版している古くからのライトノベルのレーベルの一つ。当時は”ヤングアダルト”とか言ってたかなぁ。
 初期のころは新井素子久美沙織などのSFも手掛けてましたが、今はどうなんだろう?
(*3)中古もとってもお高くて
 2013年6月末のamazon.comだと5~12万円程度。いくらなんでもあこぎだと思いますがねぇ。
(*4)栞子さんの本棚 ビブリア古書堂セレクトブック(角川文庫)
 ”ビブリア古書堂の事件手帖”で取り上げられた本を集めた本。なかなか入手できない本もあるので、こういう企画はありがたいです。
 ちなみに”たんぽぽ娘”は”時の娘(創元SF文庫)”やロバート・ヤングの短編集(河出書房新社)でも読めます。
(*5)ライオンハート(恩田陸 新潮文庫)
 いつもあなたを見つける度に、ああ、あなたに会えて良かったと思うの。会った瞬間に、世界が金色に弾けるような喜びを覚えるのよ……。17世紀のロンドン、19世紀のシェルブール、20世紀のパナマ、フロリダ。時を越え、空間を越え、男と女は何度も出会う。結ばれることはない関係だけど、深く愛し合って――(amazon.comより)
 すいません、読んでないのでコメントできませんです。

すんごい面白い本だけど、これを言ったら嫌われんだろ~な~、上司から(良い戦略、悪い戦略/マンサク)

 ども、本部戦略策定担当のおぢさん、たいちろ~です。(冗談と思われるかもしれませんが、これは本当)
 ご多分に漏れず、私んとこも年に1回戦略つ~ものを作成します。中長期的な視点で作成される戦略というものはよく言えば継続性や、悪く言えば慣性や惰性が働くモンですので、組織そのものが変わるか、ちゃぶ台返し(*1)のトップが外部からでも来ない限りまったく違ったものができることは、まあありません。
 でも、この仕事って私がやってる中でももっとも厄介はシロモノであります。なんとなれば、戦略の評価って難しいんですよね。戦略がうまくいったから売上が上がったのか、ただ単に景気が良くなったから業績が持ち直したのかなんて後世の歴史家が考えるレベルの話。でも、前年度の振り返りとかやりもって多少は変化をつけないといけないとか。
 ということで、今回ご紹介するのは”良い戦略、悪い戦略”であります。


 写真は~たいちろさんの撮影。近所のマンサクです。
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【本】良い戦略、悪い戦略(リチャード・P・ルメルト、 日本経済新聞出版社)
 歴史や企業の行動の例を引きながら”良い戦略”と”悪い戦略”の違いを明確にして、どうすれば”良い戦略”を立案できるかを示した本。本書に言わせると悪い(間違った)戦略が多すぎるとのこと。まあ、良い戦略ばかりだと不景気になったり倒産したりするるはずないですもんね。
【花】マンサク
 マンサク科の落葉小高木。写真には写っていませんが2~3月に黄色の細い花が咲きます。花言葉は”呪文、霊感、魔力、感じやすさ、ひらめき”など。

 まず分かりやすい”悪い戦略”から。悪い戦略の特徴を本書では

〔空疎である〕
 戦略構想を語っているように見える内容がない。華美な言葉や不必要に難解な表現を使い、高度な戦略思考の産物であるかのような幻想を与える。
〔重大な問題に取り組まない〕
 見ないふりをするか、軽度あるいは一時的といった誤った定義をする。問題そのものの認識が誤っていたら、当然ながら適切な戦略を立てることはできないし、評価することもできない。
〔目標と戦略をとりちがえている〕
 悪い戦略の多くは、困難な問題を乗り越える道筋を示さずに、単に願望や希望的観測を語っている。
〔間違った戦略目標を掲げている〕
 戦略目標とは、戦略を実現する手段として設定されるべきものである。これが重大な問題とは無関係だったり、単純に実行不能だったりすれば、まちがった目標と言わざるをえない。

 うわぁ~、耳が痛いわ~~
 なぜ、このような悪い戦略がはびこるかと言うと”分析や論理や選択を一切行わずに、戦略を作ろう”とするから。つまり嫌なことを見ずに、めんどくさいことはやりたくないから。
 それにポジティブシンキングというか言霊信仰(*2)というか”成功すると思えば成功する”的な気合だ~~の世界が加わると悪い戦略がいっちょ上がり。

 逆に良い戦略の基本構造とは

〔診断〕
 状況を診断し、取り組むべき課題を見極める
〔基本方針〕
 診断で見つかった課題にどう取り組むか、大きな方向性と総合的な方針を示す
〔行動〕
 基本方針を実行するために設計された一貫性のある行動をコーディネートして方針を実行する。

まあ、わかっちゃいるんだけど、難しいんだよね~、これって。

〔診断〕
 状況って良い場合とは限りません。というか、悪いことのほうが多い。つ~ことは見たくもないことを見ないといけない、しかも突っ込みどころ満載の・・・
 でも、これやらないと正しい課題が出てこないんですよね。昔、”男大空(*3)”に拳法の修行をするのに催眠術かなんかで負けたシーンを延々繰り返すってのがありましたが、まさにこれ。嫌なことを何回も見直すって、強くなるために必要な工程なんでしょうが、まあ、喜んでやる人は少ないでしょうねぇ、マゾじゃなければ

〔基本方針〕
 この工程の難しいのはど~とでも書けること。昨年のをちょこっと直してお茶を濁す(*3)こともできるし、きっちり議論することもできます(泥沼に落ちる場合もありますが)。
 で、出てくる結論があんまし変わんなかったりして・・・
 まあ、どっちでやっても落とし所ってのはだいたい同じようなモンなのでそうなっちゃうんでしょうが、むしろ議論をすることにより問題を深堀りする工程が重要。でも、なかなかその時間がとれないんですねぇ、トップの人って忙しいんで。

〔行動〕

 ”一貫性のある行動をコーディネートして方針を実行する”と言ってますが、行動は一貫しません。なぜなら戦術レベル(すなわち現場)の目標が営業の場合だと”とにかく注文をとってくる”が最優先にされるから。

縦横無尽、融通無碍、臨機応変、自由自在

 コンプライアンス違反はNGですが、どんな手段をとっても注文とってこいとなれば一貫性なんかにこだわらずに戦術的勝利を獲得した人の勝ち。まあ、受注や売上が足らなくて、ケツに火が付けば上の人だって同じようなモンです。
 まあ、商談獲得率と粗利率、未経験プロジェクトとリスク、中長期と短期の目標が無矛盾で存在するってのはまあ、難しいんでしょうねぇ・・・

 ぶっちゃけ、”それを言っちゃあお仕舞いよ(*5)”なコメントですが、実際に戦略がなければ組織として何やらいいんだって話になるので、組織目標を達成するたには”戦略”そのものは重要です(ひらめきレベルの呪文であってもです)。この本は”戦略を立てる”という意味ではすんごい面白い本だし役にも立ちます。
 でも、この本をまんまトップに言ったら嫌われんだろうな~
 見たくない現実をみんなに向き合あわせ、冷徹に方向を示し、不退転の決意で行動することを部下に強いるなんてできる人は少ないでしょうねぇ、サドじゃなければ・・・


《脚注》
(*1)ちゃぶ台返し
 ”巨人の星”で星一徹がちゃぶ台をひっくり返すのが有名ですが、テレビ版182話の中で実際にこれをやったのは2回だけなんだそうです(Wikipediaより)。まあ、後片付けが大変だろうしなぁ。
 こういった思い込みも戦略策定の阻害要因になります。
(*2)言霊信仰
 ”言霊信仰においては、声に出した言葉は現実の事象に影響を与える”という考え方。つまり”悪いことを言えば悪いことが起こる”→”都合の悪いことは言わない”→”リスクは考えない”という悪い方向に走っちゃいます。
 こういった方向性は戦略策定の阻害要因になります。
(*3)男大空(雁屋 哲、池上 遼一 メディアファクトリー)
 コングロマリットのトップ同士が自らの手でテロに走るとか、バースが狂ったような巨人がでてくるとか、なかなかお茶目なマンガです。
(*4)お茶を濁す
 ”茶の湯の作法を知らない者が、抹茶を適当にかき回し、それらしくお茶を濁らせてその場をごまかす”ことから出た言葉らしいですが、逆に言うと素人が適当にやってもそれっぽくは出来るってことでしょうか・・・
(*5)それを言っちゃあお仕舞いよ
 フーテンの寅次郎の名セリフですが、現実にもありますねぇ。たとえば橋元市長の従軍慰安婦発言とか。歴史認識としてはわからんでもないですが、為政者が言っちゃあ炎上するのは当たり前です。

意外とメモリの開発ってもの重要な課題だったようです(チューリングの大聖堂/記憶装置)

 ども、一応コンピュータの会社でお仕事をしているおぢさん、たいちろ~です。
 仕事がらコンピュータ関係の本も読むんですが、その中にはコンピュータの歴史モノもあるんですが、これってけっこう面白いんですね。現代でこそビックビジネスになってはいますが、現在のコンピュータの元祖であるENIAC(エニアック)が初めて動いたのが1946年と第二次世界大戦後の話。まだ70年とたっていない機械です。
 ということで、今回ご紹介するのはコンピュータの黎明期の話”チューリングの大聖堂”であります。


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 写真はパンチカード。”MOONDIFT”のHPに掲載されていた、「jCquard」の紹介ページより
 パンチカードをWebベースで再現するライブラリだそうですが、一体何に使うんだろう、これ?


【本】チューリングの大聖堂(ジョージ・ダイソン、早川書房)
 サブタイトルは”コンピュータの創造とデジタル世界の到来”とあるように数学者チューリングの構想した”チューリングマシン”をフォン・ノイマンが”プログラム内蔵型コンピュータ”として開発した時代の話。
 この著者はあのダイソン環天体(*1)の提唱者フリーマン・ダイソンの息子さんです。
【道具】記憶装置
 コンピュータでは情報(プログラム、データ)を格納しておく装置を指します。
 主にアクセス(読み書き速度)は早いが高価なメモリ(主記憶装置)と、アクセスは遅いが大容量で価格の安いストレージ(補助記憶装置)、DVDやフロッピーディスク、磁気テープ(*2)のような取り外し可能なリムーバブルメディア(記憶媒体)などがあります。


 まあ、どんな科学技術もそうですが、理論的に分かっている(できる)こととそれを実態として形にする(動かす、利用する)ことの間には大きな差があります。本書では

  デジタル・コンピュータの歴史は、
  ライプニッツに率いられた預言者たちが論理を提供した旧約聖書時代と、
  フォン・ノイマンに率いられた預言者たちが機械を製作した新約聖書時代に
  分けられる。
  アラン・チューリングはその中間に登場した。

という言い方をしていますが、うまい表現。実際に本書の中でも数学者(論理を研究する人)と技術者(コンピュータを作成した人)にはけっこう確執があったようですし。
 コンピュータを開発するというようなビックプロジェクトには、明確なビジョンを提供し、その実現に必要なリソース(人、カネ)を引っ張ってくるリーダーシップのある人間が必要なわけで、この時代にそれを担った一人が本書の主人公であるフォン・ノイマン。本書はフォン・ノイマンの伝記という側面もあります。

 ま、650ページ近い大書なのでここでは書ききれませんが、ひとつ面白かったのを選ぶとメモリの話。実際に機械を組み立てるとなると理論通りにいかないこともままありますが、周辺技術が理論を実現できるかってのもその中にあります。コンピュータの話となるとCPUやOSなんかが多いんですが、意外とメモリ(主記憶装置やストレージ)の開発ってもの重要な課題だったようです。

 話は飛びますが、私(正確には父親)が初めて買ったパソコンはNECの”PC8001mkⅡ(発売は1983年)。内臓RAMが64キロバイト。64メガバイトじゃありませんぜ、若者たちよ! これでも確か”大容量!!”と言ってたような・・・
 当時はパーソナルユースではBASICという言語が主流でしたが、この言語だとメモリ容量の半分ぐらいしか使えないので実際に使えるのは32キロバイト分。ちょっと気合を入れたプログラムを書くとすぐに”out of memory(メモリー不足)”が!
 ストレージはというとカセットテープレコーダーで、たかが32キロバイトのプログラムを読み込むのに数分かかってました。2台目に買ったFM77では320キロバイトのフロッピィディスドライブ(*3)が内臓されてて”おおっ、早いぞ、ランダムアクセスができるぞ!”と感動したものです。
 まあ、おぢさんの昔話はこれぐらいにしますが、1980年代半ばのパソコンシーンってのはこんなもんだったってことです。で、本書に登場する”ENIAC”は開発者のモークリーいわく

  ENIACには、高速ストレージは700ビットもなかった

で、”ENIAC”の限界はスピードではなくストレージにあっんだそうです。フォン・ノイマンはこんな例示をあげています

  20人の人間を連れてきて、一つの部屋のなかに三年間閉じ込めて、
  二十台の卓上乗算機を与えるとしましょう。
  そして、こんなルールを設けます
   『この三年間の計算のあいだ、20人分全員の分を合わせて、1ページを超えて
    書いてあってはならない』
  彼らは、書いたものを好きなだけ消していいし、それをまた復活させてもいい。
  しかし、任意の瞬間に、1ページしか書いてあってはならないのです。
  どこにネックがあるかは明白でしょう

 いや~、これを読んだ時にWindows3.1のころの仮想メモリを思い出しましたね。当時、プログラムはどんどん大きくなってくんですが、メモリ空間が足りない。で、メモリのわずかな余りの部分をストレージ上のデータと入れ替え(スワップ)することで見かけのメモリ空間を拡大しようというもの。今ではほとんど語られることのない(使われてはいますが)技術ですが、あのころは最先端の話題でしたねぇ。

 で、”ENIAC”とその後継のコンピュータはこの環境で原爆や水爆作成の計算はわるわ、気象予測はやるわと現代ならスーパーコンピュータでやらせるようなことをやってるんですね、驚いたことに。
 そこでフォン・ノイマンが24時間の気象予測をやるのに考え出したのがパンチカードを読み書き用のメモリとして利用するという方法。この予測でパンチカードを約10万枚使ったとのこと。パンチカードの1枚読み書きに数秒かかったんだそうですが、それでも大容量のメモリを確保するには技術的な課題や紙のほうがコストが安いという事情もあっって、こんな方法を採用してました。
 まあ、技術者ってのは必要があればなんとかしちゃうもんなんですねぇ。

 すんごい昔の話をしているようですが、実は私が入社したころはまだこれをプログラムで使ってたお客さんがありまして(*4)、図書館カード(これも死語だなぁ)の入った棚みたいなのに保管されてました。8穴型の細い紙テープなんてのは1960年代後半から70年代のSFなんかだと直接読んでる人もいましたし(*5)。

 確かにコンピュータがこれだけコンパクトに安くなったってのはストレージの小型化の影響がでかいですねぇ。私が入社したころの汎用コンピュータのストレージが1台2.5ギガバイト(テラバイトではありません)の容量で、大きさが家庭用の大型冷蔵庫より一回り大きいようなシロモノ。つまり、容量だけでいえばDVD1枚の容量を確保するのにこんなにでかかったんですね。ノートパソコンのストレージですら1テラバイト入っちゃう今から見ると隔世の感があります。

  メモリー
  仰ぎ見て月を 思い出をたどり 歩いてゆけば
  出逢えるわ幸せの姿に 新しい命に
(*6)

 本書はそんな感じの本でしょうか。
 ちょっと重たい本ですが、コンピュータに興味のある方には楽しめるかと思います。


《脚注》
(*1)ダイソン環天体
 本書にも登場する理論物理学者フリーマン・ダイソンは、恒星を取り巻く“輪”を作って利用するという”ダイソン環天体”というのを考えました。ラリー・ニーヴンのSF”リングワールド”のモトネタです。
 ちなみに、新しい掃除機を作った人ではありません
(*2)磁気テープ
 一昔前のコンピュータだと円盤がカクカク回っている画像が出てきますが、あれです。まあ、可動部分のあまりないコンピュータでは絵になる部分なんでしょうが、現在はほとんど生産中止状態で保守も難しくなってます。現在でも企業間のデータのやりとりで使われれているんですが、早くネットワーク経由にして利用を終了させて欲しいってのがベンダの切なる願いです、はい。
(*3)320キロバイトのフロッピィディスドライブ
 320キロバイトってのは今でこそ音楽なら10数秒、映像なら1秒持たずに使い切る容量ですが、当時としてはめちゃくちゃ大容量。まあ、映像どころかやっと漢字が使えるようになって、デジタル写真でさえ夢の時代だからこれでも事足りてたんでしょうがね。
(*4)これをプログラムで使ってたお客さんがありまして
 さすがに触らせてはくれませんでしたが。パンチカードを使う場合の最優先事項は”絶対に落とすな!”。紙カードなので落として順番がめちゃくちゃになると並べなおすのがとっても大変だからです。
(*5)直接読んでる人もいましたし
 確かウルトラマンなんかでやってましてねぇ。
 入社したころに”本当に読めるんですか?”と聞いたところ”俺は読める”と答えた年配の社員の人がいましたし。
(*6)メモリー~
 ミュージカル”キャッツ”の代表曲”メモリー”であります
 曲を聞きたい方はこちらから。

どうしてこの人が009をつくると石ノ森章太郎じゃなくと押井守テイストになっちゃうんだろう?(009 RE:CYBORG/六本木ヒルズ森タワー)

 ども、赤いマフラーなびかせて~~♪(*1)のおぢさん、たいちろ~です。
 少年時代に”サイボーグ009”をリアルタイムに見てた世代ですんで、ついつい”009 RE:CYBORG”を観ちゃいました。で、感想はというと、おぉ、これは押井守ではないか!!
 そりゃ、監督が”攻殻機動隊”の神山健治なんで多少は似てるかな~~とは思ってましたが、テイストが完全に押井守。009の成層圏での戦闘に002が追っかけるとのシチュエーションに  

  ジョー! きみはどこにおちたい?(*2)

を期待したんですが、それもやってくんなかったし。
 ということで、今回ご紹介するのは押井守的”009 RE:CYBORG”であります。


Photo

写真はたいちろ~さんの撮影。六本木ヒルズ森タワーです。


【DVD】009 RE:CYBORG(原作 石ノ森章太郎、監督 神山健治)
 2013年。大都市の超高層ビルをターゲットとした同時多発爆破事件が多発。
 犯人たちは一様に”彼の声”を聞いたという。この事態にギルモア博士は各国にいるゼロゼロナンバーサイボーグ達に再結集を呼び掛ける・・・
【DVD】攻殻機動隊(原作 士郎正宗、アニメ版監督 押井守、神山健治)
 脳の神経ネットとネットワークを直接接続する電脳化技術や、義体(サイボーグ化)技術が普及した時代。内務省直属の攻性公安警察組織”公安9課”(通称”攻殻機動隊”)の活躍を描いたSF。
 映画版”GHOST IN THE SHELL”、”イノセンス”の監督を押井守が、”STAND ALONE COMPLEX”などを神山健治が担当。
【DVD】機動警察パトレイバー(原作 ゆうきまさみ、監督 押井守)
 汎用歩行型作業機械”レイバー(手足のある土木車両みたいなもの)”の犯罪に対抗するために創設された”特車2課”の活躍を描くロボット警察漫画。ゆうきまさみの原作を押井守監督でアニメ化。映画版2作は押井守テイスト満開です。
【DVD】天使のたまご(監督 押井守、キャラクターデザイン 天野喜孝)
 方舟の中の動物がすべて化石になった頃、天使が生まれるという卵を抱えて暮らす少女は、鳥を探して旅を続ける少年と出会う・・・
 押井守はこの作品で「訳の解からない物を作る監督」というレッテルを貼られて仕事がさっぱりなくなってしまったといういわくつきの作品。
【旅行】六本木ヒルズ森タワー
 ”六本木ヒルズ”にある高さ238m、地上54階建ての超高層ビル。
 ここの上から見下ろした眺めは
  ハッハッ! 見ろ!! 人がゴミのようだ!!(*4)
と神様気分でつぶやいちゃうぐらい絶景です。
 偉くなったと勘違いして神の怒りにふれたのか、ライブドアの堀江貴文とか村上ファンドの村上世彰とか堀の内側に落っこっちゃった人もいましたねぇ・・・


 さて、”009 RE:CYBORG”が押井守的というと、1つ目はキャラクターの雰囲気001がタチコマしてるとか004の白眼がバトーさんしてるってのもありますが(*5)、一番押井守テイストだったのはギルモア博士。原作では団子っ鼻でやさしいおじいちゃんっぽいですが”009 RE:CYBORG”ではやり手のぢぢいっていう感じ。このキャラ設定ってどっちかというと”公安9課”の荒巻課長に近いんですね。(上から原作版、”009 RE:CYBORG”、”攻殻機動隊”)

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 リアル化してるってのをさっぴいても”009 RE:CYBORG”では原作の面影ってあんましないなぁ。前頭部のハゲ上がりを除けば荒巻課長のほうが近しいかな。
 それに声やセリフまわし。八奈見乗児や富田耕生(*6)の時代を知ってるオールドファンとしては、やや低めでおちついた感じでしゃべってる勝部演之って、こっちよりも”攻殻機動隊”で演じた阪脩(*7)の雰囲気に近いでしょうか(実際、最初に聞いた時は同じ人が演じてるかと思いました)。


 2つめは宗教的なモチーフを使った会話。教会での”彼の声”に関する説明で

  はじめに声ありき。言葉は「彼」なりき
  人は皆「彼」の言葉につき従いこれを拝せん
  されど地に住む物ども 虚栄と傲慢 奸智と壟断により
  あまたの塔の頂を天へと達することを試み 地上の富を積む
  人心地上に散りて荒涼び 人「彼の声」に耳を貸すことなし
  「彼」人に悔い改むる機を与う
  焔と煙と獅子の吼ゆる大きな声とが地に降りくだり もろもろの塔 踏み躙らん

ギルモア博士は”聖書の一節か何かか?”と聞いてますが、001は”似てはいるけど違う”と否定。でも、やっぱりバベルの塔だよなぁ。
 これに呼応するのが”機動警察パトレイバー the Movie”に出てくるコンピュータウイルスを仕掛けた帆場暎一の書き遺した言葉の引用に出てきます。

  エホバくだりて、かの人々の建つる街と塔を見たまえり。
  いざ我らくだり、かしこにて彼らの言葉を乱し、
  互いに言葉を通ずることを得ざらしめん。
  ゆえにその名は、バベルと呼ばる

 再開発によって朽ち果てていく町並みから見える高層ビルとのシーンを重ね合わせるとけっこうモトネタって感じがします。


 3つめは”天使の化石”。”009 RE:CYBORG”は”天使編”がベースになっているようなので天使が出てくるのはわかりますが、なぜ”天使の化石”なんでしょう。実はこの”天使の化石”のイラストってどっかで見たような気がしてて思い出せなかったんですが、ペンタゴンで002を助ける天から下る少女を見て思い出しました。これって押井守の初期の監督作品”天使のたまご”に出てきてたんですね。(上が”天使のたまご”、下は”009 RE:CYBORG”に登場する天使の化石”

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 押井守の中ではマイナーな作品で見たって人はもう中高年でしょうが(私も今回初めて全編見ました)、暗くてなんだか分からない寓話的なテイストは押井守の原点かも


 別に”009 RE:CYBORG”がいりいろパクってるとかいうつもりはないし、監督に神山健治を持ってきて現代風に作りなおしゃ、まあこうなるわな~~ってのが感想。けっこう楽しませていただきました。

 しかし、新入社員がどんどん平成生まれになっていく昨今、昭和や1990年度のアニメ引っ張り出してきて(*7)あ~じゃこ~じゃ言ってるのって、私も冷戦時代の遺物みたいなもんでしょうか。いつ博物館行きを命じられてもおかしくないような・・・


《脚注》
(*1)赤いマフラーなびかせて~~♪
 1968年に放映されたTV版のオープニング主題歌。
 009といえば赤いコスチュームに黄色のマフラーと思われるかもしれませんが、この作品では009のみ白のコスチュームに赤いのマフラー。まあ、モノクロ放送の時代だったからなーー。
 オープニングで009と並んで走っている新幹線の車両が0系なのも時代です。
 ご興味あればこちらをどうぞ
(*2)ジョー! きみはどこにおちたい?
 ”地下帝国ヨミ編”の最終話”地上より永遠に”のラストシーン。”RE:CYBORG”ではながれ星になった009に003がお祈りするシーンがありますが、原作では名もなき少女が
  あたしはね 世界に戦争がなくなりますように・・・
  世界中の人がなかよく平和にくらせますようにって・・・ いのったわ

と祈っています。マンガ史に残る屈指の名シーン(画像は公式HPでどうぞ)。
 ぜひご一読ください。
(*3)天野喜孝
 いまでこそ、画家、イラストレーターとして有名ですが、元々はタツノコプロで”タイムボカン”なんかのキャラクターデザインをやってた人です、はい。
(*4)見ろ!! 人がゴミのようだ!!
 ”天空の城ラピュタ”(監督 宮崎駿、スタジオジブリ)に登場する悪役”ムスカ(ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ)”のセリフ。悪役としてはトップクラスの人です。
(*5)001がタチコマしてるとか004の白眼がバトーさんしてる~
 タチコマは”攻殻機動隊”に登場する支援AIを搭載した自立型戦闘車両。CVは001と同じ玉川紗己子。”RE:CYBORG”での001の最初のセリフと聞いた時に”なんでタチコマがここに!?”って思っちゃいました。
 バトーさんは”攻殻機動隊”に登場する公安9課のメンバー。レンズ型の両眼がおちゃめです。
(*6)八奈見乗児や富田耕生
 八奈見乗児は”ヤッターマン”の”ボヤッキー”を富田耕生は”マジンガーZ”の”Dr.ヘル”を担当した人。どっちかというと漫画的にデフォルメされたイメージが強いですね。
(*6)阪脩
 ”機動警察パトレイバー”でおやっさんこと整備班班長の”榊清太郎”の声を担当した人です。(ちなみに、押井版の”GHOST IN THE SHELL”、”イノセンス”で荒巻大輔を担当したのは大木民夫)
(*5)昭和や1990年度のアニメ引っ張り出してきて
 それぞれの公開時期は
・機動警察パトレイバー the Movie:1989年(昭和64年、平成元年)
・攻殻機動隊 GHOST IN THE SHELL:1995年(平成7年)
・天使のたまご:1985年(昭和60年)
 昭和も遠くなったものです。

最強のカードって”愚者”かもしれません(のぼうの城/たんぽぽ)

 ども、会社でも家庭でもでくのぼうのおぢさん、たいちろ~です。
 映画公開からDVDの販売がすごく早くなっています。
 最近観たDVDだと”ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q(*1)”は2012年11月17日の公開開始で、13年4月24日にはDVDの販売がスタートと約5ヶ月でDVD化。映画館で4月19日まで上映してましたんで上映完了直後に販売されたことになります。確か”おくりびと(*2)”なんかは上映期間中にDVDが出てたような。
 これは、映画作製=投資の資金を映画公開+DVDの販売収入で回収するというビジネスモデルになっていてその期間を短くするためって側面もあるようです。なんで、ほとんど出来上がってる映画の公開を1年以上延期するってのは愚か者のすることです。
 ということで、今回はそんな愚か者のDVD”のぼうの城”であります。

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写真はたいちろ~さんの撮影。近所のたんぽぽです。


【本】のぼうの城(和田竜 小学館)
【DVD】のぼうの城(原作 和田竜、主演 野村萬斎、監督 犬童一心、樋口真嗣)
 豊臣秀吉の天下統一目前のころ。北条氏の支城である忍城(おしじょう)は石田三成率いる豊臣軍2万人に対し500人で戦を始めようとしていた。総大将は”成田長親”。領民から”でくのぼう”を略して”のぼう様”と呼ばる人物であった。
【花】たんぽぽ
 キク科タンポポ属の総称。綿毛のついた種を飛ばすのが特徴。綿毛を吹いて飛ばした人も多いんじゃないかと。
 花言葉は”神のお告げ”、”真心の愛”のほかに”軽率、軽薄”なんてんも。


 さて、原作版は以前書いたので(”はたして賢か愚か?”をどうぞ)、DVD版から。改めて映像化されてみるとのぼう様って戦という点ではほとんど役に立っていないんですね。戦を始める時の演説では”みんな、ごめ~~ん!”とか言って泣き崩れて士気を下げるは(士気を上げてるのは農民の方だし)、戦況報告にもおろおろするだけで指示ひとつするわけでもなし。
 三国志なんかと対比すると良く分かるんですが、戦闘や軍略を立てているのは優秀な部下のほう。

  

正木丹波守利英:漆黒の魔人の異名を持つ成田家一の家老。戦闘、軍略に秀でた人
              三国志なら”関羽”にあたる人
  柴崎和泉守  :怪力無双の武人だが、ちょっと単純。
              三国志なら”張飛”にあたる人
  酒巻靱負    :多数の兵法書を読み漁る智の人だが武芸はからっきし。
              三国志なら”諸葛亮 孔明”にあたる人

 で、のぼう様が”劉備”。この人も人格者だが武芸に秀でたって印象ないし(まあ、部下が神格化されるほど強いので目立たないだけかもしれませんが)。
 のぼう様が戦局に影響するのでやったことって、①開戦を決定した、②敵前で踊りを踊った、③開城を決定した、の3つぐらい。(まあ、部下の再就職先のあっせんはやったようですが)

①開戦を決定した
 周りが全部、開城=敗戦で決定している中、この決定を覆していますがその理由ってのが、

  2万の大軍で散々脅しをかけた揚句、和戦いずれかを問うなどど申す
  そしてその実、降るにきまっているとたかをくくっておる
  そんなものに降るのは嫌じゃ
  嫌なものは嫌なのじゃ~~

 丹波守から”ガキがてめ~は!”と突っ込まれていますがその通りです。
 まあ、この理由で重臣を言いくるめて開戦にひっくり返してるんだからまあ、まあ周りも単純っちゃ単純ですが・・・

②敵前で踊りを踊った
 水攻めを破るために敵前の船上で女装して田楽踊りを踊ってます。
 主演の能楽師”野村萬斎”の最大の見せ場です。
 ネタバレになりますが、これによって城外にいる農民が水攻めの堤を破壊することになるんで結果オーライですが、事前に打ち合わせもなく農民がこの行動に出るって普通は考え付かんわなぁ。のぼう様の意図を見抜いたのは丹波守と敵将の大谷吉継(*3)ぐらい。
 しかしまあ、総大将がひょうたん持って”大放尿!”はないよな~~

③開城を決定した
 敵の総大将石田三成相手の終戦交渉にて。

  幸い当方には、武辺確かな家臣どもがいまだ壮健にござる
  この上 まだ戦がし足りぬと申されるのであれば
  存分にお相手致すゆえ 軍勢をさし向けられよ!

 なかなかの交渉上手ですが、はっきり言ってはったりです。後ろで丹波守が苦笑いをしてますが、状況の見えている人としてはそうせざるをえないんでしょうね。

 タロットカードに”愚者(*4)”ってのがあるんですが、この言葉から連想される”ジョーカー”や”宮廷道化師”の象徴でもあるんだそうです。ジョーカーってのはトランプではなんにでもなれるワイルドカードとある意味最強だし、宮廷道化師は君主に向かって無礼なことでも自由にものを言うことができる唯一の存在だったそうで、こっちもある意味最強。そういえば、アーサー・C・クラークの”都市と星”でも状況を動かす主人公が過去の記憶を持たない=愚者として書かれているし、まあ、”愚者”ってのは最強の存在かもしれません。

 あと、印象に残ったのがエンディングでのぼう様が物見台の上から甲斐姫を見つめてタンポポの綿毛を飛ばすシーンがあります。綿毛に託して過去にとらわれず自由きままに生きよと言ってるのか、真心の愛がここだと言っているのか・・・

 この映画、水攻めや堤が決壊するシーンが東日本大震災の被害を連想させるという理由で上演が2011年9月から12年11月に延期になったんだそうですが、確かにこのシーンは圧巻。さすがは”日本沈没(*5)”の監督を務めた樋口真嗣が監督をやっているだけのことはあります。歴史映画というよりエンタテインメント作品として充分楽しめるかと。


《脚注》
(*1)ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q(監督 庵野秀明、製作 カラー)
 碇シンジは目を覚ました。そこは反NERV組織”ヴィレ”の戦艦”AAA ヴンダー”の中。”ニアサードインパクト”から14年の歳月が流れていた。事態を把握できぬまま状況に流されるシンジ。そしてEVA第13号機のパイロット”渚カヲル”の導きで荒廃した地球の姿を見る・・・
 詳しくはこちらをどうぞ
(*2)おくりびと(主演 本木雅弘、監督 滝田洋二郎)
 第81回アカデミー賞外国語映画賞などを受賞したために上映期間が延長(2008年9月~09年9月)、DVDの発売日(09年3月)が来ちゃって、映画館で上映してるにもかかわらずDVDが観れるという逆転現象が起こっちゃってます。
(*3)大谷吉継
 石田三成に従って関ヶ原の戦いをした武将。
 ”風雲児たち”(みなもと太郎 リイド社)で初めて知りましたが、その時以来この人のファンです。
(*4)愚者
 正位置には”自由、無邪気、可能性”、逆位置には”軽率、わがまま、落ちこぼれ”なんかの意味があるとのこと。まあ、たんぽぽの花言葉に通じるもんがありそうです。
(*5)日本沈没(2006年版)
 原作 小松左京、監督     樋口真嗣、主演 草彅剛 柴咲コウ。
 1973年に上映された映画のリメーク版(73年版のほうがほぼ原作に忠実)。
 地震で寄れる日本列島の描写がリアルですが、この映画も2011年だったら上映延期、へたすりゃ中止になってたんだろうなぁ

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