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2012年7月8日 - 2012年7月14日

本格ミステリのもっとも現代的なテーマは”嵐の山荘”である、というわけですか(十角館の殺人/孤島)

 ども、ミステリ好きのおぢさんおぢさん、たいちろ~です。
 最近のアニメの中では綾辻行人の”Another(*1)”が気に入っています。ミステリアスな画像とか、それっぽいオープニングテーマとか。本放送では見てなかったんでDVD借りてきてますが、最近のアニメの中では異色の作品。
 で、”Another”をアニメ化するって話を聞いた時に思ったのが、

  

なんでこんな映像化しにくいトリックの作品をわざわざアニメ化するんだろう?!

 そういや綾辻行人の作品には”言葉では成り立つが、映像では成り立ちにくいトリック”を使った作品があったような。はてなんだっけということで、今回ご紹介するのは綾辻行人の館シリーズの1作目”十角館の殺人”であります。


Photo

 写真は”47News”のHPより。尖閣諸島の魚釣島。

 おそらく日本政府が今、もっとも殺人事件が起こって欲しくない場所(*2)


【本】十角館の殺人(綾辻行人 講談社)
 ミステリ作家のニックネームを持つK大学推理小説研究会の一行は、合宿のために角島という無人の孤島を訪れた。そして、この島に残る”十角館”で彼らを待ち受けていたのは連続殺人事件だった・・・
 一方、本土では元推理小説研究会の”江南孝明”の所には死んだはずの”十角館”の持ち主中村青司から”お前たちの殺した千織は、私の娘だった”という手紙が届く・・
【旅行】孤島
 廻りから隔絶した”島”。殺人事件が起こる場合は、電話線などが切断され、まわりと連絡がとれず、警察が来れず、脱出も外からの侵入も不可能という一種の密室になります。
 ”嵐の山荘”というのもほぼ同じですが、携帯電話がこれだけ普及した現在、”圏外”になる場所ってのはそうそうないので、”孤島テーマ”のほうがより現代的と言えるかも知れません。

 綾辻行人は好きででデビュー作の”十角館の殺人”からほとんど読んでいます。
 ”十角館の殺人”が出版されたのは1987年。”新本格派ミステリー(*3)”として紹介されることになる綾辻行人ですが、どっちかというと先祖返り的なストーリーてのがみょ~に気にいって読んでました。

 で、綾辻行人がこの小説でほぼ探偵役のエラリイに語らせているのがこのセリフ

  地道な努力を惜しまない勤勉な刑事たち、強固な組織力
  最新の科学捜査技術
(*4)・・・ 警察は今や、けっして無能じゃない
   (中略)
  無粋極まりない警察機構---
  黄金時代の名探偵たちが駆使したような、華麗な”推理”や”論理”とは似て非なる、
  でいてそれを超えてしまった操作技術の勝利に拍手を送る気には、僕はなれないね

   (中略)
  そこでこのディレンマの、もっともてっとりばやい-- 
  といっちゃ語弊があるが、有効な解決策として、
  さっきから云ってる”嵐の山荘”パターンがクローズアップされてくるわけさ

 この言葉を受けて、研究会のメンバ”ルルウ”が表題の”本格ミステリのもっとも現代的なテーマは~”をつぶやくわけです。

 現在に至るまで、”館シリーズ”を発表しつづけている綾辻行人の堂々の宣言とも読める内容です。

 さて、トリックのほうですが以前にはあまりない”言葉では成り立つが、映像では成り立ちにくいトリック”。ネタバレになるのであまり書きませんが”一人一役の二重存在”ってのは意表を突いてましたね。登場人物の名前が推理小説家の名前で、主人公の名前が”江南”(”コナン”ではなく”カワミナミ”と読みます)も一般読者というよりミステリマニア向けのひっかけになってるとこなんか、喜ばせてくれます。

 ”十角館の殺人”をはじめ館シリーズはかれこれ四半世紀にわたって書き続けられているシリーズ。ぜひご一読のほどを。
 アニメの”Another”のほうもDVDであと2本。どんな形で映像化するかも楽しみです。


《脚注》
(*1)Another(原作 綾辻行人、イラスト いとうのいぢ 監督 水島努)
 夜見山北中学校に転入してきた”榊原恒一”は、不思議な少女”見崎鳴”に出会う。しかしクラスメイトはまるで彼女がいないもののようにふるまっていた。
 それはある種のおまじないらしいということが分かったが、そのおまじないの効果が無くなった時、陰惨な死亡事故が連続して始まった・・・
 2010年版の”このミステリーがすごい!”国内編第3位とミステリ扱いされていますが、ホラー小説と言った方が正しいと思います
(*2)もっとも殺人事件が起こって欲しくない場所
 殺人事件ともなれば警察は威信をかけて捜査しないわけにはいかないでしょうが、どこの国の警察(日本、中華民国、中華人民共和国)がやるかでもめるんだろうなぁ。国際的合同捜査本部ができるような雰囲気じゃなさそうだし・・・
 でも、全世界注視のもと、これ以上の密室てのはないかもね。
(*3)新本格派ミステリー
 事件の手がかりが作品中で提示されていて登場人物(探偵)と同じ目線で真相を暴いていくという手法の推理小説。
 以前は江戸川乱歩や横溝正史が代表で、このあたりもよく読んでましたがいつのまにか衰退。綾辻行人による以前とは違く切り口でのトリックで”新本格”として復活したとも言えます。
(*4)最新の科学捜査技術
 ”科捜研の女”(主演 沢口靖子、テレビ朝日)に出てくる京都府警 科学捜査研究所なんかだと、コンピューターに高性能分析機器にとちょ~ハイテクを駆使しての操作。一昔前なら警察ミステリーではなくSF扱いされるんじゃないかと

かつて”ぴあ”という名の情報誌があった(「ぴあ」の時代/パンタロン)

 ども、かつて関西の某大学で大学祭実行委員長をやってたおぢさん、たいちろ~です(これは本当)。
 大学祭自体は11月上旬ですが、準備なんかは春から始まっているわけです。当時は1980年代の前半でしたのでまだ学内に中核派(*1)なんかがいて全体集会は毎回大荒れ。それでもなんとかかんとかまとめてきます。
 出し物が決まってくると広報をするんですが、当時関西エリアをカバーしてたのが”プガジャ(*2)”、”Lマガ(*3)”といった情報誌。インターネットのイの字もない時代です。
 それでも、自分たちのやってる行事が活字媒体に載るってのはなかなか感動的なデキゴトでした。
 ということで、今回ご紹介するのはかつて存在した情報誌を扱った本”「ぴあ」の時代”であります。


Photo
 写真は”ぴあ”創刊号の表紙。


【本】「ぴあ」の時代(掛尾 良夫 キネ旬総研エンタメ叢書)
 映画が大好きな大学生”矢内廣”たちは映画を見るための情報に飢えていた。どこの映画館でどんな作品が上映しているのか、そこへはどんな道順で行けばいいのか・・
 でもそんな情報が載っている本なんかない。彼らは考えた。それならば自分たちが欲しい情報が載った雑誌を自分達で作ればいいんだと。そして1972年、”ぴあ”は誕生した。
 情報誌としての”ぴあ”の誕生から終焉までを描いたノンフィクション。
【ファッション】パンタロン
 下側にひろがったフォームをもつズボンのこと。1960年代末期より日本で大流行しました。現在ではベルボトムと言うそうです。
 wikipediaで検索すると”ベルボトム”に転送されたうえ”現在では死語と化している”との表記。おぢさん世代にはちょっと哀しい・・・


 現在、情報誌といえば”XX Walker”(角川書店)といったタウン誌、”じゃらん”(リクルート)みたいな旅行誌なんかでしょうか。名前こそ”ぴあ”を引き継ぐ”XXぴあ”みたいなテーマ誌もありますが、情報誌としての”ぴあ”とは別物。おぢさん世代がよく使っていた1980年代はフルカラーなんかは望むべくもなく、ほとんど活字情報、写真もモノクロだったと思います。

 ”ぴあ”の創刊は1972年7月。最終号は2011年7月と今回出てくる3誌の中ではもっとも長命で39年間続きました。その休刊のニュースリリースにあたって、筆者の掛尾 良夫は

  筆者を含めた40代以上の層はもっと複雑だった。
   (中略)
  そして、『ぴあ』を片手に街中をめぐった日々の記憶が鮮やかに蘇ったに違いない
  言い換えるなら、このニュースが読者それぞれの青春を呼び起こしたのだ。
  繰り返すが、彼らの反応は嘆き悲しむ類のものではなく、
  「お疲れさま、ご苦労さま」といった感情だったはずである。

 と書いてますが、おぢさん世代にはまさにその通り。
 パンタロンに底のぶ厚いサンダルを履き、伸ばし放題の髪にチューリップハット(*4)をかぶって、プガジャやLマガ持って遊びまわってましたねぇ。今、この当時の写真が出てきたら絶対笑っゃうでしょうが
 まあ、文化風俗ってのは移ろうものですが、そんなのを乗り越えてこの情報誌は長く続いてたんですねぇ・・・

 ”ぴあ”の編集方針ってのは

  「いつ」、「どこで」、「誰が」、「何を」という客観情報を漏れなく掲載する一方、
  編集部の主張といった主観を一切排除し、情報の取捨選択は読者がする

といったものだそうですが、これってwikipediaみたいなのとある一面に良く似てるんですね。ぴあも”ぴあシネマクラブ”といった映画のインデックス情報を集めた雑誌を出してますが、これもインターネット前夜の”映画版wikipedia”みたいなもんだし。

 ”ぴあ”が発行されていた1970年代から2011年頃までの移り変わりを見てみると

 上映情報なんてほとんどない ⇒ 情報誌で調べる ⇒ インターネットで検索する
 映画は映画館で観る ⇒ ビデオを買って観る ⇒ DVDを借りて観る
 映画は大手映画会社が作る ⇒ 映画会社の衰退 ⇒ 自主映画から新世代の監督が台頭
 古い映画は名画座をチェックして観る ⇒ DVD化してれば100円でOK
 映画館は並ぶもの。予約席はブルジョアの物 ⇒ インターネット予約がデフォルト

 こうやって考えてくと映画というビジネスが急速に変化し、提供される媒体が多様化情報が紙(リアル)からネット(バーチャル)にシフトしていった時代なんですね。当然、これに伴って情報誌としての”ぴあ”が変質を余儀なくされてくのが分かります。その中でインターネットへの対応ってのも必然だったかも。本誌でも”チケットぴあ”の話が出てきますが、キャプテンシステム(*5)から始まるぴあのネットサービスへのかなり早い時期からの取り組みってのもまあ、危機感の表れだったようですし。
 今でこそインターネット当たり前の世の中ですが、”チケットぴあ”のプレスタートは1983年(本格スタートは1984年)。パソコンがやっと普及機に入りがけで、ウェブサービスなんて夢のまた夢の時代です。やっぱし、社長の矢内さんてのは先見の明があったんでしょうねぇ。

 そのほかにも自主映画、新人監督の登竜門になった”ぴあフィルムフェスティバル(*6)”なんて懐かしいネタのてんこ盛りの本。
 本書は”ぴあ”をめぐるプロジェクトXと読むか、情報誌という切り口で1970~80年代のサプカルチャーを見るかはお好みですが、当時青年だったおぢさん世代にはお勧めの本です。

《脚注》
(*1)中核派
 ”マルクス主義学生同盟中核派”のこと。さすがに学生運動自体は下火になってましたが”三里塚闘争”なんてのを掲げてました。当時は大学祭のパンフットにもちゃんと”中核派”で掲載されてましたが、今はどうなんだろう?
(*2)プガジャ
 ”プレイガイドジャーナル”の略称。かつて存在した関西エリアの情報誌。発刊は1971年と今回出てくる3誌の中ではもっとも古く”日本で最初の情報誌”と言われているそうです。
 雑誌自体は1987年に休刊。
(*3)Lマガ
 ”Lmagazine(エルマガジン)”の略。かつて存在した関西エリアの情報誌。発刊は分かりませんでしたが会社(京阪神エルマガジン社)は1979年なので後発と思われます。3誌の中で唯一新聞社資本(神戸新聞社の出資)が入っています。
 雑誌自体は2008年に休刊。
(*4)チューリップハット
 チューリップの花を逆さにしたような帽子。”ぴあ”の表紙の右から2番目の男の人がかぶってるやつです。こっちはwikipediaで検索しても出てこないのがちょっとさびしい・・
(*5)キャプテンシステム
 日本電信電話公社(現NTT)他が提供したビデオテックスサービス。
 今から見れば携帯電話以下のしょぼいグラフィックスとしか思えませんが、当時はニューメディアの旗手みたいにもてはやされてました。
(*6)ぴあフィルムフェスティバル
 ぴあが主催する自主映画のコンテスト&上映会。
 大学の映画サークルが自主映画を撮るのを描いた漫画”あどりぶシネ倶楽部”(細野不二彦、小学館、1986年発行)にも”18歳にして「ぽあ・フィルムフェスティバル」に入選を果たした青年”ってのがでてきます。オウム事件のはるか前なのでOKですが、今ならちょっとヤバいネタかも。

緊急事態に対処するって、深く考える人には向いていないのかもしれない(IT時代の震災と核被害/スーパーコンピューター”京”)

 ども、社内のITインフラ活用担当のおぢさん、たいちろ~です(これは本当)。
 まあ”情報共有の重要性”みたいな話ってのは以前からあるわけですが(*1)、この春から”SNSもやってみよう”ということになりましてその係もやってます。
 インフラはその時々で変わってきますが、大切なのは何を使うかではなくコンテンツを継続して出し続けられるかどうか。リテラシーに加えて”情報発信のモチベーション”みたいなのが求められます。
 そういった意味で今まで一番活性化したのが東日本大震災の時でしょうか。ということで今回ご紹介するのは東日本大震災とITに関する評論を集めた本”IT時代の震災と核被害”であります。


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 写真はたいちろ~さんの撮影。
 富士通テクノロジーホールに展示されているスーパーコンピューター”京”です。


【本】IT時代の震災と核被害(コンピューターテクノロジー編集部 インプレス選書) 3月11日、東日本大震災が発生。東北地方を襲った未曾有の被害に対しグーグル、ヤフーなどのIT企業はどう動いたか、ツイッターや動画サイトの果たした役割はなんだったか?
 経営者、技術者、インターネットの情報発信者たちによる評論集。
【道具】スーパーコンピューター”京”
 浮動小数点数演算(*2)10ペタフロップス=毎秒1京回をこなす世界第1位(現在は第2位)スーパーコンピューター。”京”は理化学研究所が発表した愛称です。読み方は”きょう”ではなく”けい”。
 富士通テクノロジーホールは一般公開はしてませんが、富士通の社員にお願いするか、社会見学、一般公開日などでは一般の人でも見学することができるとのこと。
(詳しくは富士通の公式hpをご参照ください)


 東日本大震災の時に私んとこの本部内の情報発信担当をやってたんですが、3月11日ごろの記録を見ると、メールでやっていた被害状況などのやりとりをhpに公開し始めたのが12日(日)の朝8時ごろ。帰宅難民で会社に泊っていた人の中で最上位の幹部社員に了解をとって始めました(*3)。
 本書の中で、グーグルの”パーソンファインダー”(災害対策用の伝言ダイヤルみたいなもの)を立ち上げたウェブマスターマネージャーの川島優志が

  あまり深いことを考えていたら、きっと前に進めなかったでしょう。
  深く考える人には向いていない状況だったかもしれない。
  周囲と相談して、じゃあこれはナシにして、こっちにしよう・・・
  いや、やはりこのやり方はダメだ、こっちのほうがいい、みたいな進め方でしたね

てなことを言ってますが、よく分かります。ある意味てきと~というかアバウトというか出たとこ勝負みたいなのでやったほうがあの場合うまくいったんだろうと、てきと~でアバウトで出たとこ勝負な性格の私は思うのであります。
 社内のhpに本人以外に家族の安否確認情報を掲載したんですが、その時に”そこまで公開するのは個人情報の観点からいかがなものか”という意見もあったんですが”たくさんの人から電話で本人に問い合わせがあるほうが面倒。公開して文句を言われたらそんとき考えりゃいい(*4)”ということで、強引に押し切りましたが、別に誰も何も文句いってきませんでした。まあ、案ずるより産むが易しということかもしれません。

 同じ部の人んとこにアメリカから”USTREAM(*5)でNHKの放送が見れるらしいぞ”というメールが来たのがその後で、上記のhpでこの情報を公開したのが13日の10時ごろ。大型ディスプレイを占拠して空いてるパソコンをくっつけて24時間流しっぱなしにしてました。
 とまあ、何気に書いてますが、ちょっと考えるとこれはすごいことで、日本の状況をアメリカから教えられるとか、かたくなに同時放送を拒んでいた放送局が協力しているとか
 この本を読んで初めて知ったんですが、USTREAMにNHKのニュースを流したきっかを作ったのって中学2年生とのこと。TV画面をiPhaneの内臓カメラで撮影して配信するという方法だったそうです。この”ハイテクの中のローテク(*6)”みたいなのって実はコロンブスの卵で、大人がこれをやろうとすると法的問題がど~の接続システムがこ~のって始まっちゃいます

 法的に言えば明らかに著作権侵略行為で違法なんですが、これをNHKの担当者が独断で黙認したのってのも平時ではありえないことです。この担当者が質問に答えて

  あれほどの緊急時に、情報を必要としている人に、
  必要な情報が届いていないのなら、自分たちがその方法を持っていないのなら、
  他のあらゆる手段を探してでも届けるべきだと考えました。

まあ、それなりに苦悩や軋轢はあったと思われますが、この人も結局は”出たとこ勝負”と思ったんじゃないでしょうかね。

 純粋にITという点ではスーパーコンピューター”京”で地震シミュレーションをやってる海洋研究開発機構(*7)の堀高峰研究員の話なんかも出てきてます。
なんでも地震の予測という点では一般の人が期待しているのと、研究者が目指しているレベルと現実にできているレベルはとても大きなギャップがあるとのこと。スーパーコンピューターを使ってできるのは、あいまいさの定量化(平均的にはこういったことが起きるが、これぐらいのバリエーションがある)や予想スシナリオの絞り込み、建造物被害への影響度、建物などを考慮した津波被害の分析とかなのだそうです。
 そんな研究者でも

  テレビの映像を見て、とにかくショックでぼう然としました
  津波の被害に関しても、地図でここまで来たという絵と、
  実際に空港が飲み込まれていく映像のギャップが大きすぎて
  自分の研究には意味がないのでは、と悩みました

と言ってるのが印象的でした。

 実はこの本、政府や東京電力の情報開示のやり方、新聞やテレビといった従来のマスコミの報道姿勢、インターネット/SNSのありよう、さらには日本という国の将来の形みないな深い話題がたくさん載っています。
 ことの主張に賛否ははあるでしょうが、非常事態をトリガーに顕在化したいろいろな問題をITをキーに評論したという点では面白い本です。

《脚注》
(*1)以前からあるわけですが
 1990年代半ばから社内のhp担当みたいなことをやってましたので、かれこれ15年以上やってることになります。このころは社内の公式サイトのルールみないなのはほとんどなく、勝手にサーバーくっつけて対応してました。今なら情報セキュリティ規定なんかで認められないんでしょうけどね。
 制度が既成事実を後追っかけするのはままあることです。
(*2)浮動小数点数演算
 コンピューターが計算をするときには無限に数字が並ぶのではなく仮数部×基数指数部という形で扱います。簡単にいうと”300”を表現するには”3×10”になります。
(*3)最上位の幹部社員に了解をとって始めました
 細かい説明なんかせずに”情報発信のサイト作ります”と言っただけですんで、許可を求められた幹部社員だって何を始めるんだかわかっちゃいなかったと思います。
 まあ、”独断専行”と言われないように形式要件を整えておくってのも”大人の知恵”です。単に”大人ってずるい”だけかもしれませんが・・・
(*4)たくさんの人から電話で本人に問い合わせがあるほうが面倒
 実は私自身がそう。私が東京に単身赴任で家族は仙台でしたが、メールや電話で問い合わせがくると(それはそれでありがたいことですが)対応が大変だろうと手っ取り早いやり方にしました。
 まあ、当事者だけに説得力があったのかもしれません。
(*5)USTREAM
 ソフトバンク系のライブ配信型動画配信サイト。
(*6)ハイテクの中のローテク
 かつて録画テープが非常に高価だったため、放送局でも使いまわしをしていたために古い番組の画像ってのは意外に残ってません。たまに発見されるのはTV番組を8ミリフィルムで撮影したものだったりします。
(*7)海洋研究開発機構
 JAMSTEC(Japan Agency for Marine-Earth Science and Technology)
 2006年に公開された映画”日本沈没”では制作協力に名前を連ねています。

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