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2012年6月17日 - 2012年6月23日

まあ、福島県民には読ませられんだろうなぁ・・・(金環蝕/金環日食)

 ども、天文学はいまいち苦手なおぢさん、たいちろ~です。
 2012年5月21日に金環日食がありました。東京では173年ぶりとのこと。次回日本で見ることができるのは2030年とまあ生きちゃいないでしょうから一生でこれが最後の機会ということで早起きして会社で見てました。いや~宇宙の神秘、感動的でしたねぇ。
 ところで、私は金環食(金環日食)のことをずっと”金環蝕”だと思ってました(*1)。ってのも、これ石川達三の名前なんですね。ということで、今回ご紹介するのは宇宙の神秘と程遠い政治の舞台裏のどろどろ劇”金環蝕”であります。


Photo
写真はたいちろ~さんの撮影。会社(東京都内)の窓から撮った”金環日食”です。


【本】金環蝕(石川達三 岩波現代文庫他)
 昭和39年夏、与党・民政党の総裁選挙で勝利するため寺田総理は党費を不正流用した。その費用を穴埋めするためにF-川の電力ダムの建設を巡って民政党、電力建設株式会社、建築会社を巻き込んだ汚職事件の幕が切って落とされる・・・
 1964年に発生した”九頭竜ダム落札事件(*2)”をモデルにした政治小説。
 私の読んだ”石川達三作品集”版ではサブタイトルに

 まわりは金色の栄光に輝いて見えるが、中のほうは真黒に腐っている

 ってありました
【自然】金環日食
 日食とは太陽が月によって隠されることにより、太陽が欠けて見える天文現象。金環日食は太陽と月がきれいに重なって太陽がリング上に見える状態です。
 昔の冒険小説なんかでは真っ暗になるような描写がされますが、6月12日に体験した感じでは”そんなに暗くなんないな”と思いました。


 さて、この小説が”サンデー毎日”に掲載されたのは1966年(昭和41年)。時の内閣総理大臣は池田勇人&佐藤栄作、日本の総人口が一億人を突破しビートルズが来日した年です。まあ、小学校低学年でしたのでおぼろげながらしか覚えてませんが。
 でも、これってロッキード事件(*3)の10年前、リクルート事件(*4)の23年前。歴史は繰り返すというか、学習効果がないというか・・・

 で、この小説を読んでるといい人ってのは一人も出てこないんですね。最初は不正入札に反対していた電力建設株式会社の総裁は途中で日和るわ、後任の総裁と副総裁は確信犯だわ、建築会社の専務は”不正は必要悪だ”と開き直るわ、不正を告発しようとした正義漢を気取った代議士は途中で投げ出すわ。総理大臣、幹事長、官房長官はよってたかって隠ぺい工作に走るわ・・・
 中でも気になったのは、電力建設株式会社の対応。立ち退き交渉で補償の履行を求める堂島建鉱業に対して、

  結局堂島建鉱業が提出した、ほとんど最後通牒ににも似た賠償要求は、
  電力建設株式会社の幹部社員によって一顧の与えられはしなかった。
  ただ、相手を怒らせないように、(検討中・・・)とういうような文書が発送される。
  それだけのことだった。
  それが、官僚または官僚的な人たちのやり方だった。
  堂島建鉱業の苦境はわかっている。
  わかってはいるが、誰ひとり責任をとろうとはしなかった。
  民衆の苦境に同情するよりは、官庁や自分たちの立場を良くするほうが先だった。
  電力建設会社の九十五パーセントまで官僚的だった。

 フィクションだし、45年以上前の話で体質改善は進んでるはずだし(だといいんですが)ですが、まあ、福島県民には読ませられんだろうなぁ・・・

 この小説の中で、唯一面白い人物ってのが前科4犯で黒い金融業者の”石原参吉”。
 膨大な資料を駆使して相手の都合の悪いことをほじくり返して恐喝まがいの金儲けをする人物です。

  参吉はその資料をくり返しくり返し精読して、
  世間の目からは全くかくされている(真実)を探り出そうとするのだった。
  真実ほど怕いものはないのだ。

   (中略)
  他人の真実を握ったものが世間の勝利者となり、
  自分の真実を他人に握られたもの敗北者となる。

 この人は、”官房長官の秘書官が2億円のお金を借りに来た”という事実を発端に、紙のファイル(*5)と部下の調査や愛人の芸妓などの情報からコトの真実を解明するというある意味すごい人。
 最近、ビッグデータ(*6)とかなんとか大量のデータを処理できるシステムが登場してますが、何をどう分析するかを考えるキュレーターがいるかどうかがポイント。もし、石原参吉が現代でキュレーターになって、ネットやビックデータのシステムを駆使できたとすればとんでもないことになるんだろうなぁ。何が出てくるかわかんないけど・・・

 ”金環蝕”は2000年に岩波現代文庫から復刊されましたが、現在は切重版未定状態。でも図書館に行けば全集などで読めますので、ご興味のある方はどうぞ。
 まあ、福島県民にはお勧めしませんが・・・

《脚注》
(*1)ずっと”金環蝕”だと思ってました
 辞書を引くと”日蝕”でも出てくるので間違っているわけではないんですが、一般的には”食”のほうを使うようです。まあ”蝕(むしばむ)”ってのは感じよくないですしね。
(*2)九頭竜ダム落札事件
 時の首相は”所得倍増”をスローガンにした池田勇人内閣総理大臣、建設業者は鹿島建設だったようです。小学校に入る前の事件なのでさすがに覚えてません。
 九頭竜ダムってのは福井県大野市にあって行ったことはないですが、ここって一世を風靡したフォークグループ”あのねのね”の清水国明の出身地なんですね。ベストセラーだった”あのねのね 今だから愛される本(ワニの本)”にはすごい田舎みたいに書いてあったような・・・
(*3)ロッキード事件
 全日空の旅客機導入選定に絡んだ、ロッキード社、丸紅、前内閣総理大臣の田中角栄らによる世界的な大規模汚職事件。田中角栄が逮捕されたのが1976年のことです。
 児玉誉士夫小佐野賢治といったわけのわからん黒い人とか、事件関係者が急死するなど、”金環蝕”もかくやというデキゴトが繰り返されてます。
(*4)リクルート事件 
 就職情報の”リクルート”によるリクルート・コスモスの未公開株を使った贈収賄事件。江副浩正リクルート社元会長藤波孝生元官房長官らを東京地検特捜部が起訴したのが1989年のことです。
 中曽根康弘、竹下登、宮澤喜一、安倍晋太郎、渡辺美智雄など総理大臣、政治家が関与するとか、大物政治家は立件されなかったなど、”金環蝕”もかくやというデキゴトが繰り返されてます。
(*5)紙のファイル
。NECが日本初といわれるパーソナルユースのパソコン”PC-8001”を販売したのが1979年、後に国民機と呼ばれた”PC-98シリーズ”の初代機が登場したのが1982年です。日本でのインターネットの商業利用の開始は1992年と、この小説が書かれたのはインターネットはおろかパソコンすらない時代です。
(*6)ビッグデータ
 通常のデータベース管理ツールなどで扱うには難しいような多種大量なデータを扱うシステム。技術的な面もさることながら、キュレーターと呼ばれるデータを分析する人の能力とセンスが重要になります。

聖地巡礼 ”ビブリア古書堂”の近所に咲くあじさいを見に行きました(前編)(ビブリア古書堂の事件手帖/あじさい)

 ども、季節の花を愛でるおぢさん、たいちろ~です。
 6月に入って寮の庭のあじさいが咲きだしました。6月の花と言えばあじさい、あじさいと言えば鎌倉。最近読んだ”ビブリア古書堂の事件手帖”のプロローグにも

  六年前のその日、北鎌倉を坂を下りきった俺は、
  線路沿いの細い路地をだらだらと歩いていた。
  半袖の白いシャツの背中が汗でぴったり張りついている。
  セミの声がうんざりするほど近い。
  あちこちに植えられた紫陽花はまだ散っていないのに、
  梅雨明けと同時に夏がが始まっていた。

 ってのがありました。ということで今回ご紹介するのは聖地巡礼シリーズ”ビブリア古書堂の近所の近所に咲くあじさいを見に行きました”であります。


【本】ビブリア古書堂の事件手帖(三上延 メディアワークス文庫)
 就職先の会社が倒産して就職浪人となった五浦大輔は、亡くなった祖母の本に書いてあった夏目漱石のサインの鑑定を頼みに”ビブリア古書堂”を訪ねた。そこには古書については超絶的な博識を持つ人見知りの美女”篠川栞子がいた・・・
 北鎌倉を舞台にした推理小説にして、ちょっと大人なボーイ・ミーツー・ガールの物語。
【花】あじさい(紫陽花)
 アジサイ科アジサイ属の植物の総称。
 あじさいは大きく2系統あって、小さい花が球状に固まって咲く”セイヨウアジサイ”と、日本原産で真ん中の小さい花を中心に周りに額のように花が咲く”ガクアジサイ”があります。


 さて、出発点は”ビブリア古書堂”ですが、特定のモデルになる店があるわけではないんですが、1巻目の扉絵のイメージに近いところがこれ。小説上では上り線側ですがこれは下り線側。なぜ小説で逆にしたかはわかりませんが、でも落ち着いた雰囲気がありますね。
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 上り線側は店構えができるような道はなくて人がやっと通れるぐらいですが、ちゃんとあじさいは咲いてるとこなんかやっぱり鎌倉です。
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 さて、”ビブリア古書堂”のある(はず)の所から一番まじかにあるのが臨済宗円覚寺派の大本山”円覚寺(えんがくじ)”です。鎌倉幕府執権北条時宗(*1)が元寇の戦没者追悼のため創件したという鎌倉五山(*1)第二位の古刹。線路側から見た総門はそんなに大きくないですが、中に入ると広い広い。これは三門(山門)ちかくのあじさいです。

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 円覚寺内の道端のあじさい。植えているというより”そこに咲いている”って自然感がいいですね。ちなみにあじさいの色は土壌のpH(酸性度)によるそうで一般には酸性ならば青、アルカリ性ならば赤(リトマス試験紙と逆)なんだそうです。

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 円覚寺を出て、線路沿いに鎌倉側に進むとあるのが”明月院”。臨済宗建長寺派の寺院ですが”あじさい寺”としても有名。線路沿いから左に折れて小川沿いの道に咲き誇るあじさいを見ながら進みます。以前、”聖地巡礼 北鎌倉にうさまんを食べに行く(*3)”で訪れた喫茶店”風花”も健在でした。

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 明月院のあじさいは95%が”姫あじさい”という青くてやや小ぶりな品種。wikipediaによると、明月院があじさいを植えたのは第二次大戦後とのことですが、65年かそこらでここまで庭いっぱいに花を咲かせるようにしたのはさすがです。

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 庭にあった”花想い地蔵”さん。姫あじさいを抱えたお地蔵さんがかわいいです。横には

  人は誰しも、はかない花の思い出の中に生きています。
  大切な人との別れ、いとおしい物との別れ
  そんな時、ふと目に止まった花が、どんなにか心を慰めてくれたことでしょうか

 との解説の看板がありました。もっとも、これを読んで思い出したのが

  別れる男に、花の名を一つは教えておきなさい。花は毎年必ず咲きます。(*4)

 のほうなので、ちょっと生臭いですが・・・

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 明月院の方丈の奥には”菖蒲園”もあって、菖蒲が満開(今回はあじさい特集なので写真は省略)。
 もっといたかったんですが、名残惜しくも明月院を出発。元の線路沿いの道に戻って左に折れると踏切があります。ここを渡ってUターンすると”浄智寺”へつながる道があります。ふと反対側を見ると線路をくぐる小川のほとりにもおじさいが。誰が植えたわけでもないんでしょうがちょっとした所にもあじさいが咲いてるってのは心なごんでいいんですねぇ。栞子さんと大輔君も歩きながらこんな花を見たんでしょうか。

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 長くなりましたので、後編に続きます。


《脚注》
(*1)北条時宗
 鎌倉幕府第8代執権。モンゴルの2度にわたる日本侵攻(元寇)に勝利した武将。この時のモンゴル帝国の皇帝はクビライ・カーン。1度目が文永の役(1274年)、2度目が弘安の役(1281年)。”ひ(1)どいふな酔(274)い 元負ける”とか受験でやったなぁ。
(*2)鎌倉五山
 鎌倉にある禅宗の寺格。鎌倉時代に幕府が制定して室町時代に固定されんだそうです。
(*3)聖地巡礼 北鎌倉にうさまんを食べに行く
 桜庭一樹のライトノベル”荒野”に登場するスイーツ。主人公の女の子”山野内荒野”が食べていたので、これを食べるためだけに北鎌倉まで行きました。まあ、50代のおぢさんがねぇ・・・
(*4)別れる男に、花の名を一つは教えておきなさい~
 有川 浩の”植物図鑑”(角川書店)より。
 OLの”さやか”は、行き倒れたちょっといい男”イツキ”を拾って帰りました。この男、植物には詳しいは、そのへんの雑草で料理を作るはと、ハウスキーパーとしては完璧超人でした・・・
 といったお話。詳しくはこちらからどうぞ。
 ちなみにこの言葉のオリジナルは川端康成の”花”だそうです。

聖地巡礼 ”ビブリア古書堂”の近所に咲くあじさいを見に行きました(後編)(ビブリア古書堂の事件手帖/あじさい)

 ども、季節の花を愛でるおぢさん、たいちろ~です。
 「聖地巡礼 ”ビブリア古書堂”の近所に咲くあじさいを見に行きました」、後編です。
 (前編を読んでおられない方はこちらをどうぞ)


 さて、”浄智寺”です。こちらは鎌倉五山の第四位で北条時頼のお孫さん師時が建てたお寺。入り口には中国風の山門があります(中国風鐘楼門様式というんだそうです)。

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 これは入り口付近にあったガクアジサイ。円覚寺の姫あじさいとはちっと違った趣があります。


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 ビャクシンやコウヤマキの巨木、布袋さんの像なんかもあって面白かったですが次もあるので浄智寺を出て”東慶寺”へ。ここは鎌倉五山ではなくて”鎌倉尼五山(*1)”の第二位、つまり女性のための尼寺です。ご年配の方にはさだまさしの”縁切寺”といったほうがいいかも。妻から離婚できなかった時代に駆け込めば離縁できるという”駆け込み寺”です。
 境内には西田幾多郎小林秀雄岩波茂雄(*2)といった知の巨人たちのお墓があるそうですし、入り口には”夏目漱石参禅百周年記念碑”もあります。文学好きの栞子さんがこんなおいしい所を訪れなかったはずがないと思います。
 写真は石畳のかたわらに咲くあじさい。ほかにも花菖蒲や、ホタルブクロ、壁一面に咲くイワタバコなんかもありました。


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 なごり惜しみつつも、電車沿いの道に戻って鎌倉側へ。この道路は北鎌倉から鎌倉へ抜ける幹線道路なので、二人は車で通ったんでしょう。で途中にあるのが”建長寺”。鎌倉五山一位にして臨済宗建長寺派の大本山です。他のお寺とちがって、道沿いから大きな総門が見えるのですぐわかります。
 写真は境内のあじさい。仏堂、方丈などが見えます。


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 建長寺の奥に”半僧坊”というのがあって、その途中に咲くガクアジサイ白とピンクのツートンカラーがきれいです。半僧坊は急な階段を登った小高い場所にあるので、足の悪い栞子さんが一人でくるのはつらいかななどと思いつつ。


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 途中の河村瑞賢(*3)遺跡登り口に咲くあじさい。この円錐状に咲くあじさいはカシワバアジサイという種類です。葉っぱが柏に似ているからこの名前がついたそうですが、あじさいの葉っぱまであんまり見てないもんなぁ。


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 このあと長谷寺(*4)も回ったんですが、今回は北鎌倉ということでここまでです。


※おまけ1
 鶴岡八幡宮の近くにある”鎌倉いも吉館”で売っていたソフトクリーム”あじさい”です。紫いもと抹茶のミックス。ホントは抹茶味は苦手なんですが、一日中歩いて大汗かいてたので美味しくいただきました。


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※おまけ2
 2巻の最後に栞子さんが大輔君にお母さんの話をしたエピソードに出てくる七里ヶ浜の海岸。たぶん二人で座ってたのがこのへんです。真ん中辺に見えているのは江の島(*5)。さすがにいい波がきているせいかサーファーの人がいっぱいいました。


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 実は、おまけ2の七里ヶ浜以外は本書の中に二人で訪れるようなエピソードはないんですが(お話は8月から始まってるのであじさいの盛りも終わってるでしょうし)、ジモッティさんの二人が、ましてやオタッキーなほどの文学好きな栞子さんが今回ご紹介した場所に行かないはずがないってノリで書いてみました。


 昨日(6月21日)”ビブリア古書堂の事件手帖”の3巻が出ました。さっそく買ってきたので読みましょう!


《脚注》
(*1)鎌倉尼五山
 室町時代に五山の制に倣って尼寺に導入された臨済宗の寺格。
 現在は尼寺として存続してはいないそうで、男性も入ることができます。
(*2)西田幾多郎、小林秀雄、岩波茂雄、
西田幾多郎(1870~1945年)
 哲学者、京都大学教授。善の研究”は読みましたが、よくわかりませんでした。
小林秀雄(1902~1983年)
 文芸評論家。”無常といふ事”、”考へるヒント”など。あんまし読んでません。
岩波茂雄(1881~1946年)
 岩波書店創業者。処女出版が夏目漱石”こゝろ”というのが時代を感じます。
(*3)河村瑞賢
 鎌倉時代ではなく江戸時代初期の豪商。東廻り航路、西廻り航路を開き、大阪の淀川の治水工事をした人。これも日本史の授業でやったなぁ。
(*4)長谷寺
 こちらは臨済宗ではなく浄土宗のお寺。長谷観音と呼ばれる十一面観音立像があります。奥にある眺望散策路の斜面にあじさいがいっぱいでしたが、17時の閉門直前に行ったにも関わらずなんと90分待ち!
 この季節に行くなら混む前の朝に行くか夕方に行くほうがよさそうです。
(*5)江の島
 江の島電鉄で行くと、長谷、稲村ケ崎、七里ガ浜、江の島といった駅名が並びます。気分はもうサザンオールスターズです。

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