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空海において、ごくばく然と天才の成立ということを考えている(空海の風景/東寺)

 ども、最近仏教芸術にはまっているおぢさん、たいちろ~です。
 先日”空海と密教美術展(*1)”に行ってから、みょ~にこの分野が気になっています。だんだん仏さんに近づいてきてる歳ですので、まあそれもありかなと。
 で、この前京都に行く機会がありましたので、東寺に立体曼陀羅を見に行ってきました

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 写真はたいちろ~さんの撮影。東寺の講堂です。
 立体曼陀羅はこの中にあるんですが、内部は撮影禁止ですので外見のみ。
 立体曼陀羅は東寺HPでご覧下さい。

【本】空海の風景(司馬 遼太郎 中央公論新社、中公文庫他)
 弘法大師空海の讃岐、奈良、長安、京都、そして高野山に至る足跡を追いかけた小説。国家とのかかわり、同時代の人である最澄(*2)との確執など、”真言宗の開祖”だけではない空海の人間的な側面がよくわかります。司馬文学の最高傑作とのこと。
【旅行】東寺(とうじ)
 京都市にある東寺真言宗総本山の寺院。別名「教王護国寺」(きょうおうごこくじ)。 嵯峨天皇より空海に下賜されて、真言密教の道場になった京都の代表的な名所。
 境内には薬師如来を本尊とする金堂、立体曼陀羅のある講堂や、木造塔としては日本一の高さ(54.8m)の五重塔などがあります。

 立体曼陀羅は空海がその晩年に完成させただけあって、その荘厳さは大したもの。
 司馬遼太郎の筆を借りると

 空海は東寺に講堂を建立し、そこにおさめた二十一尊の仏像(五仏、五菩薩、五大明王、六天)は、わが国最初の密教の正規の法則(儀軌)による彫像であった。仏像のまわりの装飾的な装置も、祈念するに必要な宝具も正密によるすべてであり、密教の造形上の法則とシステムは、高野山に先んじて東寺において大完成した。
  (”空海の風景 (29)”より)

 ただ、個人的な感想を言わせてもらうと、”空海と密教美術展”との印象がずいぶん違うんですね。”東寺”の場合、人間界を睥睨するがごとき仏像とそれを拝むという相対する立ち位置に対し、”空海と密教美術展”は、ライトアップされた曼陀羅の間を回遊しながら(*3)、仏像のご尊顔を拝する、いわば”曼陀羅の中にあって幽玄を楽しむ”といった感じでしょうか。それに東寺は”遠くにいらっしゃる仏様を拝む”のに対し、”空海と密教美術展”では”できるだけ近くで仏像に秘められた美しさを鑑賞する”といった目的の違いかも。
 思うに、信仰の対象として仏像にまみえるという”東寺”の宗教的なありように対し、”美術品としての仏像”を展示するという性格の違いでしょうか?
 あるいは、極楽浄土という”遠くにある理想郷”を感じるのに距離感が必要だった平安の人々と、テレビや映画などの”アップで観る”という装置、携帯電話に代表される”距離を感じさせないシステム”に慣れた現代人の距離感の違いなんでしょうか?

 お寺といえば、東寺的な配置が一般的ですが、”宗教的な感動”という点では”空海と密教美術展”のような配置もありかなという気がします。

 ところで、東寺から帰ってきて”空海の風景”を読みました。せっかく空海のお寺に行ったんだから、少しは空海のこと、東寺のことを知りたいなぁと思ったのが動機です。が、この本、読む前に思っていたのと随分違うんですね。
 空海の人生については非常に多くのことが書かれていますが、東寺に関することって、上記の引用以外はほんの少し。
 どうも、司馬遼太郎の興味というのは、正密の理論を完成させた宗教家にして哲学者であり、三筆に挙げられる文筆家であり、多くの仏像や宝具を作らせた芸術家、満濃池の造成に代表される土木への関与、国家を動かして密教を流布させるプロデューサー的能力と数多くの天賦の才を与えられた”空海”がいかに成立したかというところにあって、出来上がったものについての興味は少ないのかも。

 ”空海の風景”は司馬遼太郎いわく小説ですが(*4)、むしろ時空を超えた紀行文といった感じでしょうか。”風景”とはよく言ったもので、空海自体の言葉は(書面に残されたものをのぞけば)ほとんどなくて、空海をとりまく空気みたいなもの=”風景”を積み重ねることで、空海という人の成立をすごくわかりやすいものにしています

 ダイジェストであれば”『空海の風景』を旅する(*5)”という本もありますが、多少時間がかかってもやはり本編を読みたいもの。司馬遼太郎の落ち着いた文体とあわせてお楽しみください。

《脚注》
(*1)空海と密教美術展
  東京国立博物館 平成館にて2011年9月25日まで開催された密教美術、仏像等の美術展。東寺講堂の仏像群による立体曼荼羅は圧巻でした。
(*2)最澄
 還学生(げんがくしょう、短期留学生)として国家の庇護を受けて遣唐使として長安にわたり、天台教学を日本にもたらし、天台宗の開祖になった人。
 旧勢力である奈良仏教との対立みたいな話が多いですが、”空海の風景”では以外に素直でまじめな人のようです。
(*3)曼陀羅の間を回遊しながら
 ”空海と密教美術展”の場合、全部の仏像があるのではないので、正確な表現ではないかもしれませんが、感覚なのでご容赦ください。
(*4)司馬遼太郎いわく小説ですが
 いまさらあらためていうようだが、この稿は小説である。
 ところで、こうも想像を抑制していては小説というものは成立しがたいが、
  (中略)
 しかしながら抑制のみしいていては空海を肉眼でみたいという筆者の願望は遂げられないかもしれず、このためわずかずつながらも抑制をゆるめていきたい。
  (”空海の風景 (1)”より)
(*5)『空海の風景』を旅する(NHK取材班 中公文庫)
 NHKスペシャルとして「空海の風景」を映像化した番組制作スタッフによる歴史紀行。
 映像自体もYouTubeで視聴出来ます

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