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2010年12月5日 - 2010年12月11日

世界で最も高額な宴会だ!(面白南極料理人/南極の氷)

 ども、酔いどれ料理人のおぢさん、たいちろ~です(ウソです)。
 さて、相変わらず就職が厳しい状況ですが、こんな求人広告があったらあなたは応募しますか?
  仕事内容:料理の作成、科学者の調査研究補助、その他雑用
  勤務期間:約1年強(訓練、赴任地への移動期間含む)
  勤務形態:住み込み、3食付き。勤務期間中の帰宅不可(交通機関不便のため)
  勤務地 :ドーム内(ただし、ドーム外は気温-57℃)
  福利厚生:誕生日等でパーティあり。専属医師あり
 一見、よさそうな条件です。ただし、外気温と、帰宅不可を除けば・・・
 ということで、今回は”宇宙戦艦ヤマト(*1)”もかくやという職場に奉職した料理人の物語”面白南極料理人”であります。


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写真はたいちろ~さんの撮影。南極観測船”しらせ”で展示された南極の氷です。
よこすか開国祭(2010年)に開催された基地祭で撮影しました。


【本】面白南極料理人(西村淳、新潮文庫)
 著者の西村淳のお仕事は南極大陸のドームふじ基地(*2)で隊員の食事を用意するコックさん。ウイルスさえも生存しない環境の中、選り抜きの食材と創意工夫で乗り切るスーパーコックさんのエッセイ集(ルポタージュかな?)
 2009年に堺雅人が主演で”南極料理人”のタイトルで映画化。こっちもけっこう面白いです(詳しくはこちら
【自然】南極の氷
 説明してくれた自衛官の方に”南極の氷は溶ける時にピチピチが音するって本当ですか?”と尋ねたら”実際に触って聞いてみてください”と言われたのでやってみたら、確かに音がしました。これは南極の氷が通気性がなく空気が氷中に閉じ込められるからだそうです。
 写真の氷は南極から流れ出した氷山から採取したものとのこと。


 だいたい、一般の冷凍庫で-18℃以下、マグロ漁船の冷凍庫が-60℃以下なんだそうですから、ドームふじ基地はマグロ漁船の冷凍庫の中で生活しているようなもの。私も雪山登山で-20℃っていうのを経験したことがありますが、テントの中でも油断してると水は凍るは、皮の登山靴はカチカチになるわの世界です。これより3倍低温ってのはちょっと想像つきません。
 ですからこの職場、”絶対に行きたくない”っていう人がほとんどでしょうが、ごくまれに行ってみたい人もいるかも(*3)。ちなみに私は行ってみたい派です。

 以前、人間は船旅だとかで、あまり楽しみのない空間に閉じ込められると”食べること”が最大の娯楽になると聞いたことがあります。なんで、南極のコックさんとしてはあんまり変な料理は出せない。普通なら腕の見せどころってとこなんでしょうが、材料が限られているし、”ちょっとコンビニまで買い行って来ます”ってわけにもいかない。
 この本で面白かったのは、食材が思いっきり偏ってるんですね。

【生鮮野菜がほとんどない】
 冷凍のきくネギ、ニンジン、ジャガイモはOKですが、なんせ、-50℃の環境なので冷凍できない野菜がまずNG。それでもなんとかレタス・貝割れ・もやしは育つそうですが、ミニトマト、キュウリはだめ(実はならないけど葉っぱは出るとのこと)

【寿司は意外にOK】
 日本の寿司屋でも冷凍食材を使ってるように、魚モノは結構充実してるみたいです。お米は圧力ナベで炊けるので(*4)、スシは食べれるとのこと。

【肉はちょ~豪華】
 エピソードで多いのがちょ~豪華なお肉。6kg20万円の「宮内庁御用達中央畜産卸推薦松坂牛ヒレ肉塊」がサッポロ一番味噌ラーメンの具になったりとか、米沢牛の塊ドーンと10kg食べ放題とか、-40℃の野外でのジンギスカンロース肉パーティとか(焼けたらすぐ口に入れないと凍っちゃうそうです)。

【酒は凍る】
 -40℃の野外では、ビールは1分以内で苦い氷に、日本酒も数分でシャーベット上に、ウォッカやウイスキーも20分ぐらいで瓶の中に氷の柱が立ってくるとのこと。
 ”コンクウィスキー”というアルコール度数65~70度(*5)はもつそうですが、これを飲みつけると普通のウィスキーの水割りが軽い飲み物になるんだそうです。

 それ以外にも高級食材のフォアグラのサラダや、伊勢海老1人1本入りの味噌汁ががある一方、みりんやめんつゆが切れたなんていう会話をしてるアンバランスなエピソードがけっこう出てきます。

 もし、これが日本国内なら”一介の国家公務員が血税を使ってこんな贅沢を!”(*6)と一発で事業仕訳けの対象になりそうですが、まあ、よろしいんじゃないでしょうか、ストレスのたまる職場なんだし。

 あと、ばかにならないのが輸送コスト。日本から15000キロ。昭和基地から雪上車で1000キロの輸送距離ですがら、めちゃくちゃコストがかかっているはず。
 つまり、食材+輸送コストを考えると”世界一高い宴会”をやってるんでしょうなぁ、この人たちは。でも、できれば、やっぱり行ってみたいです。

  ”面白南極料理人”は、秀逸なノンフィクション。過酷であろうドームふじ基地の生活をこんだけ面白く書けるのはたいしたもんです。私は一気に読めました。映画の”南極料理人”も合わせてお勧めです。

《脚注》
(*1)宇宙戦艦ヤマト
 ちなみにヤマトのファーストミッション(TV版第一作)を書いてみると
  仕事内容:コスモクリーナーDの受け取り及び輸送。ただし時々戦闘あり。
  勤務期間:約1年弱(訓練期間等を除く)
  勤務形態:住み込み、3食付き。勤務期間中の帰宅不可(交通機関がないため)
  勤務地 :船内(ただし、船外は真空、-270.42℃。時々超高温)
  福利厚生:地球を離れる時にフェアウェルパーティあり。専属医師あり、ただし専門は獣医
 艦首波動砲、三連装ショックカノンなどの兵装満載のヤマトですが、本来のミッションは運送業。確かに、ガミラスの冥王星前線基地を波動砲でぶっ飛ばす以外は自ら積極的に戦闘をしているわけではありませんね。
(*2)ドームふじ基地
 日本の南極観測基地のひとつ。昭和基地からは約1000km離れており、雪上車や航空で移動するそうです。1996年5月14日に記録された最低気温は-79.7℃。標高3810mは富士山頂3776mよりも高所です。
(*3)ごくまれに行ってみたい人もいるかも
 映画版では本来、南極に行くのが子供のころからの夢だった鈴木くんの代わりにいう、西村くんが半ば無理やり派遣されるというエピソードが出てきます。原作では、かなり軽いノリで引き受けているみたいですけど、一般的には映画版なんでしょうねぇ。
(*4)お米は圧力ナベで炊けるので
 登山をしない人にはわかりにくいかもしれませんが、高所になると沸点が85℃まで下がるので、この温度で普通にご飯を炊くと芯が残ります。実際に高所にある日本の山小屋でも圧力ナベを使ってるようです。
(*5)アルコール度数65~70度
 通常のウィスキーは45度ぐらい。ロシアのエピソードで”シベリアの寒さを乗り切るにはウォッカが必要”みたいな話がありますが、寒いとそうなるんでしょうなあ。
 普通でやるとアル中まっしぐらでしょうが。
(*6)一介の国家公務員が血税を使ってこんな贅沢を!
 西村くんの身分は、国土交通省の外局である海上保安庁の職員”海上保安官”です。

起業とは、情熱が引き起こす犯罪のようなものだ(グーグルが描く未来/サクラソウ)

 ども、ブログを書くのにGoogleやYahoo!のお世話になってるおぢさん、たいちろ~です。
 先日、娘から大学の課題を見せてもらったんですが、「引用はかまいませんが”コピペ”の評価は0です」って書いたりました。最近は、小中学生でもコピペ当たり前、盗作騒ぎまで起こっているようで(*1)、書くほうも、評価するほうも大変です。
 先日読んだ本に”昔の卒論は手書きで80枚もかけばちゃんと結論に落ちてなくても、書きなおすのが大変だからOKみたいなところがあったけど、今はワープロだからコピペの引用は見破られて、ちゃんと論旨が展開していて結論に落ちてないとダメ。本質を問われるので結構しんどい(*2)”みたいな話が出ていましたが、適当な卒論書いて卒業したおぢさんとしては耳の痛い話です。
 ということで、今回ご紹介するのは日ごろお世話になってるGoogleの創業者を扱った”グーグルが描く未来”であります。


0307
 写真はたいちろ~さんの撮影。近所のサクラソウです。


【本】グーグルが描く未来(リチャード・L・ブラント  武田ランダムハウスジャパン)
 原題が”INSIDE LARRY AND SERGEY’S BRAIN(ラリーとサーゲイの頭ん中)”とあるように、検索サイトの巨人”グーグル”の創業者であるラリー・ペイジとサーゲイ・ブリンが何を考えているかをまとめた本。
【花】サクラソウ(桜草)
 サクラソウ科サクラソウ属の多年草。桜色のかわいい花が咲きます。プリムラ(西洋サクラソウ)も同じ仲間ですが、こっちは色が白いのが多いみたい。
 花言葉は”希望、青春の始まりと終わり、運命を開く”など。


 改めて見てみると、グーグルというか検索ビジネスって本当に最近のことなんですね。どこをスタートと見るかによりますが、ほとんど2000年代のもの。年表にしてみるとこんな感じです。

  1995年12月 アルタビスタ(アメリカの検索エンジン)公開
  1995年 3月 Yahoo!設立
  1998年 9月 Google起業
  2000年 6月 Yahoo!のサーチエンジンにGoogleを採用
  2001年 8月  日本法人のグーグル株式会社を設立
  2001年12月 ”アキハバラ@DEEP(*3)”(石田衣良)の長編小説が
        別冊文藝春秋に連載(2002年1月号~2004年7月号)
  2004年 2月 Yahoo!のサーチエンジンの契約終了。
  2010年 7月 Yahoo!がGoogleと検索分野などで提携すると発表
  2010年12月 公正取引委員会が両社の提携に独占禁止法上の措置をとるため
        引き続き調査を行う必要はないとの判断を発表

 小説の”アキハバラ@DEEP”を入れたのは、この小説が画期的な検索エンジンの開発を扱っているからですが、2001年とGoogleが一般化する直後ぐらいの時期で”まだ一発逆転が効きそう”みたいな雰囲気があったから。
 でも、検索エンジンのビジネスって意外なほど興味を持たれてなかったんですね。本書によるとアルタビスタを開発したDECにしても”DECのサーバーの性能をひけらかしたいだけ”だったそうですし。今でこそ提携でごたごたしているYahoo!にしてもGoogleの検索エンジンを採用しているぐらいだし。当時の企業の中でも、Googleになれるチャンスはたくさんあったはずとのこと(*4)。

 で、なぜGoogleだったかというと、ラリー・ペイジとサーゲイ・ブリンがいたから。2人の起業家のインターネットに対する理解、情熱、検索に対する姿勢、直感といった資質が成功をもたらした要因としています。

  起業とは、情熱が引き起こす犯罪のようなものだ。
  そこには動機、手段そしてチャンスがそろう必要がある。
  グーグルにチャンスあると認識できたのは創業者たちだけであり

   (中略)
  手段と動機はラリーとサーゲイ自身である
   (中略)
  彼らの存在なくして、これほど偉大な企業になるようなダイナミズムは
  持ち得なかっただろう。

 会社でよく新規ビジネス検討のワーキングみないなのがあるんですが、なかなかビジネスが実現しない。なんでかというと、ビジネスプランを立てて、関係者に根回しして、会議で検討して、稟議書書いて、そこから予算措置をして・・・みたいなことをやっていると、ここまでで膨大なエネルギーが必要だし、のたのたやってて時間ばっかしかかっちゃう。ましてや、現業も抱えてるし、給料が上がるわけでもないし、みたいな。
 トップマネジメントが動機と手段を持っている奴を見つけてきて、目の前に10億円ばかし現ナマ積んで見せて、”責任はオレがとるから、好きにやってみろ!”ぐらい言ったほうがうまくいくんじゃないかなぁ。いわゆるインキュベーターのベンチャーキャピタルみたいに、チャンスと人材の見極め機能をトップマネジメントの仕事と割り切ったほうがいいんじゃないかと、この本を読んで思っちゃいます。

 検索ビジネスって、始まってからの年数で考えるとまだティーンエイジャーぐらいの青春期。そんな時期でも、始まりを作る企業もあれば、終わっちゃう企業も出てきます(*5)。でも、起業家ってのはやっぱり”運命を開く”人たちであることには間違いなさそうですね。

 ”グーグルが描く未来”は、Googleという会社というよりも、2人の創業者の傑出した個性を書いた本。検索ビジネスの流れみたいなのを知るには良い本です。

《脚注》
(*1)盗作騒ぎまで起こっているようで
 2010年10月、前橋市が主催する詩のコンクール「詩(うた)のまち前橋若い芽のポエム」で、金賞作品が盗作であることが発覚した。盗作していたのは秋田市内の中学3年の女子生徒(15)で、ネットの投稿サイトからの盗用だった。コンクールの存続にもかかわる事態となったが、ネットを含めた膨大な作品群から盗作を見抜くのは至難の業という現実もある。(産経新聞ニュースより抜粋)
(*2)昔の卒論は手書きで80枚もかけば~
 ”人生2割がちょうどいい(小田嶋 隆、岡 康道)”より。詳しくはこちらをどうぞ。
(*3)アキハバラ@DEEP
 人付き合いヘタ、潔癖症、アルピノ、引きこもり、武闘派メイドさんといった連中の集まった”アキハバラ@DEEP”が画期的な人格移植型検索エンジン”クルーク”を開発した。大手IT企業の悪玉にそれを奪われたとき、おたくたちの戦いが始まった!
 2006年にテレビドラマ化、映画化。映画版の山田優がかっこいいぞっと。
(*4)Googleになれるチャンスはたくさんあったはずとのこと
 じゃあできるかというとまた別の話。検索エンジンの優秀さが理由に挙げられることが多いGoogleですが、世界中のウェブサイトから情報を集めてインデックスを作るために数十万台のサーバを保有するという装置産業的な側面も持っています。
(*5)終わっちゃう企業も出てきます
 上記のアルタビスタを開発したDECはコンパックを経てヒューレットパッカードに買収されました。

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