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2010年11月21日 - 2010年11月27日

世界にはばたくポケモン、ジェットだぜ!(菊とポケモン/ポケモン新幹線)

 ども、子供にポケモン買わされたおぢさん、たいちろ~です。
 先日、ゲームボーイを開発した横井軍平の本(*1)を読んでたら、たまたま”菊とポケモン”という本を見つけたのであわせて読んでみました。日本のコンシューマー製品でワールドワイドにヒットしたコンテンツ”ポケモン”って文化的にどう見られているのか?!ということもあって、アエラ的なお題を出しつつ(*2)、”菊とポケモン”の紹介であります。

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写真はたいちろ~さんの撮影。
ポケモンジェトと言いながら、ポケモン東北新幹線の写真しかありませんでした。申し訳ない。


【本】菊とポケモン(アン アリスン 新潮社)

 文化人類学者アン アリスンによる日本のポップカルチャー”パワーレンジャー(日本のスーパー戦隊モノのリメイク)”、”セーラームーン”、”たまごっち”、”ポケットモンスター”を研究した本。単なるオタク本のたぐいではなく、かなりハイレベルな論文です。
 原題は”Japanese Toys And The Global Imagination”ですが、”菊とポケモン”はネーミングの勝利です(*3)。
【旅行】ポケモン新幹線
 外装にピカチューをはじめとしたポケモンのキャラクターをあしらった乗り物。
 ポケモンジェットの最初の就航は1998年とのことです。新幹線(JR東日本)は2008年に運行。
機内サービスとかはポケモンジェットのほうが上かなぁ。


 アリスンが結論として述べているのは、下記の3点

(1)グローバル文化の覇権を握っていたアメリカのソフトパワーの縮滅
(2)グローバルに想像力を喚起する新しいモデルは、作品自体に人々を引きつける
  魅力があるが、作成した国やその文化に対する好感を喚起するものではない
(3)クール・ジャパンが世界で人気を勝ち得た理由は、新世紀の資本主義的
  マーケティングと合致したファンタジー構成
があるからと考えるのが妥当

 数年前にサン・フランシスコに言ったときにトイショップにポケモンやドラゴンボールのゲームとかグッズが置いてあって、子供から”買って欲しい!”とせがまれたんですが、”日本でも売ってるやろ!”とダメ出ししたんですが、実はこれは間違いみたい。
 海外に輸出されている文化ってのは、ちゃんとその国ごとにカスタマイズされている場合があるってことです。これが(2)で言ってる内容。
 古くは”ゴズィラ(*4)”のように、日本のものを換骨奪胎してるってのは程度の差こそあれ、今でもあるそうです。
 ”グローバル化”っていうのは世界のどこでも通用するって言う印象がありますが、どうも”無国籍化”っていう側面もあるみたい。ポケモンの場合、ポケモンワールドは日本をモチーフにしたものではなく、どこにもない世界が舞台で、それがどこででも受け入れられる理由の一つだとか。逆にセーラームーンがアメリカで失敗作の烙印を押された(*5)のは日本的なテイストをそのまま持っていったのがまずかったとの評価をしています。
 こういった点をちゃんと押さえておかないと、手放しに”クール・ジャパン”礼賛に陥って危険なのかもしれません。

 あと、ポケモンの魅力を経済っていう観点で論じているのもユニーク。
 文化人類学の本なんかを読むと需要と供給などの狭義の経済のほかに”交換”と”贈与”っているのが出てきます。
 ポケモンっていうのはこのへんがゲームに組み込まれていて、単純にポケモン同士の戦い(バトル)のほかに友達にポケモンをあげたり、交換(トレーディング)ができるのが直線的なストーリーを追いかけるディズニーアニメではなかった点だと指摘しています。じゃあ昭和の時代の昆虫採集とかメンコみたいな牧歌的な世界だけかというと、交換自体がリアルな経済というか、レアモノは高いみたいな市場価格が形成されているとか、シビアな経済原則の側面にも言及していて、こういった二重構造的なところは面白いです。

 たくさんあるオタク評論とは一線を科したユニークな本。”ポケモンはよく解らない”というおぢさん世代(私もですが)ですが、単にゲーム批判をするだけでなく、こういった見方もあるという点では面白い本です。ただし内容はけっこうハイブロウな、噛み応えのある内容です。

《脚注》
(*1)ゲームボーイを開発した横井軍平の本
 ゲームの父・横井軍平伝(牧野武文 角川書店)のこと。
 詳しくはこちらをどうぞ
(*2)アエラ的なお題を出しつつ
 朝日新聞出版が発行する週刊誌。まじめな雑誌ながら、ど~しようもなくくだらない駄洒落を使った「一行コピー」が魅力。編集会議で何にするかをまじめに議論している姿を想像すると笑えます。
(*3)”菊とポケモン”はネーミングの勝利です
 日本研究の古典、ルース・ベネディクトの”菊と刀”のもじりです。日本語版あとがきでアリスンが”文化人類学者という共通項はあるが立ち位置は異なる”とコメントしています。こっちも現在読書中なので、また別の機会に。
(*4)ゴズィラ
 日本の”ゴジラ”をアメリカに輸出するにあたって、特撮は日本で俳優をアメリカ人にした”怪獣王ゴジラ”ってのがあります。見たことはないけど。本書ではこのバージョンを”ゴズィラ”と表記。
(*5)セーラームーンがアメリカで失敗作の烙印を押された
 他の国では成功しているし、アメリカでもカルト的な人気を得ているので、一概に失敗だとは言えないですが。
 ただ、アメリカというディズニーを擁するアメリカでも人気を得たことの裏返しが(1)で言ってるアメリカンパワーの低下にあたります。

ここでないどこかへ 2010(ファイアーキング・カフェ/東京物語/ダリア)

 ども、とうとう51歳になってしまったやまとんちゅーのおぢさん、たいちろ~です。
 私の好きな作家のひとりに”いしかわじゅん”というのがいる。
 漫画評論家としては”BSマンガ夜話”のパネリストを務め(*1)、小説やエッセイも書くし、片山まさゆき、はだみちとし、内田春菊といった漫画家を世に送り出すというマルチな才能の持ち主しだが、本業は漫画家である(*2)。
 で、この人が久しぶりに小説を出したので読んでみた。今回ご紹介する”ファイアーキング・カフェ”だ。


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 写真はたいちろ~さんの撮影。近所のダリア。


【本】ファイアーキング・カフェ(いしかわじゅん 光文社)
 那覇にはいろんな人がいる。沖縄出身のとうちなんちゅー、そして本土から流れてきたやまとんちゅー。それぞれにつらい過去、やるせない現在を生きている。だが、出会いと別れの中で未来に向かって踏み出していこうとする者もいる。
 那覇で生きている人々を描いた連作長編小説。
【本】東京物語(いしかわじゅん e-Book)
 コマちゃんこと独楽彦君は独身のフリーライター。女子高校生のガールフレンド小夏がいながら、なぜがもててしまう日々。そんな二人を軸に、バブルな時代の若者たちの日常を描いた青春漫画
 1989~1993年に週刊プレイボーイに連載(*3)。
【花】ダリ
 キク科ダリア属の多年生草本。原産地がメキシコの高原。和名はテンジクボタン(天竺牡丹)とあるように、牡丹に似た華やかな花が咲く。
 花言葉は見たとおりの”華麗、優雅”の他に”移り気、不安定”というのも。


 ”ファイアーキング・カフェ”を読んで思い出したのが、同じくいしかわじゅんの”東京物語”だ。この2作品には共通のテーマがある。それが”ここでないどこかへ”。だが、語られるシチュエーションはかなり異なる。

 ”東京物語”は手元にないので記憶で恐縮だが、確かオーディションか何かで役者志望の若者に、役者になりたい理由を聞いた時の答えが”ここではないどこかへ行きたいんです”だったと思う
 ちょうどバブル終焉直前の最後のきらめきを見せていた時期で、アルバイトなんかをしながらでもなんとなく生活できていて、夢を喰べながらでも未来を信じていられていた時代(*4)。言ってみれば”ここでないどこか”とは”未来”と同義語だった。
 それが”バブルという時代”の空気だったのかもしれない。

 そして2010年。
 ”ファイアーキング・カフェ”で、”ここでないどこか”を求めて那覇に来た人たちの言葉はこうだ。

 ミュージシャン志望のフリータの男と同棲していた愛は、コンビニとキャバクラと風俗で稼いで貢いだあげく、その男は他の女と逃げられた。

  愛  :カレシがいなくなった部屋にいたら、もうなんだか、
      私には何も残っていないような気がして、
      だから、いっそ一度知り合いが誰もいないところにいっちゃおうと思って
      そしたら、沖縄なんていいかなって・・・ 暖かいし

       (中略)
      なんとなく、どこかへいきたいんですよね。
      今までいたところで、もう何もすることがなくなっちゃって、
      だから次のとこにいきたいんだけど、どこいったらいいのかわからないし

 話を聞くのは、人間関係に疲れて本土から望んで転勤してきたOLの真由美。彼女のモノローグがこう重なる。

  真由美:ここじゃないどこか。
      誰もが、ここじゃないどこかに自分の居場所はあると思うのだ。
      自分のためだけに用意された場所が、どこかにあると思うのだ。
      私も、そうやってここに来た。

 将来の展望もなく、1泊1500円のドミトリーに住む21歳の愛。
 支社長からも信頼されているキャリアウーマンながら、独身でレズの38歳の真由美

 程度の差こそあれ、二人にとって”ここでないどこか”は逃亡の地でしかないのかもしれない。そこは”東京物語”にあるような”熱のある場所”ではないのかもしれない。

 ”ファイアーキング・カフェ”の中でもっともアクティブなのが、那覇の出版社社長の中年男性と付き合っていた女子高校生のダリア。出版社を倒産させて夜逃げ同然に東京に向かった男を追いかけて彼女も東京に旅立つ。”百万円たまったら東京に行く”という意思と実行力。そこには”ここでないどこか”といったあやふやなものではなく、その先はどうなるかわからなくても”愛する男のいる東京”という明確な場所がある。

 この2作品の違いが、バブルという時代と、暗い世相の現在から来るのか、浮遊する空間である東京と、土着の生命力を持つ那覇との差から出たものかはわからない。
 ただ、”ここでないどこか”には、やはり未来につながるどこかであって欲しいと望んでしまうのだ。

 ”ファイアーキング・カフェ”は新刊だが、 ”東京物語”は現在は絶版。ただし電子書籍としてネットで入手できるので、ぜひ合わせて読んでいただきたい。

《脚注》
(*1)”BSマンガ夜話”のパネリストを務め
 ”BSマンガ夜話”はNHK・BS2で不定期に放送されているテレビ番組。1つの漫画を1時間かけて語り合う(番組終了後も続けて語り合っているらしい)というコアな内容。この番組を見たいがためにBS2を契約したいと思ったぐらい。
 漫画評論家は数多くいるが、文章が書けて、絵(漫画)も描ける人というのはいしかわじゅんと夏目房之介ぐらいしか私は知らない
(*2)本業は漫画家である
 ”憂国”、”約束の地”、”至福の街”といったSFっぽいものから、”パンクドラゴンシリーズ”、”ちゃんどら”、”うえぽん”といったギャグマンガ、今回の”東京物語”のようなスリーリーマンガまで幅広いジャンルで名作を出している。
(*3)1989~1993年に週刊プレイボーイに連載
 中のエピソードにトッップアイドルがヌード写真集を出すという宮沢りえの”Santa Fe”(1991年発刊)をモデルにしたものがある。そういう時代だったのだ。
(*4)夢を喰べながらでも未来を信じていられていた時代
 リクルート社のアルバイト情報誌「フロムエー」がフリーアルバイターをフリーターと略したのが1987年、広辞苑に掲載されたのが1991年(Wikipediaより)。
 現在の”就職を希望しながらフリーターにならざるを得なかった”といったネガティブは言葉ではなく、”自分の夢を実現するためにあえて就職を拒否する”といった前向きなものだった。

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