« ハードボイルド探偵って意外にツンデレ属性なのかも・・・(私が殺した少女/スナップドラゴン) | トップページ | 究極のババ抜き、「JAL祭り」(ネット金融維新伝/キョウチクトウ) »

「神戸新聞の7日間」に思う(神戸新聞の100日/神戸港震災メモリアルパーク)

 ども、神戸に住んでいた、たいちろ~です。
 結婚してから、2年半ほど神戸市垂水区に住んでおりました。阪神淡路大震災の時は東京に引っ越していて、直接地震にはあっていませんが、親戚にも被災した人と、被災を助けた人がおります
 2010年1月16日”神戸新聞の7日間(*1)”を観ました。で、いろいろ考えたことを書いてみます。
 それにしても、地震からもう15年にもなるんですね。

0307
写真はたいちろ~さんの撮影。
神戸港震災メモリアルパークです。





【本】 神戸新聞の100日(神戸新聞社 角川ソフィア文庫)
 神戸の地元新聞”神戸新聞”。本社ビルが全壊し、自らも被災者でありながら新聞を発行していくノンフィクション。
 今回のドラマの原案としてテロップで紹介されています。
【旅行】神戸港震災メモリアルパーク
 神戸港のメリケンパークにある岸壁。阪神・淡路大震災により沈降、傾いた街燈が保存されています。
 メリケンパークは地震の前にも訪れたことがあるので、最初にこの光景を見たときは信じられませんでした。


 被災したのは私の義理の両親。東灘区のマンションに住んでおりました。マンション自体は壁にひびが入った程度で、倒壊した家屋の方に比べると軽微ではありましたが、近くでがけ崩れのおそれがあるとのことで、一時期、千葉に住んでいた私の家に非難してもらいました。復旧していた阪急西宮北口駅まで歩いて大阪まで出たそうですが、ほとんど着の身着のままで神戸から来た自分達と、何もなかったかのような大阪のギャップに驚いたといった話をしていたのを覚えています。
 今回のドラマでも全壊指定を受けた神戸新聞本社(*2)といつもどおりの京都新聞の編集室の映像がありましたが、確かにそうだんったんでしょうね。

 被災を助けた側だったのは、私の義理の兄で消防署に勤務しておりました。当時は救急車に乗っていて、自身の家族も被災していましたが、消防署にとんでいってそのまま一週間、家に帰らなかったそうです。全国の消防署から応援の人が来て”休んでください”と言ってくれたそうですが、とてもそんな気にならなかったとのことでした。
 また、ドラマの中で救助の要請に対して”息のある人から助ける”といって救助の人が立ち去っていくシーンがありましたが、あれはやるほうもかなりつらいことだと言ってました。今でこそ、トリアージ(*4)という考え方もありますが、”非情である”という風に観ないで欲しいと思います

 私事ですが、私は会社で”新型インフルエンザ対策/事業継続”の担当者をやっております。我が身を考えると、”被災した家族をほっといても仕事に行くか”と訊かれて”行く”と答える自信はありません(*3)。
 ですので、新聞社の人といい、消防署の人といい、仕事の内容は違っても社会インフラの人の使命感には頭がさがります

 現在の新聞はコンピュータを使って作成さています。ドラマでは描かれていませんが、私の知人がこのコンピュータの復旧を担当していて、”神戸新聞の100日”で紹介されていました。当時は35歳ぐらいですから、まだ一担当者だったにもかかわらず名前を載せられていましたので、相当現場で苦労したんだと思います。

 ”神戸新聞の100日”は、被災者と報道する立場という二面性を持たざるを得なかった人たちによる稀有な本だと思います。読後からもう15年近くたっていて、改めて読もうと思いましたが、すでに絶版になっている様子。
 ドラマの中でも”語り継ぐことが新聞記者の使命”といったコメントがありましたが、ぜひ、出版し続けて欲しいと思います。

 文末ではありますが、亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。

《脚注》
(*1)神戸新聞の7日間
 2010年1月16日にフジテレビ系列で土曜プレミアム特別企画として放映。サブタイトルは”命と向き合った被災記者たちの戦い”。
(*2)神戸新聞本社
 三宮駅のまん前にあった新聞会館の中にありました。三宮のランドマークでもあったので、95年の夏に三宮に行ったときには跡形もなくなっていて、すごく違和感があったことを覚えています。
(*3)トリアージ
 人材・資源の制約の著しい災害医療において、最善の救命効果を得るために、多数の傷病者を重症度と緊急性によって分別し、治療の優先度を決定すること(Wikipediaより)
(*4)”行く”と答える自信はありません
 お客様の事業継続で”コンピューターのバックアップサービス”の企画担当もしています。現在のコンピュータは人間がバックアップシステムのある場所まで行かないと動かないので”自分の家族が被災している状態で仕事に行くか”という問題は、実は重要な要素になります。
 この議論は、被災状況や感情論(仕事への義務感、家族愛、人道 等)の問題に帰結するので、事前に担当を決めて、その通り動くというのはかなり難しいです。
 結局、”行ける人間が行く”というルールを決めるぐらいしか解決策はないんじゃないかと個人的には考えています。

 奥様ブログ 「フラワークラフト作家”Ann”のひとりごと」はこちら

« ハードボイルド探偵って意外にツンデレ属性なのかも・・・(私が殺した少女/スナップドラゴン) | トップページ | 究極のババ抜き、「JAL祭り」(ネット金融維新伝/キョウチクトウ) »

旅行・地域」カテゴリの記事

映画・テレビ」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/528774/47313966

この記事へのトラックバック一覧です: 「神戸新聞の7日間」に思う(神戸新聞の100日/神戸港震災メモリアルパーク):

« ハードボイルド探偵って意外にツンデレ属性なのかも・・・(私が殺した少女/スナップドラゴン) | トップページ | 究極のババ抜き、「JAL祭り」(ネット金融維新伝/キョウチクトウ) »

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

無料ブログはココログ