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2009年2月22日 - 2009年2月28日

ジャズとライラック(青年は荒野をめざす/荒野/ライラック)

【本】青年は荒野をめざす(五木 寛之 文春文庫)
 ジャズ・ミュージシャンを目指すジュンは、”自分のジャズに欠けている何か”を探すために旅に出る。ソビエト(*1)、北欧、パリのでのさまざまな人々との出会いを通して成長していく青春小説の傑作。
【本】荒野(桜庭一樹 文藝春秋)
 ”すこしの孤独は、ここちよいのだ”をご参照
【花】ライラッ
 モクセイ科ハシドイ属の落葉樹。フランス語ではリラ。でも呼ばれる。”ライラックまつり”の開催される札幌市の木でもあります。白いライラックの花言葉は”年若き無邪気さ、青春の喜び”、紫は”恋愛のはじめての喜び”

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写真は、”北の国から通信@HOKKAIDO-北海道”より



  ジャス   = アメリカ、黒人音楽、ハングリー・アート
  ライラック = 北国の花、北海道、渡辺淳一(*2)

 先日、桜庭一樹の”荒野”を読みました。で、主人公の悠也くん(中学校1年生)の愛読書”青年は荒野をめざす”を30数年ぶりに再読しました。今回は”青年は荒野をめざす”のお話。

 和歌の世界には、”本歌取り(*3)”という技法がありますが、悠也くんの行動も、”青年は荒野をめざす”に多大なる影響を受けていることが改めてよくわかりました。

 ”青年は荒野をめざす”の主人公のジュンは、自分のジャズを見つけるために、ジャズ喫茶でアルバイトをしながらためた10万円を持ってナホトカ行きの船に乗ります。そこで出会った麻紀、ジャズプレイヤーのフィンガー氏を始め、ケン、クリスチーヌといった個性的な人々たちとの出会いを経て、アメリカへ渡る船の上で話は終わっています。

 ジャズはアメリカなんでしょうが、ソ連、北欧といった凍てついた国々は、ジャズの持つ”熱さ”と、自分をクールに見つめる”冷徹さ”をうまくミックスさせています。それに、ライラックの森の中でスチュワデス(*4)のお姉さんと初エッチしているし。

 ”青年は荒野をめざす”の掲載は、解説によると平凡パンチ(*5)ということなので、読者層は大学生以上であったと思われます。ですから、中学校1年生でこの本を読んでいた悠也くんは相当早熟だったんでしょうね。多感な時期にお母さんの再婚という出来事があって、自分の居場所を求めてアメリカ留学をしたものと思っていましたが、意外とそんなことが無くても、この男の子は家を出ていたかもしれません。

 身も蓋もない言い方ををしてしまうと、この小説は”自分探しの旅”でもあります。最近のフリ-ターや、ニートの話にも”自分探し”というのがでてきますが、”最近の若者は”なんて、非難がましくいえた義理ではありません。おぢさん達だって、若いころは似たようなものです。
 ただ、大きく違うのは、昔はインターネットやパソコンすらなかった時代なので、”書を捨てよ、町へ出よう(*6)”しかなかったんですね。内向きには、本を読んだりレコードを聞くか、古いギターをポロンと鳴らすぐらいしか(*7)することがなかったので、勢い外向けにアクティブにならざるを得なかったんでしょうか。今のおぢさんが若いころにインタ-ネットがあったら、今の若者と同じことをやってるかもしれません。まあ、こうやってブログを書いてること自体、まんまかも。

  安全な暖かい家庭、バラの匂う美しい庭、友情や、愛や、優しい夢や、
  そんなものの一切に、ある日突然、背を向けて荒野をめざす。
  だから彼らは青年なのだ。それが青年の特権なのだ。

 終章で、教授職や家庭を捨てて蒸発した通称”プロフェッサー”が、ジュンたちとアメリカを目指す船の上で語る言葉です。
 おぢさんたちが、ウルマンを持ち出すと危険ですが(*8)、さすがにプロフェッサーが語ると重みがあります。

 桜庭一樹の”荒野”を読まれる方には、ぜひあわせて読んでいただきたい一冊。でも、中学1年生にはちょっと早いかな。


《脚注》
(*1)ソビエト
 この小説が書かれたのは、1967年。ニッポン放送で深夜放送の”オールナイトニッポン”が始まった年でもあります。当然、ソビエト社会主義共和国連邦(ソ連)の時代です。現在のロシア連邦を考えると隔世の感があります。
(*2)渡辺淳一
 今でこそ、恋愛小説の大家ですが、元々は北海道のお医者さんで医学小説を中心に執筆していました。イメージは”リラ冷えの街(新潮文庫)”から。初期のころはほぼ全作読んでましたが、”失楽園”で黒木瞳様をヌードにして以来、ほとんど読まなくなりました。
(*3)本歌取り
 有名な和歌(本歌)を取り入れ、その背景として用いることで、奥行きを与える表現方法。小説や音楽では”オマージュ”がこのたぐいです。
(*4)スチュワデス
 原文ママ。キャビンアテンダント(CA)のこと。英語圏ではフライトアテンダントというのが一般的とのことです。スッチーとの合コンは若いサラリーマンの憧れですが、一度も実現しないまま、この年になりました。ちなみに、私の同僚に、一人目、二人目の両方の奥様がスッチーという人がいます。
(*5)平凡パンチ
 1988年に休刊となりましたが、かつては”週刊プレイボーイ”と並び称された青年誌。印象ですが、プレイボーイが娯楽色が強かったのに対し、平凡パンチはファッション、カルチャーに重点があったように記憶しています。当時の高校生としては、本屋さんでこれらの雑誌を買うのにとってもドキドキしてました。純情だったんですね~。
(*6)書を捨てよ、町へ出よう(寺山 修司 角川文庫)
 こちらも時代を代表する寺山修司の代表作。五木寛之と同世代の詩人にして小説家。
伝説的アングラ劇団”天井桟敷”主宰でもあります。
 現在、読書中なので詳細は別のお題で。
(*7)古いギターをポロンと鳴らすぐらいしか
 吉田拓郎の”結婚しようよ”より。あっ、プロポーズをしている分、アクティブか!
(*8)ウルマンを持ち出すと危険ですが
 アメリカの実業家、詩人であるサミュエル・ウルマンの「青春」という詩のこと。
  青春とは人生の一時期のことではなく心のあり方のことだ。
   (中略)
  人間は年齢を重ねた時老いるのではない。理想をなくした時老いるのである。
   (後略 Wikipediaで全文が読めます)
 若者は、青春について語ったりしないものです。


天馬博士によろしく(ロボットの天才/パシフィコ横浜)

【本】ロボットの天才 (高橋智隆 メディアファクトリー)
 ロボット技術者というよりロボットクリエイターと呼ぶにふさわしい高橋智隆の著書。”「ShinWalk」という技術がセンス溢れる造形を支えている”など、技術書、デザイン書としても、面白い一冊。
【旅行】パシフィコ横浜
 横浜市のみなとみらいにある国際会議場、展示ホール、ホテルからなる複合施設。正式名称は、”横浜国際平和会議場”。ず~っとホテルの名前かと思っていましたが、ホテルはヨコハマグランドインターコンチネンタルホテル”でした。

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写真は、パシフィコ横浜。"YASの湘南生活"のホームページから。桑田佳祐のコンサートの時のものだそうです。

 ”子供のころ、何になりたかったか?”と聞かれると、”ロボット学者”でしょかね。なにせ、子供のころはロボットアニメ全盛期でしたから。でも、ロボットを操作する方よりも、作った方に興味があったのはちょっと変わり者かも。当時のアニメには、天馬博士、お茶の水博士、谷博士、敷島博士(*1)といったキラ星のごとき博士が登場します。
 のちに就活でファナック(ロボットの製造、販売会社)を受けようとしましたが、”文系の採用はしない”とのことで断念、近しいコンピュータの仕事に就くことになりました。

 ちなみに、お題の”天馬博士によろしく”は、”ブラックジャックによろしく (*2)”のもじりです。

 上記の4人とも実は国家プロジェクトとしてロボットを開発しています(*3)。これは、プロジェクトとしては正しいあり方。 おそらく莫大な予算と、制御、素材、コンピュータといった複数分野の科学者、プロジェクトマネジメント/メンテナンス体制などが必要。Wikipediaによると、公表値ではないですが、ホンダの”ASIMO”の開発には100億円以上かかったようです。秋葉原でホビーレベルのロボットを組み立てるのとはわけが違います。
 ですから、独力でマジンガーZ(永井豪)を作成した兜博士(*4)のほうが実際にはどうかしています。

 余談はさておき、おもしろいのはロボットのデザインワークの流れ。
 アニメ、マンガに登場するバーチャルなロボットがおおむね”曲線から直線”の流れに対し、現実(リアル)のロボットは”直線から曲線”に向かっています。
 一例をあげると
【バーチャルなロボット】
  曲線の時代:鉄人28号(タンク型のボディに円筒形の手足)
  ハイブリッドの時代:マジンガーZ(全体のフォルムは曲線、顔、胸など直線)
        バルキリー(マクロスシリーズ。まんま戦闘機が変形)
  リアルロボットの時代:ガンダムシリーズ
【リアルなロボット】
  直線の時代:早稲田大学 WABOTプロジェクト(*5)(加藤一郎教授)
  ハイブリッドの時代:ASIMO
        (顔や手足は曲線を取り入れていますが、ベースは直線的)
  クリエイターの時代:”ロボ・ガレージ”(*6)のシリーズ。
        (FT(FemaleType)セクシー歩行は感動ものです)

 想像ですが、バーチャルロボットは直線だとパース(*7)の狂いが出やすいのに対し、リアルロボットは、まず動作実証が最優先、技術的には外骨格(*8)、予算制限(たぶん)なのではないかと思われます。

 2000年だったと思いますが、パシフィコ横浜で開催された”ROBODEX2000”というイベントがありました。ホンダの”ASIMO”などの二足歩行ロボット、初代AIBO(*9)が発売された直後ということもあり、大変な人気でした。
 人間に近い大きさ(身長130cm。質量54kg)のロボットが目の前を二足歩行するのを見たときは、本当に感動! WABOTに憧れていた世代としては、あんなにスムースに”歩く”という動作が実現できたんだな~とうるうるしてしまいました。
 娘も相当感動したようで、小学校の卒業文集の将来なりたいものに”ロボット博士”と書いてます。(今は別なものになりましたが(*10))

 2008年もロボット博「ROBO JAPAN 2008」がパシフィコ横浜で開催されましたので、今年も開催されるようでしたら、ぜひ親子で行かれるのをお勧めします。


《脚注》
(*1)天馬博士、お茶の水博士、谷博士、敷島博士
 天馬博士は鉄腕アトム(手塚治虫)の生みの親、お茶の水博士は育ての親です。谷博士はエイトマン(平井和正、桑田次郎)の開発者。敷島博士は鉄人28号(横山光輝)の開発プロジェクトの一員で、ショタコンの元祖、金田正太郎の後見人的存在。
(*2)ブラックジャックによろしく(佐藤秀峰 講談社)
  現代を代表する医療マンガの傑作。手塚治虫の”ブラックジャック”が治療に重点をおいているのに対し、”ブラックジャックによろしく”は、医療や生命に対するあり方といった社会的なテーマに重点を置いているような感じです。これは、手塚治虫が医学博士なのに対し、佐藤秀峰は美術大学出身といった違いでしょうか。(医療監修に長屋憲医学博士がついています)
(*3)国家プロジェクトとして~
 鉄腕アトムは科学省、エイトマンはNASA、鉄人28号は大日本帝国陸軍がプロジェクトのオーナー。
(*4)マジンガーZを作成した兜博士
 マジンガーZの操縦者 兜甲児の祖父にして開発者の兜十蔵博士のこと。兜博士にしたところで、基礎技術は光子力研究所で開発していたようですし。
(*5)早稲田大学 WABOTプロジェクト
 日本におけるロボット研究の源流のひとつ。本当に行きたかったです。当時のロボットの写真は”早稲田大学ヒューマノイド研究所”のHP(早稲田ロボットの歩み)で見ることができます。
 映画”20世紀少年(第一章)”にちらっと出てくる、お茶の水工科大学 敷島ゼミの金田正太郎がアパートで組み立てていたロボットはほとんどこのイメージ。こういう設定がマニアックなんだよな~、この映画。
(*6)ロボ・ガレージ
  ロボットの技術開発・作成・デザイン会社。京都大学学内入居ベンチャー第一号。ロボットクリエイターの高橋智隆が代表をつとめています。”クロイノ”、”ネオン”といった非常に美しいロボットを作成。
(*7)パース
 パースペクティブ。遠近法を使った透視図法と呼ばれる作画技法の事です。一点透視図法とか美術で習ったあれ。(漫画の描き方(西島淳之介ホームページ)をご参照)
(*8)外骨格
 皮膚にあたる部分に骨格が形成されて体重を支えるタイプ。節足動物のカニが代表。ロボットだとパワードスーツが代表。これに対し、骨格を内側に持つ人間は内骨格です。
(*9)AIBO
 ビーグル犬に似た自律行動型ペットロボット。1999年6月、最初にインターネット販売されたときは、262、500円と高額にもかかわらず、3000体を20分で完売しました。デザインはイラストレーターの空山基で、グッドデザイン賞大賞を受賞。
(*10)今は別なものになりましたが
 父親としては”なっちーの独り言倶楽部 にあったように"お父さんのお嫁さん"といって欲しいものです。今や”うざい”と言われないだけましかも。
 認めたくないものだな……自分自身の、若さ故の過ちというものを(シャア・アズナブル)

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