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2009年2月

ジャズとライラック(青年は荒野をめざす/荒野/ライラック)

【本】青年は荒野をめざす(五木 寛之 文春文庫)
 ジャズ・ミュージシャンを目指すジュンは、”自分のジャズに欠けている何か”を探すために旅に出る。ソビエト(*1)、北欧、パリのでのさまざまな人々との出会いを通して成長していく青春小説の傑作。
【本】荒野(桜庭一樹 文藝春秋)
 ”すこしの孤独は、ここちよいのだ”をご参照
【花】ライラッ
 モクセイ科ハシドイ属の落葉樹。フランス語ではリラ。でも呼ばれる。”ライラックまつり”の開催される札幌市の木でもあります。白いライラックの花言葉は”年若き無邪気さ、青春の喜び”、紫は”恋愛のはじめての喜び”

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写真は、”北の国から通信@HOKKAIDO-北海道”より



  ジャス   = アメリカ、黒人音楽、ハングリー・アート
  ライラック = 北国の花、北海道、渡辺淳一(*2)

 先日、桜庭一樹の”荒野”を読みました。で、主人公の悠也くん(中学校1年生)の愛読書”青年は荒野をめざす”を30数年ぶりに再読しました。今回は”青年は荒野をめざす”のお話。

 和歌の世界には、”本歌取り(*3)”という技法がありますが、悠也くんの行動も、”青年は荒野をめざす”に多大なる影響を受けていることが改めてよくわかりました。

 ”青年は荒野をめざす”の主人公のジュンは、自分のジャズを見つけるために、ジャズ喫茶でアルバイトをしながらためた10万円を持ってナホトカ行きの船に乗ります。そこで出会った麻紀、ジャズプレイヤーのフィンガー氏を始め、ケン、クリスチーヌといった個性的な人々たちとの出会いを経て、アメリカへ渡る船の上で話は終わっています。

 ジャズはアメリカなんでしょうが、ソ連、北欧といった凍てついた国々は、ジャズの持つ”熱さ”と、自分をクールに見つめる”冷徹さ”をうまくミックスさせています。それに、ライラックの森の中でスチュワデス(*4)のお姉さんと初エッチしているし。

 ”青年は荒野をめざす”の掲載は、解説によると平凡パンチ(*5)ということなので、読者層は大学生以上であったと思われます。ですから、中学校1年生でこの本を読んでいた悠也くんは相当早熟だったんでしょうね。多感な時期にお母さんの再婚という出来事があって、自分の居場所を求めてアメリカ留学をしたものと思っていましたが、意外とそんなことが無くても、この男の子は家を出ていたかもしれません。

 身も蓋もない言い方ををしてしまうと、この小説は”自分探しの旅”でもあります。最近のフリ-ターや、ニートの話にも”自分探し”というのがでてきますが、”最近の若者は”なんて、非難がましくいえた義理ではありません。おぢさん達だって、若いころは似たようなものです。
 ただ、大きく違うのは、昔はインターネットやパソコンすらなかった時代なので、”書を捨てよ、町へ出よう(*6)”しかなかったんですね。内向きには、本を読んだりレコードを聞くか、古いギターをポロンと鳴らすぐらいしか(*7)することがなかったので、勢い外向けにアクティブにならざるを得なかったんでしょうか。今のおぢさんが若いころにインタ-ネットがあったら、今の若者と同じことをやってるかもしれません。まあ、こうやってブログを書いてること自体、まんまかも。

  安全な暖かい家庭、バラの匂う美しい庭、友情や、愛や、優しい夢や、
  そんなものの一切に、ある日突然、背を向けて荒野をめざす。
  だから彼らは青年なのだ。それが青年の特権なのだ。

 終章で、教授職や家庭を捨てて蒸発した通称”プロフェッサー”が、ジュンたちとアメリカを目指す船の上で語る言葉です。
 おぢさんたちが、ウルマンを持ち出すと危険ですが(*8)、さすがにプロフェッサーが語ると重みがあります。

 桜庭一樹の”荒野”を読まれる方には、ぜひあわせて読んでいただきたい一冊。でも、中学1年生にはちょっと早いかな。


《脚注》
(*1)ソビエト
 この小説が書かれたのは、1967年。ニッポン放送で深夜放送の”オールナイトニッポン”が始まった年でもあります。当然、ソビエト社会主義共和国連邦(ソ連)の時代です。現在のロシア連邦を考えると隔世の感があります。
(*2)渡辺淳一
 今でこそ、恋愛小説の大家ですが、元々は北海道のお医者さんで医学小説を中心に執筆していました。イメージは”リラ冷えの街(新潮文庫)”から。初期のころはほぼ全作読んでましたが、”失楽園”で黒木瞳様をヌードにして以来、ほとんど読まなくなりました。
(*3)本歌取り
 有名な和歌(本歌)を取り入れ、その背景として用いることで、奥行きを与える表現方法。小説や音楽では”オマージュ”がこのたぐいです。
(*4)スチュワデス
 原文ママ。キャビンアテンダント(CA)のこと。英語圏ではフライトアテンダントというのが一般的とのことです。スッチーとの合コンは若いサラリーマンの憧れですが、一度も実現しないまま、この年になりました。ちなみに、私の同僚に、一人目、二人目の両方の奥様がスッチーという人がいます。
(*5)平凡パンチ
 1988年に休刊となりましたが、かつては”週刊プレイボーイ”と並び称された青年誌。印象ですが、プレイボーイが娯楽色が強かったのに対し、平凡パンチはファッション、カルチャーに重点があったように記憶しています。当時の高校生としては、本屋さんでこれらの雑誌を買うのにとってもドキドキしてました。純情だったんですね~。
(*6)書を捨てよ、町へ出よう(寺山 修司 角川文庫)
 こちらも時代を代表する寺山修司の代表作。五木寛之と同世代の詩人にして小説家。
伝説的アングラ劇団”天井桟敷”主宰でもあります。
 現在、読書中なので詳細は別のお題で。
(*7)古いギターをポロンと鳴らすぐらいしか
 吉田拓郎の”結婚しようよ”より。あっ、プロポーズをしている分、アクティブか!
(*8)ウルマンを持ち出すと危険ですが
 アメリカの実業家、詩人であるサミュエル・ウルマンの「青春」という詩のこと。
  青春とは人生の一時期のことではなく心のあり方のことだ。
   (中略)
  人間は年齢を重ねた時老いるのではない。理想をなくした時老いるのである。
   (後略 Wikipediaで全文が読めます)
 若者は、青春について語ったりしないものです。


天馬博士によろしく(ロボットの天才/パシフィコ横浜)

【本】ロボットの天才 (高橋智隆 メディアファクトリー)
 ロボット技術者というよりロボットクリエイターと呼ぶにふさわしい高橋智隆の著書。”「ShinWalk」という技術がセンス溢れる造形を支えている”など、技術書、デザイン書としても、面白い一冊。
【旅行】パシフィコ横浜
 横浜市のみなとみらいにある国際会議場、展示ホール、ホテルからなる複合施設。正式名称は、”横浜国際平和会議場”。ず~っとホテルの名前かと思っていましたが、ホテルはヨコハマグランドインターコンチネンタルホテル”でした。

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写真は、パシフィコ横浜。"YASの湘南生活"のホームページから。桑田佳祐のコンサートの時のものだそうです。

 ”子供のころ、何になりたかったか?”と聞かれると、”ロボット学者”でしょかね。なにせ、子供のころはロボットアニメ全盛期でしたから。でも、ロボットを操作する方よりも、作った方に興味があったのはちょっと変わり者かも。当時のアニメには、天馬博士、お茶の水博士、谷博士、敷島博士(*1)といったキラ星のごとき博士が登場します。
 のちに就活でファナック(ロボットの製造、販売会社)を受けようとしましたが、”文系の採用はしない”とのことで断念、近しいコンピュータの仕事に就くことになりました。

 ちなみに、お題の”天馬博士によろしく”は、”ブラックジャックによろしく (*2)”のもじりです。

 上記の4人とも実は国家プロジェクトとしてロボットを開発しています(*3)。これは、プロジェクトとしては正しいあり方。 おそらく莫大な予算と、制御、素材、コンピュータといった複数分野の科学者、プロジェクトマネジメント/メンテナンス体制などが必要。Wikipediaによると、公表値ではないですが、ホンダの”ASIMO”の開発には100億円以上かかったようです。秋葉原でホビーレベルのロボットを組み立てるのとはわけが違います。
 ですから、独力でマジンガーZ(永井豪)を作成した兜博士(*4)のほうが実際にはどうかしています。

 余談はさておき、おもしろいのはロボットのデザインワークの流れ。
 アニメ、マンガに登場するバーチャルなロボットがおおむね”曲線から直線”の流れに対し、現実(リアル)のロボットは”直線から曲線”に向かっています。
 一例をあげると
【バーチャルなロボット】
  曲線の時代:鉄人28号(タンク型のボディに円筒形の手足)
  ハイブリッドの時代:マジンガーZ(全体のフォルムは曲線、顔、胸など直線)
        バルキリー(マクロスシリーズ。まんま戦闘機が変形)
  リアルロボットの時代:ガンダムシリーズ
【リアルなロボット】
  直線の時代:早稲田大学 WABOTプロジェクト(*5)(加藤一郎教授)
  ハイブリッドの時代:ASIMO
        (顔や手足は曲線を取り入れていますが、ベースは直線的)
  クリエイターの時代:”ロボ・ガレージ”(*6)のシリーズ。
        (FT(FemaleType)セクシー歩行は感動ものです)

 想像ですが、バーチャルロボットは直線だとパース(*7)の狂いが出やすいのに対し、リアルロボットは、まず動作実証が最優先、技術的には外骨格(*8)、予算制限(たぶん)なのではないかと思われます。

 2000年だったと思いますが、パシフィコ横浜で開催された”ROBODEX2000”というイベントがありました。ホンダの”ASIMO”などの二足歩行ロボット、初代AIBO(*9)が発売された直後ということもあり、大変な人気でした。
 人間に近い大きさ(身長130cm。質量54kg)のロボットが目の前を二足歩行するのを見たときは、本当に感動! WABOTに憧れていた世代としては、あんなにスムースに”歩く”という動作が実現できたんだな~とうるうるしてしまいました。
 娘も相当感動したようで、小学校の卒業文集の将来なりたいものに”ロボット博士”と書いてます。(今は別なものになりましたが(*10))

 2008年もロボット博「ROBO JAPAN 2008」がパシフィコ横浜で開催されましたので、今年も開催されるようでしたら、ぜひ親子で行かれるのをお勧めします。


《脚注》
(*1)天馬博士、お茶の水博士、谷博士、敷島博士
 天馬博士は鉄腕アトム(手塚治虫)の生みの親、お茶の水博士は育ての親です。谷博士はエイトマン(平井和正、桑田次郎)の開発者。敷島博士は鉄人28号(横山光輝)の開発プロジェクトの一員で、ショタコンの元祖、金田正太郎の後見人的存在。
(*2)ブラックジャックによろしく(佐藤秀峰 講談社)
  現代を代表する医療マンガの傑作。手塚治虫の”ブラックジャック”が治療に重点をおいているのに対し、”ブラックジャックによろしく”は、医療や生命に対するあり方といった社会的なテーマに重点を置いているような感じです。これは、手塚治虫が医学博士なのに対し、佐藤秀峰は美術大学出身といった違いでしょうか。(医療監修に長屋憲医学博士がついています)
(*3)国家プロジェクトとして~
 鉄腕アトムは科学省、エイトマンはNASA、鉄人28号は大日本帝国陸軍がプロジェクトのオーナー。
(*4)マジンガーZを作成した兜博士
 マジンガーZの操縦者 兜甲児の祖父にして開発者の兜十蔵博士のこと。兜博士にしたところで、基礎技術は光子力研究所で開発していたようですし。
(*5)早稲田大学 WABOTプロジェクト
 日本におけるロボット研究の源流のひとつ。本当に行きたかったです。当時のロボットの写真は”早稲田大学ヒューマノイド研究所”のHP(早稲田ロボットの歩み)で見ることができます。
 映画”20世紀少年(第一章)”にちらっと出てくる、お茶の水工科大学 敷島ゼミの金田正太郎がアパートで組み立てていたロボットはほとんどこのイメージ。こういう設定がマニアックなんだよな~、この映画。
(*6)ロボ・ガレージ
  ロボットの技術開発・作成・デザイン会社。京都大学学内入居ベンチャー第一号。ロボットクリエイターの高橋智隆が代表をつとめています。”クロイノ”、”ネオン”といった非常に美しいロボットを作成。
(*7)パース
 パースペクティブ。遠近法を使った透視図法と呼ばれる作画技法の事です。一点透視図法とか美術で習ったあれ。(漫画の描き方(西島淳之介ホームページ)をご参照)
(*8)外骨格
 皮膚にあたる部分に骨格が形成されて体重を支えるタイプ。節足動物のカニが代表。ロボットだとパワードスーツが代表。これに対し、骨格を内側に持つ人間は内骨格です。
(*9)AIBO
 ビーグル犬に似た自律行動型ペットロボット。1999年6月、最初にインターネット販売されたときは、262、500円と高額にもかかわらず、3000体を20分で完売しました。デザインはイラストレーターの空山基で、グッドデザイン賞大賞を受賞。
(*10)今は別なものになりましたが
 父親としては”なっちーの独り言倶楽部 にあったように"お父さんのお嫁さん"といって欲しいものです。今や”うざい”と言われないだけましかも。
 認めたくないものだな……自分自身の、若さ故の過ちというものを(シャア・アズナブル)

YouTube化するお笑い?(YouTubeはなぜ成功したのか/牡丹)

【本】YouTubeはなぜ成功したのか(室田泰弘 東洋経済新聞社)
 「YouTube」の誕生から、社会における意味、著作権との係わり合いの変化などがわかりやすく解説されています。別に知らなくてもいい知識ですが、知ってると「YouTube」がより楽しくなるかも。
【花】牡丹(ぼたん)
 花言葉は「富貴」、「壮麗」、「恥じらい」、「誠実」など。古来より”花の王”として愛好されています。芍薬(しゃくやく)を使用した接ぎ木が考案されてから、急速に普及したそうです。

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写真は、たいちろ~さんの撮影。鶴岡八幡宮(鎌倉)の牡丹。



 先日、鶴岡八幡宮を訪問したところ、牡丹が綺麗に咲いておりました。普段、あまり見る機会がなかったのですが、こんなに大きい花だとは思っていませんでした。
 ということで、今回は牡丹のお話。

 今回”牡丹”から連想するのは、3つあります。
 ひとつ目は、美女のイメージ。「立てば芍薬(しゃくやく),座れば牡丹,歩く姿は百合の花」です。
 二つ目は、任侠のイメージ。”唐獅子牡丹(*1)”に”緋牡丹博徒”です。
 ”唐獅子牡丹”は高倉健主演「昭和残侠伝」の主題歌。(YouTubeの動画はこちら
 ”緋牡丹博徒”は藤 純子(現富司 純子)主演「緋牡丹博徒シリーズ」に登場する「緋牡丹のお竜」こと矢野竜子のこと。(YouTubeの動画はこちら)。ともに、「東映ヤクザ映画」の一大看板映画です。

 さて、3つ目ですが、フラワーショウ(*2)の”ぼたんさん”。と、いっても、ほとんどの方はご存知意ないでしょうね。1960年代ごろに活躍した、漫才師です。当時の関西の小学生にとっては、土曜日に学校から帰ってきて(*3)テレビで見る吉本新喜劇(*4)、道頓堀アワー(*5)は何よりの楽しみでした。

 ”フラワーショウ”の画像をみていただくとわかりますが(YouVの動画はこちら。真ん中が”ぼたんさん”)、フラワーショウの芸は”浪曲漫才(ろうきょくまんざい)”といわれるジャンルになります。

 ようこそ~ 皆さま~ ご機嫌宜しゅう~ 歌って~ 笑って~ フラワーショウ~

は、フラワーショウのテーマソング(道頓堀行進曲)。

 当時は、
  かしまし娘(*6):ウチら陽気なかしまし娘 誰が言ったか知らないが
  宮川左近ショウ(*7):毎度 皆様 お馴染みの お聞き下さる 一節は~
 といった、テーマソングから始まって、があって、歌としゃべくりの漫才はけっこう人気がありました。

 ところで、この手の芸は、少なくとも最近のお笑い番組では絶滅種になっています。
なぜかというと、今のテレビで悠長にテーマソングを歌っているほど時間がないんですね。昭和の時代のお笑い番組は演芸場の舞台をそのままオンエアするタイプでした。”舞台=放送”だったので、それなりの芸を見せる時間(10分近くはあったかな?)がありました。
 感覚で申し訳ありませんが、MANZAIブーム(1979年~1981年頃)でネタがテレビ的になってから、漫才師のしゃべくりが早くなってきたような気がします。ツービート、紳助・竜介、B&B(*8)などが代表格。

 話は飛びますが”YouTubeはなぜ成功したのか”という本を読みますと、YouTube文化は「ビデオ・ハイク(俳句)」という縮み志向が特徴で、短縮された時間が本質を読む鍵とのこと。たしかに、私が見ている感じでは、3~5分がほとんどで、10分もあるのは相当長いほうだと思います。
 「多くの場合、長大なメッセージというものは、メッセジの持つ本来の強さを殺いでしまいます」ので、俳句のように、長いはずのメッセージや世界観を意識的に凝縮させることでメッセージの鋭さ・強さを増加するとの主張です。
 まあ、言っていることはまっとうですが、今のお笑いって本当にそうでしょうか? 俳句のように17文字に世界観を圧縮するのであればいいんですが、もともと1分しか持たない芸を大量消費しているのではなかいと危惧します。今年(2009年)、正月のお笑い番組を見ていると・・・

 まあ、メディアはメッセージなので(*9)、YouTubeのように興味のままに映像をはしごして観るようなやり方には短いものが適しているんでしょうが、TVのお笑い番組がそれでいいのかな?
 いいかげん、脊髄で感じるだけのお笑いは長続きしないと思うぞ!(*10)

《脚注》
(*1)唐獅子牡丹
 刺青(いれずみ)のイメージが強いですが、”あなたが安心して身を寄せられる安住の地は、どこに在りますか”との法話になってたりします。(臨黄禅ネットより)
(*2)フラワーショウ
  華(はな)ぼたん、ばら、ゆりの3人組漫才師。ゆりさんのおもいっきりスローな離し方にばらさんがつっこむというネタもありました。これも今ではTVで見かけない芸でしょうね。ちなみにゆりさんは、サカイ引越センターのコマーシャルでへんなおっさんの横にいる人です。
(*3)土曜日に学校から帰ってきて
 小学校で全部の土曜日が休みになったのは、2002年(平成14年)のことです(完全学校週5日制)。昭和の悪ガキのほうが勉強してました。でも、その分、今は塾なんかに行ってるんでしょうけど。
(*4)吉本新喜劇
 毎日放送テレビで放映された、ナンセンスギャク喜劇。うめだ花月(現在は閉館)の舞台をそのまま放映していました。吉本新喜劇のテーマ、”ふんわかふんわか”の曲名は”Somebody Stole My Gal(誰かがオイラの彼女を盗みやがった)”というのは今回調べて初めて知りました。ぜひ着メロに欲しい一曲。
(*5)道頓堀アワー
 朝日放送で放映された演芸番組。こちらは、松竹芸能系。松竹新喜劇の看板は藤山寛美(かんび)。今では藤山 直美のお父さんと言ったほうがわかりやすいかも。
(*6)かしまし娘
 正司歌江、照枝、正司の3姉妹漫才師。照枝さんの長男の妻は磯野貴理さん。
(*7)宮川左近ショウ
 宮川左近(四代目)をリーダーとする四人組の漫才師。
 宮川左近は、宮川大助(おじさんのほう 若いほうは大輔)のお師匠さんです。
(*8)ツービート、紳助・竜介、B&B
 ツービート(ビートたけし(北野武)とビートきよし)、紳助・竜介(島田紳助・松本竜介)、B&B(島田洋七、島田洋八)。このあたりになると、つっこみすら、ままならなくなってきています。のちに”きよし、竜介、洋八で”うなずきトリオ”を結成しました。
(*9)メディアはメッセージなので
 カナダ出身の文明批評家、マクルーハン(McLuhan)より。”メディア自体は情報伝達の媒体であるが、同時にメディア自体がある種のメッセージを既に含んでいる”と主張しました。
(*10)脊髄で感じるだけのお笑いは~
 原典は有川浩の”図書館戦争”から。”熱血バカ”笠原 郁への注意事項。
 ”お前は、脊髄で物を考えるクセをどうにかしろ!”


すこしの孤独は、ここちよいのだ(荒野/北鎌倉のうさまん)

【本】荒野(桜庭一樹 文藝春秋)
 日本人形みたいな女の子、山野内荒野(こうや)の中学生から高校生までを描いた恋愛小説。ブンガク作品っぽくしていますが、前半はファミ通文庫(*1)で発刊されたりっぱなライトノベルです。
【旅行】北鎌倉のうさまん
 茶寮”風花(KAZAHANA)”のメニューにあるウサギの形をしたお饅頭。ふかふか、あつあつの皮に包まれた白あんが美味。お饅頭というより上品な点心といった感じです。アイスコーヒーとセットで800円。お店は、JR北鎌倉から”あじさい寺”として有名な明月院へ行く道の途中にあります。(グルメWalkerでの紹介HP

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写真は、たいちろ~さんの撮影。左から鎌倉小町通り、うさまん、風花の看板。

 今日、鎌倉に行ってきました。目的は”うさまんを食べに”です。
 ”うさまん”は、桜庭一樹の”荒野”に登場する主人公の荒野さんがお友達と食べに行くスィーツ。 ”ええおっちゃんが、わざわざ鎌倉まで、お饅頭を食べに行くか?”という突込みがありそうですが、財力にまかせた聖地巡礼(*2)はオトナの特権です!(といっても電車賃 片道500円ちょっとですけど)

 お店のマスターに聞いてみたところ(聞くか、ふつー?)、桜庭一樹のサイン入りの”荒野”を持参された方もいらっしゃっとのこと。
 マスターの説明によると”荒野”に登場する”うさまん”は、鎌倉ニュージャーマンの”かまくらカスター”と、風花の”うさぎ饅頭”をあわせた桜庭一樹のオリジナルとのこと。ちなみに、”かまくらマスター”はブルーベリー味もありますが、うさぎの形はしていないそうです。小町通りの”かの鎌倉”では店内で食することもできるようです。

 さて、このお話の主人公の荒野さん。恋のお相手は悠也くん。悠也くんは、お父さんの再婚相手の連れ子にして、同級生です。中学校1年生にして、”青年は荒野をめざす(*3)”を愛読し、ジャズ好きなど、精神的には青年です。
 お父さんは(*4)、娘には”蜻蛉(かげろう)のようなと”いわれていますが、有名な恋愛小説家(ちょっと、えっち系)。でも、娘の名前が”荒野”というのは、ちょっとおかしなネーミングセンスだぞ。
 
 お父さんの再婚に伴って、荒野さんと悠也くんは同居することになりますが、裕也くんだけ離れ済むことに。最初は”年頃だしね、”って言われて怒っていますが、けっこう気に入ってしまったようす。そのあと、すぐにアメリカ留学、都内の全寮制の高校に進学。いっしょに住んでいた時間は短いですが、その分、二人でのデートが初々しくてよいです。
 まあ、ライトノベルなので、エッチな展開はありませんが、ちゃんとキスまでしているのはお約束。

 お題の”すこしの孤独は、ここちよいのだ”は、裕也くんが出て行ったあと、離れですごす荒野さんのモノローグ。

 十二歳の荒野には、まだわからなかった
 裕也が・・・ あの少年が、なぜ離れで心地よさそうにすごしていたか。
  (中略)
 いまはちょっとだけ、去年の、十二歳だったあの少年の思いがわかるような気がしている。
 つまり、すこしの孤独は、ここちよいのだ。


 ”酒と本の日々”の単身赴任のお父さんとしては、心にしみるフレーズです。
 お饅頭を食べに、気軽に鎌倉まで出かけていけるし。
 こうでも思っていないと、単身赴任はやっていけません・・・

 発行順では
  荒野の恋(荒野 第一部) 2005年 ファミ通文庫
  荒野の恋(荒野 第二部) 2006年 ファミ通文庫
  私の男(*5)        2007年 文藝春秋
  荒野(書き下ろし第三部) 2008年 文藝春秋
 になります。
 まあ、明るい”私の男”といったところでしょうか?(*6)
 ライトノベルとして読んでも好し、ブンガク作品として読んでも良しです。

《脚注》
(*1)ファミ通文庫
 ファミ通はエンターブレインが発行の家庭用ゲーム専門雑誌。ファミ通文庫は同社ライトノベル系文庫レーベルです。最近では、“文学少女”シリーズ(野村美月)がお勧め。
(*2)聖地巡礼
 コミックやアニメに登場した場所を散策することを聖地巡礼といいます。オタクな趣味と思われるかもしれませんが、今やその手の集客力は侮れません。”らき☆すた”に登場した鷲宮神社の初詣客は10万人単位で増加しますし、(2009年度は42万人で埼玉県内2位)、トトロの家のモデルが全焼(2009年2月14日)が全国ネットで放映される時代です。
(*3)青年は荒野をめざす
 五木寛之原作の小説。ただいま改めて読書中なので、詳細は別のお題で
 学生時代は、”蒼ざめた馬を見よ”、”青春の門”、”戒厳令の夜”、”四季・奈津子” など、五木寛之はよく読みました。まあ、青春のバイブルといったとこでしょうか。
  作詞 五木寛之、作曲 加藤和彦で、ザ・フォーク・クルセダーズが同名の曲を歌っています。
(*4)お父さんは~
 ”私の男”もそうですが、桜庭一樹の書く父娘関係はどっか歪んでいます。家で、娘のことを”黒猫ちゃん”と呼ばせているし。私んちでこんなことやったら、娘は口きいてくんないだろうな~。それに、
  恋知らぬ、猫のふりなり 玉遊び(正岡子規)
と言えるほど、お父さんはまだ、達観できてないぞ!
(*5)私の男(桜庭一樹 文藝春秋)
 第138回、直木賞受賞作。
 桜庭一樹はライトノベル作家を人前で堂々と言えるようにしてくれた功労者です。
 その喜びは”「桜庭一樹が好き」と言えるしあわせ”で書いてます。
 (このブログはココログニュース(@nifty)にも取り上げてもらいました!)
(*6)明るい”私の男”~
 ライトノベル(LightNovel)のライトは”軽い”のほかに、”明るい”という意味もあります。和製英語ですが、最近はinternationalに通用するとのこと(Wikipediaには英語のページが存在します)

ピクリングハンバーグはおいしいのだ!(範馬刃牙/ピクリングスパイス)

【本】範馬刃牙(板垣恵介 秋田書店文藝春秋)
 少年チャンピオンに連載の板垣恵介のコミック。『グラップラー刃牙』シリーズの第三部にあたります。”小国の軍事力に匹敵するといわれる、やたら強い親父に戦って勝つ”という話を延々90巻(外伝除く)、今だ連載継続中。
【花】ピクリングスパイス
 ピクルス(塩漬け)に使うハーブミックス。マスタード、オールスパイス、シナモン、コリアンダー、ジンジャー、クローブなどが入っていて、ピクルス特有のとても良い香りがします。大型の食品店で入手可能。

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写真は、たいちろ~さんの撮影



 私のブログは気取って”花と本”のテーマと言ってますが、元々はハーブと野菜、つまり単なる食いしん坊です。今の単身赴任寮でも、食べることができるものしか植えていません!(力説するようなことではないですが)

 ということで、今回のココログの”あなたの得意料理を教えて!”には、ぜひとも参加せねばと言う次第です。

 家庭菜園をしていて難儀なのは、良くも悪くも収穫時期が重なること。昨年(2008年)はプチトマトが大豊作でした。けっこう会社でも配りましたが、それでも余ってしまいました。プチトマトは適当な時期に収穫しないと、実割れをおこして見た目も悪いので、大量にトマトのピクルスを作りました(*1)。

 で、次に困るのがピクリングスパイスがあまってしまう事。ピクルス自体はサラダなどの付け合せや、サンドイッチに使えますが、それ自体を山ほど食べるものではないですし、冷蔵庫に保存するにも限界があります。レシピにもよりますが、大体コーヒー壜1壜分のピクルスに小さじ1杯ぐらいですから、賞味期間が長いとはいえそうそう一瓶使い切れるものではありません。
 で、今回ご紹介するピクリングハンバーグとなるわけです。

 元々、ハンバーグには香辛料としてナツメグを入れるので”代わりになるかな~”ぐらいの思いつきで作ってみましたが、以外なほどマッチします。ポイントはピクリングスパイスをできるだけ細かく砕くとこぐらいです(*2)。

【ピクリングハンバーグのレシピ(4人分)】
材料:合びき肉 200g、たまねぎ 小1/2~1/4個、パン粉 適量、牛乳 少々
     卵 1個、ピクリングスパイス 小さじ1杯 塩、こしょう
①たまねぎをいためる(別にいためなくても可)
②ボールに、いためたたまねぎ、合いびき肉、牛乳で湿らせたパン粉、砕いたピクリングスパイス、卵、塩、こしょうをよく練り混ぜる。
③適当な大きさに取り分けて、空気を抜きながら楕円形に形を整える
④フライパンに油を入れてよく熱し、真ん中を少しへこませて(あとで膨れてきます)焼く。最初は強火で、焼き目がついたら中火にする。

 えらそうに書いていますが、実際作る時はかなり適当にやっています。ハンバーグのレシピは料理の本にはたいてい載っていますので、ナグメグの変わりにピクリングスパイスが入っていると思えば間違いないです。

 夏場はピーマンも収穫できるので、肉詰めにして、トマトケチャップとコンソメスープで煮ても美味。多めに作って、残りをスパゲッティとあえてもいけます。
 ハンバーグは、味は後からソースなどでととのえられるので、火加減さえ注意すれは、いいかげんに作ってもそれなりのものができます。

 ”男の手料理”は、大雑把に作ってもおいしいのだ!

 ピクルスに関する本ですが、レシピに関するものを除くとほとんど思いつきませんでした(*3)。
 無理やり探したのが、”範馬刃牙”に登場する”ピクル”。1億9000万年前の岩塩層から塩漬けの状態で発見された原人です。塩漬けのティラノサウルスといっしょに発見されました(*4)。このコミックも格闘系コミックの常として、ライバルがどんどん強くなって行きますが(*5)、この設定はさすがにぶっとんでいます。
 無理やりくっつけたネタなので、料理のレシピと思ってこのブログを読まれたお嬢様、奥様方はスルーしていただいてかまいません。お父さん方にはカタルシスのあるコミックですが、読むには根性がいりますよ。なんせ90巻(2009年2月現在)ですから。

 ピクリングハンバーグは、味自体は普通のハンバーグですが、口に入れたときにただようピクルスの香りがなんともいえません。
 作り方自体は難しくないのでぜひ、一度お試めしください。


《脚注》
(*1)大量にトマトのピクルスを作りました
 コーヒー壜で4本分です。プチトマトはもっと大量にあったのですが、壜が4本しかなかったのでこの量に限定されました。うち3本は会社のお嬢さん方のプレゼントしました。ちょっと酸味が強かったかな?
(*2)ポイントはピクリングスパイスを~
 実際に購入されるとわかりますが、ピクリングスパイスの中身はほとんどホール(種子の形がそのままのもの)ですので、すり鉢などで細かくしないと食感が悪くなります。
(*3)レシピに関するものを除くと~
 ハンバーガーとかには入っていますが、日本人はあまり食べないようです。アメリカでのキュウリのピクルスの年間消費量が2kgに対し、日本では30g程度だそうです。
(*4)塩漬けのティラノサウルスといっしょに発見されました
 科学考証なんて、やぼなことを言ってはいけません。
 そんなことを気にしていては、このコミックは楽しめませんよ。
 余談ですが、picklesは複数形で、漬物の意味では複数形を使うとのこと。よって、一人しかいない原人”ピクル”はsがつかないのが正しい表現です。
(*5)格闘系コミックの常として~
 ”ドラゴンボール”、”北斗の拳”を想像してもらえればわかります。

兵(つわもの)どもが夢の跡(20世紀少年/万博記念公園)

【DVD】20世紀少年(原作:浦沢直樹 主演:唐沢寿明 監督:堤幸彦)
 主人公のケンヂは、世界各地の異変が子供の頃空想した“よげんの書”通りに起こっていることに気づく。謎の集団のトップ”ともだち”は果たしてケンジの友達なのか?(第一章 「終わりの始まり」より)(*1)
【旅行】万博記念公園
 日本万国博覧会(大阪万博 EXPO’70)の跡地を整備した公園。所在地は大阪府吹田市。シンボルであった”太陽の塔”は今でも健在です。

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写真は、太陽の塔。”万博公園ガイド”のホームページより




 ”20世紀少年”のDVD2月のレンタルが始まったので、見ました。
 いや~、あらフィフのおぢさん世代としては、つっこみネタ満載! 楽しませていただきました。この1本だけで、ブログネタの10や20は楽に書けそうですが、”自重しろ、私!”(*2)ということで、今回はオープニングに使われた”大阪万博”の話です。

 大阪万博は、私たちの世代にとって、”世界に誇れる日本”(*3)、”科学によるすばらしい未来”を象徴するイベントでした。なんといっても最大の呼び物は”月の石”(アメリカ館に展示)。3時間並んで見た記憶があります。
 社会的には大変な時代ではありましたが、小学生の悪ガキにとって、そんなこと知ったこっちゃありません(*4)。

 テーマソングは三波春夫先生(*5)の歌う”世界の国からこんにちは
 (作詞:島田陽子 作曲:中村八大)。
 最近では、ハイブリットカーのコマーシャルでも使われています。

 

  こんにちは こんにちは 世界のひとが
  こんにちは こんにちは さくらの国で
  1970年の こんにちは
  こんにちは こんにちは 握手をしよう

   
 単純なフレーズのくりかえしですが、当時は本当に外国の人がいっぱいくるものだと思っていましたし、実際にたくさん来るようになりました(*6)。 私たちの世代があまり外国人との生活に違和感を持たないのは、大阪万博の影響が大きいのではないかと思います。まあ、英語にコンプレックスを持つかどうかは別ですけど・・・

 原作の浦沢直樹は、1960年1月生まれ。まさにあらフィフ(Around50)で、私と同世代。映画に出てくる、はなたれ、スカートめくり(*7)、空き地での秘密基地ごっこ(男のロマンだ!)といった原体験は同時代ならではの感覚です。やや、セピア色の画面とあいまって、この時代が懐かしく感じられます。

 ところで、このブログを書いている直前、エキスポランドが再建を断念し閉園が決定しました(2009年2月9日)。高校が近所だったので、外周道路をよくランニングしていましたし、卒業後では5~6年前に、同窓会で子供づれで遊びに行きました。けっこうお客さんも入っていたのに、さびしいかぎりです。

 当時、パビリオンを出した日本の企業グループが現在どうなっているかというと

①現在も企業活動を継続
 クボタ館、サントリー館、タカラ・ビューティリオン、東芝IHI館、日立グループ館
 フジパン・ロボット館、松下館、リコー館、ワコール(・リッカーミシン館)
 専売公社館(ただし民営化)
②中核企業の銀行が再編成
 住友童話館、古河パビリオン、富士グループパビリオン、三井グループ館、
 三菱未来館(三菱グループ)、みどり館(旧三和グループ)
③経営再建、他企業の子会社化
 サンヨー館、(ワコール・)リッカーミシン館

 サンヨーは、パナソニック(旧名称 松下電器産業)が2009年春までに子会社化、リッカーは1994年にダイエー子会社などと合併し、消滅しています。
 当時、大阪万博にパビリオンを出すといえば、一流企業の証だったんでしょうが、それでも40年近くたつとなくなってしまう企業もあるんですよね(*8)。
 そういった意味では、万博公園は”兵(つわもの)どもが夢の跡”(*9)でしょうか。

 20世紀少年は、”第二章 最後の希望”が、2009年1月より公開中。DVDになったら借りよう!(*10)


《脚注》
(*1)20世紀少年
 今回は、原作を読んでいないので、DVDのみを記載しています。さっそく読まなくっちゃ!
(*2)自重しろ、私!
 らき☆すたに登場するオタク系同人作家、田村 ひよりさんのセリフ。仲のよいクラスメイトで百合的妄想(女同士の恋愛です)にハマってしまった時の一言。
(*3)世界に誇れる日本
 国民総生産(GNP)が資本主義国家の中で第2位になったのが1968年。まさに、高度成長の頂点を極めた時代でした。
(*4)社会的には大変な時代ではありましたが~
 ベトナム戦争や、公害が社会問題化したのが、60年代後半。学生運動が激化したのもこのころです。(東京大学安田講堂占拠事件が69年、よど号ハイジャック事件が70年、あさま山荘事件が72年)
(*5)三波春夫先生
 基本的にこのブログでは人名に敬称をつけていませんが、三波春夫先生だけは別格。
ちなみに私のカラオケの唯一のレパートリーは”ちゃんちきおけさ”です。
(*6)今でこそ外国の人は珍しくないですが
 1970年の入国者は78万人、外国人登録者(居住者)は約71万人、これが2007年にはそれそれ、915万人(約12倍)、215万人(約3倍)に増加しています。ちなみに、215万人は、名古屋市の人口(222万人)に匹敵します。(法務省入国管理局の資料より)
(*7)スカートめくり
 永井豪のマンガ、”ハレンチ学園”で”モーレツごっこ=スカートめくり”が登場したのは、1969年だそうです。今、こんな遊びをやったら、PTAで大問題になります。あっ、昔もか。
(*8)40年近くたつとなくなってしまう企業~
 企業が一定期間内に倒産する確率を”PD”(probability of default:デフォルト確率)といい、数理統計的に推計することができます。まあ、金融関係者以外で使うことは少ない用語ですが、間違っても”ED”(erectile dysfunction:勃起不全)と言わないように。
(*9)兵(つわもの)どもが夢の跡
   夏草や兵どもが夢の跡
  松尾芭蕉 ”奥の細道 (平泉)”より
(*10)DVDになったら借りよう!
 あまり映画館には行きません。単身赴任で家族は近くにいないし、一緒に行ってくれるお嬢さんもいないし・・・


チョコレートをください!(エコノミストたちの栄光と挫折/大脱走/カカオ)

【本】エコノミストたちの栄光と挫折(竹内宏 東洋経済新聞社)
 副題は”路地裏の経済学 最終章”。長銀エコノミストの竹内宏が、戦後のエコノミストの仕事の歴史を振り返りながら、その時代でのエコノミストの仕事と経済を詳しく説明。
【DVD】大脱走(The Great Escape)(出演: スティーブ・マックィーン 監督: ジョン・スタージェス)
 第二次大戦下、脱走不可能といわれた捕虜収容所から250人の集団脱走を企てる、脱走のプロたち。スティーブ・マックィーン、チャールズ・ブロンソン、ジェームス・コバーンといった大スターてんこ盛りの戦争映画の名作。”大脱走のテーマ”は今でも、サントリーのコマーシャルで使われています。
【花】カカオ
 チョコレートの材料となる中央アメリカから南アメリカの熱帯地域を原産とする常緑樹。日本でも熱帯植物園などで見ることはできるようですが、産業レベルでの栽培はほぼゼロ。

Kakaonokinomi Cacaofl 01_0812_02 左の2枚は、”川崎市農業技術支援センター”のホームページより


 右の1枚は、ロッテガーナミルクチョコ(*1)(ロッテのホームページより)


 2月のメインイベントといえば、バレンタインデー。虚礼廃止のおり、”どうせ、くれるのは奥様と娘だけさ・・・”といじけながらも(*2)、時節柄、今回はチョコレートの話。

 ”チョコレートをください!(*3)”を英語で言うと”Give me Chocolate!”ということで、戦争とチョコレートがお題です。

 日本チョコレート・ココア協会のホームページに掲載の統計情報によると(*4)、カカオの生産地とチョコレートの生産地(消費地)は、ほとんど一致しません。それぞれベスト5を並べると

 カカオの生産地
  コートジボアール、ガーナ、インドネシア、カメルーン、ナイジェリア
 チョコレートの生産地
  アメリカ、ドイツ、イギリス、ブラジル、フランス
 チョコレートの消費地
  アメリカ、ドイツ、イギリス、フランス、ブラジル

 このホームページのデータで、カカオ生産とチョコレート生産の両方に名前が出ているのは、ブラジルだけ。カカオ生産量は、コートジボアールが全世界の40%弱、アフリカ諸国で約70%を生産しています。一方、生産量は、19の掲載国の内、ブラジル、日本、オーストラリア以外はすべて欧米諸国です。つまり、チョコレートは典型的な国際垂直分業の製品と言えます。

 ”エコノミストたちの栄光と挫折”の中に

   占領軍のチョコレートは、この世のものとは思えないうまさだった。
   若いエコノミストにとって、仕事の目的ははっきりしていた。
   まず、国民を飢えから救うことであり(中略)、豊かな社会を築くことだ。

 という一節があります。
 日本でも、明治32年(1899年)に森永商店(現森永製菓)が製造を開始、昭和になると大衆化したようですが、昭和15年(1940年)にカカオ豆の輸入がストップして生産ができなくなっています(*5)。

 つまり、”戦争”という貿易が機能不全に陥る状況下では、チョコレートは生産できなくなるということ。逆にいうと、アメリカは戦時下でもアフリカ諸国と貿易を維持できる国力を有していたということです。

 この状況は、戦時下でのドイツでも同じようで、”大脱走”の映画の中で、おまぬけな看守をオランダ製チョコレートで懐柔しようとするシーンが出てきます。”所長に報告する!”といいながら、最後までチョコレートを離そうとしないころを見ると、やはり貴重品だったのかも。

 余談になりますが、”大脱走”で有名なのは、マックィーンがバイクで疾走するシーンですが、私にとって面白かったのは、みごとなチームワークでトンネルを掘る所。エコノミストっぽく言うと”プロジェクト・マネジネント”の好例です。
 政治と外交を司る指導者の下で、実戦部隊のカリスマリーダー、トンネル王、情報屋、調達屋、偽造屋、製造屋といった通称を持つスペシャリストたちが連携しトンネルを掘っているさまは、仕事がなかなか進まない会社の人としては、憧れの目で見てしまいます。

 ”エコノミストたちの栄光と挫折”はエコノミスト史ですが、読後間としては、経済史と社会史の中間ぐらいの位置づけ。それぞれの時代を反映した調査(*6)をしているのが面白いです。
 ”大脱走”は今さら言うまでもない名画。仕事が行き詰った時に見れば、いっそうやる気が沸いてきます。

 で、今回の結論

 「マクロ的に言うと(*7)、バレンタインにチョコレートが欲しければ戦争をしてはいけない」


《脚注》
(*1)ロッテガーナミルクチョコ
 昭和39年(1964年 東京オリンピック、東海道新幹線開業の年)に発売されたロングセラー。ロゴの右上にカカオの実が描いてあります。
 コマーシャルは長澤まさみと榮倉奈々。長澤まさみからもらったバレンタインチョコなんて、もったいなくて食べられません!
(*2)どうせ、くれるのは~
 それとてあぶない今日このごろです。
(*3)チョコレートをください!
 別に、チョコレートが欲しくて、今回のブログを書いているわけではありません。でもちょっと欲しいけど・・・
(*4)統計情報によると
 カカオの生産量は国際ココア機関、チョコレートの生産量、消費量は国際菓子協会/欧州製菓協会の統計データです(ともに2004年)。戦時下での統計はわかりませんが、植生は変わらないので、生産についてはほぼ同じ傾向と推定されます。
 ちなみに、日本は生産量で世界7位、消費量で6位。年間消費金額のうち、約12%(530億円)がバレンタイン需要だそうです。逆チョコで増えるかな?
(*5)日本でも~
 日本チョコレート・ココア協会のホームページの記載より
(*6)それぞれの時代を反映した調査
 一例を挙げると、1986年の県別の歴史と産業の関係調査。
 製造業を伸ばすには、長期的な視点に立って文化・教育投資が必要。逆に幕府の直轄地でサラリーマン大名が統轄し、顔が江戸ばかりに向いている藩では大企業が育たなかったそうです。藩を部に置き換えて、今の会社の状況を見ると(以下、自主規制・・)
(*7)マクロ的言うと
 で、このブログをお読みのあなたがもらえるかっつ~と、それは別の話です。これを”合成の誤謬(ごびゅう)”(*8)と言います。(ウソです)
(*8)合成の誤謬(Fallacy of composition)
 ミクロ(個人)にあてはまることが、マクロ(社会全体)にもあてはまるとは限らない。代表的なのは、個人が節約して貯蓄を増すと、社会全体の貯蓄が減ってしまう”節約のパラドックス(Paradox of thrift)”。

いつの世にも、バラは咲き、そして枯れる(ロミオとジュリエット/シクラメン)

【本】ロミオとジュリエット(シェイクスピア 角川文庫他(*1))
【DVD】ロミオとジュリエット(出演: オリヴィア・ハッセー, 監督: フランコ・ゼフィレッリ)
 説明不要の恋愛悲劇の名作。最近では、レオナルド・ディカプリオ、鈴木杏、古くは鉄腕アトムで”ロビオとロビエット”というのもありました。定番はやはりオリヴィア・ハッセー版。
【花】シクラメン
 冬になると、羽を半開きにした蝶々のような形の花が咲きます。花言葉は”はにかみ”、”遠慮がち”。意外にも、もともとは香りはしない花だそうです。和名は”豚の饅頭(ブタノマンジュウ)”ですが、女性にこれを言うと嫌われます。

Photo
写真は、たいちろ~さん。近くの園芸店にて

 


 冬になると、花の種類が減りますが、その中でも代表的なのがシクラメン。会社の近所のカレッタ汐留にも、鉢植えがたくさんおいてありました。シクラメンといえば、おぢさん世代にはやはり”シクラメンのかほり(*2)”が印象的です。

  ためらいがちに かけた言葉に 驚いたように ふりむく君に
  季節が頬をそめて 過ぎてゆきました


 ”単なるナンパやん!”とか、風情のないことを言ってはいけません。花言葉のように、”はにかむような少女との淡い想い”を胸に抱いて、おぢさんたちは青春してたんですよ。あのころに戻れるなら、僕は何を惜しむだろう・・・

 歌っているのは、布施明。最近の若いお母さま方には”仮面ライダー響鬼(ひびき)”の主題歌(*3)を歌った人といったほうがわかりがいいかも。この人は歌手としても有名ですが、ハリウッド女優、オリヴィア・ハッセーと結婚したことでも有名。オリヴィアは、”ロミオとジュリエット(1968年版)”のジュリエットを演じた女優さんです。ということで、今回は”ロミオとジュリエット”のお話。

 今回のブログを書くにあたって改めてみましたが、やっぱりオリヴィアがかわうい!
ジュリエットは14歳になる直前との設定ですが、その時のオリヴィアは15歳だったそうです。

お題は、”ロミオとジュリエット 愛のテーマ”(*4)の一節

  いつの世にも バラは咲き そして枯れる
  若さも同じこと やがて うつろう


  The world wags on  A rose will bloom  It then will fade
    So does a youth  So does the fairest maid

 初めてロミオとジュリエットが出会うシーンで歌われています。

 このシーンのジュリエットは、まだどこかに幼さを残した少女。漆黒のロングヘアに、つぶらな瞳、ぎこちないダンスすら愛おしさを禁じえません。見つめるロミオの息遣いすら、胸を締め付けられます。

 でも、仮死の薬を飲むシーンになるころには、大人の女性すら感じさせます。

 蕾が花開く一瞬の刻(とき)を切り取ったような輝き

 オリヴィアが名女優なのか? すべての女性がそうなのか?
 我が家のお嬢様も高校3年生ですが、やはりこんな刻を迎えるのでしょうか?
 父親にとっては、永遠の謎です。

 ”ロミオとジュリエット”の花といえば薔薇でしょうが(*5)、シクラメンとの話のつながりも思いのほかありました。
 今回のお話は、自分でも、とても気に入っています。

 ”ロミオとジュリエット”は映像、音楽とも永遠の名作、この映画に限っては吹替ではなく英語のほうがいいです。日本人には照れてしまうセリフでも、英語と字幕であれば、すんなり心に染み込んできます。最高のお勧め!


《脚注》
(*1)角川文庫他
 角川文庫版の表紙の絵は、金子國義。この画家は、かつて富士見ロマン文庫という、海外の古典的ポルノ小説のレーベルで表紙を数多く手がけていて、古い本読みとしては、と~っても違和感があります。絵としては名画なんですけど。
(*2)シクラメンのかほり
 1975年の日本レコード大賞受賞曲。作詞・作曲は”歌う銀行員”小椋佳。この人は第一勧業銀行(現 みずほ銀行)に在職する傍ら、シンガーソングライターとして”さらば青春”、”俺たちの旅”などの名曲を出しています。
(*3)”仮面ライダー響鬼(ひびき)”の主題歌
 エンディングテーマの”少年よ”(作詞 藤林聖子 作曲 佐橋俊彦)。響鬼自体は玩具の売り上げはふるわなかったそうですが、パーカッションを多用した音楽は、高いクオリティだと思います。
(*4)ロミオとジュリエット 愛のテーマ
 ニーノ・ロータの名曲。甘く切ないメロディです。
 歌詞は”Little Sheep”から転載させていただきました。
(*5)”ロミオとジュリエット”の花といえば~
  名前? 薔薇は、別の名前で呼んでもその香りは同じ
  ロミオがロミオでなくても あの方のすばらしさに変わりはない
  その名を捨てて 
  そのかわりに 私のすべてをあたなのものに
 有名なバルコニーのシーンでの、ジュリエットのセリフです

今回は、脚注が少ないです。人は感動すると口数が少なくなると、改めて知りました。



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