この”解”の冷徹さが”冷たい方程式”なる所以なのかも(冷たい方程式/ニュートンのリンゴの木)

 ども、ランダムな人生を生きているおぢさん、たいちろ~です。
 なんかのSFで読んだんですが、宇宙船であれモビルスーツであれ、宇宙空間を飛ぶ飛翔体ってのは恐っそろしく物理法則に従うんだそうです。宇宙船は推進力を与えない限り、引力とかを勘案すればある時間後の予想到達地点ってのはほぼ算出できるし、無重力状態に見える衛星軌道上でもドックファイトなんかやった日にゃ落っこちると(*1)。
 地上だと空気抵抗やらなんやらでもっとランダムに動くみたいですが、宇宙空間ってのはもっと厳密な方程式に従う世界みたい。ニュートンが万有引力を発見してからこっち、人類は”方程式”の存在を意識せざるを得ないということです。
 ということで、今回ご紹介するのはそんな宇宙空間での冷徹な現実に直面する本”冷たい方程式”であります。


写真はたいちろ~さんの撮影。
小石川植物園にあった”ニュートンのリンゴの木”です。

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【本】冷たい方程式(トム・ゴドウィン、ハヤカワ文庫SF)
 災害の薬を待つ人の星まで、パイロット”バートン”一人分の燃料しか積んでいない緊急発進艇(EDS)。その中で若い娘”ミーミア”が密航者として発見された。EDSが星までたどり着ためには彼女を”船外遺棄”するしかない。バードンとミーミアが出した結論は・・・
 SF史に残る名作短編。アンソロジー”冷たい方程式(新版)”に収録
【花】ニュートンのリンゴの木
 ニュートンの生家にあったリンゴの木は、接ぎ木により各国の科学機関に分譲されていますが、小石川植物園の株は、1964年に英国物理学研究所所長サザーランド卿から、日本学士院長 柴田雄次博士に贈られたものです(小石川植物園のHPより抜粋)


 あらすじを兼ねて解くべき方程式を説明すると

・惑星ウォードンで病気が発生し血清がとどかなければ6人が死ぬ
・バートン乗るEDSには一人分の燃料しか積んでいない
・現在のEDSにはミーミアの重量分の燃料がなく、このままだと墜落して2人は死ぬ
・40光年以内にEDSを救出できるクルーザー(宇宙船)はない

この方程式の一般解はというと、星間法規に定められている

  EDS内で発見された密航者は、発見と同時にただちに艇外に遺棄する

というもの。つまり密航者は死を持って償うということです。

 まあ、むさ苦しいオッサン(私みたいな?)だったら速攻遺棄していいかつ~とそういう問題ではないですが、これが美しい少女となるとどうしても”特殊解”がないモンかと考えちゃうわけです。で、本書での密航者はというと二十歳にもならない娘”ミーミア”。ウォードンにいる兄に会いたくて密航を企てたと。規則を破っているという自覚はあるものの、安全な地球育ちの彼女はそれが死に直結するような重要なこととは考えていません。そこにあるのは

  燃料の量hは、質量mプラスxのEDSを
  安全に目的地に運ぶ推力を与えることができない

という”冷たい方程式”だけ。
 この状況の中で、バートンたちはミーミアを救う手立てを検討するんですが、その方程式の”解”が何だったかというのはぜひ本書を読んでみてください。

 解説で編者の伊藤典夫も書いていますが、日本では”方程式もの”といれるジャンルができたほど魅力的なテーマで私もいくつか読んだ記憶があるんですが、まさか本家本元の”解”がこんなんだったのはな~とちょっと驚き。でもこの”解”の冷徹さが”冷たい方程式”なる所以なのかも。
 名作です。ぜひご一読のほどを

 余談ですが、”冷たい方程式”は”君の知らない方程式 BISビブリオバトル部 4(*1)”という本でSFマニアの空さんが話題にしてて、今回読んでみたんですが、他にもいろんな本の話題が出てきます。その中の1冊に”それどんな商品だよ! 本当にあったへんな商標(*2)”ってのがありました。変なネーミングを扱った本なんですが、まだ読んでなかったのでamazonで調べてみると”この商品をチェックした人はこんな商品もチェックしています”で”冷たい方程式”のみならず、アニメの”RWBY”や、SFの”ゲームウォーズ”が!(*3) ネーミングの話をSFではコンテンツベースのフィルタリング(*4)で引っかかるはずはないんで、きっと”BISビブリオバトル部 4”を読んだ人が、この本に関連したビックデータを元に”協調フィルタリング(*5)”とかを使ってクールな方程式で抽出された結果なんでしょうね、きっと

《脚注》
(*1)君の知らない方程式 BISビブリオバトル部 4(山本弘、東京創元社)
 美心国際学園(BIS)高校ビブリオバトル部。集まる本好きが集まるクラブ。ここに集う若者たちの日常を描いた本好きイチオシの小説です。
(*2)それどんな商品だよ! 本当にあったへんな商標(友利昴、文庫ぎんが堂)
 特許庁に登録商標として届けられた笑える珍ネーミングを集めた本。まだ読んでませんが、なんだかおもしろそう
(*3)アニメの”RWBY”や、SFの”ゲームウォーズ”が!
 RWBY:監督 モンティ・オウム、ワーナー・ブラザース
 ゲームウォーズ:アーネスト・クライン、SBクリエイティブ
(*4)コンテンツベースのフィルタリング
 本の内容や著者などが似ているかどうかを判別して、推薦するものを決めるというやり方
(*5)協調フィルタリング
 多くのユーザの嗜好情報を蓄積し、あるユーザと嗜好の類似した他のユーザの情報を用いて自動的に推論を行う方法論(wikipediaより抜粋)
 これを使うと、上記のように関連する本を次々と紹介したり、個人ごとに好みの本を推してくれたりすることが可能になります。

怪物にだって論理は通用します

 ども、最近ミステリー小説読む数が増えてきているおぢさん、たいちろ~です。
 ミステリー界の中には”ノックスの十戒”と呼ばれるお約束が存在します。これは
聖職者にして推理作家でもあった”ロナルド・ノックス”という人が発表した”推理小説を書く際のルール”で、その一つに

  探偵方法に超自然能力を用いてはならない

てのがあります。まあ、超能力で犯人を当てたり、占いで”犯人はお前だ!”やったり、幽霊が出てきて”私を殺したのはこの人です・・ 恨めしや~~”では興ざめというもの。まあ、うまく書けばないわけじゃないですが(*1)正統派ミステリーとは違うかなと
 ただ、これはあくまで普通の人間相手の話で、これが犯人も被害者も、そして探偵も普通の人間じゃなかったら・・・

 ということで、今回ご紹介するのはそんな怪物を専門に扱う探偵チームのお話”アンデッドガール・マーダーファルス”であります。


写真はたいちろ~さんの撮影。
近所のペットショップでみかけた鳥かごです

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【本】アンデッドガール・マーダーファルス(青崎有吾、講談社タイガ)
 齢962歳、不死の美少女”輪堂鴉夜(りんどうあや)”、半人半鬼の”鬼殺し”こと”真打津軽(しんうちつがる)”、薙刀銃をあやつるクールなメイドさん”馳井静句(はせいしずく)”の3人による”怪物専門の探偵”チームの活躍を描く推理小説シリーズ。いや、マジで。
【道具】鳥かご
 文字どおり鳥を飼うかご。たまに生首が入ってたりします・・・

 さて、犯人や被害者が人間ならざる能力の持ち主だったら、”ノックスの十戒”よろしく通常の推理小説は成立しません。なぜならテレポーターに密室は必要ないですし、タイムリーパーにアリバイ工作は無意味です(*2)。とはいっても、万能ではないんでいろいろ制約条件を設定することで推理小説にすることもできはしそう。同じく、無敵の怪物といってもそれはそれでいろいろ制約条件ってのがあります。
 たとえば、怪物の王”吸血鬼”もしかり。強靭な肉体の持ち主で、心臓に杭を打たれても死なないし、腕がちぎれても2日で再生する。ただし、太陽は苦手で銀や聖水は触れないし、銀の杭で貫かれれば死ぬ(本書での設定)。ここんとこがミソで、じゃあこの怪物が殺されてたらその犯行は? ってのが第一章”吸血鬼”のお話。

 人類と共存を図ろうとする”人類親和派”の吸血鬼”ハンナ”が何者かに殺され、夫であるゴダール卿が犯人を捜すために”怪物専門の探偵”である輪堂鴉夜達を雇うってのがあらすじ。ハンナは杭で殺され、聖水をかけられて死んでいるのが発見されるんですが、凶器と思われる銀の杭は屋敷内で発見されます。外部からの犯行が難し状況で、屋敷内の人間の犯行とも思われにくく、銀や聖水を忌み嫌うい吸血鬼の犯罪とも考えにくく・・
 一種の不可能犯罪に近い状況で輪堂鴉夜が下した推理はなんだってのがこのお話の面白い所。怪物でなければ起りえないHowdunit(ハウダニット)つまり、”どのように犯罪を成し遂げたのか”がすごいオチなんですな。なにがすごいって”怪物”の特性あるいは制約条件をクリアしつつ、実に論理的というか
 第二章の”人造人間”で、グリ警部と輪堂鴉夜が密室の中で発見された首なし死体の謎を解明する時の会話

  グリ警部:なるほど、これがあたなの捜査法というわけですか
       怪物を人間の世界に引きずり下ろし、論理に当てはめる
  輪堂鴉夜:別に引きずり下ろしてなんかいませんよ
       怪物にだって論理は通用します

 つまり怪物であっても、人間であっても従うべき論理は同じ。ただ従う前提条件が違っているだけだと。でも、考えようによっちゃこのひねり方って普通の推理小説より書くの難しいんじゃないか??

 で、この犯人を追いつめる輪堂鴉夜ご一行様ですが、この人たちもまたユニーク。バディーもの、いわゆるホームズ+ワトソンみたいなのの頭脳労働と肉体労働の役割分担って意外にまちまちなんですが、まったく肉体労働しかしないってちょっと珍しいかも。アームチェア・ディテクティブ(安楽椅子探偵)の代表作”隅の老人(*3)”だって多少は肉体労働はやってるし、頭脳派探偵のシャーロック・ホームズだってフェンシングやボクシングができるなんていう武道派の面もあります。二人で一人の仮面ライダー探偵”仮面ライダーW(*4)”だって、肉体労働=翔太郎、頭脳労働=フィリップの組み合わせですが、フィリップもまったく肉体労働やってないってことないです。まあ、私の読んだ中でほんとに体を動かさないってのは”リンカーン・ライム(*5)”ぐらいでしょうか
 輪堂鴉夜というとホントに肉体労働をまったくしないという完全”頭脳労働”オンリー。なんたって、現場に行っても歩きもしない。闘うなんてもってのほか。本人曰く

  なにしろ、頭を使うこと以外できない体でしてね

 でもって、肉体労働担当が真打津軽。”鬼殺し”という芸をやっていただけあってバリバリの武道派なんですが、けっこうお調子モノで寒いギャクをかます人。
 真打津軽が”ボケ”、輪堂鴉夜が”ツッコミ”でちょくちょく二人で漫才を。頭脳労働と肉体労働の分業体制ってのもあって、最初は”染之助・染太郎か!(*6)”とつっこんじゃいましたよ

  津軽は肉体労働、鴉夜は頭脳労働、これでギャラは同じなの

とかね。
 少し読み進むと意外や意外、おいしいとこ持ってってるのがクールメイドの馳井静句。寡黙ながら鴉夜の指示で津軽をブルボッコするし、敵への戦闘ではけっこうな大活躍。第四章ではかなかなに艶っぽいシーンも出てきますし。普段は目立たないけどやるときゃやるタイプです。
 この三人見てるとまさにミステリー界の”レツゴー三匹(*7)”ですなぁ。寒いギャグでボケる津軽に、辛辣なツッコの鴉夜、締めるとこは締めるフリの静句とか。なかなか秀逸なキャラ設定です。

 ”アンデッドガール・マーダーファルス”はモンスターとか登場するんでホラーモノっぽいですが、実はけっこう本格モノの推理小説かも。面白い本です。ぜひご一度のほどを。

《脚注》
(*1)うまく書けばないわけじゃないですが
 ”鎌倉ものがたり(西岸良平、双葉社)”には”恐山妖介”という降霊術を使って事件を解決する鎌倉の刑事さんが登場します。ただ、この作品には一色正和というミステリー作家がいて、鎌倉という人間と魔物、妖怪と普通に住んでいる土地柄が舞台になっているから成立するお話。ここまでうまくやってくれるとむしろ感心してしまいます
(*2)テレポーターに密室は必要ないですし~
 ”テレポーター”(空間跳躍者)なら密室だろうがなんだろうが侵入できますし、”タイムリーパー”(時間跳躍者)なら、アリバイ工作なんかしなくても任意の時間に移動できるだろうし。
(*3)隅の老人(バロネス・オルツィ、創元推理文庫)
 女性新聞記者のポリー・バートンが喫茶店の隅にすわる老人に事件の話をすると、その老人が事件を解決するという推理小説。アームチェア・ディテクティブの先駆にして代表的な小説です。
(*4)仮面ライダーW
 左 翔太郎とフィリップの二人がUSBメモリみたいのを使って合体するという平成仮面ライダーシリーズ第11作目の作品。子供向けとは思えないミステリマニアも楽しめる番組です。フィリップを演じたのは今をときめく人気俳優”菅田将暉”。しかし、この人がここまで売れるとは思わなんだな~~~
(*5)リンカーン・ライム
 ”リンカーン・ライムシリーズ(ジェフリー・ディーヴァー、文藝春秋)”に登場する科学捜査のスペシャリスト。捜査中の事故により左手の人差し指と首から上だけしか動かないという典型的なアームチェア・ディテクティブ。
(*6)染之助・染太郎か!
 かつてお正月の名物だた漫才コンビ”海老一染之助・染太郎”師匠です。傘の上ので枡を回すのが弟の染之助、横ではやし立てるのが兄の染太郎。上記のギャクの元ネタは
  弟は肉体労働、兄は頭脳労働、これでギャラは同じなの
(*7)レツゴー三匹
 ツッコミ役の正児、ボケ役のじゅん、フリ役の長作による昭和を代表するトリオ漫才。そういえば、最近トリオ漫才のビックネームってあんましみないですな。お笑い番組の1組あたりの時間が短くなってるせいですかねぇ・・

知れ、息子よ。老いて旅するのは賢明ではない(カーブースの書/タビビトノキ)

 ども、まだ60歳前ですが、いいかげん枯れているあるおぢさん、たいちろ~です。
 ここんとこ、文春砲でもって不倫ネタにされてるおぢさん世代の人が続出しています。まあ、若けりゃいいとか言うつもりはなかですし、個人の話なんでほっときゃよさそうなモンですが、なんだかな~~という感じ。てなことを思っていると、ある本にこんな話が

  かつてある老人がいったとおりである
  年寄りになったら、美女たちが私に見向きもしないだろうと長年悲しんできたが
  いざ年をとってみると。私自身彼女らをほしくないし、
  またほしかったら無様である

 まあ、年をとったら相応に枯れるってことでしょうか。また、このようにも

  

老いて若気のふるまいをする者は、退却時に進軍らっぱを吹くに似る

とも。
 といくことで、今回ご紹介するのは”知れ、息子よ”で始まる人生の忠言集”カーブースの書”であります


写真はたいちろ~さんの撮影。羽田空港にあるタビビトノキです

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【本】カーブースの書(カイ・カーウース、平凡社)
 著者の”カーウース”はセルジューク朝時代の地方王朝ズィヤール朝の七代目の王(*1)。この君主が愛する息子のために残した人生の忠言集が”カーブースの書”。11世紀ごろの本です。
 老いた王が”別離の文が届く前に運命の叱責、名声獲得の益について書を記して”おかれた父性愛にあふれた内容ですが”時代の風潮として、息子は父親の忠言を実践しない”とも。今も昔も変わらんなぁ・・
 ”ペルシア逸話集(平凡社)”に収録
【花】タビビトノキ(旅人の木)
 英名はまんま”トラベラーズツリー”。羽田空港のプレートによると原産地はマダガスカルで、”大きな葉が扇状に広がって一定の方角を示すことから、旅人に方角を示す木として、各国で旅人を意味する名前が付けられている”とのこと


 本書は44章にわたり、神や富、恋愛、作法からいろんな職業に就き時の心得など広範にわたるもの。さすがに、結婚するなら”処女を娶とらねばならぬ”とか”欲情のためなら市場で女奴隷を買うことができる”といった今の時流に合わないもの、”金のない恋人は目的を果たせない”みたいな身も蓋もないものもありますが、全体的にはたいへん”なるほど”と思わせる内容。お国柄イスラム教的なものもでてきますが、虚心で読めばそれもまた忠言です。

 全部を扱うと多すぎるので、ここでは第九章”老齢と青春について”から”老い”の話題を。冒頭の老人の話もこの章からです。
 で、気にいった忠言をいくつか

〔老人は死なぬ限り老齢の病から安らげない〕
 まずは、老齢に関するもの

  老人とは見舞客がいない病人で、老齢とは死以外に癒す薬がわからぬ病気である
  そこで老人は死なぬ限り老齢の病から安らげない

けっこう老齢についてのぼやきが多いんですが、決して死そのものを恐れてはいないんですな。太陽が昇り沈んでいくようにそれは必然だということ。”老齢は私の敵であり、敵については嘆くだけ”との達観も。
 だからこそ

  軽薄な年寄りになるな、また不潔で不正な老人になるな
  老人は知性、行動に若気があってなならぬ。老人はつねに情け深くせよ
  若いうちは若者らしく、年をとったらと年よりらしくせよ
  年をとってから若者らしくするのはみっともない

などなど。まあ、健康に気をつけて長生きするにこしたことはないですが、アンチエイジングとかで若モンになんとかしがみつこうとするのもなんだかなと。”年相応”って意外と重要なのかもね。まあ、行動の話ですが。

 ただし、若者に対しても脅しのひとことも

  老人を敬い、老人に対して下らぬ口をきくな
  老人と賢者の返報は厳しいぞ

〔老いて旅するのは賢明ではない〕
 次は”老人と旅”に関する話。

  老いたら一つの場所に落ち着くよう心掛けよ
  老いて旅するのは賢明ではない
  特に資力のないものはそうである
  老齢は敵であり、貧困もまた敵である
  そこで二人の敵と旅するは賢くなかろう

 ただし、どうしても旅に出ないといけないなら、神の恵みがあれば”異郷を旅することは家にいるよりもよい”とのフォローはしてますが、それでも”決して家を恋しがらず、好きな場所に落ちつけ”とも。

 少し補足すると、カーウースの時代は11世紀なんで、現代みたいに飛行機とかに乗って、安全で快適な旅がホイホイできる時代じゃなかったんですな。大国に挟まれた弱小王朝なんで政情も不安定だったようですし、また交通機関も安全じゃなかったでしょうし。また、”商取引について”の章で商人が利益を得るために商品を運ぶのに”盗賊、追い剥ぎ、人食い動物や道の危険”てのをあげてるし。そんなとこに老人がひょこひょこ旅をするってのは確かにリスキー。

 また、カーウース自身が王族ということもあるんでしょうが、けっこう貧乏人に対してシビアなんですな。”富によりいっそう信仰に励むことについて”の章より巡礼=旅に関してのコメント

  神は体力も資力もない貧しい者には旅を命じなかった
   (中略)
  知れ、息子よ。もし貧しい者が巡礼をしたら身を破滅に陥れよう
  金持ちのすることをする貧乏人は、健康な人がすることをする病人を同じである

 実はこの本を読むきっかけになったのは、沢木耕太郎の”深夜特急(*2)”の4巻に出てたんですな。沢木がイランのシラーズのモスクで日本人から譲り受けた本がこれ。この時沢木はまだ20代半ばですが、貧乏旅行の真っ最中。時代も1974年ごろの話です。
 特に上記の”老いたら一つの場所に落ち着くよう心掛けよ”はこの本の中でも引用されていて、まだ年が若いとはいえ、お金もなく将来の展望もない中、異郷の地で一人この本を読むのってどんな気持ちだったんだろうと思ってこの本を読む気になりました。

 まあ、私も老齢と貧困のダブルパンチ喰らってる人ですが、定年したら、キャンピングカーとか乗って、旅を住処とする生活もいいかな~とか思ってたりもするんですがね。一応”異郷を旅することは家にいるよりもよい”とかも言ってくれているし・・・

 今回は引用が多くなってすいません。まあ、私のつたない文章より本書のほうがよっぽど面白かったんで。
 収録している”ペルシア逸話集”は1969年と古い本ですが、図書館で探すか、高くてもよければオンデマンドで入手が可能。好き嫌いはあるかもしれませんが、私は楽しく読ませんていただきました。

《脚注》
(*1)地方王朝ズィヤール朝の七代目の王
 解説によるとズィヤール朝が927~1090年頃、カーウースが1049年~?。本書が書かれたのは諸説あるようですが、1082~83年ごろだそうです。
(*2)深夜特急(沢木耕太郎、新潮文庫)
 沢木耕太郎がインドのデリーから、イギリスのロンドンまでバスだけ使って旅行するという紀行小説。なけなしのお金、全6巻中第3巻でやっとスタート地点のデリーに到着というスピード感、この無計画さがこの手の旅行の醍醐味なんでしょう、たぶん。
 発刊当時はバックパッカーの間でいわばバイブル的な存在だったそうです。

それじゃ、コンピューターが勝っちまったら”あっ! 名人グ!”(人工知能はどのようにして「名人」を超えたのか?/将棋するロボット)

 ども、囲碁も将棋も不調法なおぢさん、たいちろ~です。
 世の中には”名人”と呼ばれる方がいらっしゃいます。落語ですと昭和の大名人”5代目 古今亭志ん生師匠”人間国宝”3代目 桂米朝師匠”反骨の家元”自称5代目 立川談志師匠”などなど。これが囲碁、将棋の世界になりますて~と、”強い人”というだけでなく”名人戦のチャンピオン”の称号でもございます

 与太郎:て~と、なんですかい。コンピューターでも名人戦に勝てば”名人”で?
 ご隠居:それはそうだが、人間だって最強のメンバーだ。
     そんなに簡単に勝てやしないよ
 与太郎:それじゃ、コンピューターが勝っちまったら”あっ! 名人グ!”

 ということで、今回ご紹介するのは一昔前ならSFだった、世界の名人に勝利する将棋AI”ポナンザ”を開発した技術者による本”人工知能はどのようにして「名人」を超えたのか?”であります。


写真はたいちろ~さんの撮影。
2015年のロボット展で展示されていた将棋するロボット”電王手さん”です

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【本】人工知能はどのようにして「名人」を超えたのか?(山本一成、ダイヤモンド社)
 サブタイトルは”最強の将棋AIポナンザの開発者が教える機械学習・深層学習・強化学習の本質”とあるように、2013年に第2回将棋電王戦でコンピュータで初めてプロ棋士”佐藤慎一四段(当時)”に勝利した将棋AI”ポナンザ”の開発者が自ら人工知能の現状をわかりやすく解説した本。お勧めです。
【道具】将棋するロボッ
 写真はデンソーが医薬・医療用ロボット”VS-050S2”をベースに将棋対局専用に設計、開発されたロボットアーム”電王手さん”で、駒を挟んでつかむ、隣の駒に触れずに移動させる、"成り(駒を表から裏にひっくり返す)”ができるもの。
 もっともこれは棋士の動きを再現したもので”思考”そのものをこのアームでやってる訳じゃありません


 さて、ここからはまじめな話。昨今は何度目かの”人工知能ブーム”みたくなってます。やれ、”アルファ碁(*1)”がイ・セドル9段に勝利したとか、ディープラーニングを使って画像解析は人間を凌駕するだとか。
 恥ずかしながら、最近の人工知能の急速な進歩って、プログラム的にすごく改善されたもんだと思っていたんですが、そんだけじゃないんですね。本書にも出てきますが、プログラムを人間の思考をトレースさせることとするとそうじゃないと。なぜなら、人間が”それが何か”を評価するプロセスを解明することができなかったから。
 実際に将棋に勝つためには、どうすれば勝てるかを推測する”探索”と、勝つために目星をつける”評価”が必要で、勝利めがけて多数(将棋で少なくとも10万項目以上)の評価項目を調整する必要があるそうです。で、以前は人間があれこれ評価項目を調整してたそうですが、最近はこの調整を、ものすごい数コンピューター同士で対戦させて、自身で調整=学習させてるんだとか。これが”機械学習”という手法です。最近話題の”ディープラーニング(深層学習)”というのも、この機械学習の一種でニューラルネットワーク(*2)の層を重ねる(深くする)ことで対応しているものです。

 ということを前提知識として、本書から面白いな~と思ったトピックを

〔機械学習の技術は”黒魔術”〕
 ”黒魔術”というとおどろおどろですが、実はこれ機械学習の世界では定着しているスラングなんだとか。本来、プログラムの世界ってのは論理や数学の世界なので”なぜそうなるのか”がはっきりしているように思ってたんですが、機械学習の世界では”プログラムの理由や理屈がわからない”段階だそうです。なぜその数値で良いのか、なぜその組み合わせが有効なのかを真の意味で理解していなくて、経験的実験的に有効だということがわかるだけ。つまり、ロジックがわからない技術だから”黒魔術”
 役に立つなら結果オーライでもい~じゃんと考えることもできますし、実際、全ての事象が科学的に解明されてるワケでもないですし・・・
 ”科学者がそれでは困る”というご意見もありましょうが、物理法則を知らない幼稚園児だって自転車には乗れるし、カゼ薬がなぜ効くかを説明できる人なんて一般人にゃいませんぜ。とわりきることもまあ、ありかなと

〔人類を抹殺する”ポナンザ2045”〕
 ところで、この”コンピューターが何を考えているかわからない問題”ってのが、AI恐怖論につながっている面もあるのかと。る”本書の中で、絶対に人間に負けないという目的を与えられた”ポナンザ2045”が人類を絶滅させる、って小話(出だしの影響が残ってんな~)を書いてますが、これは”目的のために手段を選ばない”としたときの回答の一例。論理的には成立しえても、人間としては倫理的に成り立たないってことですが、”倫理”をコンピューターに求めるのはそうとうハードル高そう。人間としてはどうサーキットブレーカー(*3)を設計するかなんでしょうね。
 ”コンピューターが何を考えているかわからない問題”に興味のある方はジェームス・P・ホーガンの”未来の二つの顔(*4)”なんかを読まれると面白いかも。

〔教師が悪い人だと人工知能も悪い子になる〕
 倫理にかかわる話でもう一つ。
 本書でとりあげられている例で、グーグルの提供する写真管理アプリ”グーグルフォト”で肌の黒い人の写真の”ゴリラ”というタグ(目印)をつけてしまい、担当者が謝罪するという事件。これは、グーグルがインターネット上で収集した写真と文章の中に悪意のあるデータが含まれていて、それを吸収してしまったからだそうです。
 結局のところ、人間が作った教師となるべきデータに”悪意”が含まれていると、それを学習したコンピューターは”悪意”をはらんだものになってることです。
 結論として、この問題を解決する方法は下記だと

  冗談に聞こえるかもしれませんが、
  インターネット上を含むすべての世界で、
  できる限り「いい人」でいることなのです
  これを私は「いい人理論」と呼んでいます

 私もまったく賛成ですね! 科学者にしては散文的な物言いと思われるかもしれませんが、コンピューターに限らず人間だって、親が歪んでる教育をすれば、子供だって歪んだ思考の持ち主になりますし(*5)。それでも一部の思想を色濃く反映した国家や団体のプロジェクトとか、悪の秘密結社が秘密裏に開発したAIになるよりゃよっぽどましかも。
 結局のところ、人間であれコンピューターであれ”子は親を映す鏡”。次の時代をコンピューターが担うかどうかはわかりませんが、コンピューターから

 いらんわい こんなぐるぐる回るような家は!(*6)

と言われんようにしないとね
 お後がよろしいようで(笑)

《脚注》
(*1)アルファ碁(AlphaGo)
 Google DeepMind社によって開発されたコンピュータ囲碁プログラム。2015年に、ヨーロッパ王者でプロ二段のハン・フイを破り、プロ囲碁棋士に初めて勝ったコンピュータ囲碁プログラム。その後も2016年にプロ棋士九段のイ・セドルに、2017年に世界棋士レート1位のカ・ケツに勝利しました
(*2)ニューラルネットワーク
 人間の脳がやっているように”シナプスの結合によりネットワークを形成した人工ニューロン(ノード)が、学習によってシナプスの結合強度を変化させ、問題解決能力を持つようなモデル全般”のこと。(wikipediaより)。すいません、丸写しです。私だってよくわかってる訳じゃないんです、はい。
 1980年代後半に人工知能ブームの時の手法がこれです。
(*3)サーキットブレーカー
 ショートなどで過剰な電流が流れると、ブレーカーが落ちて電源を止めるあれです。
 株式市場などで価格が一定以上の変動すると強制的に取引停止にする”サーキットブレーカー制度”なんてのもあります
(*4)未来の二つの顔(ジェイムズ・P・ホーガン、創元SF文庫)
 今はなきコンピュータ会社”DEC”の技術者だったホーガンによるハードSF。
 月面の掘削工事現場の事故に端を発して、科学者たちがネットワークから切り離されたスペースコロニーで、人工知能の実験を行うというお話。名作です。
(*5)親が歪んでる教育をすれば~
 実は、何が歪んでるかってとっても難しいんですけど
 今でも人種差別的な国家のトップがいるし、異なる宗教や民族へのいわれなき迫害がなくなってる訳じゃなし。たった70年近く前まで、ユダヤ人というだけで国家レベルの大量虐殺をやってたし。人類の英知が急速に進歩していると信じたいですが、過度の期待もまた危険ではないかと・・・
(*6)俺だって、こんなぐるぐる回る家は要りません
 共に酒好きな大旦那と若旦那の親子。酒癖の悪い息子を心配した父親が自分も禁酒するからと息子にも禁酒をさせます。ところがついつい禁酒を破ってしまった父親のもとに、これまたしたたかに酔っぱらった息子が帰宅。口論の末、”お前の顔が三っつも四っつもあるぞ、そんな化け物にこの家は譲れんぞ!”といった父親に対して言い返した息子の言葉がこれです。
 落語”親子酒”より。名人”2代目桂枝雀師匠”の名演をこちらでどうぞ

グローバル化する世界で異なる文化や言語と交わることで、アニメもどんどん変わっていくんでしょうね(RWBY/アニメの原画)

 ども、半世紀に及ぶアニメファンのおぢさん、たいちろ~です。
 2017年10月5日、ノーベル文学賞に日本人のカズオ・イシグロ氏が授賞したとのニュースがありました。両親ともに日本人で、本人も5歳まで日本に在住、現在はイギリス国籍の英国人作家という経歴。”日の名残り”、”わたしを離さないで”(ともにハヤカワepi文庫)の作者ですが、すいません読んでません。
 受賞にあたって6日の日経新聞の”春秋”にこんなのが掲載されていました

  授賞は世界に吹き荒れる「排外主義」への静かな反論ともとれる

   (中略)
  グローバル化する世界で異なる文化や言語と交わることで
  より新鮮で感性にあふれた作品世界を築くことができるのである

なるほど、こういう文脈でとらえることもできるんだな~とちょっと驚き。
 ということで、今回ご紹介するのはグローバル化するアニメから、アメリカ人によるジャパニーズテイストの美少女バトルアニメ”RWBY”であります。


写真はたいちろ~さんの撮影。
2015年に森アーツセンターギャラリーで開催された”THE ART OF GUNDAM(機動戦士ガンダム展)”の図録にあった”原画”です。

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【本】RWBY(監督 モンティ・オウム、ワーナー・ブラザース)
 異形の生命体”グリム”と人類の戦士”ハンター”との戦いを描くアメリカ版”プリキュアシリーズ(*1)”?(男性も出てますけど)
 人見知りながら天性的な戦闘センスを持つ”ルビー・ローズ”、タカビーなお嬢様”ワイス・シュニー”、無口でクールな猫耳娘”ブレイク・ベラドンナ”、ルビーの異母姉(姉妹には見えん!)で豪放磊落な”ヤン・シャオロン”といずれ個性的な美少女たち。Volume1は彼女たちの出会い、チームを結成し絆を深めていくお話です。
【道具】アニメの原画
 手描きアニメーの制作の中で動きの要所(動き始め、重要な中間ポイント、動き終わり)を描いた絵。これは、ファーストガンガムで、アムロがランバ・ラルの部隊と白兵戦をしたときのもの。
 これを”中割り”というコマにさらに分割することで動きの演出をします


 実はこのアニメ、”君の知らない方程式 BISビブリオバトル部 4(*2)”という本の中に出てきて、学校の文化祭みないなのでビブリオバトル部の3人の美少女+1人の男の娘がコスプレするシーンの元ネタになっています。SFオタクの空さん曰く、”日本のアニメと比べると”スピード感が段違い、”これは女子でも萌えますね”、”オタク心をくすぐる要素がてんこ盛りの設定”とベタボメ。メルマガ部の美少女、弐久寿さんにいたっては”これはあたしのためのアニメだ!”とモロハマリ!!

 で、Volume1を観たんですが、面白いんだこれが!!! まだ始まったばかりなんですが、ストーリーも出会いから反発しながらも戦いを通じて友情と勝利をつかむという王道キャラ設定も秀逸。基本的に日本人がヒロインのプリキュアシリーズと違って、他民族国家のアメリカの作品らしく、アングロサクソンからモンゴロイド、はてはけもっ娘まで。ルビーは”赤ずきん”、ワイスは”白雪姫”などそれぞれモチーフがあって、性格の多様性も面白い。それぞれに”センブランス”という特殊能力を持っていて、ルビーは高速移動し、ワイスは魔方陣を作り、ブレイクは分身し、ヤンは受けたダメージを倍返しする(半沢直樹か!)などなど。そんな彼女たちの武器もユニークで、ルビーは持ち運びモードから狙撃銃や大鎌に変形するというスグレモノ、とかとか

 動きもまたすごくて、特に戦闘シーンはすんごくカッコイイ!! 3DCGで作られたアニメなんですが、こういう速い動きやめまぐるしく視点がかわるシーンでは強みを発揮してますな。BISビブリオバトル部の中で、空さんが

  このスピードと密度に慣れてしまうと、
  日本の美少女バトル・アニメは物足りなくなちゃうんじゃないかと
  不安にかられます

とコメントしてますが、まさにその通りですな~~

 ただ、戦闘シーン以外の日常生活のとこって、ちょっと肌合いが悪いというか、”鉄腕アトム(*3)”をリアルタイムで観ていたリミテッドアニメ世代としては、必要以上に動き過ぎるというか・・・ コストを削減するために編み出された”リミテッドアニメ”って、セル画の枚数を減らす=コスト削減のために、コマ数を減らすだけでなく、話をする時はキャラの口だけしか動かさないとか、画面には多くのキャラがいでもそのうち動いているのは1~2名だけとか、動きの演出も”中割り”を工夫して少ない枚数でダイナミックな動きに見えるよう工夫するとか。つまり、昔のアニメって動きが少ないことが前提で、その中でいかに動いているように観せる(感じさせる)かって話なんですね。
 ところが、CG技術の発達とコンピュータ性能の飛躍的向上で動かすこと自体はそんなに難しくなくなっているみたい。だから”RWBY”もすんごくよく動いているんですが、それがおぢさん世代にはちょっちつらいのかも・・ コンピューターゲームもまったくやらないんで余計にそう感じるのかもしれませんが・・ 今の若い人にとっては”RWBY”のほうが自然なのかもしれませんが・・

 とはいえ、作品自体はとっても気にいってます。まだVolume1しか観てませんが、2~4と続くみたいなんで、楽しんで観まっしょい!

《脚注》
(*1)プリキュアシリーズ(東映アニメーション)
 日曜の朝にテレビ朝日系列で放送されている美少女アクションアニメあるいは、美少女版”スーパー戦隊シリーズ”。第一作の”ふたりはプリキュア”が放映されたのが2004年とのことですので、もう干支一回り以上続いてんだな~
(*2)君の知らない方程式 BISビブリオバトル部 4(山本弘、東京創元社)
 美心国際学園(BIS)ビブリオバトル部に集う本好きな高校生たちの日常を描く小説。読書のクラブというとまったりしてそうですが、”ビブリオバトル”という自分の読んだ本を紹介してチャンプ本を決めるというバトル要素を加えることでなかなかドラマチックな展開になってます。4巻ではSFオタクの空さんに告白してつきあうことになった天然美少年の銀くんと、ノンフィクション専門の堅物武人くんの三角関係の行方は? ってお話です。詳しくはこちらをどうぞ
(*3)鉄腕アトム
 手塚治虫原作の日本で最初の本格的な連続TVアニメ。放送は1963~1966年

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